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 湘南の田舎から日々雑感
by yahhosaito
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カテゴリ:海外・クルーズ( 49 )


グランドゼロ

2017年5月18日。

ニューヨークから戻ってもう3週間近くになる。

グランドゼロ。
何と言っても、あまりにもインパクトが大きい。もう17年も前の話になってしまったが・・・

グランドゼロとは「爆心地」という意味。あまりにも有名になってしまったこの場所はこの日を境にアメリカのみならず世界を変えることになってしまった。

ジョージ・ブッシュは2001年1月20日に第43代米国大統領に就任した。
しかし、その年の9月に未曾有の大事件同時多発テロが起こる。

それをきっかけにイラク戦争に発展、米国も1000名を超す死者を出す結果となった。

イラク戦争は開戦根拠の大量破壊兵器の存在が見つからず、批判を浴びたり、リーマンショックに端を発した世界同時不況、更には記者会見中にイラク記者から靴を投げられるなど、あまりいい印象はなかった。

グランドゼロ(WTC)はまさしくマンハッタンの繁華街。
位置的にはダウンタウンと呼ばれるマンハッタン島の先端部分にあり、歩いて10分ほどの所には金融の中心地ウオール街がある。
50階クラスのビルが林立している。

現在はWTC跡に2つの(南棟と北棟)モニュメントが作られている。
一辺が70mほどの正四角形で深さが10mほどあり、更にその中に一辺20mほどの窪みがあり、水が滝のように流れ落ちる構造になっている。

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周囲は亡くなった全員の名前が刻まれてあり、花も挿してあった。
最先端のビジネス街で働く若者はきっと嘱望されていた人材だったであろう。
それが、テロという行為に犠牲になった。

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我が家の911も記憶に生々しい。

あの日、上の娘が夕刻に成田からシアトルに向けて旅立った。
会社から22時少し前に我が家に着き、玄関に入った瞬間、「お父さん大変!」と妻が叫んだ。慌ててテレビを見ると2機目がビルめがけて突っ込んだ。
キャスターの久米さんも右往左往していた。

ハイジャックされた飛行機が11機という報道もあった。娘は大丈夫か!?
今頃、シアトルに近い空を飛んでいるはずだ。
しかし、どうすることもできず、深夜2時過ぎに取り敢えず寝た。

朝、7時過ぎに我が家にある男性から電話があった。「ハイジャックのことはご存知だと思います。
実は娘さんを預かっているのでご安心ください。」というバンクーバーからの電話だった。

一人旅だった娘は機内で事情が呑み込めず、ポカンとしていた。
まだ当時大学生。全米の空港は閉鎖され、着陸できない。
付近の飛行機はカナダのバンクーバーめがけて一斉に着陸。
市内のホテルは事情通に押さえられ、娘は相変わらず成すすべもなくポカン。

事情を察した近くの日本人男性は携帯で全容を把握していて、もしよかったらカナダの友人の家に留まらないかと誘われた。
異国で知らない男性から宿泊のお誘い。
覚悟して誘いを受けることにした。

結局5日間、米国に入国できず、カナダの男性宅にお世話になり、数日後、無事帰国した。旅の目的のポートランドの友人宅には行けなかったが、バンクーバーの観光地を案内してもらい、それなりに充実した旅行だったようだ。
その後、彼と交流が出来、我が家に泊まったり、娘の結婚式にも出席してくれた。

人生は分からない。

今回のニューヨークで3人の大統領とリンクしてみると、「ブッシュは911」「オバマはハドソン湾」「トランプはトランプタワー」

ブッシュの時代はまず9.11のこと、そして、グランドゼロを思い出す。



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by yahhosaito | 2017-05-19 06:51 | 海外・クルーズ | Comments(0)

ニューヨーク

2017年5月6日。

GWもあと1日で終わりだ。
現役時代は次第に迫ってくるGW明けが恐ろしく、ブルーマンデイならぬブルーGW(明け)が記憶に生々しい。
今は毎日が日曜日。
有りがたいといえば有りがたいし、なんだか現役組に申し訳ないような気もする。

4/23から4/30までニューヨークに行ってきた。
妻と長男夫婦の4人旅。
全くの個人旅行で、航空券もホテルもすべて自前手配。
行先も勝手気ままプランで行き当たりばったりの旅。

アメリカは新婚旅行のGUAMに始まって、カンザス州のローレンスとラスベガス、数年前のアラスカに続いて4回目だと思う。
今回のニューヨークも突然浮上した旅行だ。

思い付きのような形で実現したニューヨークだったが、思いの外、インパクトがあった。

そして感じたこと。
■何と言ってもさすがに世界のニューヨーク。大きい。
■セントラルパークのスケールの大きさとこの場所に作った先人の知恵。
■人種の多さといろいろな人々、職種
■米国、サンフランシスコとニューヨークの距離感
■新しい国の割に街の持ってる歴史感
■グランドゼロの重さ
■自由の女神の存在感と意味
■メトロポリタン美術館の大きさ
■st.(ストリート)の風情
■大きいスーパーと小さいスーパー
■渦中だったはずの北朝鮮問題と報道の量(少い)
■ニューヨーカー達

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混雑する朝のウォール街

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グランドゼロ 亡くなった全員の名前が刻まれている

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セントラルパーク前の道で

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ハドソン川沿い朝の12AVe.

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セントラルパークは木の芽どき

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USエアウェイズ1549便がハドソン川に着水したのはたぶんこの辺と思う


今回の旅を一言でいうと、「人や生活を見る旅」といったことかもしれない。
従来は主に「景色を見る旅」だったかも。

ツアーはツアーでよいところがあるが、個人旅行はまた別の角度の良さだ。
人に道を乞い、スーパーで食料を調達し、切符を買い、地下鉄やタクシーに乗る。
一味違う旅を体感できた。

帰国後一夜明けてたまっていた新聞を眺めていたらこんなのがあった。

2017.4.24の読売「編集手帳」だ。
記者の米国赴任時代のい思い出らしい。

『大きなくしゃみを、交差点でしたことがある。確か今ごろの米ニューヨークの繁華街だった◆「ブレス・ユー(お大事に)」という声に顔を上げると、ちょうど前を通る車の後席の窓から高校生らしい女の子がほほ笑んでいた。こちらも「サンキュー」と返した一瞬のやりとりは、今も忘れられない米国の思い出だ』

旅の思い出は意外とこんなところが多い。
今回のニューヨークでは、それは何だっただろう・・・


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by yahhosaito | 2017-05-06 21:25 | 海外・クルーズ | Comments(0)

極東ロシア

2016年2月26日。

3日ほど前にロシアから帰ってきた。
行ったのは極東ロシアと呼ばれるウラジオスクとハバロフスク。

シベリア地方は西シベリア、東シベリア、極東ロシアの3地区に分かれる。
西シベリアの主要都市はノボシビリスク、東シベリアはバイカル湖があるエリアでイルクーツク、そして極東ロシアがウラジオスクとハバロフスクだ。
成田から3時間足らずで着いてしまう。

人口はそれぞれ60万人強。政治と経済のそれぞれ中心地でもある。

歴史的にはかの有名なピョートル大帝やエカテリーナの時代のロマノフ王朝時代、帝政ロシア時代、ソ連時代、を経て、現在のプーチンのロシア。
それぞれかなり激動の時代だったようだ。

何処の国もそうだが、権力を行使する側とされる側の戦いがつい最近まで続いてきた。情報が公開されるようになって知る権利が主張されるまでは、一般市民は何も真実は分からず「なされるがまま」の繰り返しだったと思う。

2月の厳冬期はマイナス20度の世界。
防寒着を着こんでの旅だった。

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ロシア料理はおいしい。
ボルシチにビーフストロガノフ、ピロシキに黒パン。どれも安くて美味しい。
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シベリア鉄道の車窓から見る雪原の中の村々。
氷で埋め尽くされる湾。とても飲みやすいウオッカ。
不凍港に浮かぶ軍艦と潜水艦。
氷結するアムール川。
ガイドのアシアナさんは長身のロシア美人。

どれもこれも、たまげました。
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今朝、真土は5℃。-20℃は寒いが、+5℃も寒い。
また、日常が戻った。



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by yahhosaito | 2016-02-26 13:06 | 海外・クルーズ | Comments(0)

メキ・キュー

2015年3月4日。

3日前の3/1、メキシコ、キューバから帰ってきた。
あっという間の9日間。

旅を一言で書き表すのはとても難しい。
今回もそうだが、あえて言ってみれば、「見ると聞くとは大違い」ということか!?

2/21に成田を出発して、3/1に帰国。
前回のインド、前々回のベトナム・カンボジアに続いて、仲間6人3回目の海外旅行だった。

行先は、メキシコとキューバ。
メキシコではカンクンとメキシコシティを訪れ、カンクンでは世界遺産のツェツェンイッツア、メキシコシティではティオティワカン遺跡などに行った。
キューバは首都ハバナ。

何が良かったか!?
これ、難しい質問。

あえて、キーワードだけ書くとこんな感じか?

【メキシコ】
・マリアッチと中南米音楽
・スモッグでもやっと
・美人あるいはスリムと肥満
・マヤ文明とアステカ文明
・ピラミッドの急階段
・カリブ海の美しい海、ラグーン
・飲みやすいテキーラ
・まだまだ貧しい
・聖なる泉「セノーテ」

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【キューバ】
・遠くて遠い国
・キューバ危機とカストロ
・キューバと言えばヘミングウエイ
・旧市街とクラシックカー
・パナマハットにハバナクラブ
・スペイン統治と大砲
・サトウキビとラム酒
・トロピカーナ
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【番外編】
・いきなりパスポート・現ナマ紛失!? ー血の気が引く!ー
・キューバ入国トラブル!? -なんで立たされる?-
・ボーディングパス誤配事件!? -kato hiroshiさん WHO?-
・あわや搭乗遅刻事件!? -出発10分前の幸運-
・どぎつい風邪薬!? -飲んだ方が良かったのか?否か?-
・インフル騒動!? -咳と熱にダウン-
・某所と某所!? -うふふ-
・無事でよかった -ラッキーとしか-
・日本はいい -日々に感謝だな-

そんなこんなで、古希を控えたオ(ジイ)ッサン6人組の旅は、無事に終わったのでした。

見ると聞くとどう違う!?
聞く情報は編集された部分的な情報だが、見る情報はノーカットの全体が見られるということか。だから、印象がまるで違う。



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by yahhosaito | 2015-03-04 07:27 | 海外・クルーズ | Comments(0)

チロル・ドロミテ⑪ -再びベネティアへ・番外編とエピローグ-

■再びベネティアへ
あっという間に、出発地、ベネティアに戻ってきた。
ここはアバノテルメというベネティア郊外の温泉地。

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イタリアでも3本の指に入る温泉地らしい。
周りには多くのホテルや観光施設がある。人口18,000人。
また、この辺の郊外はぶどう栽培が盛んだ。
この辺は何ワインというのだろうか?

ここに泊まって明日は朝いちばんでベネチア空港に行く。

出来れば、行ったことの無いベネチアにもう一泊して、ゆっくり観光したいところだが、そうもいかない。

畑の作物は干上がっていないだろうか? ベランダの鉢植えは乾燥していないか?
デッキのメダカちゃんは元気だろうか? そもそも家はドロボーが入ったり火事になったりしていないだろうか?
そんなことがそろそろ気になり始めた。


■番外編

【電柱と信号】・・・・・Nさんのメールに電柱のことがありましたので一言、、、

今回の旅で思ったことの1つは、あまりにもきれいな街並みだ。
観光が主な産業になっているイタリアやオーストラリアだからこそできる街づくりかもしれないが、徹底している。
そのうち、とりわけ電柱と信号だ。

少なくともイタリアは電柱電線がほとんど見えない。
地中に埋めているのだろうが、これが美観をアップしている。
回った地域ほとんどが、空中線は見えなかった。一部、送電線はあるが。

日本はどうだろう。
どこもかしこもこれでもかと言わんばかりに空中線が走っている。
しかも、電柱は垂直に立っているのは珍しく、大概は右に左にと傾いている。
電線が重量があるので、重みでずれるというのは理解できなくもないが、それにしてもひどい状況。ほとんど、T電のやりたい放題といった風情だ。美的感覚ゼロ。
きちんとやるにはコストが掛る!?

まあそうかもしれない。しかし、そろそろ、電柱も美観を考えるときに来ているのではないだろうか。
なんであんなにたくさんの電柱があって、しかも不細工なトランスが鎮座し、何種類もの電線が節操もなく張り巡らされているのだろう。
地下に埋めれば保守の手間や水(水没)の問題もあると思う。しかし、都市ガスは空中を走っていない。みんな地下だ。水道だって下水だってみんな地下。
出来ないはずはない。これもT電の寡占のなせる業か。

せめても、電線の数をスッキリさせてもらいたい。それに電柱の宣伝も。

原発対応でそんな軟なことは言っていられないというかもしれない。地下配線は電気代が高くなりますよ! T電はそう言いたいのかも知れない。しかし、観光立国の2000万人を目指す我が国はそろそろこの辺にも考慮してほしいものだ。
因みに昨年訪れたベトナムもひどい。これに比べれば日本はまだましか!!

地中化率はロンドン、パリなどは100%、先進国の多くは70~80%位。
日本は都市部でも10数%、全国平均は1.1%という数字が出ている。
2010年度の予算は800億円。国交省は昨年の閣議決定で市街地等の幹線道路の無電柱化率:15%(H23年)→18%(H28年)と言っている。

一方で、信号は極端に少ない。
多くはロータリー形式の交差点。うまく出来ている。
中世からの伝統かも知れないが、日本の感覚からするとコロンブスの卵。なるほどこうすればいいのだという感じ。これも、考えてほしいところだ。

【マザコン?】
イタリア男性はマザコンが多いという。ツアコンの友人がイタリア男性と結婚し、そのマザコンぶりに少々うんざりという話を聞いた。
お母さんの作る料理の方が口に合っている。何か決めるときはお母さんの意見を聞く・・などなど。
イタリアはもともと家族を大事にするお国柄。そういえば映画も家族をテーマにしたものが多い。
鉄道員や禁じられてあそび、道、自転車泥棒、ゴッドファーザーなどイタリアを代表する映画は家族愛や人間の生き方をテーマにしている。

家族の中心はお母さんが主役。お母さんを中心に生活が回っているから、誰もお母さんが大好きなのはイタリアに限らないが、イタリア男性がお母さんを好きというのは言うのが何となくわかるような気がする。
イタリア男性が女性にあいさつ代わりに声を掛けるのは女性を大事にするという意味において、マザコン(というと少々マイナスイメージが強いが)の延長上にあるのかもしれない。

【ニアミス?】
帰りの飛行機、アリタリア航空AZ0788便。ベネティアから成田まで9800kmほどある。時間にして行が14時間、帰りは12時間強だったと思う。
ベネティア直行便は2014年4月からなのでこの路線でロシアの上を飛ぶのがまだ認可されていないそうだ。認可されればあと1時間ほど早くなるらしい。

行も帰りも乗車率は70%ほどでエコノミーだが3座席の所が2人掛けで幾分ゆったりできた。上級エコノミーでもプラス10万ほどとられるので、2人掛けですめば何だか得した気分。加えて、帰りは更に期間の経過(疲労解消)が早いような気がする。

飛行時間があと60分を切って多分大阪か名古屋あたりに来たとき、ふと窓から下を見るとなんと旅客機が飛んでいるではないか。
しかも、その大きさは直径50cmというか1mというか、かなり大きく見えた。
その旅客機は前進しているのではなく、斜めに後退して飛んでいる。いつもの物理的法則とは違う不思議な物体の移動。その間、5秒か10秒ほどで窓の視界から消えてしまった。

斜めに後退して見えたということは、我々と進路が違うこと、それにこちらの方がスピードが出ていたということだろう。
ニアミスというのは、調べると半径150m、高度差60m以内の接近と定義しているから、今回のケースはその3倍以上は離れていると思うがちょっとびっくりした。
後で、新聞のどこを見てもそんなことは書いてなかったのでニアミスでは100%なかったようだが、初めての経験で少々驚いた。



■エピローグ
こうして8日間の短い旅は終わりに近づいた。
夫婦そろって旅に出かけられる幸せ。健康、お金、時間。それに環境。
お金や時間はあっても、高齢の親を抱えていたりする環境にあったりすると、介護や面倒見で長い間は出掛けられない。そういう条件がマッチした人生での限られた時間帯。

まあそいう言いながらも、体力的にも海外はあと2回か3回だろう。そのうち、旅は国内が一番ということになりそうだ。

何を求めて旅に行くか。
人それぞれだが、日本とは違う風景を見に・・?
そうも思うが、どうも現地の風景やエピソードなどは事前に学習してしまう。ネットで探すといくらでも出てくる。
そして、現地であっ実物があった!やっぱり実物はいい!! 旅は「未知との遭遇」でなく、仮想風景の「現地確認」。どうも、悪い癖だ。
しかし、行ってみると写真と実物ではだいぶ違う。
まあ、言ってみれば写真の世界は90度から180度の切り取った世界だ。しかし、実物は360度の世界。
しかも、超遠景から超広角までが一元的に視野に収めることが出来る。
つまり、地面の蟻やタンポポを見ながら山の上の雲や雪を視界に入れる。
そこらから感じ取ることが出来る情報量は写真の100倍くらいはありそうだ。雰囲気や匂い、風、音、感情など物理的な「絵」とともに感じる情報が実はたくさんある。

それは行って、実物を五感で感じないと分からない。

いや、もっと言えば、景色は二の次かも知れない。
昔から旅は人との出会いがあってこそ旅であると言う。ドイツ語もイタリア語もしゃべれない自分は言葉でのコミュニケーションはほとんど出来ないが、片言でもそれなりの交流は出来るものだ。
バスのドライバーとの会話、お店の店員さん、外国人ツーリスト、何気なくかわした少しの言葉。それぞれが思い出深いワンショットになった。
自由に会話できれば何十倍も楽しいだろう。

「山麓の人々は厳しい自然と共にどんな生活をしているのだろう?」という最初の疑問には8日間ではとても回答は引き出せなかった。

しかし、何となく雰囲気的には分かる気がする。環境や言葉や宗教が違がっても、基本的にはあまり我々と変わらないということだ。
淡々とした日常がこの地でもある。
その意味では、旅の成果は、今を大切に平凡と生きていくという事が大事かということの再発見かも知れない。

今回同行したツアーメンバー。日本人なのに何かの縁でたまたま一緒になった11名の8日間。いろいろお世話になった。

ツアコンダクターのSさん。
見るからに大変そうな仕事。しかも初めてのコースでは心労も多かったと思われる。
行先を間違えたこと。着いたら町はシエスタで閑散として2時間半をどう潰すかということ。車いすのメンバをエレベターなどしかるべき設備に誘導すること。11名の少人数だったことは若干幸いしたかもしれないが、そのご苦労は察して余りある。

旅も4日目くらいからは慣れてきてあっという間に一日が過ぎていく。
責任や決められた目的がある訳でもなく、各地の似たような風景を眺め、その風景に感激し、人とのコミュニケーションに心躍らせ、ある時はボーっとして、気が付けば昨日と同じ様な食事を食べている。

バックパッカーがいろいろな地域を回っている際に、ある場所から出られないことを「沈(チン)する」という。
その場所に10日も20日も滞在し、ずるずると似たような日々を過ごす。
その町から出ること自体が億劫になり、よく言えば現地に馴染んで行き、そこが日常になっていく。

しかし、悪く言えば、惰性。変化からの逃避だ。次に来る未知なるもの(次の訪問地)に不安になり、現状に甘んじて今の生活から抜け出せない。旅の目的であった「移動する(旅する)」という行動に移す気力が湧かない。
それが長い人は1年にも2年にも及ぶという。
それから脱するのは何か。あるキッカケだという。

人さまざまだが、自分の誕生日だったり、友人の死だったり、政変だったりする。
そういう、心動かす大きな事件が無いと脱せないという。

まあ、1週間ほどのしかも添乗員の後ろをくっついていくパックツアーではそんなことはないが、旅の後半になってくると、ちょっとそんなことを思わせる惰性的気持ちが横切る。

用意されているコースに用意されている食事。似たような風景だが、少しずつ変わる景色。なぜ自分は今ここにいて、目の前にある現実とも夢想ともつかない風景の不思議な距離感。
大げさに言えば楽しいには違いないが何か空虚なものも感じないわけでもない。
苦労の末の達成感。そんなものと少々かけ離れた何の不安もない満ち足りたパック旅行。

やがて日本に戻る。

確実に旅の記録は増えた。色々な経験もし、それは楽しい事には違いなかった。

でも、深刻に考えるのは止めよう。
旅は単純に楽しい。それ以上、何を望むというのか。
美しいものを見て、美味しいものを食べて、人々と幾ばくかの交流する、それ以外に何を期待するのか。高いお金を払ったのは、そこに行く価値を見つけたからではなかったのか。


家の畑は意外に元気だった。
帰る少し前から梅雨に入り、雨が続いたという。キュウリが少しお化けになって数本収穫できた。
ジャガイモや西瓜も順調に育っていた。
8日間では干からびた様子もなく、安心した。


結局、一番大事なのは、日々平凡な日常だな。
現役から離れて久しいが、朝起きて、食べて、畑に出て、家の仕事をこなし、少しの地域活動をし、その間、パソコンの情報をチェックし、コーヒーを淹れ、新聞を読む。
そんないつもの時間。
たまには旅行でも行くかと雑誌をくくる。

妻におせっかいを焼き、小言を言われ、且つ懲りない、いつもの生活。

なにかそんな生活が実は一番充実しているのではないかと、ぼんやりした頭で思ったのでありました。


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by yahhosaito | 2014-08-04 08:33 | 海外・クルーズ | Comments(0)

チロル・ドロミテ⑩ -ボルドイ峠・ボルツアーノとコルチナダンベッツオ-

■ボルドイ峠

ヨーロッパアルプスには有名な峠はたくさんあるがここも有名らしい。
ボルツアーノとコルチナダンベッツソを結んでいるのがコルチナ街道。
その中ほどにある標高2239mの峠。
カレツアッ湖を見て再びロープエウイで山の山頂に。
ドロミテの山群が見渡せる景勝地。

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ところで、このボルドイ峠、昔から自転車好きのイタリア人たちの「 狂気の!アルプス越え、山岳レース 」の メッカだったらしい。
結構な急坂をかなりのスピードでも登ってくる。すごい脚力。
さすが自転車王国だ。


■ボルツアーノとコルチナダンベッツオ
ボルツアーノはイタリア最北端の町でオーストリアまでは30kmほどの所にある。
20年ほど前にボルツアーノに近いオーストリアとの国境地帯のエッツ渓谷でアイスマンが発見され、注目を集めた。(2013.3、NHK-BSで「NHKスペシャル 完全解凍!アイスマン ~5000年前の男は語る~」にてテレビ放送された。)

フィギアスケートで有名なカロリーナ・コストナー選手はここの出身。

中々近代的な街で大きなスーパーマーケットやオフィス街もある。
今日のホテルはフォーポインツ シェラトンといって都会的な7階建てのホテル。
部屋も広く快適だった。
ホテルでは結婚式があったのか着飾ったイタリアお嬢さんが沢山いた。イタリア女性は一般にキュートでかわいい。

夕食まで30分ほどあるというので、2~3分ほど先にあるスーパーに買い出しに出かけることにした。
お土産や地域のものを買うにはこういう地元の人が通っている店が一番。
かなり大きいスーパーで何でもある。
珍しいワインやイタリア食材など、どれも買いたいものばかりだが日本まで運ぶには限度がある。また、生ハムやソーセージなど加工食品は原則日本に持ち込めない。
結局、15分ほどの間に、ワイン、パスタ、缶づめ、チョコレートなどを買い込んだ。
考えようによっては日本の紀伊国屋などでも買えそうだが、現地調達は思い入れが違う。(かも)

ところで、さすが自転車王国、道路には自転車レーンが整備されている。
広い国だから出来るのか、自転車王国からなのか、行政や住民の意識の差なのか・・・

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広さから言えば、イタリアは日本の面積80%位、人口は約50%だ。
山や谷の割合はイタリアだってかなり山国と思う。やる気の問題。
一方、コルチナダンベッツオは山の中の小さな町。
中心街も端から端まで10分と掛からない。

我々が着いたときは2時を少し回っており、シエスタに入ったところ。お店はほとんどが閉まっており、散策もイマイチとなった。遅い昼食は自由に探して食べるということで、坂の途中のレストランを見つけた。

ピザを頼んだが美味しかった。ピザはどこも美味しい。我が家のピザはパン生地が厚くもちもちだが、こちらのピザは生地が薄い。
でもさすがにチーズは美味しく大きさ30cmほどの大版ピザは完食。面白いのは日本では丸いローラーカッターのようなもので6等分くらいにして食べるが、こちらはナイフとフォークで切り分けて食べる。
日本は手掴みだが、ここはフォーク。少しまどろっこしく、最後は手で丸めて食べた。

ここで、冬季オリンピックがあったなんて少し信じられない。そのくらい小さな町だ。
6月初めはまだシーズンオフらしく、これがオンシーズンになったらごった返すのだろうか。

そろそろ、チロル・ドロミテも終わりに近い。


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by yahhosaito | 2014-08-04 08:29 | 海外・クルーズ | Comments(0)

チロル・ドロミテ⑨ -サンタ・マッダレーナ村-

■サンタ・マッダレーナ村
クラツーの観光案内によるとサンタ・マッダレーナ村はフネス谷の最深の村。
ドロミテを象徴する景勝地で、独特の灰色をしたドロミテ山群、村の教会、緑の森と牧草地で草をはむ牛たち。まさにヨーロッパの山村の原風景。とある。

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全く、記憶の中にも今回旅行の期待の中にもなかった初めて聞く名前だったが、結果的にはいろいろな意味でここが一番のベストロケーションだったかも。

日本は今こう言うところはほとんどないと思う。
観光に荒らされていないというか、素朴というか、かつての田舎の風景というか…
それに綺麗でのどかで爽やか。しかし、シーズンになると人でごった返すのか!?
ドロミテの登山の基地的なところでもあるらしい。

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実は、サンタマッダレーナは2カ所にあるらしい。
始め違う方のサンタマッダレーナに行ってしまった。
どうも少し風景が違う。添乗員もドライバーも全く知らなかった。近くの現地の人に聞くとここから100kmも離れているという。
添乗員、真っ青になり、結局はその日は行けずに翌日に行くことになった。
まあ、初めてのコース。しかも一本目とあっては仕方ない事かもしれない。

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by yahhosaito | 2014-08-04 08:19 | 海外・クルーズ | Comments(0)

チロル・ドロミテ⑧ -ツークシュピッツ山-

■ドイツの最高峰ツークシュピッツ山

インスブルックの北西部ドイツとの国境にツークシュピッツ山がある。標高は2964m。
インスブルックから国境を越え、ドイツのバイエルン州へ入る。
ガルミッシュ・パルテンキルヒェンというところから登山電車に乗る。
途中の風景がまた中々綺麗だ。

どんどん高度を上げて、トンネルを通過しその終点が駅。今度はロープウエイに乗り換え、山頂に到着。途中のトンネルは急こう配で曲がっている。所々に保安用の灯り。やけに響くガタガタという音。いい気持ちがしない。

ロープウエイはほとんど垂直に近いくらいの急な登りで、だいたいヨーロッパアルプスはこんな勾配のロープウエイが多いようだ。

途中でガタンとストップ。外は雪が舞っている。
下を見ると100mはありそう。第一、降りたとしても70度を超す急な崖でどうへばりつくというのか。人が一時退避できるような場所ではない。
3分経っても動かない。そろそろ本格的に心配しだす声が周りから聞こえてきた頃、ガクンと動き出した。
多分5分以上は経っていたと思う。いやー気持ち悪かった。
もっとも、後から分かったが、そこから山頂の駅までは100mあるかないかの所だった。
あれは何だったのだろう。もしかしたら・・・

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山頂は雪だらけ。しかし、まずまずの天候で、眼下にアイブゼーの湖、麓の村々が見えた。
山頂からは別のルートでアイブゼーの湖に湖に降りる。
ロープウエイで10分くらい。あっという間に1000m以上を降りてしまった。アイブゼーの湖畔を散策。また、インスブルックの町の戻る。つまり、インスブルック2連泊。

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by yahhosaito | 2014-08-04 08:04 | 海外・クルーズ | Comments(0)

チロル・ドロミテ⑦ -インスブルック-

■インスブルック

オーストリアは日本の1/4位、北海道と同じくらいの面積だ。
9つの州があるが、そのうちインスブルックはチロル州の州都。
チロル地方とはよく言うが「州」とは初めて知った。ウィンタースポーツの地として有名で過去1964年と1976年にオリンピックを開催した。

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人口は12万人弱というから、わが町の半分以下ということだ。
一般的に、世界の有名都市は思ったより人口が少ない。
インスブルックが12万、昔、行ったカンザス州ローレンスは8万。オリンピックの開催地でもあったコルチナでも6000人。なんと、サンタマッダレーナ村は500人という情報もある。(正確には不明)
もう、言ってみれば、わが地区の一角にすぎない。
(わが地区だって3000所帯、約10,000人が暮らしている。)

町からアルプスの山々が見え、標高600mほどのこの町も美しい。
歴史的には14世紀ごろよりハプスブルク家の支配下に入り、マクシミリアン1世の治世時代には都が置かれ、各地から商人が往来し繁栄したという。
市の大通りにある凱旋門はローマ帝国皇帝レオポルト2世の結婚を記念して建てられたが、その最中に有名なマリア・テレジアの夫フランツ1世が、市内の王宮にて急死したため、南側は結婚のおめでたいもの、北側は、フランツ1世の突然の死を悼んだものとなっている。
この凱旋門から旧市街の中心まで伸びていて、通りの両側にはさまざまな商店やカフェが並んでいる。土産物屋を覗くのも楽しい。


インスブルックとはイン川にかかっている橋(ブリッジ=ブルック!?)という意味だそうだ。
市の塔に上ると街全体が見渡せる。15世紀に建てられたもので50mほどの高さがあり、狭い石の階段を上っていく。この階段でいろいろドラマがあったかもしれないなんて思いながら上の展望台に着く。
遠くにスキーのジャンプ場も見える。それ以外は、多分、15世紀の風景とそう変わらないかもしれない。

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旧市街の外れ、イン川近くにゴールドナーアドラーというホテルがある。古いホテルで著名人が泊まるので有名とか。因みに著名人はマクシミリアン1世、ゲーテ、バッハ、ハイネ、ワーグナーなどなど、トラップ大佐なんていうのもあった。

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我々はここのレストランで食事をすることに。
そう、今日はおさな妻の17回目の誕生日。おっとっと・・・もう半世紀足してちょうだい。
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by yahhosaito | 2014-08-04 07:49 | 海外・クルーズ | Comments(0)

チロル・ドロミテ⑥ -ツェル・アムゼとイエン・バッハ-

■オーストリアのリゾート地「ツェル・アムゼー」

ツェル・アムゼーといっても知っている人は少数派かも。自分も知らなかった。
美しい湖と白い氷河や緑萌える高原が混在するオーストリアきってのリゾート地だそうだ。ザルツブルクから約1時間。絵のように美しい町。

イメージ的には芦ノ湖に似ている。違うのは軒を連ねる土産物店が無いこと。
湖畔に洒落た山小屋風のお土産を売る店とリゾート風のホテルがが各一軒だけあった。

映画「サウンド・オブ・ミュージック」で有名なトラップ大佐の2番目の娘マリア・トラップさんはここツェル・アムゼーで生まれたとか。ゼー(see)とは「湖」のこと。

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旅行中、ガイドさんからは話が無かったが、ここから5キロ程離れたところにカプルーンというスキー場がある。
いまから15年ほど前にケーブルカーがトンネル内火災を起こし、155名の人命が失われ、日本人も10名含まれていたという悲惨な事故があった。有名なスキーヤーや慶大、猪苗代湖中学校スキー部の若い学生たちも犠牲になった。
その現場がここ。


こんな美しいところで多くの人命が失われた。さぞかし本人もご家族も無念だっただろう。周囲の美しさと現実の悲惨さのギャップに愕然とする。(この事故についてはwikipediaにも出ている)

カプルーンにはその追悼施設があるという。
ドイツの最高峰ツークシュピッツに行く時に登山電車に乗ったが、山頂に出る手前5分ほどトンネルの中を走る。
その時、このケーブル火災を思い出し、いい気持ちはしなかった。


すぐ北がドイツのミュンヘン。南はイタリアのボルツアーノ。
およそ、縦100km、横200km強、程度の地域を移動した。
北海道で言えば道南の函館、札幌、小樽周辺と言った感じか。
考えてみれば、3か国と言いながら、かなりローカルな地域と言える。


■インスブルックの途中の町イエンバッハ

ツェル・アムゼーからインスブルックまでは120km、バスで2.5時間くらいの距離だが、途中にイエンバッハという小さな町がある。
ここからミニSLでアッヘンゼーというところまで行くことになった。距離にして7km。約45分。ミニSLは時速10km足らずのスピードでかなりの急こう配を上っていく。

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このミニSL、現役で走行しているアプト式のSLでは世界最古といわれるらしい。
確かに、相当な年代物で、いい雰囲気を出している。
線路の途中からは遠くに綺麗な街並み、目の前にお花畑、楽しい車掌さん。まさに観光用のSLで結構お客さんも多い。
シーズンはおそらく溢れる乗客だろう。
この電車を外から撮影している人も多い。
電車の中から電車の外から、お互いに撮る方撮られる方が身ぶり手ぶりでコミュニケーションしている。
観光地ならではのほほえましい風景だ。
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by yahhosaito | 2014-08-04 07:35 | 海外・クルーズ | Comments(0)