yahhoのレゾンデートル


 湘南の田舎から日々雑感
by yahhosaito
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6年目の3.11

2017年3月11日。

今日で東日本大震災から6年目。
日本各地で鎮魂の行事が行われた。

神奈川県では直接的な被害はほとんど出なかったが、津波や原発の影響は大きかった。
あの日、あまりの大きな揺れに恐怖に似ためったにない怖さを感じた。
27階建てのビルの3階にいたとき、突然揺れが始まり、部屋の中にいても左右に2mくらいゆっくり動いているのを感じたものだ。

グラグラというより、右から左へスースーと動いている感じ。
正に、動いている、移動している感じだった。

地震の怖さは次に何が起こるかわからない不安の恐怖だ。
震度7が来るのかこのままで収まるのか、天井から張りが落下するほどの揺れが来るのかわからないところの恐怖感だ。

10秒ほどして、普段とは違う異常さを感じて、とりあえず外に通じるドア―を開けに行って退路を確保した。
3階だから階段で駆け下りても30秒ほどだろう。

既に、エレベータは停止していたと思う。
ビルの外に出ると、2000人は収容できるビルの多くの人が外に出ていた。
やがて、東北が悲惨な状況になっているのを聞いた。

その後は、報道の通り。
b0158170_20023558.jpg
このホテルの4階まで津波はきた。
この高さに海水があたり一面がのみ込まれた。
信じられない光景。

早退した帰り道、又大きく揺れた。
電線が大きく揺れ波を打った。
車を運転しながら、電柱が倒れてこないか前より上を見ながらハンドルを握った。

夜になって停電が続き、津波の情報は翌朝の電気が通じるまで分からずじまいだった。

・・・

2年ほど前、東北の田老地区に妻と行った。
そこでボランティアから聞いた悲惨な話。
田老の町はまさに
b0158170_20090002.jpg
何もなくなっていた。

死者・行方不明者合わせて20000人近く。
未だに2千数百人が見つかっていない。







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by yahhosaito | 2017-03-11 19:59 | 日々 | Comments(0)
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