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 湘南の田舎から日々雑感
by yahhosaito
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介護離職

2016年2月3日。

今日は節分だ。

季節を分ける。明日から、冬から春へと暦の上では変わる。
大寒から節分あたりが一番寒い。
「節分」は二十四節季かと思ったが、調べてみると、節分の次の日が立春で「立春」が二十四節季の一つ。

そりゃそうか!

昨日の新聞に「介護離職」の話が出ていた。
介護離職は年間10万人に上るという。

親の介護するためにやむなく仕事を辞める。
もちろん、その時点で収入は絶たれる。
年金受給までは10年近くあるだろう。
それまでどう食いつなぐか、深刻な問題だ。

考えてみれば、自分も「介護離職」ではあったが、59.5歳の時点だったので、経済的には困らなかった。
たまたま、会社で早期退職制度があったので、金銭的にはほぼ定年退職と同じくらいの条件で退職できた。
その面ではまさにラッキーだった。

自分が58歳くらいから両親が介護状態に入った。
その頃、父は88歳、母は85歳くらいだったと思う。
二人とも、年の割には元気で、母なんかはつい最近まで自転車に乗っていたが、1年後くらいから急速に衰えた。
そして、ほぼ寝たきりになった。癌だった。
比較的近くに住む姉と妹にも介護のローテーションに入ってもらい、世話をしたが、一番大変だったのは妻だった。
今では思い出話だが、朝から晩、夜中まで、妻は気が抜けなかった。

寝たきりと言っても、当初はまずまずの生活だったが、段々と進み、種々大変になってきて、最後の数か月は病院に入院した。
しかし、なかなか問題が多く、この時期の精神状態は結構辛いものがあった。

いよいよ妻だけに任せておくわけにはいかなくなって、会社を辞める決断をした。
決断と言っても、59.5才だったから、経済的なものより気持ちの整理だけだった。

国は介護離職とならないように特養の建設など、いろいろ施策を考えているようだ。
しかし、これから、ますます介護老人は増え、自分もそろそろ仲間入りする時期も近くなった。

4人の子供たちはどこまで面倒見てくれるのか、そうはいっても無理なのか、分からないが、あまり迷惑かけずにぽっくりと逝きたいと思うが、それがなかなか・・・

一昨日、小学校の仲間数人とスーパー銭湯で懇親会?があった。
湯上りの雑談で、これからの人生の話が出た。

第4コーナー。

良く言う言葉だが、イメージ的に第4コーナーを「図示・俯瞰」してみるとこんな具合だ。
ウーン!
残り少ないような、あるような。
いずれにしても、健康年齢のことを考えると、第4コーナーもかなりゴールに近いことを知らされた。

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考えてみたら、今年はまだ初詣に行ってない!!
せめて、今日の節分きちんとやろう!!



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by yahhosaito | 2016-02-03 09:15 | 日々 | Comments(0)
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