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 湘南の田舎から日々雑感
by yahhosaito
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総合公園の梅

2018年2月6日。

暫くぶりに快晴に誘われ総合公園の梅を見に行った。
相変わらず寒く、今朝、庭の外気温はマイナス3度を指していた。
でも、この時間は10度まで上がってきて、風は冷たいが家にいると気分も優れないので、自転車でポタリング。
公園を徒歩で一回りすれば、2kmほどになる。

公園の梅の木はたぶん100本以上、もしかしたら200本くらいあるのかもしれない。
中々の梅の木で手入れも行き届いている。
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この時期、まだほとんど咲いておらず、早咲きの木が何本かくらい赤い花びらを付けていた。
例年だともうかなり咲いているのではと思うが、今年は異常だ。
畑の農作物も悲惨な限り。
我が家の畑のブロッコリーはほとんどアウト。
キャベツもまるまるどころか、苗を大きくしたような感じで「成長」の痕跡が見当たらない。

僅かな畑人の経験だが、今までこんなことあったのだろうか?
「沈黙の春」ではないが、その時期になっても、いつもの成長が見られず、stopになったら、来るものが来なかったら、それこそ、社会は大混乱だ。

まあ春になればそれなりに暖かくなり、それなりに木々が成長し、緑で満たされるだろう。
よく見ると、桜の芽は膨らみ、コブシの蕾もだいぶ大きくなった。
あと少しすると、低山の雑木林はうっすらと白く萌えだし、啓蟄を経ていよいよ春本番だ。

冬季オリンピックが終わったころはすっかり春の気分かもしれない。

昨日の落日もよかった。
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# by yahhosaito | 2018-02-06 14:11 | 日々 | Comments(0)

2月如月

2018年2月1日。

毎年同じような感情の繰り返しだが、1月に入って、あっという間に2月。
連日寒い日が続いて、薪の消費もずいぶんと激しい。

まあいいだろう。薪のストックは沢山ある。
朝、6時には火を点けて、そのまま10時過ぎまで。
燃え残りの火が落ちるまで炊き続けて、午前中はそこで終わる。

夕方、15:00を過ぎると少し寒くなって、午後4時には遅くとも又点ける。
その繰り返しが何日も続いている。
ストーブのトップには加湿用の大きな鍋と、やかん。
場合によっては、スープやシチューなどの鍋が並んでいる。
コトコトと微かな音を立て、湯気が立ち上る。

そんな冬の生活が7年も続いた。

あと何年出来るだろう。
最近そんなことも思いながら、あまり衰えていないと思っている体力に過信して
せっせと薪づくりに励み、薪棚に積み上げ、飽きることなく燃している。

1月から忙しい日が続いている。
何もない日はホッとする。
今日は午前中、会合に出かけ、午後はその整理と明後日の資料を作った。
気が付くと6時を回っていた。

そんな日が最近多い。

2月は伐採の季節でもある。
木々が水を上げる前に木を切り倒す。
すると薪が出る。
後半になると、薪づくりも加速するに違いない。
有りがたいことでもある。
いつしか自然に薪が集まるようになった。

切って割って運んで乾かし1年後にストーブにくべる。
寒い日は灰も多い。

そして畑に蒔く。
焼畑耕作のようなものだ。
畑はもうハコベが顔を出している。

昨日、皆既月食があった。
ベランダに出て観察した。
綺麗。
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息子はスカイツリーから撮ったらしい。
無断で借用し掲載する。ゴメン!


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# by yahhosaito | 2018-02-01 20:40 | 日々 | Comments(0)

雪の日

2018年1月22日。

20日の大寒を過ぎて、昼過ぎから天気予報通り雪が降りだした。
午後2時過ぎから降る勢いが強くなり、3時過ぎると辺りは一面真っ白になった。

こんな雪は昨年はなかったような気がする。
このままでいけば、未明まで降るというので10cmくらいは積もるかもしれない。
雪は綺麗で風情もあるが、降った後は結構大変だ。
しかも、10cm以上積もると、雪かきなどで深いところは30cm以上。
1mくらいの小山が出来ることもある。
すると、1週間くらいはぐちょぐちょに悩まされる。
b0158170_15411762.jpg
まあ、雪国のことを思えば、なんのなんの。
こんな程度で甘えては、申し訳ない。

多分、この感じだと、会社は早期退社命令を出しているはず。
電車が止まり、バスが動かなくなると、帰宅できなくなった社員に対する会社の危機管理能力を疑われる。
会社はこんなことでテレビに出たりしたものなら、アウト。
主管部門の責任者はまあxxxx

有名な句に、
「雪というこの美しい(き?)魔物かな」
というのが有ったような気がする。

今日は夕方から次期自治会役員の選考打ち合わせ。
最近やる人がいなくなって、苦労する。
新聞によると64歳までの働いている人は3人に2人。
70歳でも週何日かは働いている人が多い。

だから、地域の役員は出来ませんという。
働きながらでも役員は出来ると思うのだが、仕事を盾にNGと言われると、その先突っ込みようがない。

生活掛かって働いている人とそうでもない人。
そうでもない人は地域のためにひと肌脱いでほしいものですねえ。





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# by yahhosaito | 2018-01-22 15:41 | 日々 | Comments(0)

2018年1月17日

2018年1月17日。

阪神淡路大震災から23年目という。
あれは1997年の1月17日。

もう23年もたつが記憶に生々しい。
会社に出勤すると、いつものようにパソコンを立ち上げた。
当時、我々の職場には個人のデスクにパソコンが配備され、メールでやり取りする今とさして変わらないIT環境だった。

画面から出て来たのはあの大震災の生々しい画像。
家での7時のニュースに速報が出ていなかったのか?
その辺の記憶は少し薄れている。

いずれにしても、会社のパソコンで事態を知った。

急いでショールームのTVを見に行くと、高速道路の高架橋の横転画像が生々しく映し出されていた。
そして、長田地区の立ち上る煙。
これが日本か目を疑ったものだ。
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神戸港の桟橋横の被害(2007.4)

6435名の犠牲者。
その後、東日本大震災で大きな死者を出したが、伊勢湾台風を大きく上回る死者だった。
災害は忘れたころにというが、意外と忘れるどころかかなり短い間隔で災害は起こっている。

ここ10年を見ても、東日本大震災、熊本地震、長野地震などなど大きな地震が頻発した。
水害や土砂崩れ、御岳山の噴火など枚挙にいとまがない。

幸い我が地区は家もそう立て込んではなく、付近に畑や田んぼもあるので、万一の際は何とかしのげるだろう。
簡易トイレくらいはたぶん簡単に設置できる。
食料も何とかなると思うが、仮に3割くらいが食うものにも困る事態になったら、かなり大騒ぎだ。
日頃からの備えが大切。

1997.1、まだ50代の頃だ。ウッ!(涙)

3.11も近い。






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# by yahhosaito | 2018-01-17 18:30 | 日々 | Comments(0)

年末に思った

2017年12月25日。

年末に思ったと言っても、高尚な話ではない。
段ボールの話だ。

明後日は最後の資源ごみの日で要らない段ボールの箱を壊しながら思った。
まあ、あえて言うとかねてから思っていたことだ。
    (なんて素晴らしいんだろうと)

あの複雑な形状は誰が考えるのか?
一筆書きのごとく、誠に素晴らしい折り方で一枚の紙(段ボール)から複雑な形状が出来上がっていく。
素晴らしい。
ロシア人だったらきっと「ハラショー」というに違いない!
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何かで読んだが、加工のプロ(技術者)がいるようでその人た折り方を考えるらしい。

そこで思ったこと。

これは、日本の折り紙の技術が生かされているのではないか?

古来から、「折り鶴」は言うに及ばず、いろいろな動物や虫などが一枚の紙から織られていく。
最近では、宇宙船の翼の開き方への応用や円筒の強度加工に応用されているらしい。
素晴らしい。ハラショー!ワンダフル!!

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折り紙作家と言われる人たちがいて、一種の芸術を形作っている。
手先が器用な日本人ならではのことかもしれない。

初めに紙を折って折り紙を作った人は誰だろう。
多分、特定できない。

何故なら、人は紙切れを手にすると、たいがいは何かを折りたくなる。
形が特定できるのも、特定できないもの、色々あるがとにかく何か折り曲げたくなるのは人間の「特性」の様な気がする。

意外と文化の発達の歴史を紐解くと、この辺に根源の一部があるような気がしてきた。
もっとも「紙」の誕生はパピルスに始まるから、今から5000年ほど前の話になるかも。

いや、パピルスは少々硬そうなので、木の繊維からできるようになった紙は中世だと思う。
折り紙の歴史と合うか!??

今日は未明から雨が降りいいお湿りとなった。
朝になるとすっかり雨が上がって、暖かくなるらしい。





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# by yahhosaito | 2017-12-25 08:11 | 日々 | Comments(0)

年末の新聞から

2017年12月24日。

今日はクリスマスイヴ。
と言っても何も嬉しくもない。
子供たちは皆独立し、我が家にいるのは古女房。もとい恋女房のみ。
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1980年代?だったか、毎年この時期になると、恋人とイヴの夜をホテルで過ごすために、かなり前からホテルは予約でいっぱいなんて意気地代があったけれど、今はどうなんだろうか?

当時、少しクレージーでないの!?と半分思いながらも、そうか上手くやっているなあ・・でも大変だなあ・・男は・・と思いを馳せ?あれからウン十年が過ぎた。
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北朝鮮危機 外交の正念場という記事が出ていた。

「頼りは核のみ」と信じ切った北はついにICBMを発射。危機は同盟国の安全から、米国そのものに変わった。
側近によると、「もし大統領が本国の安全と地域の安全のどちらかを選ばざるを得なくなった場合、彼は前者を選ぶだろう」と述べたという。

そりゃそうだろう。
その時どうなるか。

お互いにやり合う。
結果、100kmも離れていないソウルは大打撃。激しく言えば火の海。
日本も基地が沢山あるのでかなりの攻撃を受けるに違いない。
ここ神奈川県にも横須賀は海軍第7艦隊の司令部があり、付近に厚木基地や相模原には在日米陸軍の司令部もある。

沖縄、三沢、岩国、横田など在日米軍基地は点在している。
傘の下の内はいいが、傘が無くなったらと思うと怖い。
ミサイル一発でも飛んで来たらどうなるか?
迎撃が上手くいけばいいが、100発も飛んできて、99%迎撃できても1%外れたら、被害は深刻だ。

記事では時間との競争の中で「大統領が痺れを切らし、夜中起きだして、核コードを手に取る日が来ないとも限らない」そんな懸念が米国で高まる・・と言っている。

そうならないように、どう対処するかを述べている。
首相はもとより外務大臣の手腕が問われる。
がんばれ太郎さん!!

紅白の出場者が出ていた。

全部で50人(組)ほどだが、さすがに知らない人が多くなった。
顔と名前が一致するのが10人ほど。
名前は聞いたことがあるのがやはり10人ほど。

あとの30人はどこのどなた様かさっぱり分からない。
時代が流れ過ぎたか・・・(泣き)
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12/24読売新聞より

五木ひろしは47回目、石川さゆりは40回目。AKB48も10回目だというからオジサンも年を取ったね。
ああヤダ!










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# by yahhosaito | 2017-12-24 08:33 | 日々 | Comments(0)

ソージ機

2017年12月22日。

先日、掃除機を買ってきた。
今あるものはたぶん10年以上も前のものと思う。

基本的に我が家では和箒が多く、最後のごみの吸い取りに掃除機を使うという使い方だったが、これはこれで便利だった。
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箒ははたき代わりになるので障子のサンや何かの上にたまっている埃を払うにはまことに具合がいい。
それに、たまったゴミや埃を目で確認するするには掃除機では上手くいかない。

妻がお父さん掃除機でも買おうか?と言い出した。
新聞に大きな広告が載っていてその気になったらしい。

コードレスで軽くて吸引力がすごいらしい。
いい事づくめだ。
ただ、値段がちょっと高い。

まあいいだろう。
お店に行ってみてみると、なんだかんだで2~3割安くなるそうだ。
で、買ってみた。
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確かに強力。それに軽い。
取ったゴミが目で見えるのがいい。
今まで、絨毯の掃除でき具合はあまりよくわからなかったが、こんどは吸い取った量がよくわかり達成感がある。
それに、コードレスは確かに便利だ。

ただ、バッテリの時間がカタログで30分。
ふつうは15分もあれば掃除が終わるだろうから、十分と思うが、車の社内を掃除したらもしかしたら時間切れになるかも。

しかし、総合的にはオススメ!
いい買い物だったもしれない。



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# by yahhosaito | 2017-12-22 11:10 | 日々 | Comments(0)

大船の観音様

2017年12月11日。

6日、会社時代の年1回ある懇親会に出かけた。
懇親会はいつも河原でのBBQが多く、多彩な料理人が手料理でBBQの花を添えてくれたが、
このところ3~4年タイミングが合わず出かけずじまいだった。
今年は何とか都合をつけて出席。
場所は大船の観音様を見て、その後、懇親会という段取りだった。

大船の観音様はかつて現役の頃、通勤の行き帰りに電車から拝んできたが、行くのは初めて。
電車からは横顔が拝顔できた。
鎌倉の大仏様が美男とすれば大船の観音様はかなりの美女。横顔もいい。

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大船駅からは歩いて3分ほどで観音様への登り口が始まり、3分ほどで鎮座する頂上にたどり着ける。
すぐ目の下には大船駅。少し東に目をやれば鎌倉大仏方面だ。

12月らしい寒さではあるが、快晴で風も少なく願ってもない日和となった。

観音さま。
今回の仲間5人は全員男性。お顔を眺めて観音様は女性だよな!という事になったが、本当に女性か?
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そこで、境内の係の女性に聞いてみた。
観音さまは「中性」ですという答え。

どうも調べると、観音様、即ち、観世音菩薩は、本来男性であったと考えられるとのこと。
ある学者は、梵名が男性名詞であることや華厳経に「勇猛なる男子観世音菩薩」と書かれていることから、本来男性であったと説を唱えているらしい。

一方、中国では「慈母観音」などというように女性と見る意見が多いそうだ。
特に、観音様は女性的な顔立ちが多いことからそのように見る場合が多い。
観音様が世を救済するに、広く衆生の状況に応じて、種々の形体を現じ、法華経(観音経)には、観世音菩薩はあまねく衆生を救うために相手に応じて「仏身」「声聞身」「梵王身」など、33の姿に変身すると説かれているという。

男か女かの論議は少し俗すぎた。
まだまだ、解脱?してない!

大船観音は子供のころの記憶と大人になってからの記憶に妙な不連続があった。
意識していたわけではないが、山の上に何か大きな顔のようなものが建っていて子供心に何だろうという疑問があった。

やがて、その記憶は忘れ去り、かなりの年月が経って行った。
忘れたのは、思えば、妙な顔のようなものが忽然と消え、思考の土俵から外れてしまっていた。

それから何年かたって、ある日、山の上に真っ白な観音様が忽然と現れた。
その頃はもう大人で、観音様のお顔であることはすぐに理解できた。

その謎が、今回分かった。
そうだったのか!?

大船駅前に移動し、懇親会。
最近は昼間から居酒屋が開いている。
しかも安い。
そして混んでいる。


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# by yahhosaito | 2017-12-11 22:05 | 日々 | Comments(0)

野鳥の森OB会

2017年11月12日。

少々古い話になるが、野鳥の森OB会なるものを開催した。

そもそも「野鳥の森」って何か!

話はだいぶさかのぼるが、1990年の中頃、わが社(正確に言うと事業部)はかなり絶頂期にあり、いけいけどんどんの時代だった。
売上も業績も最高潮で業界でトップ(クラス)を走っていた。
世界最高水準のコンピューターを開発製造していた。

そんな時、創立XX周年記念の一環として「経営提言」という企画があり、多くの経営に関するシビアな提言の中に交じって、「野鳥の森構想」というものがあった。

広い工場の敷地の中に野鳥を呼んで、従業員の自然や環境を大切にする心を養うと同時に、工場のイメージアップを狙おうというものだった。
鳥をダシにしてイメージアップとは少々専門家から叱られそうな気もするが、当時は、会社のイメージ戦略とかアイデンティティとか言われた時代でもあった。

多くの企業が、本業のタスクとはかけ離れた社会貢献事業に資金を提供し、美術館を作るとか、劇場を作るとか、コンサートホールを作るとかが流行っていた。
メセナとかフィランソロフィなどと言って、企業の社会的貢献が声高に論じられた時代でもあった。

そんな背景もあって、「野鳥の森」提言は採用され、工場内に野鳥の森なる一角(施設)が出来上がった。
かなりのお金をかけて野鳥の池も出来上がった。

その結果、鳥が集まり、鳥を縁に近隣の小学校との交流や工場見学、合同観察会、など、様々な企画が実行された。
勿論、その推進のためにプロジェクトが組織され、野鳥(バードウォチング)が好きなメンバーが集まった。

その組織は10数年続くことになる。

しかし、その後、状況は変化し、メンバーは定年退職したり、転勤したり・・
会社も世の中も大きく様変わりし、いつしか、野鳥の森もかつての勢いを失っていた。

退職して10年強。
八ヶ岳に妻と出かけた帰り道、閃いた。
  「今やらないと、皆動けなくなる!」
そんな思いから、当時のキーマンに協力を仰ぎ、野鳥の森OB会を実施した。
それが2017年10月16日。

久々に工場に入った印象は、又別の視点で大いに盛況だったことだ。
嬉しい限り。
我が人生の多くを過ごした会社(工場)が無くなるのはやっぱり寂しい。
それを吹き飛ばしてくれる勢いだった。

「企業30年説」というのがある。
30年もたてば、技術進歩が変わり、社会のニーズが変わり、経営も変わり、やがて企業は衰退するというものだ。
我が事業部は既に50年を超えているが、元気だった。
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野鳥の森OBのメンバは元気そのものだった。
還暦古希を超えた面々が、地域のために頑張っている。
皆、よく食べ、良くしゃべった。
現役時代、定時後よく集ったレストラン「La-XXX」も健在。当時のままだった。

工場案内をしてくれた、お嬢さん、種々、支援してくれた庶務課の若手。
ありがとう
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当日のプレゼン資料;最終頁












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# by yahhosaito | 2017-11-12 21:23 | 日々 | Comments(0)

北海道で思った

2017年10月14日。

2017.10.9~10.12、道東に妻と旅行した。
某旅行社の企画する「公共機関では行きにくい秘境へ~ガイド同行でじっくり巡るさいはて秘境めぐり~」という4日の旅だ。

主な行先は「知床」「釧路湿原」「野付半島」「納沙布岬」「屈斜路湖」など。
特にネイチャーガイドが種々解説してくれるのがウリだった、
最少催行人員20人という事だったので参加者は少ないと思いったが、41名もいて少々ビックリ。

羽田集合6:20とのことで、3時起きし、4:30の田村車庫発羽田行きのリムジンに乗った。

羽田から女満別空港までは約1.5時間。
7:10分発のフライトで9:00前にはもう女満別。
北海道は今年2回目。先回は5月、サイクリング仲間のN氏とサイクリングに来た。
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           【知床半島ウトロ港からのクルーズ】

今回はもうすでに紅葉の真っ盛りでナナカマドの赤やブナの黄色がとても綺麗だった。
先回の美瑛や富良野も北海道らしい風景だが、道東も見渡す限りの畑や牧草地でこれまた北海道らしい風景の連続だ。
特に、延々20数キロも続く直線の道路、まっすぐと緩やかなアップダウンを繰り返し、天に向かって真っすぐに伸びている。
広い畑の境界を区切るカラ松の林。点在する酪農の小屋、畑に無造作に置かれているラップサイロや大型のトラクター。
「でっかいど~」のコピー通りの風景がどこまでも続いている。

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             【天まで届く直線道路】

3日目に納沙布岬に行った。
ここは日本の最東端で、日の出が東京より20分ほど早いという。
ここから北方4島が見える。
ただ実際に見えるのは歯舞諸島と国後島。色丹島と択捉島は中々見えないらしい。
b0158170_07204867.jpg
              【遠くに見える国後島】

択捉までは約144km、色丹島までも70数キロある。
だが、一番近い歯舞諸島の貝殻島までは3.7kmしかない。
人が住んでる水晶島まではたった7kmだ。
双眼鏡で覗くと、ロシア警備隊のレーダサイトがよく見える。

国後島は面積が沖縄よりも広い。
納沙布岬からたった37km。平塚海岸から大島まで60kmほどだから半分強といった感じだ。

「♪遥か国後に・・」と知床旅情に歌われているが、遥か(はるか)というイメージよりもすぐ目の前といった感じだ。
知床半島と根室半島に囲まれた湾の中にちょうど昆布のような形をして中に深く食い込んでいる。
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               【オシンコシンの滝】

北方4島は戦後、旧ソ連に不法に占領されて今に至っている。
千島列島を含む北方領土は古くから日本の領土として日本人が居住していた。
1855年に日本はロシアと日魯通商条約を結び、当時、自然に成立していた択捉島とウルップ島の間を国境とした。
しかし、1945.8.9ソ連は日ソ中立条約を破棄し、対日戦線に一方的に参戦。ポツダム宣言を受諾した後に北方4島を占領した。

当時4島にいた17000余人は強制退去。着の身着のままで日本各地に散らばった。
その時期はこれから秋から冬に向かう時期。着るものもままならず、寒さに震え、これからの行く末も分からず不安と絶望の中で家を追われた人たちのことを思うと、怒りがこみ上げ、戦争の悲惨さを思い知らされる。
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              【畑に見える丹頂鶴】

しかし、北方領土を見てみると、複雑な思いに行きつく。
1855年(安政元年)の日魯通商条約では、択捉とウルップ島の間が国境と定められ、サハリンは日露両国民の居住が認められていた。
1875年には樺太条約でサハリンをロシアに譲り渡し、代わりに千島列島全てを日本の領土とした。
1905年にはポーツマス条約で日本は千島列島全てとサハリンの半分を日本の領土とした。
これは日本が日露戦争に勝利した結果、保有したものだ。
その後、太平洋戦争で敗戦。日本はサハリンと千島列島を失い、北方4島はソ連が実効支配している。
(正式には1951年のサンフランシスコ条約には北方4島は帰属について言及されていない。つまり、ポーツマス条約が生きている?)

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【知床五胡の一つ】

こうしてみてみると、戦争とは国土の奪い合いだ。
かつてのサハリン、東南アジア、満州国建設や朝鮮半島支配なども同じようなものだ。
海外では古くはスペイン・ポルトガルやイギリス、フランスの侵攻や植民地政策。
最近ではポーランド侵攻、クリミヤ半島、ISなど切りがない。
つまり、世界の歴史は戦争や侵攻の繰り返しで、いまだに現在進行形だ。

覇権循環論では、「近世以降の国際秩序はスムーズな覇権交代はほとんどなく、覇権国に対する新興国の挑戦に端を発して、大戦争が勃発して、世界の秩序が変っていく。」と言っている。

つまり、16世紀では大航海時代の先陣を切ったポルトガルにたいしてスペインが挑戦。
その後、スペインから独立したオランダが台頭し、スペインを倒し、
17世紀に入ると、オランダに英国が挑戦し、大英帝国が覇権を握った。
18世紀ではフランスのナポレオンが英国に挑戦し、ワーテルローの戦いで敗れ、
19世紀~20世紀:産業革命で英国が覇権を維持。ドイツの挑戦から世界大戦に発展。
20世紀、英国に対してアメリカが台頭。ソ連の挑戦をうけるも、和平。ソ連崩壊。
そして、21世紀。
中国が台頭し、尖閣を始め東南アジアや西沙諸島などを脅かしている。
最近は北朝鮮が国際秩序を乱している。

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             【歌に歌われる釧路の幣舞橋】
確かに、北方4島を間近で見てみると、魚の宝庫という気がする。
1匹(パイ?)1万円近くもするタラバガニや花咲ガニを見ていると正に海底は宝庫だ。
鮭やサンマ、タラなどそれこそワンサカいる(ような)気がする。
昆布だってびっくりするほど高い。島には鉱物資源も豊富だという。

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         【知床半島中部にあるカムイワッカの滝】

だから、領土は広い方がいい。
強いものが弱いものを力で駆逐する。
いま世界を見るとその方向に確実に進んでいる。
竹島、尖閣は言うに及ばす、沖縄諸島だってどうなるか分からない。
しかし、そこにはルールがあるだろう。いや、ルールを無視するのが人間の歴史か。

何か、そんなものを実感する北海道でもあった。 






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# by yahhosaito | 2017-10-14 08:07 | 旅・サイクリング | Comments(0)

大磯

2017年9月11日。

今日は9.11.
あれから、18年。

天気がいいので久々自転車で大磯に行ってみた。
サイクリング道路を通って小1時間。
平日の夕方近くは穏やかだった。
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今はもう秋 誰もいない海。

トアエモアの歌だが、正にそんな風情。
夏の終わりの、初秋の海岸は誰もいなく、遠くで海岸に近い高校の体操関係の部活の練習か、
部員の男女何人かが自主トレ?をやっていた。

海岸際の緑地でススキが揺れている。
いつの間にかすっかり秋。

8月中旬に夏風邪?で熱が出て、ここ20日ほど体調イマイチ。
ここにきてやっと元気が出てきた。

年取ると直りが悪い。
しかし有り難いことに、90%ほどにまで復活した。
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これから、復活度が×0.9になり、その状態からまた×0.9になり、繰り返しているうちに
壮年期の0.5くらいになるのだろうなと、変な自覚をしながら、とりあえず、元気が出てきてよかったよかった。



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# by yahhosaito | 2017-09-11 19:53 | 日々 | Comments(0)

出穂から網張り

2017年8月18日。

8月に入ってほぼ連続して雨。こんな天気は48年ぶりとテレビが伝える。
おかげで農作物はいろいろな影響を受け、出来が良くない。

我が家も7月は干ばつ。8月は長雨できゅうりもトマトもイマイチ半だ。
干ばつにあえいでいた里芋はここで息を吹き返した。

6月に植えた稲も順調に育ち、8月中旬になって出穂。
田んぼは見事な景観となっている。

今日、スズメによる鳥害避けのための網を張ることになった。
約300坪を1枚の網で覆う。
少し高級品を買い14000円とか。
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張るには少々コツがいる。
何せ、面積が広いので両側から同じ張力で張らないとうまくいかない。
8人ほどで1時間強かかって無事完成。

今年は「はるみ」で特Aになったブランド米。
どのくらいとれるか、タノシミ。

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# by yahhosaito | 2017-08-19 06:20 | 日々 | Comments(0)

2017年盆踊り

2017年8月7日。

8/5,8/6の2日間、地元の盆踊りがあった。
幸い2日ともいい天気に恵まれて、大勢の人が来た。
我が家も帰省中の娘夫婦と孫たち。

今年から我が西の会はある施策をやってみた。
それは町内の「休憩所」を作ること。

そもそも、盆踊りは地域の沢山の団体がテントを出し、それを拠点に模擬店を出したり、おしゃべりの場にしたりしている。
しかし、よく考えてみると、一般の住民の居場所がないのでは・・

では、町内の一般の人が来た場合の居場所を作ろうと、、机といすを出し、飲み物をたっぷり用意して待った。
しかし、空振り。
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延べで20人来たかどうかで、想定の半分以下だ。
事前のPRがほとんどなかったので、来年はこの辺をどうするかが課題だな。

まあいいだろう。
様子を他地区の人も見ていたから、そういう拠点づくりが少しづつ広がるといいと思う。

それにしても、この暑さで少々オツカレ!


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# by yahhosaito | 2017-08-07 06:30 | 日々 | Comments(0)

檜風呂

2017年7月19日。

数日前に、大磯にある吉田邸に行った。
10年ほど前に火災によって全焼したが、今年の3月に再建されて一般公開された。

1万坪の庭は素晴らしく再建された建物も総ヒノキ造りでこれもまた素晴らしいものだった。
2階にお風呂があった。
勿論、檜ぶろ。

2か所にあり、一つは洋式の風呂だが、もちろんヒノキ造りで船の形をしている。
もう一つは普通の箱型の典型的な檜風呂。

何日かたって、我が家でお風呂に入っていて閃いた。
そうだ、檜ぶろを作ろう。

といっても風呂そのものは括り付けなので簡単には出来ない。
それにおそらくウン10万円もするだろう。

そこで、我が家のプラスチックのような、しかも、カビか何かで部分的に黒ずんでいる床を何とかしようと思い、バスマットを取り外し、それを檜の板に代えて檜風呂まがいにする。

早速、買い出し。
檜の板は160×120センチ。10cm強の板を10枚ほど買ってきた。
杉板の方が半額ほどでこっちにぐらついたが、そこは檜にこだわるようにしてゲット。
全部で1万円強。

あとは、160cmに切りそろえるだけ。
所要時間30分弱。
早い。

早速、洗い場に並べてみた。
オッツ!!いい感じ。
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第一檜の香りがする。
最近のヒット作。

妻も喜んでくれた。

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# by yahhosaito | 2017-07-21 07:33 | 日々 | Comments(0)

頭の中のグールグル検索

2017年7月13日。

歳を取ってくると忘れやすくなるのは仕方ないが、それにしてもさっき考えていたことな何だっけ?とかなり重症で、困ったことだ。

「何しにこの部屋に来たんだっけ?」は日常茶飯事で、そっを考えれば考えるほど分からなくなる。
思い出すことの「補助線」として、関連していたであろう、事項を思い出し、推測してみるがやはり分からない。
そして、諦める。

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まあ人間は忘れることが出来るからあまり悩まずに生きていけるものだと理屈をつけて、“忘れていたこと”を忘れ去る。

認知症が400万人とも800万人ともいわれているので、これからどういう社会になっていくか心配。

忘れていたこと、または、記憶やデータを探す手段としてグーグルやヤフーなど検索エンジンがある。
探したいキーワードを入れてやればまず調べたいものは大概探せる。
日常我々は普通に使っているが、考えてみたら、これはかなり革命的だ。

百科事典はすでにだいぶ前に不要になった。
ひと頃、書棚に占有していた20数冊の大辞典はおそらく1mmほどのメモリーに蓄えられ、あっという間に読み出せる。

ところで、
頭の中に入っている情報をあるキーワードで検索できないものか。

さっき、何考えていたんだっけ?
何しにこの部屋に来たんだっけ?

この疑問を解き明かす検索エンジンがあれば、いつもの悩みは解決する。

頭の中で考えていたことは(忘れない限り)自分の手や口に伝わり、言葉や文字に置き換わる。
ということは、指令(脳波?)が手や口に飛んでいるというわけだ。

すると、この脳波を電気信号に置き換え、デジタル化することは可能ではないか!!??

デジタル化してしまえば、それを取り出して、専用パソコン(メモリ)にストアする。
そうすれば、検索エンジンが使える。(と、思う!?)
コグニッション検索。

こりゃ便利だ。

頭の中で考えていたことが次から次へとデジタル化されメモリーにストアされていく。
自動的にだ。
最近のメモリーは容量が大きいし、CPUの性能も強力だから、きっと凄いぞ。

しかし、思ったことが自動的にストアされると、まずいことも起こる。
あいつは何を考えているかがすぐバレる。

そこで登場するのがパスワード。

まて、最近のパスワードは脆弱だなあ・・・

こりゃチト無理かもしれん!
危険だ。


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# by yahhosaito | 2017-07-13 08:12 | 日々 | Comments(0)

オーマイゴット

2017年6月27日。

本日読んだ記事(本)の中でしびれた話2つ。

1つは将棋の藤井4段だ。


藤井君はそりゃもう何とも言えない。
素晴らしい!ハラショー!だ。
オーマイゴット!というべきか・・。

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91手を1人5時間近くかけて読むという事は、1手を4分くらいかけて先の先100手位を読むか!?
素晴らしい才能だ。

ところで、藤井君にもしびれたが、更にしびれたのは記録を塗り替えられた神谷8段のコメント。

「・・・個人的には少々寂しいが、凡人がほぼ運だけで作った記録を天才が実力で抜いたというのは将棋界にとってとてもいいことだと思う。
藤井さんがこれからの数十年どんな世界を見せてくれるのか、ファンの皆様とともに見続けていきたい。・・・」

素晴らしいコメントだ。
中々言えるものではないと思った。

30年も破られなかった大記録。
「凡人が運だけで・・」いや、とんでもない。大変な天才だ。

少し寂しいどころか、30年もの間君臨してきた本人にしてみれば、正直かなり寂しく、悔しいと思う。
30年間も破られなかった記録って、そうザラにはない。

それがダ。

これだけ、へりくだって、息子世代ともいえる藤井君に敬意を表することが出来るのはサスガと思わずにいられない。

しびれた。


次にしびれたのは、あるサイクリストの話。

8年間をかけて自転車で世界一周した彼はそのゴールをニューヨークのタイムズスクエアと決めた。

1人で15.5万キロを走り切り、ニュージャージー州からマンハッタン島に入ったところ、その日は国連総会があり、そこら中、厳戒警備がされていた。

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自転車には数10kgの荷物が括りつけられている。

「おまえ、その荷物の中に何が入っている!?お前まさかボンパーマン!?」

その詰問姿は腰に手を当てて映画で見た通りのスタイルで少し笑えたという。

「8年半、自転車で地球一周してきて、そのゴールがニューヨークなんだよ!」

  「Oh my god !!! Wellcome to NEWYORK !!! 」

彼曰く:やっぱりニュヨークは最高だぜ!
実は彼は次男の大学時代の友人らしい。




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# by yahhosaito | 2017-06-27 13:29 | 日々 | Comments(0)

ビーツチャーハン

2017年6月26日。

昨日のご飯が残っていたのでビーツチャーハンを作ってみた。

普通、チャーハンは我が家ではトマトケッチャプを入れて作ることが多いが、そうだ、ビーツを入れてみたらいい赤色が出て良いかもしれないと、閃いた。

なんだか、中国とロシアと日本のミックス料理!?

出来上がりはこんな感じだ。
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ビーツはさいの目に切って2~3分ゆでた。
そのままだと、結構硬いかもしれないから。

玉ねぎとウインナソーセージと人参といんげんと思ったが、なかったのでピーマンの緑を入れてみた。
これを、バターとニンニクと塩コショウと隠し味に擦ったしょうがをチビット。

ゆで汁が真っ赤になったので、スープにした。
コンソメを1個入れたのみ。

彩にバジルを1枚。

さて、お味は!?

何!イマイチ!?




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# by yahhosaito | 2017-06-26 11:53 | 日々 | Comments(0)

血圧

2017年6月20日。

最近、血圧が乱高下している。
何か悪い予兆か!?

我が家系は、普段から高いがそれにしても1か月ほど前200を超えた。
その後も、180・・170・・190と少々(かなり)異常。
最高は213-137.

はじめ、137に目が行って、マズマズ!と思って、良くみたら、最高でなく、「最低」だった。
最高は213。うひゃ!
.
月に1度、医者に行って薬をもらってきているが、さすがに不安になって、早めに受診。

「じゃあ、効き目の高いヤツを出しておきましょう!」となんだかあっさりとした診断。
そしてもらってきたのが「ユニシアHD」という薬だった。
因みに、今まではユニシアLD。

HDはhighでLDはLow。
このくらいは素人でもわかる。

しかし、HDを飲んだら2~3日でいきなり120くらいに下がり、110台もしばしば。
以前は140~150が普通だったのに少し下がり過ぎだ。
下に至っては60~70台だ。
なんだかいつも眠いのはそのせい!?
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まあもう少し様子を見てみよう。
血圧計も腕で測る5000円くらいの安物なので正確性はイマイチかもしれない。
昨日、再度医者に行ったら、今度は130台で「いい調子ですね!」と言われた。

それ以来、血圧をまじめに測り、記録表にもつけ始めた。
時折り、いまだに170台も出る。
医者は口数が少ないのか、多くを語らない老先生だが、看護婦が結構よこからコメントを飛ばす。

今度、記録表をもってきて、先生に見せるといいわよ!
夏は、少し下がり気味だからね!
しっかりした血圧計で測れ!  等々・・・

はい。

妻も乱高下。
N・Y直後からだ。
きっと、飛行機のせいに違いない!!
長男の嫁が行った。
「いや、食事のせいです!塩分たっぷりだったから!」

どっちもそんな気がする。




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# by yahhosaito | 2017-06-20 07:23 | 日々 | Comments(0)

美瑛

2017年6月15日。

6/6~6/8の2泊3日でサイクリングに出かけた。
行先は北海道。

予定としては
①千歳空港~札幌 約50km
②美瑛・富良野  約30km
③札幌~支笏湖~千歳空港  約70km

だったが、3日目は天候不順で断念。
そもそも6月の北海道は梅雨がないと思っていたが、意外と雨が多い。

千歳空港からしばらく行った北広島市の辺りから千歳線に沿って自転車専用道路がある。
これがなかなか快適だ。
札幌市内まで20km足らずだが、車を意識しないで走れるのはありがたい。
アップダウンもほとんどなく、林間を駆け抜ける。
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それにしても、25400は安い。
往復の航空機代とホテル宿泊が2日分。おまけに朝食付きだ。
すると、片道の飛行機代は7~8000円かも。
LCCは狭くて混雑と聞いていたが、なんのなんの!
これで充二分!
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札幌から美瑛往復は350kmほどある。
レンタカーを借り、美瑛まで行く。
美瑛はこれぞ北海道という風景の連続。どこか写真で見たことのある風景も点在。
北イタリアの山麓の風景に少し似ている。
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さて、3日目。
生憎の雨で支笏湖行はアウト。
折角なので札幌の街を散策。

北海道庁では説明ガイドに懇切丁寧にうんちくを聞く。
とても勉強になった。
三岸好太郎の美術館があったので入る。洒落た美術館でこれもよかった。
まあ、好みとしては三岸節子のほうがいいかな・・

午後から雨が上がり、北大のポプラ並木、時計台、すすき野・・
定番を歩いてみた。

すすき野で名物のジンギスカンやラーメンも食べたが、ラーメンはさすがに旨い。
2回、味噌と醤油を食べたが双方絶品。
しかし、かなり濃厚なので常食したら体にはよくないかもね!?
美味くてお汁も全部平らげたから・・

美瑛に写真家の若夫婦がいてその写真をカレンダーにしてあった。
買い求めてしっかり見ると美しい景色とともに、撮影の苦労がしのばれる。
美瑛に移り住んで17年という。

ご夫婦の17年の軌跡を思った。






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# by yahhosaito | 2017-06-15 08:22 | 旅・サイクリング | Comments(0)

百合が咲いた

2017年6月12日。

2月の公民館祭りで買ったユリが咲いた。
多分、「カサブランカ」だと思う。
鉢植えにしておいたものだが、だんだん蕾が大きくなって今朝見ると見事に咲いていた。
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カサブランカは香りがかなり強烈だ。
とてもいい匂いなのだが、あまりにも強烈なので過敏な人は少し刺激が強すぎるかもしれない。
空気中から漂ってくる匂いとしては最高レベルだと思う。

最近、花屋で買う百合は大概、中の雄しべがとってある。
雄しべの花粉が付くとなかなか取れないからだと思うが、やはり雄しべのあの色があって全体として引き立つように思う。

先日、妻の誕生日に子供たちから貰った百合は雄しべがとってあった。
比べてみるとやはり雄しべがったほうが見栄えがいい。
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百合は純潔が花言葉だそうだが、「受胎告知」に描かれている百合は雄しべがとってあるそうだ・・
解説によると、聖母マリアの純潔性を示しているそうな・・・
ホントかどうかは不明!

上手く管理すると来年も咲くらしい。


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# by yahhosaito | 2017-06-12 11:33 | 日々 | Comments(0)

たまねぎの収穫

2017年5月28日。

TY田の畑の玉ねぎが収穫時期となった。
3月に500本ほど苗を植えた。

それが今年は見事に育った。
昨年はイマイチ半だったが、今年は大豊作。
何が良かったのか、肥料か?苗か?天候か?
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あまり手をかけていなく、殆んどほったらかしだが見事に育った。
妻と二人で食べる分には年間200個もあればおつりがくるだろう。
それが500個。
その他に、第1農園に100本ほどある。よって合計600個。
これは、種から育てた。
こっちはイマイチ。

TY田は第2農園になる。
広さ、10坪弱。
家から1kmほどの所なので、あまり手がかからないものを植えてある。

だから、玉ねぎとジャガイモ。

玉ねぎは第1農園と第2農園合わせて600本。
これを4人の子供たちが待っている。

ご近所も少しは配るが、近所も専業農家か家庭菜園をやっているので、
みな飽和状態。ノーサンキュー。

3~4日干して、束ねて吊るす。
収穫は大変だが楽しい。

第1農園はこれからトマトやナス、キュウリなどが収穫できる。
春に種を蒔いたビーツもまずまず。

しかし、ニンニクはイマニ!
種代にもならないくらい。
肥料不足か手を抜き過ぎたか・・・?





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# by yahhosaito | 2017-05-28 17:04 | 日々 | Comments(0)

グランドゼロ

2017年5月18日。

ニューヨークから戻ってもう3週間近くになる。

グランドゼロ。
何と言っても、あまりにもインパクトが大きい。もう17年も前の話になってしまったが・・・

グランドゼロとは「爆心地」という意味。あまりにも有名になってしまったこの場所はこの日を境にアメリカのみならず世界を変えることになってしまった。

ジョージ・ブッシュは2001年1月20日に第43代米国大統領に就任した。
しかし、その年の9月に未曾有の大事件同時多発テロが起こる。

それをきっかけにイラク戦争に発展、米国も1000名を超す死者を出す結果となった。

イラク戦争は開戦根拠の大量破壊兵器の存在が見つからず、批判を浴びたり、リーマンショックに端を発した世界同時不況、更には記者会見中にイラク記者から靴を投げられるなど、あまりいい印象はなかった。

グランドゼロ(WTC)はまさしくマンハッタンの繁華街。
位置的にはダウンタウンと呼ばれるマンハッタン島の先端部分にあり、歩いて10分ほどの所には金融の中心地ウオール街がある。
50階クラスのビルが林立している。

現在はWTC跡に2つの(南棟と北棟)モニュメントが作られている。
一辺が70mほどの正四角形で深さが10mほどあり、更にその中に一辺20mほどの窪みがあり、水が滝のように流れ落ちる構造になっている。

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周囲は亡くなった全員の名前が刻まれてあり、花も挿してあった。
最先端のビジネス街で働く若者はきっと嘱望されていた人材だったであろう。
それが、テロという行為に犠牲になった。

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我が家の911も記憶に生々しい。

あの日、上の娘が夕刻に成田からシアトルに向けて旅立った。
会社から22時少し前に我が家に着き、玄関に入った瞬間、「お父さん大変!」と妻が叫んだ。慌ててテレビを見ると2機目がビルめがけて突っ込んだ。
キャスターの久米さんも右往左往していた。

ハイジャックされた飛行機が11機という報道もあった。娘は大丈夫か!?
今頃、シアトルに近い空を飛んでいるはずだ。
しかし、どうすることもできず、深夜2時過ぎに取り敢えず寝た。

朝、7時過ぎに我が家にある男性から電話があった。「ハイジャックのことはご存知だと思います。
実は娘さんを預かっているのでご安心ください。」というバンクーバーからの電話だった。

一人旅だった娘は機内で事情が呑み込めず、ポカンとしていた。
まだ当時大学生。全米の空港は閉鎖され、着陸できない。
付近の飛行機はカナダのバンクーバーめがけて一斉に着陸。
市内のホテルは事情通に押さえられ、娘は相変わらず成すすべもなくポカン。

事情を察した近くの日本人男性は携帯で全容を把握していて、もしよかったらカナダの友人の家に留まらないかと誘われた。
異国で知らない男性から宿泊のお誘い。
覚悟して誘いを受けることにした。

結局5日間、米国に入国できず、カナダの男性宅にお世話になり、数日後、無事帰国した。旅の目的のポートランドの友人宅には行けなかったが、バンクーバーの観光地を案内してもらい、それなりに充実した旅行だったようだ。
その後、彼と交流が出来、我が家に泊まったり、娘の結婚式にも出席してくれた。

人生は分からない。

今回のニューヨークで3人の大統領とリンクしてみると、「ブッシュは911」「オバマはハドソン湾」「トランプはトランプタワー」

ブッシュの時代はまず9.11のこと、そして、グランドゼロを思い出す。



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# by yahhosaito | 2017-05-19 06:51 | 海外・クルーズ | Comments(0)

現場に来て思う事

2017年5月9日。

「現場」に来て改めて思うことがある。
報道で事件や内容を克明に知ることが出来るが、一方で、実態を見ているわけではないので、その感じ方にはなにか距離感がある。
しかし、実際にその現場に立つと印象がだいぶ違う。
なんて言うか、平面的から立体的に変わるというか・・・
虚像から実像に変わるというか・・・

今回のニューヨークでは「ハドソン川」「グランドゼロ」「トランプタワー」などでその感じを強くした。

「ハドソン川」
今から9年前、2009年1月15日、US1549便は、ニューヨークのラガーディア空港を離陸し、1分後、高度850mほどの上空で鳥の群に遭遇してしまう。

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その鳥は、体長60cm、体重が4kgもある大型のカナダガン。
両エンジンが破壊され、推力を失いマンハッタン島西側のハドソン川に緊急着水。
乗客乗員全員155名が助かったことから「ハドソン川の奇跡」と呼ばれた。

何回もTVでその様子が報道され、全容は理解しているはずだったが、実際に現場に行ってみるとまた感じ方が違ってくる。

まず、ラガーディア空港とマンハッタン島とハドソン川の位置関係。

なるほど、こういう位置関係・距離感で起こった事故であり、この状況での機長の判断だったのかと分かる。

離陸して間もなく両エンジンが全く効かなくなり操縦不能、グライダー状態になった。
ラガーディア空港に戻るには大きく旋回して10数キロを滑空しなくてはならない。850mの高さではそんな余裕はない。

上の写真はエンパイアステートビルの86階から撮った。
86階はたぶん350m位だから、この2倍強の高さだ。かなり低い。
地上には大都会が広がっている。

比較的近くにあるテターボロ空港は旋回途中にあるビジネスジェットなどが使う小さな空港だが、高度1000mではここまでも持たないと機長は判断する。
万が一、失速して墜落したら地上は密集地帯、大惨事は必須だ。

そして選んだのはハドソン川への着水。

その時の管制との交信が残っている。
「エッ!ハドソン川・・・!?」
管制官が聞き直すほど、異常な事態だった。

何年か前、インド洋で着水に失敗し125名の死者を出す大惨事が起きている。着水時、胴体より先に片翼が海面に触れ、機体のバランスが崩れ機体が大破した。
サレンバーガー機長はもちろんそのことは知っているはず。
しかし、それしかなかった。

ハドソン川は大都会マンハッタン島の横を流れる川だ。川幅は約1000m。
高さ184mのジョージ・ワシントン・ブリッジもある。川には市民の足であるフェリーや観光用の遊覧船も多く走っている。一歩間違えば市民も巻き込んでしまう可能性も大きくあった。

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確かに、我々自身も観光船に乗り川からマンハッタン島を眺めたものだが、視界には20~30隻の船が走っていた。

US1549便は橋をスレスレでかわし、機首を上げて速度を抑え、時速230kmで着水。この時、着水進入方向と川の流れが一致したことなどが衝撃を和らげる要因となったと言われている。

しかし、1月15日、真冬のハドソン川の水温は2℃、気温は-6℃。
何とか無事に着水はしたものの機内では厳しい状況は続いていた。
機体後部から浸水し、徐々に沈む機体の中での155名の脱出。着水してから4分20秒後に救助の船が到着している。これは偶然ではなく機長があらかじめ港に近い場所に着水したという。近くのフェリーなどが一斉に救助に向かい、着水から23分後には全員救助された。

我々の船も、もしかしたら救助に向かったかもしれない。

遊覧船のガイドが盛んとデッキでしゃべっていたが、生憎、英語を理解できないのでその内容はさっぱりだったのが残念。

「あの出来事は決して奇跡ではないし、自分がヒーローであるとも思っていません。私は普段の訓練どおりのことをしただけです。全ての乗客、そして乗務員が一致団結したからこそ、1人の犠牲者もなく、全員助かったのだと私は思っています。」
記者からコメントを求められ、サレンバーガー元機長はこう話している。

人間、極限状況に置かれると、人間性が出る。逃げる人、立ち向かう人、尽くす人。自己を犠牲にする人。
何年か前に「ポトマックの悲劇」という事故があった。
その何年間前、同じく真冬のポトマック川に架かる橋に激突し、墜落したエアフロリダ機の事故があった。5名の生存者を残し78名が亡くなった。
この時、救助隊の命綱を2度も譲った男性や救助のために氷結する川に飛び込んで女性を救助したという報道があったことを記憶している。

以上は改めて大筋をネットから頂いた。
N.Yでの体験を併せて思うとき、事実は小説より奇なりと痛感する。

昔、職場の同僚O君は、情報処理の現場でシステムダウンという事故(極限状態)が起こると、なぜかやたらに張り切りだし、その事故究明に抜群の才能を発揮したことを思い出した。元々優秀だった彼は非常時に更に更なるエネルギーを燃やすタイプだった。

改めて、現場に立つとその事故の生々しさが際立つ。
あの橋があそこに有って、川にはフェリーがこんな形で沢山浮かんでいて、大都会がすぐそこに存在して、真冬の空や川面はこんな感じだったんだろうと思うと現実に起きた事故に驚愕する。



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# by yahhosaito | 2017-05-09 06:36 | 日々 | Comments(0)

ニューヨーク

2017年5月6日。

GWもあと1日で終わりだ。
現役時代は次第に迫ってくるGW明けが恐ろしく、ブルーマンデイならぬブルーGW(明け)が記憶に生々しい。
今は毎日が日曜日。
有りがたいといえば有りがたいし、なんだか現役組に申し訳ないような気もする。

4/23から4/30までニューヨークに行ってきた。
妻と長男夫婦の4人旅。
全くの個人旅行で、航空券もホテルもすべて自前手配。
行先も勝手気ままプランで行き当たりばったりの旅。

アメリカは新婚旅行のGUAMに始まって、カンザス州のローレンスとラスベガス、数年前のアラスカに続いて4回目だと思う。
今回のニューヨークも突然浮上した旅行だ。

思い付きのような形で実現したニューヨークだったが、思いの外、インパクトがあった。

そして感じたこと。
■何と言ってもさすがに世界のニューヨーク。大きい。
■セントラルパークのスケールの大きさとこの場所に作った先人の知恵。
■人種の多さといろいろな人々、職種
■米国、サンフランシスコとニューヨークの距離感
■新しい国の割に街の持ってる歴史感
■グランドゼロの重さ
■自由の女神の存在感と意味
■メトロポリタン美術館の大きさ
■st.(ストリート)の風情
■大きいスーパーと小さいスーパー
■渦中だったはずの北朝鮮問題と報道の量(少い)
■ニューヨーカー達

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混雑する朝のウォール街

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グランドゼロ 亡くなった全員の名前が刻まれている

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セントラルパーク前の道で

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ハドソン川沿い朝の12AVe.

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セントラルパークは木の芽どき

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USエアウェイズ1549便がハドソン川に着水したのはたぶんこの辺と思う


今回の旅を一言でいうと、「人や生活を見る旅」といったことかもしれない。
従来は主に「景色を見る旅」だったかも。

ツアーはツアーでよいところがあるが、個人旅行はまた別の角度の良さだ。
人に道を乞い、スーパーで食料を調達し、切符を買い、地下鉄やタクシーに乗る。
一味違う旅を体感できた。

帰国後一夜明けてたまっていた新聞を眺めていたらこんなのがあった。

2017.4.24の読売「編集手帳」だ。
記者の米国赴任時代のい思い出らしい。

『大きなくしゃみを、交差点でしたことがある。確か今ごろの米ニューヨークの繁華街だった◆「ブレス・ユー(お大事に)」という声に顔を上げると、ちょうど前を通る車の後席の窓から高校生らしい女の子がほほ笑んでいた。こちらも「サンキュー」と返した一瞬のやりとりは、今も忘れられない米国の思い出だ』

旅の思い出は意外とこんなところが多い。
今回のニューヨークでは、それは何だっただろう・・・


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# by yahhosaito | 2017-05-06 21:25 | 海外・クルーズ | Comments(0)

2017年の桜まつり

2017年4月9日。

今年も桜のシーズンがやってきた。

我が家の前の広場の桜、近くの川の桜、公園の桜、小学校の桜、どこも満開だ。
いや、よく見ると、7分咲きかもしれない。
まだ蕾も結構ある。

しかし、このくらいの方が色が濃いような気がして綺麗だ。
今年もよく咲いてくれた。
一本の木の隅から隅まで花で埋め尽くされている。

見事。

近くの川の桜はライトアップされている。
昨晩、8時過ぎに妻と桜見物と洒落た。

上がっていた雨がまた少しパラパラときたが、たいして濡れるほどの雨ではない。
念のため、一本の傘を持って。

いや、綺麗だ。
川面に対岸の桜が映る。
感動ものだね!

有名な歌に、
  「清水へ祇園をよぎる桜月夜こよひ逢ふひとみなうつくしき 」
がある。
『みだれ髪』に出てくる与謝野晶子の歌だ。

そんな感じがしなくもない。
夜桜を見に来る人たちは、何か幸せそうで、嬉しそうで、楽しそうだ。
満足感に浸っている。
晶子が100年前に感じた風景と今の風景は基本的には変わらない。
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20年ほど前に地元の有志が500本ほどの桜を植えた。
それが今見事に育って、大木になった。

今年は桜まつりの18回目。

今日は桜まつりの当日。
担当の役割も少しあって、これから7:30には出かけなくてはいけない。
雨が心配。

今年から、「里帰りの桜」が1本加わった。

ポトマックの桜だ。

この話は今度しよう。





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# by yahhosaito | 2017-04-09 05:26 | 地域 | Comments(0)

7年目のアンコール

2017年3月19日。

3月も下旬に近づいて、だいぶ暖かくなった。
それでも朝晩は10度以下になるが日中日差しが出れば15度くらいにはなって、正に春の気分だ。

我が家もアンコールも7年目。
思えば、2011年3月11日の大震災の時は停電でエアコンもiHも使えず、難儀したが、年末に入れたアンコールのおかげで暖を取ることが出来た。

いまでは、朝から晩まで、日中の数時間を除けば点けっぱなしだ。
おかげで、薪の消費も大きいが、幸い、供給過剰気味でうれしい悲鳴。

しかし、薪を運んで、切って、割って、運んで、乾かすという大工程を踏んで、火がともる。
原始的といえばこの上ないが、7年もやっていると、ほぼ日常化し、さほど苦にならない。
でも、現役サラリーマンがこれをやるとすれば、休日は半分以上これに費やしてしまうから、チト苦しいかもしれない。

その点、退役組は気楽だ。
薪を蒔き棚にきちんと並べて、遠くから眺めるのは何とも言えず安心感と満足感と達成感があって、幸せだ。

遠くから見ている人はきっとバカみたい!と思うと違いない。

今日も朝から、炎が揺れている。
エアコンはつけない。
アンコール一本のみ。暖かい。
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2月になると、木の選定や切り倒しが始まる。
春になる前に木が水を吸いあげる前に切り倒す。
その関係で、我が家に木が運ばれてくる。

おかげで、森林組合等から調達しなくとも、木が手に入る。
2~3月にかけて、頂いた木の薪づくりに精を出した。
蒔き棚には来年1年分以上のストックが出来た。

乾け!薪。

4月に入れば、ストーブを炊くのは限定的だ。
あと、10日?15日。

春はうれしいが、ストーブが炊けなくなるのは少し寂しいね。

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# by yahhosaito | 2017-03-19 09:12 | 日々 | Comments(0)

6年目の3.11

2017年3月11日。

今日で東日本大震災から6年目。
日本各地で鎮魂の行事が行われた。

神奈川県では直接的な被害はほとんど出なかったが、津波や原発の影響は大きかった。
あの日、あまりの大きな揺れに恐怖に似ためったにない怖さを感じた。
27階建てのビルの3階にいたとき、突然揺れが始まり、部屋の中にいても左右に2mくらいゆっくり動いているのを感じたものだ。

グラグラというより、右から左へスースーと動いている感じ。
正に、動いている、移動している感じだった。

地震の怖さは次に何が起こるかわからない不安の恐怖だ。
震度7が来るのかこのままで収まるのか、天井から張りが落下するほどの揺れが来るのかわからないところの恐怖感だ。

10秒ほどして、普段とは違う異常さを感じて、とりあえず外に通じるドア―を開けに行って退路を確保した。
3階だから階段で駆け下りても30秒ほどだろう。

既に、エレベータは停止していたと思う。
ビルの外に出ると、2000人は収容できるビルの多くの人が外に出ていた。
やがて、東北が悲惨な状況になっているのを聞いた。

その後は、報道の通り。
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このホテルの4階まで津波はきた。
この高さに海水があたり一面がのみ込まれた。
信じられない光景。

早退した帰り道、又大きく揺れた。
電線が大きく揺れ波を打った。
車を運転しながら、電柱が倒れてこないか前より上を見ながらハンドルを握った。

夜になって停電が続き、津波の情報は翌朝の電気が通じるまで分からずじまいだった。

・・・

2年ほど前、東北の田老地区に妻と行った。
そこでボランティアから聞いた悲惨な話。
田老の町はまさに
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何もなくなっていた。

死者・行方不明者合わせて20000人近く。
未だに2千数百人が見つかっていない。







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# by yahhosaito | 2017-03-11 19:59 | 日々 | Comments(0)

古都

2017年3月2日。

しばらく振りの更新になった。
気が付けばもう3月。
この前2017年がスタートしたと思ったが、2か月があっという間に過ぎ去った。

2月の中ほどからラオスに行ってきた。
行先はルアンパバーンとビエンチャン。
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日中は30度を超す暑さだった。
ラオスの印象。
一言でいうと、まだまだ貧しい。

街もインフラが十分でなく、乾季のせいかどこも埃っぽい。
インドのような風景は少ないがカンボジアの風景と似ている。
仏教が70%くらいとか。
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警察官はほとんど見かけないが、まちの治安は保たれている。
交通も整然としていて、クラクションなどの騒音もほとんど聞かれない。
静かで鳥の声が聞こえる位。

ルアンパバーンは歴史の古都。



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# by yahhosaito | 2017-03-02 21:54 | 日々 | Comments(0)

USBキーボード

2017年2月4日。

2011年の春に買ったpcがイマイチ不調で、大枚15万円ほど出して新pcを新調した。
win7から最新のwin10だ。

これで、新しいのは私専用になった。
妻は、2011年のwin7のpcを相変わらず使うことになった。

イマイチの最大は、キーボードが接触不良で上手く作動しないキーが数か所あるという事。
これは、けっこう、ストレスになる。
それに、バッテリーが完全アウトで、100v電源からしか使えない。
これも、時々、厄介だ。

しばらく使っていた妻はついに音を上げ、同じく5年ほど前に買ったサブノートpcを使うことにした。
画面は小さいが、十分に使える。ハズだ。

2週間ほど使っていたが、トウーサン、やっぱり何とかならない!?と言い出し、
調べた結果、外付けのUSB接続キーボードがあることが分かった。
値段も1000円強。

ダメもとで早速買って取り付けるとこれが結構役に立つ。
見かけはイマイチだが、シバラクこれで我慢するという。
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もっとも、このpc、2011年生だがエンジンがCOREi5で結構早いのだ。
win10は15万もするのにCOREi3でスピードはイマイチの感がある。

少しケチってCOREi3にしたが、早まったか!?




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# by yahhosaito | 2017-02-04 21:35 | 日々 | Comments(0)

遊行寺にて

2017年1月29日。

もう数日前のことだが、藤沢で恒例のコミュニケーション研究会の一環で遊行寺に行った。
遊行寺は正式には藤澤山無量光院清浄光寺というらしい。
今から700年ほど前に創建され、時宗の総本山として有名。

というより、分かりやすいのは「箱根駅伝」だ。
特に2日目の復路、遊行寺の坂を駆け上がっていくランナーの負担は大変らしい。
平塚でバトンを受け約20km先の次の中継所は戸塚だから、この遊行寺あたりは胸突き八丁。
よくよく傾斜を見てみると結構な坂だ。
平均斜度は4.7%、キツイところは8%ほどある。
これは相当堪える。

歌舞伎でも有名。(らしい)
3年くらい前に見た歌舞伎演目、「小栗判官」。
小栗判官は妻、照手姫の一門に殺された小栗が閻魔大王の計らいで蘇り、姫と再会し、一門に復讐するという話。
歌舞伎は正直、よくわからなかった。
事前に学習し、解説をよく聞かないと、難解だ。

ここに照手姫の墓がある。

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寒い日だったが、境内の梅はもう咲いていて、かすかな梅の香が漂ってきた。
あと少しで2月。

                               


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# by yahhosaito | 2017-01-30 22:04 | 日々 | Comments(0)