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 湘南の田舎から日々雑感
by yahhosaito
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北海道で思った

2017年10月14日。

2017.10.9~10.12、道東に妻と旅行した。
某旅行社の企画する「公共機関では行きにくい秘境へ~ガイド同行でじっくり巡るさいはて秘境めぐり~」という4日の旅だ。

主な行先は「知床」「釧路湿原」「野付半島」「納沙布岬」「屈斜路湖」など。
特にネイチャーガイドが種々解説してくれるのがウリだった、
最少催行人員20人という事だったので参加者は少ないと思いったが、41名もいて少々ビックリ。

羽田集合6:20とのことで、3時起きし、4:30の田村車庫発羽田行きのリムジンに乗った。

羽田から女満別空港までは約1.5時間。
7:10分発のフライトで9:00前にはもう女満別。
北海道は今年2回目。先回は5月、サイクリング仲間のN氏とサイクリングに来た。
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           【知床半島ウトロ港からのクルーズ】

今回はもうすでに紅葉の真っ盛りでナナカマドの赤やブナの黄色がとても綺麗だった。
先回の美瑛や富良野も北海道らしい風景だが、道東も見渡す限りの畑や牧草地でこれまた北海道らしい風景の連続だ。
特に、延々20数キロも続く直線の道路、まっすぐと緩やかなアップダウンを繰り返し、天に向かって真っすぐに伸びている。
広い畑の境界を区切るカラ松の林。点在する酪農の小屋、畑に無造作に置かれているラップサイロや大型のトラクター。
「でっかいど~」のコピー通りの風景がどこまでも続いている。

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             【天まで届く直線道路】

3日目に納沙布岬に行った。
ここは日本の最東端で、日の出が東京より20分ほど早いという。
ここから北方4島が見える。
ただ実際に見えるのは歯舞諸島と国後島。色丹島と択捉島は中々見えないらしい。
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              【遠くに見える国後島】

択捉までは約144km、色丹島までも70数キロある。
だが、一番近い歯舞諸島の貝殻島までは3.7kmしかない。
人が住んでる水晶島まではたった7kmだ。
双眼鏡で覗くと、ロシア警備隊のレーダサイトがよく見える。

国後島は面積が沖縄よりも広い。
納沙布岬からたった37km。平塚海岸から大島まで60kmほどだから半分強といった感じだ。

「♪遥か国後に・・」と知床旅情に歌われているが、遥か(はるか)というイメージよりもすぐ目の前といった感じだ。
知床半島と根室半島に囲まれた湾の中にちょうど昆布のような形をして中に深く食い込んでいる。
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               【オシンコシンの滝】

北方4島は戦後、旧ソ連に不法に占領されて今に至っている。
千島列島を含む北方領土は古くから日本の領土として日本人が居住していた。
1855年に日本はロシアと日魯通商条約を結び、当時、自然に成立していた択捉島とウルップ島の間を国境とした。
しかし、1945.8.9ソ連は日ソ中立条約を破棄し、対日戦線に一方的に参戦。ポツダム宣言を受諾した後に北方4島を占領した。

当時4島にいた17000余人は強制退去。着の身着のままで日本各地に散らばった。
その時期はこれから秋から冬に向かう時期。着るものもままならず、寒さに震え、これからの行く末も分からず不安と絶望の中で家を追われた人たちのことを思うと、怒りがこみ上げ、戦争の悲惨さを思い知らされる。
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              【畑に見える丹頂鶴】

しかし、北方領土を見てみると、複雑な思いに行きつく。
1855年(安政元年)の日魯通商条約では、択捉とウルップ島の間が国境と定められ、サハリンは日露両国民の居住が認められていた。
1875年には樺太条約でサハリンをロシアに譲り渡し、代わりに千島列島全てを日本の領土とした。
1905年にはポーツマス条約で日本は千島列島全てとサハリンの半分を日本の領土とした。
これは日本が日露戦争に勝利した結果、保有したものだ。
その後、太平洋戦争で敗戦。日本はサハリンと千島列島を失い、北方4島はソ連が実効支配している。
(正式には1951年のサンフランシスコ条約には北方4島は帰属について言及されていない。つまり、ポーツマス条約が生きている?)

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【知床五胡の一つ】

こうしてみてみると、戦争とは国土の奪い合いだ。
かつてのサハリン、東南アジア、満州国建設や朝鮮半島支配なども同じようなものだ。
海外では古くはスペイン・ポルトガルやイギリス、フランスの侵攻や植民地政策。
最近ではポーランド侵攻、クリミヤ半島、ISなど切りがない。
つまり、世界の歴史は戦争や侵攻の繰り返しで、いまだに現在進行形だ。

覇権循環論では、「近世以降の国際秩序はスムーズな覇権交代はほとんどなく、覇権国に対する新興国の挑戦に端を発して、大戦争が勃発して、世界の秩序が変っていく。」と言っている。

つまり、16世紀では大航海時代の先陣を切ったポルトガルにたいしてスペインが挑戦。
その後、スペインから独立したオランダが台頭し、スペインを倒し、
17世紀に入ると、オランダに英国が挑戦し、大英帝国が覇権を握った。
18世紀ではフランスのナポレオンが英国に挑戦し、ワーテルローの戦いで敗れ、
19世紀~20世紀:産業革命で英国が覇権を維持。ドイツの挑戦から世界大戦に発展。
20世紀、英国に対してアメリカが台頭。ソ連の挑戦をうけるも、和平。ソ連崩壊。
そして、21世紀。
中国が台頭し、尖閣を始め東南アジアや西沙諸島などを脅かしている。
最近は北朝鮮が国際秩序を乱している。

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             【歌に歌われる釧路の幣舞橋】
確かに、北方4島を間近で見てみると、魚の宝庫という気がする。
1匹(パイ?)1万円近くもするタラバガニや花咲ガニを見ていると正に海底は宝庫だ。
鮭やサンマ、タラなどそれこそワンサカいる(ような)気がする。
昆布だってびっくりするほど高い。島には鉱物資源も豊富だという。

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         【知床半島中部にあるカムイワッカの滝】

だから、領土は広い方がいい。
強いものが弱いものを力で駆逐する。
いま世界を見るとその方向に確実に進んでいる。
竹島、尖閣は言うに及ばす、沖縄諸島だってどうなるか分からない。
しかし、そこにはルールがあるだろう。いや、ルールを無視するのが人間の歴史か。

何か、そんなものを実感する北海道でもあった。 






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# by yahhosaito | 2017-10-14 08:07 | 旅・サイクリング | Comments(0)

大磯

2017年9月11日。

今日は9.11.
あれから、18年。

天気がいいので久々自転車で大磯に行ってみた。
サイクリング道路を通って小1時間。
平日の夕方近くは穏やかだった。
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今はもう秋 誰もいない海。

トアエモアの歌だが、正にそんな風情。
夏の終わりの、初秋の海岸は誰もいなく、遠くで海岸に近い高校の体操関係の部活の練習か、
部員の男女何人かが自主トレ?をやっていた。

海岸際の緑地でススキが揺れている。
いつの間にかすっかり秋。

8月中旬に夏風邪?で熱が出て、ここ20日ほど体調イマイチ。
ここにきてやっと元気が出てきた。

年取ると直りが悪い。
しかし有り難いことに、90%ほどにまで復活した。
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これから、復活度が×0.9になり、その状態からまた×0.9になり、繰り返しているうちに
壮年期の0.5くらいになるのだろうなと、変な自覚をしながら、とりあえず、元気が出てきてよかったよかった。



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# by yahhosaito | 2017-09-11 19:53 | 日々 | Comments(0)

出穂から網張り

2017年8月18日。

8月に入ってほぼ連続して雨。こんな天気は48年ぶりとテレビが伝える。
おかげで農作物はいろいろな影響を受け、出来が良くない。

我が家も7月は干ばつ。8月は長雨できゅうりもトマトもイマイチ半だ。
干ばつにあえいでいた里芋はここで息を吹き返した。

6月に植えた稲も順調に育ち、8月中旬になって出穂。
田んぼは見事な景観となっている。

今日、スズメによる鳥害避けのための網を張ることになった。
約300坪を1枚の網で覆う。
少し高級品を買い14000円とか。
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張るには少々コツがいる。
何せ、面積が広いので両側から同じ張力で張らないとうまくいかない。
8人ほどで1時間強かかって無事完成。

今年は「はるみ」で特Aになったブランド米。
どのくらいとれるか、タノシミ。

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# by yahhosaito | 2017-08-19 06:20 | 日々 | Comments(0)

2017年盆踊り

2017年8月7日。

8/5,8/6の2日間、地元の盆踊りがあった。
幸い2日ともいい天気に恵まれて、大勢の人が来た。
我が家も帰省中の娘夫婦と孫たち。

今年から我が西の会はある施策をやってみた。
それは町内の「休憩所」を作ること。

そもそも、盆踊りは地域の沢山の団体がテントを出し、それを拠点に模擬店を出したり、おしゃべりの場にしたりしている。
しかし、よく考えてみると、一般の住民の居場所がないのでは・・

では、町内の一般の人が来た場合の居場所を作ろうと、、机といすを出し、飲み物をたっぷり用意して待った。
しかし、空振り。
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延べで20人来たかどうかで、想定の半分以下だ。
事前のPRがほとんどなかったので、来年はこの辺をどうするかが課題だな。

まあいいだろう。
様子を他地区の人も見ていたから、そういう拠点づくりが少しづつ広がるといいと思う。

それにしても、この暑さで少々オツカレ!


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# by yahhosaito | 2017-08-07 06:30 | 日々 | Comments(0)

檜風呂

2017年7月19日。

数日前に、大磯にある吉田邸に行った。
10年ほど前に火災によって全焼したが、今年の3月に再建されて一般公開された。

1万坪の庭は素晴らしく再建された建物も総ヒノキ造りでこれもまた素晴らしいものだった。
2階にお風呂があった。
勿論、檜ぶろ。

2か所にあり、一つは洋式の風呂だが、もちろんヒノキ造りで船の形をしている。
もう一つは普通の箱型の典型的な檜風呂。

何日かたって、我が家でお風呂に入っていて閃いた。
そうだ、檜ぶろを作ろう。

といっても風呂そのものは括り付けなので簡単には出来ない。
それにおそらくウン10万円もするだろう。

そこで、我が家のプラスチックのような、しかも、カビか何かで部分的に黒ずんでいる床を何とかしようと思い、バスマットを取り外し、それを檜の板に代えて檜風呂まがいにする。

早速、買い出し。
檜の板は160×120センチ。10cm強の板を10枚ほど買ってきた。
杉板の方が半額ほどでこっちにぐらついたが、そこは檜にこだわるようにしてゲット。
全部で1万円強。

あとは、160cmに切りそろえるだけ。
所要時間30分弱。
早い。

早速、洗い場に並べてみた。
オッツ!!いい感じ。
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第一檜の香りがする。
最近のヒット作。

妻も喜んでくれた。

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# by yahhosaito | 2017-07-21 07:33 | 日々 | Comments(0)

頭の中のグールグル検索

2017年7月13日。

歳を取ってくると忘れやすくなるのは仕方ないが、それにしてもさっき考えていたことな何だっけ?とかなり重症で、困ったことだ。

「何しにこの部屋に来たんだっけ?」は日常茶飯事で、そっを考えれば考えるほど分からなくなる。
思い出すことの「補助線」として、関連していたであろう、事項を思い出し、推測してみるがやはり分からない。
そして、諦める。

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まあ人間は忘れることが出来るからあまり悩まずに生きていけるものだと理屈をつけて、“忘れていたこと”を忘れ去る。

認知症が400万人とも800万人ともいわれているので、これからどういう社会になっていくか心配。

忘れていたこと、または、記憶やデータを探す手段としてグーグルやヤフーなど検索エンジンがある。
探したいキーワードを入れてやればまず調べたいものは大概探せる。
日常我々は普通に使っているが、考えてみたら、これはかなり革命的だ。

百科事典はすでにだいぶ前に不要になった。
ひと頃、書棚に占有していた20数冊の大辞典はおそらく1mmほどのメモリーに蓄えられ、あっという間に読み出せる。

ところで、
頭の中に入っている情報をあるキーワードで検索できないものか。

さっき、何考えていたんだっけ?
何しにこの部屋に来たんだっけ?

この疑問を解き明かす検索エンジンがあれば、いつもの悩みは解決する。

頭の中で考えていたことは(忘れない限り)自分の手や口に伝わり、言葉や文字に置き換わる。
ということは、指令(脳波?)が手や口に飛んでいるというわけだ。

すると、この脳波を電気信号に置き換え、デジタル化することは可能ではないか!!??

デジタル化してしまえば、それを取り出して、専用パソコン(メモリ)にストアする。
そうすれば、検索エンジンが使える。(と、思う!?)
コグニッション検索。

こりゃ便利だ。

頭の中で考えていたことが次から次へとデジタル化されメモリーにストアされていく。
自動的にだ。
最近のメモリーは容量が大きいし、CPUの性能も強力だから、きっと凄いぞ。

しかし、思ったことが自動的にストアされると、まずいことも起こる。
あいつは何を考えているかがすぐバレる。

そこで登場するのがパスワード。

まて、最近のパスワードは脆弱だなあ・・・

こりゃチト無理かもしれん!
危険だ。


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# by yahhosaito | 2017-07-13 08:12 | 日々 | Comments(0)

オーマイゴット

2017年6月27日。

本日読んだ記事(本)の中でしびれた話2つ。

1つは将棋の藤井4段だ。


藤井君はそりゃもう何とも言えない。
素晴らしい!ハラショー!だ。
オーマイゴット!というべきか・・。

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91手を1人5時間近くかけて読むという事は、1手を4分くらいかけて先の先100手位を読むか!?
素晴らしい才能だ。

ところで、藤井君にもしびれたが、更にしびれたのは記録を塗り替えられた神谷8段のコメント。

「・・・個人的には少々寂しいが、凡人がほぼ運だけで作った記録を天才が実力で抜いたというのは将棋界にとってとてもいいことだと思う。
藤井さんがこれからの数十年どんな世界を見せてくれるのか、ファンの皆様とともに見続けていきたい。・・・」

素晴らしいコメントだ。
中々言えるものではないと思った。

30年も破られなかった大記録。
「凡人が運だけで・・」いや、とんでもない。大変な天才だ。

少し寂しいどころか、30年もの間君臨してきた本人にしてみれば、正直かなり寂しく、悔しいと思う。
30年間も破られなかった記録って、そうザラにはない。

それがダ。

これだけ、へりくだって、息子世代ともいえる藤井君に敬意を表することが出来るのはサスガと思わずにいられない。

しびれた。


次にしびれたのは、あるサイクリストの話。

8年間をかけて自転車で世界一周した彼はそのゴールをニューヨークのタイムズスクエアと決めた。

1人で15.5万キロを走り切り、ニュージャージー州からマンハッタン島に入ったところ、その日は国連総会があり、そこら中、厳戒警備がされていた。

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自転車には数10kgの荷物が括りつけられている。

「おまえ、その荷物の中に何が入っている!?お前まさかボンパーマン!?」

その詰問姿は腰に手を当てて映画で見た通りのスタイルで少し笑えたという。

「8年半、自転車で地球一周してきて、そのゴールがニューヨークなんだよ!」

  「Oh my god !!! Wellcome to NEWYORK !!! 」

彼曰く:やっぱりニュヨークは最高だぜ!
実は彼は次男の大学時代の友人らしい。




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# by yahhosaito | 2017-06-27 13:29 | 日々 | Comments(0)

ビーツチャーハン

2017年6月26日。

昨日のご飯が残っていたのでビーツチャーハンを作ってみた。

普通、チャーハンは我が家ではトマトケッチャプを入れて作ることが多いが、そうだ、ビーツを入れてみたらいい赤色が出て良いかもしれないと、閃いた。

なんだか、中国とロシアと日本のミックス料理!?

出来上がりはこんな感じだ。
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ビーツはさいの目に切って2~3分ゆでた。
そのままだと、結構硬いかもしれないから。

玉ねぎとウインナソーセージと人参といんげんと思ったが、なかったのでピーマンの緑を入れてみた。
これを、バターとニンニクと塩コショウと隠し味に擦ったしょうがをチビット。

ゆで汁が真っ赤になったので、スープにした。
コンソメを1個入れたのみ。

彩にバジルを1枚。

さて、お味は!?

何!イマイチ!?




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# by yahhosaito | 2017-06-26 11:53 | 日々 | Comments(0)

血圧

2017年6月20日。

最近、血圧が乱高下している。
何か悪い予兆か!?

我が家系は、普段から高いがそれにしても1か月ほど前200を超えた。
その後も、180・・170・・190と少々(かなり)異常。
最高は213-137.

はじめ、137に目が行って、マズマズ!と思って、良くみたら、最高でなく、「最低」だった。
最高は213。うひゃ!
.
月に1度、医者に行って薬をもらってきているが、さすがに不安になって、早めに受診。

「じゃあ、効き目の高いヤツを出しておきましょう!」となんだかあっさりとした診断。
そしてもらってきたのが「ユニシアHD」という薬だった。
因みに、今まではユニシアLD。

HDはhighでLDはLow。
このくらいは素人でもわかる。

しかし、HDを飲んだら2~3日でいきなり120くらいに下がり、110台もしばしば。
以前は140~150が普通だったのに少し下がり過ぎだ。
下に至っては60~70台だ。
なんだかいつも眠いのはそのせい!?
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まあもう少し様子を見てみよう。
血圧計も腕で測る5000円くらいの安物なので正確性はイマイチかもしれない。
昨日、再度医者に行ったら、今度は130台で「いい調子ですね!」と言われた。

それ以来、血圧をまじめに測り、記録表にもつけ始めた。
時折り、いまだに170台も出る。
医者は口数が少ないのか、多くを語らない老先生だが、看護婦が結構よこからコメントを飛ばす。

今度、記録表をもってきて、先生に見せるといいわよ!
夏は、少し下がり気味だからね!
しっかりした血圧計で測れ!  等々・・・

はい。

妻も乱高下。
N・Y直後からだ。
きっと、飛行機のせいに違いない!!
長男の嫁が行った。
「いや、食事のせいです!塩分たっぷりだったから!」

どっちもそんな気がする。




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# by yahhosaito | 2017-06-20 07:23 | 日々 | Comments(0)

美瑛

2017年6月15日。

6/6~6/8の2泊3日でサイクリングに出かけた。
行先は北海道。

予定としては
①千歳空港~札幌 約50km
②美瑛・富良野  約30km
③札幌~支笏湖~千歳空港  約70km

だったが、3日目は天候不順で断念。
そもそも6月の北海道は梅雨がないと思っていたが、意外と雨が多い。

千歳空港からしばらく行った北広島市の辺りから千歳線に沿って自転車専用道路がある。
これがなかなか快適だ。
札幌市内まで20km足らずだが、車を意識しないで走れるのはありがたい。
アップダウンもほとんどなく、林間を駆け抜ける。
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それにしても、25400は安い。
往復の航空機代とホテル宿泊が2日分。おまけに朝食付きだ。
すると、片道の飛行機代は7~8000円かも。
LCCは狭くて混雑と聞いていたが、なんのなんの!
これで充二分!
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札幌から美瑛往復は350kmほどある。
レンタカーを借り、美瑛まで行く。
美瑛はこれぞ北海道という風景の連続。どこか写真で見たことのある風景も点在。
北イタリアの山麓の風景に少し似ている。
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さて、3日目。
生憎の雨で支笏湖行はアウト。
折角なので札幌の街を散策。

北海道庁では説明ガイドに懇切丁寧にうんちくを聞く。
とても勉強になった。
三岸好太郎の美術館があったので入る。洒落た美術館でこれもよかった。
まあ、好みとしては三岸節子のほうがいいかな・・

午後から雨が上がり、北大のポプラ並木、時計台、すすき野・・
定番を歩いてみた。

すすき野で名物のジンギスカンやラーメンも食べたが、ラーメンはさすがに旨い。
2回、味噌と醤油を食べたが双方絶品。
しかし、かなり濃厚なので常食したら体にはよくないかもね!?
美味くてお汁も全部平らげたから・・

美瑛に写真家の若夫婦がいてその写真をカレンダーにしてあった。
買い求めてしっかり見ると美しい景色とともに、撮影の苦労がしのばれる。
美瑛に移り住んで17年という。

ご夫婦の17年の軌跡を思った。






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# by yahhosaito | 2017-06-15 08:22 | 旅・サイクリング | Comments(0)

百合が咲いた

2017年6月12日。

2月の公民館祭りで買ったユリが咲いた。
多分、「カサブランカ」だと思う。
鉢植えにしておいたものだが、だんだん蕾が大きくなって今朝見ると見事に咲いていた。
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カサブランカは香りがかなり強烈だ。
とてもいい匂いなのだが、あまりにも強烈なので過敏な人は少し刺激が強すぎるかもしれない。
空気中から漂ってくる匂いとしては最高レベルだと思う。

最近、花屋で買う百合は大概、中の雄しべがとってある。
雄しべの花粉が付くとなかなか取れないからだと思うが、やはり雄しべのあの色があって全体として引き立つように思う。

先日、妻の誕生日に子供たちから貰った百合は雄しべがとってあった。
比べてみるとやはり雄しべがったほうが見栄えがいい。
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百合は純潔が花言葉だそうだが、「受胎告知」に描かれている百合は雄しべがとってあるそうだ・・
解説によると、聖母マリアの純潔性を示しているそうな・・・
ホントかどうかは不明!

上手く管理すると来年も咲くらしい。


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# by yahhosaito | 2017-06-12 11:33 | 日々 | Comments(0)

たまねぎの収穫

2017年5月28日。

TY田の畑の玉ねぎが収穫時期となった。
3月に500本ほど苗を植えた。

それが今年は見事に育った。
昨年はイマイチ半だったが、今年は大豊作。
何が良かったのか、肥料か?苗か?天候か?
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あまり手をかけていなく、殆んどほったらかしだが見事に育った。
妻と二人で食べる分には年間200個もあればおつりがくるだろう。
それが500個。
その他に、第1農園に100本ほどある。よって合計600個。
これは、種から育てた。
こっちはイマイチ。

TY田は第2農園になる。
広さ、10坪弱。
家から1kmほどの所なので、あまり手がかからないものを植えてある。

だから、玉ねぎとジャガイモ。

玉ねぎは第1農園と第2農園合わせて600本。
これを4人の子供たちが待っている。

ご近所も少しは配るが、近所も専業農家か家庭菜園をやっているので、
みな飽和状態。ノーサンキュー。

3~4日干して、束ねて吊るす。
収穫は大変だが楽しい。

第1農園はこれからトマトやナス、キュウリなどが収穫できる。
春に種を蒔いたビーツもまずまず。

しかし、ニンニクはイマニ!
種代にもならないくらい。
肥料不足か手を抜き過ぎたか・・・?





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# by yahhosaito | 2017-05-28 17:04 | 日々 | Comments(0)

グランドゼロ

2017年5月18日。

ニューヨークから戻ってもう3週間近くになる。

グランドゼロ。
何と言っても、あまりにもインパクトが大きい。もう17年も前の話になってしまったが・・・

グランドゼロとは「爆心地」という意味。あまりにも有名になってしまったこの場所はこの日を境にアメリカのみならず世界を変えることになってしまった。

ジョージ・ブッシュは2001年1月20日に第43代米国大統領に就任した。
しかし、その年の9月に未曾有の大事件同時多発テロが起こる。

それをきっかけにイラク戦争に発展、米国も1000名を超す死者を出す結果となった。

イラク戦争は開戦根拠の大量破壊兵器の存在が見つからず、批判を浴びたり、リーマンショックに端を発した世界同時不況、更には記者会見中にイラク記者から靴を投げられるなど、あまりいい印象はなかった。

グランドゼロ(WTC)はまさしくマンハッタンの繁華街。
位置的にはダウンタウンと呼ばれるマンハッタン島の先端部分にあり、歩いて10分ほどの所には金融の中心地ウオール街がある。
50階クラスのビルが林立している。

現在はWTC跡に2つの(南棟と北棟)モニュメントが作られている。
一辺が70mほどの正四角形で深さが10mほどあり、更にその中に一辺20mほどの窪みがあり、水が滝のように流れ落ちる構造になっている。

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周囲は亡くなった全員の名前が刻まれてあり、花も挿してあった。
最先端のビジネス街で働く若者はきっと嘱望されていた人材だったであろう。
それが、テロという行為に犠牲になった。

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我が家の911も記憶に生々しい。

あの日、上の娘が夕刻に成田からシアトルに向けて旅立った。
会社から22時少し前に我が家に着き、玄関に入った瞬間、「お父さん大変!」と妻が叫んだ。慌ててテレビを見ると2機目がビルめがけて突っ込んだ。
キャスターの久米さんも右往左往していた。

ハイジャックされた飛行機が11機という報道もあった。娘は大丈夫か!?
今頃、シアトルに近い空を飛んでいるはずだ。
しかし、どうすることもできず、深夜2時過ぎに取り敢えず寝た。

朝、7時過ぎに我が家にある男性から電話があった。「ハイジャックのことはご存知だと思います。
実は娘さんを預かっているのでご安心ください。」というバンクーバーからの電話だった。

一人旅だった娘は機内で事情が呑み込めず、ポカンとしていた。
まだ当時大学生。全米の空港は閉鎖され、着陸できない。
付近の飛行機はカナダのバンクーバーめがけて一斉に着陸。
市内のホテルは事情通に押さえられ、娘は相変わらず成すすべもなくポカン。

事情を察した近くの日本人男性は携帯で全容を把握していて、もしよかったらカナダの友人の家に留まらないかと誘われた。
異国で知らない男性から宿泊のお誘い。
覚悟して誘いを受けることにした。

結局5日間、米国に入国できず、カナダの男性宅にお世話になり、数日後、無事帰国した。旅の目的のポートランドの友人宅には行けなかったが、バンクーバーの観光地を案内してもらい、それなりに充実した旅行だったようだ。
その後、彼と交流が出来、我が家に泊まったり、娘の結婚式にも出席してくれた。

人生は分からない。

今回のニューヨークで3人の大統領とリンクしてみると、「ブッシュは911」「オバマはハドソン湾」「トランプはトランプタワー」

ブッシュの時代はまず9.11のこと、そして、グランドゼロを思い出す。



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# by yahhosaito | 2017-05-19 06:51 | 海外・クルーズ | Comments(0)

現場に来て思う事

2017年5月9日。

「現場」に来て改めて思うことがある。
報道で事件や内容を克明に知ることが出来るが、一方で、実態を見ているわけではないので、その感じ方にはなにか距離感がある。
しかし、実際にその現場に立つと印象がだいぶ違う。
なんて言うか、平面的から立体的に変わるというか・・・
虚像から実像に変わるというか・・・

今回のニューヨークでは「ハドソン川」「グランドゼロ」「トランプタワー」などでその感じを強くした。

「ハドソン川」
今から9年前、2009年1月15日、US1549便は、ニューヨークのラガーディア空港を離陸し、1分後、高度850mほどの上空で鳥の群に遭遇してしまう。

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その鳥は、体長60cm、体重が4kgもある大型のカナダガン。
両エンジンが破壊され、推力を失いマンハッタン島西側のハドソン川に緊急着水。
乗客乗員全員155名が助かったことから「ハドソン川の奇跡」と呼ばれた。

何回もTVでその様子が報道され、全容は理解しているはずだったが、実際に現場に行ってみるとまた感じ方が違ってくる。

まず、ラガーディア空港とマンハッタン島とハドソン川の位置関係。

なるほど、こういう位置関係・距離感で起こった事故であり、この状況での機長の判断だったのかと分かる。

離陸して間もなく両エンジンが全く効かなくなり操縦不能、グライダー状態になった。
ラガーディア空港に戻るには大きく旋回して10数キロを滑空しなくてはならない。850mの高さではそんな余裕はない。

上の写真はエンパイアステートビルの86階から撮った。
86階はたぶん350m位だから、この2倍強の高さだ。かなり低い。
地上には大都会が広がっている。

比較的近くにあるテターボロ空港は旋回途中にあるビジネスジェットなどが使う小さな空港だが、高度1000mではここまでも持たないと機長は判断する。
万が一、失速して墜落したら地上は密集地帯、大惨事は必須だ。

そして選んだのはハドソン川への着水。

その時の管制との交信が残っている。
「エッ!ハドソン川・・・!?」
管制官が聞き直すほど、異常な事態だった。

何年か前、インド洋で着水に失敗し125名の死者を出す大惨事が起きている。着水時、胴体より先に片翼が海面に触れ、機体のバランスが崩れ機体が大破した。
サレンバーガー機長はもちろんそのことは知っているはず。
しかし、それしかなかった。

ハドソン川は大都会マンハッタン島の横を流れる川だ。川幅は約1000m。
高さ184mのジョージ・ワシントン・ブリッジもある。川には市民の足であるフェリーや観光用の遊覧船も多く走っている。一歩間違えば市民も巻き込んでしまう可能性も大きくあった。

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確かに、我々自身も観光船に乗り川からマンハッタン島を眺めたものだが、視界には20~30隻の船が走っていた。

US1549便は橋をスレスレでかわし、機首を上げて速度を抑え、時速230kmで着水。この時、着水進入方向と川の流れが一致したことなどが衝撃を和らげる要因となったと言われている。

しかし、1月15日、真冬のハドソン川の水温は2℃、気温は-6℃。
何とか無事に着水はしたものの機内では厳しい状況は続いていた。
機体後部から浸水し、徐々に沈む機体の中での155名の脱出。着水してから4分20秒後に救助の船が到着している。これは偶然ではなく機長があらかじめ港に近い場所に着水したという。近くのフェリーなどが一斉に救助に向かい、着水から23分後には全員救助された。

我々の船も、もしかしたら救助に向かったかもしれない。

遊覧船のガイドが盛んとデッキでしゃべっていたが、生憎、英語を理解できないのでその内容はさっぱりだったのが残念。

「あの出来事は決して奇跡ではないし、自分がヒーローであるとも思っていません。私は普段の訓練どおりのことをしただけです。全ての乗客、そして乗務員が一致団結したからこそ、1人の犠牲者もなく、全員助かったのだと私は思っています。」
記者からコメントを求められ、サレンバーガー元機長はこう話している。

人間、極限状況に置かれると、人間性が出る。逃げる人、立ち向かう人、尽くす人。自己を犠牲にする人。
何年か前に「ポトマックの悲劇」という事故があった。
その何年間前、同じく真冬のポトマック川に架かる橋に激突し、墜落したエアフロリダ機の事故があった。5名の生存者を残し78名が亡くなった。
この時、救助隊の命綱を2度も譲った男性や救助のために氷結する川に飛び込んで女性を救助したという報道があったことを記憶している。

以上は改めて大筋をネットから頂いた。
N.Yでの体験を併せて思うとき、事実は小説より奇なりと痛感する。

昔、職場の同僚O君は、情報処理の現場でシステムダウンという事故(極限状態)が起こると、なぜかやたらに張り切りだし、その事故究明に抜群の才能を発揮したことを思い出した。元々優秀だった彼は非常時に更に更なるエネルギーを燃やすタイプだった。

改めて、現場に立つとその事故の生々しさが際立つ。
あの橋があそこに有って、川にはフェリーがこんな形で沢山浮かんでいて、大都会がすぐそこに存在して、真冬の空や川面はこんな感じだったんだろうと思うと現実に起きた事故に驚愕する。



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# by yahhosaito | 2017-05-09 06:36 | 日々 | Comments(0)

ニューヨーク

2017年5月6日。

GWもあと1日で終わりだ。
現役時代は次第に迫ってくるGW明けが恐ろしく、ブルーマンデイならぬブルーGW(明け)が記憶に生々しい。
今は毎日が日曜日。
有りがたいといえば有りがたいし、なんだか現役組に申し訳ないような気もする。

4/23から4/30までニューヨークに行ってきた。
妻と長男夫婦の4人旅。
全くの個人旅行で、航空券もホテルもすべて自前手配。
行先も勝手気ままプランで行き当たりばったりの旅。

アメリカは新婚旅行のGUAMに始まって、カンザス州のローレンスとラスベガス、数年前のアラスカに続いて4回目だと思う。
今回のニューヨークも突然浮上した旅行だ。

思い付きのような形で実現したニューヨークだったが、思いの外、インパクトがあった。

そして感じたこと。
■何と言ってもさすがに世界のニューヨーク。大きい。
■セントラルパークのスケールの大きさとこの場所に作った先人の知恵。
■人種の多さといろいろな人々、職種
■米国、サンフランシスコとニューヨークの距離感
■新しい国の割に街の持ってる歴史感
■グランドゼロの重さ
■自由の女神の存在感と意味
■メトロポリタン美術館の大きさ
■st.(ストリート)の風情
■大きいスーパーと小さいスーパー
■渦中だったはずの北朝鮮問題と報道の量(少い)
■ニューヨーカー達

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混雑する朝のウォール街

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グランドゼロ 亡くなった全員の名前が刻まれている

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セントラルパーク前の道で

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ハドソン川沿い朝の12AVe.

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セントラルパークは木の芽どき

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USエアウェイズ1549便がハドソン川に着水したのはたぶんこの辺と思う


今回の旅を一言でいうと、「人や生活を見る旅」といったことかもしれない。
従来は主に「景色を見る旅」だったかも。

ツアーはツアーでよいところがあるが、個人旅行はまた別の角度の良さだ。
人に道を乞い、スーパーで食料を調達し、切符を買い、地下鉄やタクシーに乗る。
一味違う旅を体感できた。

帰国後一夜明けてたまっていた新聞を眺めていたらこんなのがあった。

2017.4.24の読売「編集手帳」だ。
記者の米国赴任時代のい思い出らしい。

『大きなくしゃみを、交差点でしたことがある。確か今ごろの米ニューヨークの繁華街だった◆「ブレス・ユー(お大事に)」という声に顔を上げると、ちょうど前を通る車の後席の窓から高校生らしい女の子がほほ笑んでいた。こちらも「サンキュー」と返した一瞬のやりとりは、今も忘れられない米国の思い出だ』

旅の思い出は意外とこんなところが多い。
今回のニューヨークでは、それは何だっただろう・・・


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# by yahhosaito | 2017-05-06 21:25 | 海外・クルーズ | Comments(0)

2017年の桜まつり

2017年4月9日。

今年も桜のシーズンがやってきた。

我が家の前の広場の桜、近くの川の桜、公園の桜、小学校の桜、どこも満開だ。
いや、よく見ると、7分咲きかもしれない。
まだ蕾も結構ある。

しかし、このくらいの方が色が濃いような気がして綺麗だ。
今年もよく咲いてくれた。
一本の木の隅から隅まで花で埋め尽くされている。

見事。

近くの川の桜はライトアップされている。
昨晩、8時過ぎに妻と桜見物と洒落た。

上がっていた雨がまた少しパラパラときたが、たいして濡れるほどの雨ではない。
念のため、一本の傘を持って。

いや、綺麗だ。
川面に対岸の桜が映る。
感動ものだね!

有名な歌に、
  「清水へ祇園をよぎる桜月夜こよひ逢ふひとみなうつくしき 」
がある。
『みだれ髪』に出てくる与謝野晶子の歌だ。

そんな感じがしなくもない。
夜桜を見に来る人たちは、何か幸せそうで、嬉しそうで、楽しそうだ。
満足感に浸っている。
晶子が100年前に感じた風景と今の風景は基本的には変わらない。
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20年ほど前に地元の有志が500本ほどの桜を植えた。
それが今見事に育って、大木になった。

今年は桜まつりの18回目。

今日は桜まつりの当日。
担当の役割も少しあって、これから7:30には出かけなくてはいけない。
雨が心配。

今年から、「里帰りの桜」が1本加わった。

ポトマックの桜だ。

この話は今度しよう。





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# by yahhosaito | 2017-04-09 05:26 | 地域 | Comments(0)

7年目のアンコール

2017年3月19日。

3月も下旬に近づいて、だいぶ暖かくなった。
それでも朝晩は10度以下になるが日中日差しが出れば15度くらいにはなって、正に春の気分だ。

我が家もアンコールも7年目。
思えば、2011年3月11日の大震災の時は停電でエアコンもiHも使えず、難儀したが、年末に入れたアンコールのおかげで暖を取ることが出来た。

いまでは、朝から晩まで、日中の数時間を除けば点けっぱなしだ。
おかげで、薪の消費も大きいが、幸い、供給過剰気味でうれしい悲鳴。

しかし、薪を運んで、切って、割って、運んで、乾かすという大工程を踏んで、火がともる。
原始的といえばこの上ないが、7年もやっていると、ほぼ日常化し、さほど苦にならない。
でも、現役サラリーマンがこれをやるとすれば、休日は半分以上これに費やしてしまうから、チト苦しいかもしれない。

その点、退役組は気楽だ。
薪を蒔き棚にきちんと並べて、遠くから眺めるのは何とも言えず安心感と満足感と達成感があって、幸せだ。

遠くから見ている人はきっとバカみたい!と思うと違いない。

今日も朝から、炎が揺れている。
エアコンはつけない。
アンコール一本のみ。暖かい。
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2月になると、木の選定や切り倒しが始まる。
春になる前に木が水を吸いあげる前に切り倒す。
その関係で、我が家に木が運ばれてくる。

おかげで、森林組合等から調達しなくとも、木が手に入る。
2~3月にかけて、頂いた木の薪づくりに精を出した。
蒔き棚には来年1年分以上のストックが出来た。

乾け!薪。

4月に入れば、ストーブを炊くのは限定的だ。
あと、10日?15日。

春はうれしいが、ストーブが炊けなくなるのは少し寂しいね。

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# by yahhosaito | 2017-03-19 09:12 | 日々 | Comments(0)

6年目の3.11

2017年3月11日。

今日で東日本大震災から6年目。
日本各地で鎮魂の行事が行われた。

神奈川県では直接的な被害はほとんど出なかったが、津波や原発の影響は大きかった。
あの日、あまりの大きな揺れに恐怖に似ためったにない怖さを感じた。
27階建てのビルの3階にいたとき、突然揺れが始まり、部屋の中にいても左右に2mくらいゆっくり動いているのを感じたものだ。

グラグラというより、右から左へスースーと動いている感じ。
正に、動いている、移動している感じだった。

地震の怖さは次に何が起こるかわからない不安の恐怖だ。
震度7が来るのかこのままで収まるのか、天井から張りが落下するほどの揺れが来るのかわからないところの恐怖感だ。

10秒ほどして、普段とは違う異常さを感じて、とりあえず外に通じるドア―を開けに行って退路を確保した。
3階だから階段で駆け下りても30秒ほどだろう。

既に、エレベータは停止していたと思う。
ビルの外に出ると、2000人は収容できるビルの多くの人が外に出ていた。
やがて、東北が悲惨な状況になっているのを聞いた。

その後は、報道の通り。
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このホテルの4階まで津波はきた。
この高さに海水があたり一面がのみ込まれた。
信じられない光景。

早退した帰り道、又大きく揺れた。
電線が大きく揺れ波を打った。
車を運転しながら、電柱が倒れてこないか前より上を見ながらハンドルを握った。

夜になって停電が続き、津波の情報は翌朝の電気が通じるまで分からずじまいだった。

・・・

2年ほど前、東北の田老地区に妻と行った。
そこでボランティアから聞いた悲惨な話。
田老の町はまさに
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何もなくなっていた。

死者・行方不明者合わせて20000人近く。
未だに2千数百人が見つかっていない。







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# by yahhosaito | 2017-03-11 19:59 | 日々 | Comments(0)

古都

2017年3月2日。

しばらく振りの更新になった。
気が付けばもう3月。
この前2017年がスタートしたと思ったが、2か月があっという間に過ぎ去った。

2月の中ほどからラオスに行ってきた。
行先はルアンパバーンとビエンチャン。
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日中は30度を超す暑さだった。
ラオスの印象。
一言でいうと、まだまだ貧しい。

街もインフラが十分でなく、乾季のせいかどこも埃っぽい。
インドのような風景は少ないがカンボジアの風景と似ている。
仏教が70%くらいとか。
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警察官はほとんど見かけないが、まちの治安は保たれている。
交通も整然としていて、クラクションなどの騒音もほとんど聞かれない。
静かで鳥の声が聞こえる位。

ルアンパバーンは歴史の古都。



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# by yahhosaito | 2017-03-02 21:54 | 日々 | Comments(0)

USBキーボード

2017年2月4日。

2011年の春に買ったpcがイマイチ不調で、大枚15万円ほど出して新pcを新調した。
win7から最新のwin10だ。

これで、新しいのは私専用になった。
妻は、2011年のwin7のpcを相変わらず使うことになった。

イマイチの最大は、キーボードが接触不良で上手く作動しないキーが数か所あるという事。
これは、けっこう、ストレスになる。
それに、バッテリーが完全アウトで、100v電源からしか使えない。
これも、時々、厄介だ。

しばらく使っていた妻はついに音を上げ、同じく5年ほど前に買ったサブノートpcを使うことにした。
画面は小さいが、十分に使える。ハズだ。

2週間ほど使っていたが、トウーサン、やっぱり何とかならない!?と言い出し、
調べた結果、外付けのUSB接続キーボードがあることが分かった。
値段も1000円強。

ダメもとで早速買って取り付けるとこれが結構役に立つ。
見かけはイマイチだが、シバラクこれで我慢するという。
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もっとも、このpc、2011年生だがエンジンがCOREi5で結構早いのだ。
win10は15万もするのにCOREi3でスピードはイマイチの感がある。

少しケチってCOREi3にしたが、早まったか!?




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# by yahhosaito | 2017-02-04 21:35 | 日々 | Comments(0)

遊行寺にて

2017年1月29日。

もう数日前のことだが、藤沢で恒例のコミュニケーション研究会の一環で遊行寺に行った。
遊行寺は正式には藤澤山無量光院清浄光寺というらしい。
今から700年ほど前に創建され、時宗の総本山として有名。

というより、分かりやすいのは「箱根駅伝」だ。
特に2日目の復路、遊行寺の坂を駆け上がっていくランナーの負担は大変らしい。
平塚でバトンを受け約20km先の次の中継所は戸塚だから、この遊行寺あたりは胸突き八丁。
よくよく傾斜を見てみると結構な坂だ。
平均斜度は4.7%、キツイところは8%ほどある。
これは相当堪える。

歌舞伎でも有名。(らしい)
3年くらい前に見た歌舞伎演目、「小栗判官」。
小栗判官は妻、照手姫の一門に殺された小栗が閻魔大王の計らいで蘇り、姫と再会し、一門に復讐するという話。
歌舞伎は正直、よくわからなかった。
事前に学習し、解説をよく聞かないと、難解だ。

ここに照手姫の墓がある。

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寒い日だったが、境内の梅はもう咲いていて、かすかな梅の香が漂ってきた。
あと少しで2月。

                               


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# by yahhosaito | 2017-01-30 22:04 | 日々 | Comments(0)

ともしび

2017年1月15日。

先日、千葉に行った帰り、新宿にある「平和祈念展示資料館」に寄ってみた。

ここは、さきの大戦でシベリアなどに抑留された人たちを中心に
大変貴重な資料が展示されている。

シベリア抑留の大変さは想像を絶するところであるが、
本で読むより実際に使われていた品物や衣服などを見ると
よりその大変さが分かる。

抑留者の名簿などもあって、戦後派の自分にとっても生々しさをじかに
伝えるものが数多くある。

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1年ほど前にシベリアに旅行に行って、
その過酷さの一部が実感としてわかるような気がする。

マイナス20度の世界。極寒の地。白一色の世界。
戦時下とポツダム宣言受諾後の世界。

あの後、シベリヤ抑留に関する本や戦争捕虜などの本を少し読んだ。
今の平和が身に染みた。

ウラジオストクは坂の町。
70年もたつと景色は変わる。
変わらない景色もある。

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♪ 1番  (カッコは元々のロシア語の直訳)
夜霧のかなたへ  (乙女は戦場へ)
別れを告げ  (兵士を見送る)
雄々しきますらお (暗夜の別れが)
いでてゆく  (戸口の石段に忍び寄る)
窓辺にまたたく (夜霧の彼方)
ともしびに (若者の目に映るは)
つきせぬ乙女の 愛のかげ  (窓辺の乙女を照らすともしび)

♪  2番
戦いに結ぶ  (見送られ出会う若者たち)
誓いの友  (戦では皆兄弟)
されど忘れ得ぬ  (幾百の戦友)
心のまち  (仲間もいるが)
思い出の姿 (通いなれたあの道が)
今も胸に  (今日も瞼を離れない)
いとしの乙女よ  (どこに可愛いあの子は)
祖国の灯よ (どこに僕のともしびは)

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作詞は楽団カチューシャとある。

なかなかの名訳だと思う。

それにしても、戦争はこうした悲劇を生む。

シベリア抑留、過酷労働、飢え、復員、そして戦後70年。

また、資料館に行ってみよう。


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# by yahhosaito | 2017-01-16 14:23 | 日々 | Comments(0)

だんご焼き

2017年1月15日。

14日、恒例のだんご焼きがあった。
15時点火だったが、朝から少し風が強く心配されたが何とか15時ごろになって少し収まり、無事、点火。
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今年は14日が土曜日という事もあって、若いお父さんやお母さん子供たちも大勢参加した。

しかし寒い。
昨日の朝は我が家のベランダでマイナス3度。
今朝はなんとマイナス5度だった。
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こんな低い気温を見るのは何年かぶり。
1年前のシベリアのマイナス20度を経験しているので、どうという事ないと思えばそれまでだが、かなりの寒さ。

雪国では2.5mほどの積雪だとか。

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# by yahhosaito | 2017-01-15 07:18 | 地域 | Comments(0)

2017年

2017年1月13日。

あっという間に年が明けて、あっという間に今日はもう13日。
なんだかとても忙しかった。

というのも、年末から孫たちが来て1週間ほど滞在し、そのあとはたまった仕事をかたずけ、会合などにも出かけ、今日になって少し余裕が出てきた。

それにしても、年末からずっといい天気で快晴。
これだけいい天気が続く正月も珍しい。

しかし、寒い。
今日は朝起きて気温を見ると2度。
このところ、一日中ストーブを炊いておかげで薪の消費は著しい。

2月にいつものグループ展がある。
1人5点を出すのがノルマだから、在庫だけでは足りない。
そこで2年前に行った北イタリアの山麓風景を描きだした。
場所ははっきりわからないが、ドロミテからボルツアーノに下る途中だと思う。

イタリアはどこに行っても絵になる。
こんな風景がどこにもあるというのがすごい。
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まだ、影はつけていない。
点ければ少しは良くなるぞ!!

妻が見てボロクソ言った。
第一遠近感がない!

確かに!!
辛口で行ってくれる人は貴重だ。
人の眼は大いに参考になる。
自分の眼は先入観があってあてにならない。

展覧会まで1か月。
何とか他の4点をひねり出し、北イタリアを加えて5点。
間に合わせたいところだが・・・

2階に娘たちがいた部屋がアトリエ代わりだ。
ここから見る富士山が冬の澄んだ空気の中で美しい。
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富士山。
日本の誇りだな!!

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# by yahhosaito | 2017-01-13 19:06 | 日々 | Comments(0)

年賀状

2016年12月31日。

年末になると、いつも思い出す文章。

「つごもりの夜、いたう暗きに、松どもともして、夜半過ぐるまで人の門たたき走りありきて、何事にかあらむ、ことことしくののしりて、足をそらにまどふが、暁がたより、さすがに音なくなりぬるこそ、年のなごりも心細けれ」

ご存知、徒然草の一節。
今日は、大つごもり。

懸案の年賀状が、先日やっと終わった。
28日に出したから、たぶん元旦には間に合うだろう。

それにしても、年賀状もそろそろ考え物だ。
虚礼廃止が叫ばれて久しいが、なかなかなくならない。
無くならないのは、一方でメリットというか賀状の意味が支持されているからだろう。

自分にとっての意味は、3つある。
 ①普段、きっかけのほとんどない友人知人の挨拶(ストローク)の窓口。
 ②賀状を頂くことによる普段ほとんど接触のない友人知人からの情報入手。
 ③面と向かってなかなか言えないことを言う。(特に感謝の気持ちやごあいさつ)

たぶんこの2点に尽きる。
①②を除けば、あとはいつもあっていて情報交換したり交友を深めている人たちばかり。
はっきり言えば、賀状はあまり必要としない人たちばかり。
もっと言えば、出さない人たちの中には、情報交換したり、挨拶をしたい人たちも出す賀状の2倍か3倍はいるはずだ。

何故出さないか。
来ないから?
出す人と出さない人の境目は実にビミョウだ!

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今まで数年間年賀状はパソコンで書いていたが、そろそろ飽きて昨年からまた版画を復活させた。
手間かかるようで、意外と簡単だ。

さて、どうにか今年の懸案事項も終わって、何とか「大つごもり」を迎えられそうだ。




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# by yahhosaito | 2016-12-31 06:53 | 日々 | Comments(0)

12月の水曜日

2016年12月14日。

朝から氷雨といった感じの雨で寒い。

空が鉛色で憂鬱な気分だ。
普段あまり気にしていないお天道様もとてもありがたく思える。
たったの1日ですらこんな感じだから、鉛の空が2週間も続いた時を想像すると、かなり耐えられない。

北国では日常茶飯事だと思うが、そう思うとこの辺はありがたい。
ベランダに楓が落葉して「濡れ落ち葉」になっている。
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よく見ると綺麗だ。

明日はどうやらお日様が出そう。
冬になると夏が羨ましくなり、夏になれば、冬が恋しい。
人間はかなり勝手な生き物だ。

まあそんなものかも・・

ストーブも大概は日中はお休みするけれど、こんな日は朝から寝るまで点けっぱなし。
おかげで薪は急速に減ってきた。



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# by yahhosaito | 2016-12-14 15:37 | 日々 | Comments(0)

手帳


2016年12月5日。

12月も早5日。

ことわざ通り、忙しい12月。
1日から某セレモニー。そのあと打ち合わせや、夜は公民館祭りの会合。
2日は関連事項の整理や準備。夜はクリスマスフェスタの練習があった。
そして、3日は午後から町内忘年会の準備と本番。
忘年会景品に今年も多くの家で農産物や特産品を出してもらいその数88個。
ビンゴで景品は消化できず、お土産のお持ち帰りもできた。
4日はAⅯの朝日カルチャー、PMはクリスマスフェスタの本番。
夜はフェスタの忘年会、ラスカのイタリアンレストランでおいしい食事とお酒。
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今日5日は何もない。おりしも快晴で幾分暖かく気持ちいい。
ただ、飲み過ぎのせいか、頭がイマイチすっきりしない。

今週はと思って手帳を眺めると、今週も来週もまあまあ用事が詰まってる。
再々来週の26日の週からはエンプティだ。
でも、この辺は年賀状に大掃除などがある・・

今の手帳は3年前から使っている。
ポケットサイズの小型版だが、久々のヒット。
使いやすい。

うれしいのは11月から手帳がスタートしていることだ。
そして、再来年(2018年)の3月まで書けるようになっている。
つまり、2(今年)+12(来年)+3(再来年)で17か月のスケジュールが書き込める。

来年の手帳を買うのは大概11月中頃だから、11月から来年の手帳モードで書き込める。
11月には来年1月や2月の日程も少しづつ入り込んでくるので、今年書いておいた1月2月の日程を新しい手帳に書き写すことができる。
そのパターンの繰り返して、翌年の日程がきちんとかけるのは助かる。

今までの手帳は来年(再来年)が書けたとしても1月いっぱい位まで。
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これは画期的だと思っている。

会社時代はB5版位の大きい手帳(ビジネスダイアリー?)を主に使っていたが、やはり持ち歩きできるのはポケットサイズ。
まだ他の利点もたくさんある。確か1000円足らずだと思った。

本箱の隅には会社時代の手帳が捨てられずにとってある。
たぶん20冊以上。
懐かしいポケットサイズの弊社特製の緑色の手帳もある。
これも10年くらい使っていたかもしれない。
これにもお世話になった。

とってある手帳、たぶん使い道はない。
読み返すこともたぶんない。
でも捨てられない。

断捨離。
妻のことは笑えない。







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# by yahhosaito | 2016-12-05 20:59 | 日々 | Comments(0)

2016年11月24日。

11月に雪が降るのは54年振りだそうだ。
今日は天気予報通り、朝起きると窓の外はみぞれ。

7時過ぎからそれが雪に変わって、雪が積もりだした。
2時間後の9時には木の葉っぱやベランダには白く雪が積もった。
確かにこれは雪だ。
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11月に雪とはびっくり。
54年振りといわれると、さて、自分の54年前は何だったかと、雪とは全く別の昔を考えてしまう。

昭和37年というから、高校生だ。たぶん、高校1年生。
自宅から歩いても15分くらいの近い高校だったが、あまりいい思い出はない。
出来の悪い高校生だったから。

体調もイマイチで、正直、学校に行くのがイヤだった。
その記憶がある程度吹っ切れたのはたぶん30近くになって方かもしれない。
かつては夢の中に出てくることもたまにあったが、さすがに今はない。

よかったのか悪かったのか・・・

それにしても、天気予報が当たった。
かつて、気象庁に大形コンピュータ・スパコンを納入していた弊社(の従業員)は気象予報に関してある想いを持っていた。
最新鋭のコンピュータを駆使して、精度の高い気象予報をしてちょうだいね!
多くはそんな気持ちでいたと思う。

気象観測のメッシュは格段に狭くなって、日本上空の大気の分布が天文学的数字で記録され・予測されることになったはずだ。
そして精度は上がった。

その成果の一つが、本日の雪の予報。(と、素人は思っているのだね!)
ドンピシャリ!!
時刻も降雪量も測ったように雪になった。
「未来が分かる不思議」
大げさに言えば、今日の天気予報はそんな感じさえした。

降りすぎる雪はあまりうれしくないが、ほどほどの雪は歓迎。

ベランダの隅にある千両に雪が積もって綺麗だ。
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《満天星躑躅に雪!?》

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《冬薔薇!?》


息子のいる長野は大雪だろうか!?
タイヤはスパイクタイヤに替えたかい!!??

まてよ!
今日の雪は今年の冬初めての「雪」というのか!?
11月はまだ「秋」のはずだ!





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# by yahhosaito | 2016-11-24 08:53 | 日々 | Comments(0)

足柄峠サイクリング

2016年11月17日。

久しぶりにサイクリングに出かけた。
行先は秋の紅葉を見に足柄峠。

関本まで車で行き、駅周辺の駐車場に車を止めて、そこからグルーっと一回り。
およそ、45kmほど。

駿河小山の駅で同行のN氏と待ち合わせ。
関本からは17kmほど。
10:00の待ち合わせ時間に間に合うように8:30頃関本を出る。

R246の旧道を走るのは久しぶり。
かつては山中湖にテニス合宿に行くときの通いなれた道だったが、30年ほど前?に新道ができてほとんど交通量はなくなった。
くねくねとした道を大型ダンプカーがガンガン走っていたものだ。

数キロのあいだ、すれ違った車は2~3台。
おかげで、渓谷の紅葉を堪能できた。

駿河小山で合流し、そこから結構な登りが続く。
峠までは10km強だが、標高差は500mほど。平均斜度4.5%と年寄りには結構きつい。
キツイところは10%ほどある。
10%というと10m先の1mの高さまで登るということだから、100m先の10mということ。
これが延々と続くと堪える。

しかし、途中の紅葉は結構綺麗で、天気もほぼ快晴。
秋サイクを堪能した。

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足柄峠に着いたのは13:00ごろ。
あいにくこの時間は雲が出て、秀麗富士は雲に隠れてしまった。
まあ、富士山は我が家から毎日拝んでいるからいいか・・・

足柄峠は、かつての駿河の国と相模の国の国境の峠だった。
足柄峠を昔は足柄坂と呼んでいて、ここから東を「坂東」といった。
つまり、足柄峠はその入り口。
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足柄峠を越える道は東海道として整備され、足柄路といった。
別名を「矢倉沢往還」。

しかし、富士山の延暦噴火(宝永噴火の前)の際に、足柄路が通れなくなったために箱根峠を通る街道が整備された。
特に、江戸時代になると箱根路は険しいが距離が短いために東海道の主要街道として整備されて、足柄峠は脇街道になったという。
足柄古道がそこかしこから見ることができるが、狭い山道で昔の人は良く通行ができたなと感心する。

ここには関所も置かれていた。
その少し先から矢倉岳を見ることができる。
丸いお椀を伏せたような山だ。

サシバの渡りで有名なところ。
多い時は1000羽を超えるサシバが上昇気流に乗って、鷹柱を作りぐるぐると回って気流をつかみ、一斉に流れるように西に飛んでいく。
一説によると、伊良湖岬を目指すという。
昔、バードウォッチングで来たことがあるなあと思い出しながら、急な坂道を降りる。

あっという間に、30分強で関本に到着。
オツカレサンでした! ○




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# by yahhosaito | 2016-11-18 07:22 | 旅・サイクリング | Comments(0)

見えるものと見えないもの

2016年11月12日。

「大事なものは目に見えないんだよ!」といったのは、サン・テグジェペリ。
目に見えることが大事なこともある。
ゴミだ。

昨日は東京の息子と千葉の娘のところに朝から行って、帰ってきたのは22時を回ったころ。
正直、少し疲れた。
行きは、横浜経由の湾岸で行き、やたらに込んでいて、息子のところに着いたのは14時近く。4時間近くかかってしまった。

ここから千葉の娘のところは12kmほどで、30分足らず。ここは順調だった。
一日、曇りか小雨模様で、寒いくらい。
たぶん、12度くらいだっただろう。

それにしても、今日はいい天気だ。
第一暖かい。20度くらいあるかもしれない。

明るい日差しの中で、午後からお客さんが来るというので、居間を掃除した。

我が家は、掃き掃除は箒だ。
それも、昔からある座敷ボウキ。

床はフローリングだから掃きにくいが、どういうわけか10年以上も前から箒。
掃いた後、取れたごみの量が目でわかる。

取れたごみはたいした量ではないが、目に見えると掃いた「達成感」がある。
最近は普通、掃除器だからどのくらいとれたかは分からない。
結果として綺麗になっているだけだ。

しかし、この目に見えるということはひょっとしたら大事なことではないか。
最近目に見えないから(見ようとしないから。見えてもバーチャルだから)面倒なことも起こる。

つまり、見えているのはいつも虚像で実像ではない(ことが多い)。
湾岸戦争の画面で見る攻撃対象と破壊の映像。
テレビで見る事故や事件。
さらに言えば、趣味のゴルフやテニスだって、ゲームの世界が台頭してきている。
セクシー映像やナニだってバーチャルオンパレードだ。

そう考えると、このゴミの存在感はどうだ!!
まさしく、実像そのもの。
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実像の大事なところは、それだけにとどまらないところだ。
ゴミでいえば、実像はばっちいだけでなく、風が来ると宙に舞い、臭いもし、砂埃とともにざらざら感、よく見ると単に埃だけではなく、いろいろなものが混じっている。

ゴミから、コミュニケーションも生まれることもある。
たかがゴミ。されどゴミ。
昔、会社時代に現場の組長さんが言っていた言葉を思い出す。                                          「たかがネジ、されどネジ。」
ネジ一本一本に意味(必要性)がある。

ネジ一本で、世界が変わることだってあるぞ!

今回はちと強引か。スマン!


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# by yahhosaito | 2016-11-12 20:12 | 日々 | Comments(0)