yahhoのレゾンデートル


 湘南の田舎から日々雑感
by yahhosaito
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カテゴリ:日々( 482 )


現場に来て思う事

2017年5月9日。

「現場」に来て改めて思うことがある。
報道で事件や内容を克明に知ることが出来るが、一方で、実態を見ているわけではないので、その感じ方にはなにか距離感がある。
しかし、実際にその現場に立つと印象がだいぶ違う。
なんて言うか、平面的から立体的に変わるというか・・・
虚像から実像に変わるというか・・・

今回のニューヨークでは「ハドソン川」「グランドゼロ」「トランプタワー」などでその感じを強くした。

「ハドソン川」
今から9年前、2009年1月15日、US1549便は、ニューヨークのラガーディア空港を離陸し、1分後、高度850mほどの上空で鳥の群に遭遇してしまう。

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その鳥は、体長60cm、体重が4kgもある大型のカナダガン。
両エンジンが破壊され、推力を失いマンハッタン島西側のハドソン川に緊急着水。
乗客乗員全員155名が助かったことから「ハドソン川の奇跡」と呼ばれた。

何回もTVでその様子が報道され、全容は理解しているはずだったが、実際に現場に行ってみるとまた感じ方が違ってくる。

まず、ラガーディア空港とマンハッタン島とハドソン川の位置関係。

なるほど、こういう位置関係・距離感で起こった事故であり、この状況での機長の判断だったのかと分かる。

離陸して間もなく両エンジンが全く効かなくなり操縦不能、グライダー状態になった。
ラガーディア空港に戻るには大きく旋回して10数キロを滑空しなくてはならない。850mの高さではそんな余裕はない。

上の写真はエンパイアステートビルの86階から撮った。
86階はたぶん350m位だから、この2倍強の高さだ。かなり低い。
地上には大都会が広がっている。

比較的近くにあるテターボロ空港は旋回途中にあるビジネスジェットなどが使う小さな空港だが、高度1000mではここまでも持たないと機長は判断する。
万が一、失速して墜落したら地上は密集地帯、大惨事は必須だ。

そして選んだのはハドソン川への着水。

その時の管制との交信が残っている。
「エッ!ハドソン川・・・!?」
管制官が聞き直すほど、異常な事態だった。

何年か前、インド洋で着水に失敗し125名の死者を出す大惨事が起きている。着水時、胴体より先に片翼が海面に触れ、機体のバランスが崩れ機体が大破した。
サレンバーガー機長はもちろんそのことは知っているはず。
しかし、それしかなかった。

ハドソン川は大都会マンハッタン島の横を流れる川だ。川幅は約1000m。
高さ184mのジョージ・ワシントン・ブリッジもある。川には市民の足であるフェリーや観光用の遊覧船も多く走っている。一歩間違えば市民も巻き込んでしまう可能性も大きくあった。

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確かに、我々自身も観光船に乗り川からマンハッタン島を眺めたものだが、視界には20~30隻の船が走っていた。

US1549便は橋をスレスレでかわし、機首を上げて速度を抑え、時速230kmで着水。この時、着水進入方向と川の流れが一致したことなどが衝撃を和らげる要因となったと言われている。

しかし、1月15日、真冬のハドソン川の水温は2℃、気温は-6℃。
何とか無事に着水はしたものの機内では厳しい状況は続いていた。
機体後部から浸水し、徐々に沈む機体の中での155名の脱出。着水してから4分20秒後に救助の船が到着している。これは偶然ではなく機長があらかじめ港に近い場所に着水したという。近くのフェリーなどが一斉に救助に向かい、着水から23分後には全員救助された。

我々の船も、もしかしたら救助に向かったかもしれない。

遊覧船のガイドが盛んとデッキでしゃべっていたが、生憎、英語を理解できないのでその内容はさっぱりだったのが残念。

「あの出来事は決して奇跡ではないし、自分がヒーローであるとも思っていません。私は普段の訓練どおりのことをしただけです。全ての乗客、そして乗務員が一致団結したからこそ、1人の犠牲者もなく、全員助かったのだと私は思っています。」
記者からコメントを求められ、サレンバーガー元機長はこう話している。

人間、極限状況に置かれると、人間性が出る。逃げる人、立ち向かう人、尽くす人。自己を犠牲にする人。
何年か前に「ポトマックの悲劇」という事故があった。
その何年間前、同じく真冬のポトマック川に架かる橋に激突し、墜落したエアフロリダ機の事故があった。5名の生存者を残し78名が亡くなった。
この時、救助隊の命綱を2度も譲った男性や救助のために氷結する川に飛び込んで女性を救助したという報道があったことを記憶している。

以上は改めて大筋をネットから頂いた。
N.Yでの体験を併せて思うとき、事実は小説より奇なりと痛感する。

昔、職場の同僚O君は、情報処理の現場でシステムダウンという事故(極限状態)が起こると、なぜかやたらに張り切りだし、その事故究明に抜群の才能を発揮したことを思い出した。元々優秀だった彼は非常時に更に更なるエネルギーを燃やすタイプだった。

改めて、現場に立つとその事故の生々しさが際立つ。
あの橋があそこに有って、川にはフェリーがこんな形で沢山浮かんでいて、大都会がすぐそこに存在して、真冬の空や川面はこんな感じだったんだろうと思うと現実に起きた事故に驚愕する。



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by yahhosaito | 2017-05-09 06:36 | 日々 | Comments(0)

7年目のアンコール

2017年3月19日。

3月も下旬に近づいて、だいぶ暖かくなった。
それでも朝晩は10度以下になるが日中日差しが出れば15度くらいにはなって、正に春の気分だ。

我が家もアンコールも7年目。
思えば、2011年3月11日の大震災の時は停電でエアコンもiHも使えず、難儀したが、年末に入れたアンコールのおかげで暖を取ることが出来た。

いまでは、朝から晩まで、日中の数時間を除けば点けっぱなしだ。
おかげで、薪の消費も大きいが、幸い、供給過剰気味でうれしい悲鳴。

しかし、薪を運んで、切って、割って、運んで、乾かすという大工程を踏んで、火がともる。
原始的といえばこの上ないが、7年もやっていると、ほぼ日常化し、さほど苦にならない。
でも、現役サラリーマンがこれをやるとすれば、休日は半分以上これに費やしてしまうから、チト苦しいかもしれない。

その点、退役組は気楽だ。
薪を蒔き棚にきちんと並べて、遠くから眺めるのは何とも言えず安心感と満足感と達成感があって、幸せだ。

遠くから見ている人はきっとバカみたい!と思うと違いない。

今日も朝から、炎が揺れている。
エアコンはつけない。
アンコール一本のみ。暖かい。
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2月になると、木の選定や切り倒しが始まる。
春になる前に木が水を吸いあげる前に切り倒す。
その関係で、我が家に木が運ばれてくる。

おかげで、森林組合等から調達しなくとも、木が手に入る。
2~3月にかけて、頂いた木の薪づくりに精を出した。
蒔き棚には来年1年分以上のストックが出来た。

乾け!薪。

4月に入れば、ストーブを炊くのは限定的だ。
あと、10日?15日。

春はうれしいが、ストーブが炊けなくなるのは少し寂しいね。

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by yahhosaito | 2017-03-19 09:12 | 日々 | Comments(0)

6年目の3.11

2017年3月11日。

今日で東日本大震災から6年目。
日本各地で鎮魂の行事が行われた。

神奈川県では直接的な被害はほとんど出なかったが、津波や原発の影響は大きかった。
あの日、あまりの大きな揺れに恐怖に似ためったにない怖さを感じた。
27階建てのビルの3階にいたとき、突然揺れが始まり、部屋の中にいても左右に2mくらいゆっくり動いているのを感じたものだ。

グラグラというより、右から左へスースーと動いている感じ。
正に、動いている、移動している感じだった。

地震の怖さは次に何が起こるかわからない不安の恐怖だ。
震度7が来るのかこのままで収まるのか、天井から張りが落下するほどの揺れが来るのかわからないところの恐怖感だ。

10秒ほどして、普段とは違う異常さを感じて、とりあえず外に通じるドア―を開けに行って退路を確保した。
3階だから階段で駆け下りても30秒ほどだろう。

既に、エレベータは停止していたと思う。
ビルの外に出ると、2000人は収容できるビルの多くの人が外に出ていた。
やがて、東北が悲惨な状況になっているのを聞いた。

その後は、報道の通り。
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このホテルの4階まで津波はきた。
この高さに海水があたり一面がのみ込まれた。
信じられない光景。

早退した帰り道、又大きく揺れた。
電線が大きく揺れ波を打った。
車を運転しながら、電柱が倒れてこないか前より上を見ながらハンドルを握った。

夜になって停電が続き、津波の情報は翌朝の電気が通じるまで分からずじまいだった。

・・・

2年ほど前、東北の田老地区に妻と行った。
そこでボランティアから聞いた悲惨な話。
田老の町はまさに
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何もなくなっていた。

死者・行方不明者合わせて20000人近く。
未だに2千数百人が見つかっていない。







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by yahhosaito | 2017-03-11 19:59 | 日々 | Comments(0)

古都

2017年3月2日。

しばらく振りの更新になった。
気が付けばもう3月。
この前2017年がスタートしたと思ったが、2か月があっという間に過ぎ去った。

2月の中ほどからラオスに行ってきた。
行先はルアンパバーンとビエンチャン。
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日中は30度を超す暑さだった。
ラオスの印象。
一言でいうと、まだまだ貧しい。

街もインフラが十分でなく、乾季のせいかどこも埃っぽい。
インドのような風景は少ないがカンボジアの風景と似ている。
仏教が70%くらいとか。
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警察官はほとんど見かけないが、まちの治安は保たれている。
交通も整然としていて、クラクションなどの騒音もほとんど聞かれない。
静かで鳥の声が聞こえる位。

ルアンパバーンは歴史の古都。



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by yahhosaito | 2017-03-02 21:54 | 日々 | Comments(0)

USBキーボード

2017年2月4日。

2011年の春に買ったpcがイマイチ不調で、大枚15万円ほど出して新pcを新調した。
win7から最新のwin10だ。

これで、新しいのは私専用になった。
妻は、2011年のwin7のpcを相変わらず使うことになった。

イマイチの最大は、キーボードが接触不良で上手く作動しないキーが数か所あるという事。
これは、けっこう、ストレスになる。
それに、バッテリーが完全アウトで、100v電源からしか使えない。
これも、時々、厄介だ。

しばらく使っていた妻はついに音を上げ、同じく5年ほど前に買ったサブノートpcを使うことにした。
画面は小さいが、十分に使える。ハズだ。

2週間ほど使っていたが、トウーサン、やっぱり何とかならない!?と言い出し、
調べた結果、外付けのUSB接続キーボードがあることが分かった。
値段も1000円強。

ダメもとで早速買って取り付けるとこれが結構役に立つ。
見かけはイマイチだが、シバラクこれで我慢するという。
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もっとも、このpc、2011年生だがエンジンがCOREi5で結構早いのだ。
win10は15万もするのにCOREi3でスピードはイマイチの感がある。

少しケチってCOREi3にしたが、早まったか!?




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by yahhosaito | 2017-02-04 21:35 | 日々 | Comments(0)

遊行寺にて

2017年1月29日。

もう数日前のことだが、藤沢で恒例のコミュニケーション研究会の一環で遊行寺に行った。
遊行寺は正式には藤澤山無量光院清浄光寺というらしい。
今から700年ほど前に創建され、時宗の総本山として有名。

というより、分かりやすいのは「箱根駅伝」だ。
特に2日目の復路、遊行寺の坂を駆け上がっていくランナーの負担は大変らしい。
平塚でバトンを受け約20km先の次の中継所は戸塚だから、この遊行寺あたりは胸突き八丁。
よくよく傾斜を見てみると結構な坂だ。
平均斜度は4.7%、キツイところは8%ほどある。
これは相当堪える。

歌舞伎でも有名。(らしい)
3年くらい前に見た歌舞伎演目、「小栗判官」。
小栗判官は妻、照手姫の一門に殺された小栗が閻魔大王の計らいで蘇り、姫と再会し、一門に復讐するという話。
歌舞伎は正直、よくわからなかった。
事前に学習し、解説をよく聞かないと、難解だ。

ここに照手姫の墓がある。

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寒い日だったが、境内の梅はもう咲いていて、かすかな梅の香が漂ってきた。
あと少しで2月。

                               


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by yahhosaito | 2017-01-30 22:04 | 日々 | Comments(0)

ともしび

2017年1月15日。

先日、千葉に行った帰り、新宿にある「平和祈念展示資料館」に寄ってみた。

ここは、さきの大戦でシベリアなどに抑留された人たちを中心に
大変貴重な資料が展示されている。

シベリア抑留の大変さは想像を絶するところであるが、
本で読むより実際に使われていた品物や衣服などを見ると
よりその大変さが分かる。

抑留者の名簿などもあって、戦後派の自分にとっても生々しさをじかに
伝えるものが数多くある。

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1年ほど前にシベリアに旅行に行って、
その過酷さの一部が実感としてわかるような気がする。

マイナス20度の世界。極寒の地。白一色の世界。
戦時下とポツダム宣言受諾後の世界。

あの後、シベリヤ抑留に関する本や戦争捕虜などの本を少し読んだ。
今の平和が身に染みた。

ウラジオストクは坂の町。
70年もたつと景色は変わる。
変わらない景色もある。

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♪ 1番  (カッコは元々のロシア語の直訳)
夜霧のかなたへ  (乙女は戦場へ)
別れを告げ  (兵士を見送る)
雄々しきますらお (暗夜の別れが)
いでてゆく  (戸口の石段に忍び寄る)
窓辺にまたたく (夜霧の彼方)
ともしびに (若者の目に映るは)
つきせぬ乙女の 愛のかげ  (窓辺の乙女を照らすともしび)

♪  2番
戦いに結ぶ  (見送られ出会う若者たち)
誓いの友  (戦では皆兄弟)
されど忘れ得ぬ  (幾百の戦友)
心のまち  (仲間もいるが)
思い出の姿 (通いなれたあの道が)
今も胸に  (今日も瞼を離れない)
いとしの乙女よ  (どこに可愛いあの子は)
祖国の灯よ (どこに僕のともしびは)

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作詞は楽団カチューシャとある。

なかなかの名訳だと思う。

それにしても、戦争はこうした悲劇を生む。

シベリア抑留、過酷労働、飢え、復員、そして戦後70年。

また、資料館に行ってみよう。


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by yahhosaito | 2017-01-16 14:23 | 日々 | Comments(0)

2017年

2017年1月13日。

あっという間に年が明けて、あっという間に今日はもう13日。
なんだかとても忙しかった。

というのも、年末から孫たちが来て1週間ほど滞在し、そのあとはたまった仕事をかたずけ、会合などにも出かけ、今日になって少し余裕が出てきた。

それにしても、年末からずっといい天気で快晴。
これだけいい天気が続く正月も珍しい。

しかし、寒い。
今日は朝起きて気温を見ると2度。
このところ、一日中ストーブを炊いておかげで薪の消費は著しい。

2月にいつものグループ展がある。
1人5点を出すのがノルマだから、在庫だけでは足りない。
そこで2年前に行った北イタリアの山麓風景を描きだした。
場所ははっきりわからないが、ドロミテからボルツアーノに下る途中だと思う。

イタリアはどこに行っても絵になる。
こんな風景がどこにもあるというのがすごい。
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まだ、影はつけていない。
点ければ少しは良くなるぞ!!

妻が見てボロクソ言った。
第一遠近感がない!

確かに!!
辛口で行ってくれる人は貴重だ。
人の眼は大いに参考になる。
自分の眼は先入観があってあてにならない。

展覧会まで1か月。
何とか他の4点をひねり出し、北イタリアを加えて5点。
間に合わせたいところだが・・・

2階に娘たちがいた部屋がアトリエ代わりだ。
ここから見る富士山が冬の澄んだ空気の中で美しい。
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富士山。
日本の誇りだな!!

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by yahhosaito | 2017-01-13 19:06 | 日々 | Comments(0)

年賀状

2016年12月31日。

年末になると、いつも思い出す文章。

「つごもりの夜、いたう暗きに、松どもともして、夜半過ぐるまで人の門たたき走りありきて、何事にかあらむ、ことことしくののしりて、足をそらにまどふが、暁がたより、さすがに音なくなりぬるこそ、年のなごりも心細けれ」

ご存知、徒然草の一節。
今日は、大つごもり。

懸案の年賀状が、先日やっと終わった。
28日に出したから、たぶん元旦には間に合うだろう。

それにしても、年賀状もそろそろ考え物だ。
虚礼廃止が叫ばれて久しいが、なかなかなくならない。
無くならないのは、一方でメリットというか賀状の意味が支持されているからだろう。

自分にとっての意味は、3つある。
 ①普段、きっかけのほとんどない友人知人の挨拶(ストローク)の窓口。
 ②賀状を頂くことによる普段ほとんど接触のない友人知人からの情報入手。
 ③面と向かってなかなか言えないことを言う。(特に感謝の気持ちやごあいさつ)

たぶんこの2点に尽きる。
①②を除けば、あとはいつもあっていて情報交換したり交友を深めている人たちばかり。
はっきり言えば、賀状はあまり必要としない人たちばかり。
もっと言えば、出さない人たちの中には、情報交換したり、挨拶をしたい人たちも出す賀状の2倍か3倍はいるはずだ。

何故出さないか。
来ないから?
出す人と出さない人の境目は実にビミョウだ!

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今まで数年間年賀状はパソコンで書いていたが、そろそろ飽きて昨年からまた版画を復活させた。
手間かかるようで、意外と簡単だ。

さて、どうにか今年の懸案事項も終わって、何とか「大つごもり」を迎えられそうだ。




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by yahhosaito | 2016-12-31 06:53 | 日々 | Comments(0)

12月の水曜日

2016年12月14日。

朝から氷雨といった感じの雨で寒い。

空が鉛色で憂鬱な気分だ。
普段あまり気にしていないお天道様もとてもありがたく思える。
たったの1日ですらこんな感じだから、鉛の空が2週間も続いた時を想像すると、かなり耐えられない。

北国では日常茶飯事だと思うが、そう思うとこの辺はありがたい。
ベランダに楓が落葉して「濡れ落ち葉」になっている。
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よく見ると綺麗だ。

明日はどうやらお日様が出そう。
冬になると夏が羨ましくなり、夏になれば、冬が恋しい。
人間はかなり勝手な生き物だ。

まあそんなものかも・・

ストーブも大概は日中はお休みするけれど、こんな日は朝から寝るまで点けっぱなし。
おかげで薪は急速に減ってきた。



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by yahhosaito | 2016-12-14 15:37 | 日々 | Comments(0)