yahhoのレゾンデートル


 湘南の田舎から日々雑感
by yahhosaito
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そら豆の歌

2011年5月8日。

畑のそら豆が大きくなってきた。

そら豆で思い出すのは寺山修司のこの歌。

『そら豆の殻一せいに鳴る夕 母につながるわれのソネット 』

殻一せいに鳴る夕というのが何か面白くて印象的で頭にこびりついていた。
実は、正確に言うと、
「からからと殻いっぱいに鳴る夕べ 、、、、」
と覚えていて、その先はなんだっけというところだった。
たしか、屋根の上の何とかとか、、母がどうしたとかそんなあいまいな記憶だけだった。
もしかしたら、屋根の上とは天井桟敷のイメージが重なったか?

しかし、インタネットの検索機能はすごい。
あいまい検索で長い間懸案だった記憶のいい加減なところをいとも簡単に修復してくれた。


さらに、そのウッブサイトは下記の解説もしてあった。

萌えたつ若葉が、ふいに重くみっしりとしてくると、もう五月である。
息苦しいまでに生命が溢れているせいなのか、この季節になると風に吹かれるだけでも疲労を覚えるときがある。
そういえば、長く結核を患っていた祖母が、初夏になると上気するように発熱して、不思議に美しく感じられたことを思い出す。
 万象がいっせいに狂い出す五月。そんな激しい若い季節を最も愛した歌人に寺山修司がいる。
青森県に生まれ育った寺山は、五月という明るい季節に、自分の孤独な少年時代を重ねて、その季節のもつ懐かしさ切なさをみずみずしい歌にして残した。

 冒頭の歌もそのうちの一首である。うっそうとした樹々の息吹きが吹きわたる夕べ、空豆畑の豆が風に吹かれていっせいに鳴る夕空のもとで、少年はひとり、母を思ってソネットを書いている。
「母につながる」という表し方に、少年寺山修司の恥ずかしく湿った愛情がみごとにこめられている。

 一九三五年に青森県に生まれた寺山は、戦病死した父にかわって母が働きに出ていたため、少年期を芝居小屋で過ごしたという。ネフローゼを発病してからは、病気がちの学生時代を送るのだが、その経緯のうちに母に寄せて深まる愛憎の屈折がつのっていった。それが寺山の短歌の重要なテーマとなり、生涯にわたる影響をもたらした。

 だが、寺山は、短歌を重々しい日本古来の伝統や、告白詩という近代短歌の息苦しさから解放しようとした。風に吹かれて口ずさみ、ポケットに入れては取り出してみる、軽やかな口笛のように作ろうとした。その姿勢が、戦後の“新しい季節”を象徴する自由で甘酸っぱい青春歌群を生んだのである。




そら豆の殻一せいに鳴る夕
       母につながるわれのソネット。




スバラシイ!

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青森青荷温泉ランプの宿 
   2010.06
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by yahhosaito | 2011-05-08 08:00 | 日々 | Comments(0)
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