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 湘南の田舎から日々雑感
by yahhosaito
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<   2009年 01月 ( 9 )   > この月の画像一覧


発表会

2009年1月31日。
中央公民館のフェスティバルにカンツォ-ネとして参加した。

曲は3曲で、「光さす窓辺はや暗し」「オーソレミオ」「フニクリフニクラ」。
いずれも半年くらい前から今日のために練習していた曲で、一部日本語とイタリア語で歌う。
光さす・・は少しくらいメロディだが素晴らしい曲。ナポリの民謡だそうだ。
愛する人が死んでしまい、悲しんでいる内容、オーソレミオは私の太陽としてあまりにも有名な曲。フニクリフニクラはこれまた超有名な曲で、誰でも知っている。

b0158170_23404856.jpg
(リハーサル室で最後の練習)


カンツォ-ネは音域が高い。
高いほうの音はファからソの音で、これがなかなか出ない。ミまでは何とか出るがファとなると少し苦しい。ソはほとんどひっくり返ったような音になってしまう。
ただ、少しコツがあって、上あごをあげて笑ったような格好をして歌うといいのだそうだが、そう言ってもなかなか上手くいかない。

b0158170_2341958.jpg
(舞台の袖で出番を待つ)


ソプラノの歌手はたぶん上のドくらいは出るのだろうからほとんど驚異的といっても良い。
練習すれば出るようになるというから、人間の能力は凄い。


去年は当日雪でしかも朝一番だったからギャラリーはぱらぱらだったが、今年はまあまあの入り(といっても200人足らずかも)。でも、ステージで歌うのは楽しい。そして良い気持ち。
役者と乞食は一度やったらやめれれないというが、なんとなくその感じはわかるような気もする。
b0158170_23475834.jpg

(前のグループのフラダンス。地域のオバサンダンサーズは多いがこのグループはどう見ても20代。かわいい娘ばっかしで腰をフリフリ、見とれてしまった)
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by yahhosaito | 2009-01-31 23:44 | コーラス | Comments(0)

目久尻川

2009年1月26日。

目久尻川(めくじりがわ)を北にむかって遡ってみた。
寒川のあたりから田園風景の中となり、あたり一面に水田が広がり始める。
いまは、あたりはすっかり冬景色だが春はさぞかし素晴らしいのどかな景色が広がるだろう。川は比較的綺麗で鯉が沢山いる。野鳥も多い。かわせみもかなりいるようだ。
b0158170_22411092.jpgやがて海老名に入った。
あたりはのどかで見晴らしの良い景色がづっと続いている。川沿いの道は散歩する人も多い。

やがて、綾瀬市の標識が。いや!もう綾瀬まで来てしまったか!
城山公園の標識が見えた。せっかくだから寄ってみよう。かなり大きな公園でよく整備されている。自転車を下の駐輪場に置き、小高い丘に登る。

案内を見ていたら、通りかかりのお年寄りが声をかけてくれた。案内しますよとのこと。
ここが室町時代からの城があったこと、川には蛍がいること、近くに清水川という湧き水の綺麗な川があることなどを教えてくれた。
このご老人は昔戦闘機の教官をやっていたらしい。多くは語らなかったが、話ししたいようでもあった。でも肝心なところを聞くと「言わない!」といわれてしまった。
その割には、今般のハドソン川の着陸の素晴らしいこと、数年前のボンバルディア航空機の胴体着陸のこと、厚木飛行場から発進しているジェット機のこと結構しゃべってくれていろいろ聞いてしまった。
やぱっりいろいろと話したかったのかもしれない。

b0158170_2242835.jpg

帰りは少しコースを変えて、平塚まで戻る。約1時間強の行程。
いつも見る富士山と丹沢山系の形が少し違って見ええて、楽しい冬のサイクリングだった。

正月の参拝をしていなかったので寒川神社にも寄った。
月末の月曜日にもかかわらず結構人が出ていた。
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by YAHHOSAITO | 2009-01-26 22:44 | Comments(0)

6年2組の仲間たち

2009年1月25日。
6年2組の新年会があった。新年会といってもいつもの仲間で5人。
年に2,3日回集まる。少し前までは2月に1回くらい集まっていたが、最近は少し疲れ気味で回数が減った。

常連は7,8名だが今回は5人。われわれの小学校時代はクラス50人でしかも6年間ずっと組替えがなかったからとても仲がいい。但し、私は転校したから3年と少し。

今日集まったのは、K君、KM君、O君,H君と私。
孫の話、健康の話、年金の話・・・。大体この世代はどこもおんなじ話のようだが、今日は格調が少し高く、オバマの話から、政治、経済の話と話題が沸騰し、4時間以上店でねばってしまった。

そんな中でO君の中学校時代の話に及んで、「不良」だった頃の親(お母さん)に迷惑をかけた話になった。
ある日、授業をサボって、盗んできたお酒やツマミなどを飲んいるうちに、焚き火の火が下に敷いてあったアスファルトに燃え移り、煙がもうもうと出た。消防車が来て大騒ぎになって、補導された。盗んだ酒代等は累計で1万円くらい。当時の金では今の10倍くらいと思う。
当時お母さんは外で働いていたお母さんが弁償してくれた。

たぶん、当時は皆貧しかったから、1万円はかなりの大金だったと思う。
そんな息子の後始末をどんな思いで償ったのだろう。
それを思うと今親になって泣けてくるという話だった。90歳で健在とのこと。

そのO君は従業員数人を使っての塗装関係の社長さん。
孫も何人かいて、孫の写真を携帯の待ち受け画面に入れている。
昔のO君を知っているみんなは殆ど今の彼を信じられないようだが現実はそんなところだ。
しかし、苦労も多いという。商売を何十年も続けていくということはそれは大変と思う。

今、退職し、ゴルフに歌に弓に地域活動に汗を流しているK君。
海外生活が長く、今年3月に嘱託の期限が切れて次の展開を模索するKM君。
自営で自動車関連の仕事をしているH君。
みんなみんな50年来のお友達。
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by yahhosaito | 2009-01-26 20:54 | 日々 | Comments(2)

オバマ米大統領就任演説

2009年1月22日。
昨日、日本時間で1月21日の午前2時第44代のアメリカ合衆国大統領になった。
そのときの就任演説の全文が今朝の新聞に載っていた。

18分の演説とのことで結構長いものだったが、全文が新聞に載るのはめずらしいのではないかと思った。クリントンもブッシュも載っていたのかもしれないが、記憶にない。
今回は、まえまえから、素晴らしい演説になると前評判が高かったから、マスコミにも力が入っていたのかもしれない。

一字一句、熟読してみた。
なるほど、なかなか深いものが感じられる。日本の総理大臣の演説と比較するのは少し無理があるかもしれないが、何か理念の高さの違いのようなものを感じた。

b0158170_20504877.jpg(写真: timesonlineより)

全体から感じられるのは、人種差別などの暗い時代と今の対比、そして、高邁な精神の鼓舞。
「不朽の精神の再確認」「崇高な考えの発展」「米国再生に着手」「想像力が共通の目的と結合」「陳腐な政治議論の脱皮」「共通の人間愛」「国民の信念と決意」「新しい責任の時代」「希望と美徳」・・・


これは、キーワードだけでなく、やっぱり全文を読んで初めて意味あるものだと思った。
キーワードや要約だけではどうも正確なところは伝わらないようだ。
もっといえば、それぞれの言葉の意味や背景をきちんと理解して分るものだと思うが、さすがにそれは出来ない。

ケネディが就任したとき、まだ高校生で、入試やテストに就任演説が出るというので本を読んで勉強した。その一説は今でも覚えている。
そのときのケネディの評価の感じと似ている。

みんなで(足を引っ張らず)新大統領を盛り立てて、いい方向に言ってくれることを望む。
そして、株が上がってくれれば言うことはありませんです。


***************************************


大統領就任演説全文


 市民の皆さん。

 わたしは今日、謙虚な思いで任務を前にし、皆さんが寄せてくれた信頼に感謝し、祖先たちが払った犠牲に心を留めながら、ここに立っている。ブッシュ大統領のわが国への奉仕、ならびに政権移行の間、示してくれた寛容さと協力に感謝する。

 これで、44人の米国人が大統領就任の宣誓を行った。その言葉は繁栄の高まりのとき、平和で静かなときに語られてきた。だが、多くの場合、誓いは立ち込める暗雲や猛威を振るう嵐の中で行われたのだ。こうしたとき、高位の者たちの技量や考え方だけに頼ることなく、われわれ人民が祖先の理想に忠実で建国の文言に従ってきたからこそ米国はこれまでやってこれた。

 われわれはそう歩んできたし、今の世代の米国人も同様でなければならない。

 われわれはいま危機の真っただ中にある。われわれの国は、果てしなく続く暴力と憎しみのネットワークと戦争状態にある。一部の強欲で無責任な人々のせいだけでなく、皆が困難な道を選び次の世代に備えることができなかった結果、経済はひどく脆弱になってしまった。家を失い、仕事は減り、商売は行き詰まった。医療費は高過ぎ、学校制度は明らかに失敗している。われわれのエネルギーの使い方が、敵を強化し、地球を脅かしているということが日々明らかになるばかりだ。

 これらはデータや統計で示すことができる危機の指標だ。測ることはできないが、同様に深刻なのは、自信喪失が全土に広がっており、米国の衰退は避けられず、次の世代は下を向いて生きなくてはならないという恐怖だ。

 今日、あなた方に言おう。われわれが直面する試練は本物だ。深刻で数多くあり、容易に短期間では解決できない。だが知ってほしい、アメリカよ。試練は克服できる。

 この日、恐怖より希望を、いさかいや不和より目的を共有することを選び、われわれは集まった。

 この日、われわれは、あまりにも長い間、この国の政治を窒息させてきた卑小な恨み言や偽りの約束、非難の応酬や使い古されたドグマ(教義)に終わりを告げる。

 われわれの国家はまだ若いが、聖書の言葉にあるように、子供じみたまねをやめるときが来た。不朽の精神を確認し、よりよい歴史を選択し、世代から世代へ受け継がれてきた大切な贈り物、崇高な理念を前進させるときが来たのだ。それは、すべての人民が平等で自由であり、最大限の幸福を追求する機会を与えられるという、神からの約束だ。

 われわれの国家の偉大さを確認するに際し、われわれは偉大さが決して与えられたものではなく、つかみ取らなくてはならないことを理解している。われわれの旅に近道はなく、途中で投げ出すことは決してなかった。その旅路は、労働より余暇を好み、富や名声による喜びのみを欲するような臆病者たちのためのものではなかった。むしろ、長く険しい道を、繁栄と自由に向けわれわれを導いてきたのは、リスクを恐れない者、自ら実行する者、物づくりをする者であった。一部は名をなした人々だが、より多くは勤勉で名もない人たちだった。

 われわれのために、彼らはわずかな所持品を荷物にまとめ、新たな暮らしを求めて海を渡った。

 われわれのために、彼らは劣悪な環境で懸命に働き、西部に移り住んだ。またむち打ちに耐え、硬い大地を耕した。

 われわれのために、彼らはコンコード(独立戦争の激戦地)やゲティズバーグ(南北戦争の激戦地)、ノルマンディー(第2次世界大戦で連合軍が上陸作戦を行った場所)、そしてケサン(ベトナム戦争の激戦地)のような場所で戦い、死んでいった。

 彼らは幾度となくもがき、犠牲となり、その手が擦りむけるまで働いた。われわれがより良い人生を送れるようにと。彼らの目には、米国は個人の志の集まりよりも大きく、出自や貧富、帰属のあらゆる違いを超えた偉大なものと映った。

 われわれは今日もこの旅を続けている。われわれは依然、地球上で最も繁栄した強い国家であり続けている。われわれの労働者はこの危機が始まったときと同様に生産的だ。われわれは変わらず独創的だ。われわれの商品やサービスは先週や先月、昨年と変わらず必要とされている。われわれの能力は衰えていない。しかしやり方を変えず限られた利益を守り、嫌な決断を先送りする時代は確実に過ぎ去った。今日から始めよう、われわれは元気を取り戻し、ほこりを払い、米国を再生させる仕事に取り掛からなければならないのだ。

 至る所にわれわれがなすべき仕事がある。(現在の)経済には大胆で迅速な行動が必要だ。われわれは新しい雇用を創出するだけでなく、新たな成長の基盤を築くために行動する。われわれは商業を潤してわれわれを結び付ける道路や橋、配電網やデジタル回線をつくる。われわれは科学をあるべき姿に回復させ、技術の驚異的な力を巧みに使って医療の質を向上させ、そのコストを削減する。われわれは太陽や風力、大地の恵みを利用して自動車を動かし、工場を稼働させる。そしてわれわれは新しい時代の要望に応じるため学校や、大学を改革する。われわれはこれらをすべて成し遂げることができるし、成し遂げるだろう。

 今、われわれの志の大きさに疑問を唱える人がいる。われわれのシステムが多くの大きな計画に耐えられないと指摘する人がいる。しかし彼らの記憶力は乏しい。彼らはこの国が成し遂げたものを忘れている。想像力が共通の目的と結び付き、必要性が勇気と交わったとき、自由な人間たちが成し遂げることができるものを忘れている。

     ---------------

 皮肉屋は、彼らの足元で地面が動いたことを理解していない。長い間、われわれを消耗させた陳腐な政治議論はもはや通用しない。今日問われているのは政府が大きいか小さいかではなく、政府が機能するかどうかだ。各家庭が適正な賃金の仕事を見つけ、費用負担ができる医療を手にして、尊厳ある退職後の生活を送る手助けを政府ができるかどうかだ。答えが「イエス」なら、われわれは前に進む。答えが「ノー」なら、その政策は終了する。国民のお金を管理するわれわれには説明責任がある。賢明に支出し、悪い慣習を改め、誰もが見守る中で仕事をしなければならない。そうすることでのみ、人々と政府の間に不可欠な信頼関係を再生することができるからだ。

 問うべきは、市場が良いか悪いかではない。富を生み出し自由を拡大する市場の力は無類のものだ。しかしこの危機により、監視しなければ市場は制御不能になることも分かった。富める者だけを優遇していては、国家の繁栄は長く続かないことが再確認された。われわれの経済が成功したのは、国内総生産(GDP)が大きいだけでなく、繁栄が広範囲に行き渡り、やる気のある者すべてに機会を与えることができたからだ。慈善ではなく、それがわれわれの公益に通じる最も確実な道だからだ。

 防衛に関しては、安全か理想かを選ばねばならないとの考えは誤りであり認めない。建国の父たちは、想像を超える危機に直面しながらも、法の支配と人権を保障する憲章を起草した。何世代にもわたって血が流される中で、この憲章は充実してきた。この理想の光は今も世界を照らしており、ご都合主義で手放すことはできない。大都市からわたしの父が生まれた小さな村まで、今日の日を見ている世界の人々や政府に告げたい。米国は、平和と尊厳を求めるすべての国、男性、女性、子供の友人だ。そして、いま一度先頭に立つ用意がある。

 先の世代は、ミサイルや戦車の力だけではなく、確固たる同盟関係と信念によってファシズムや共産主義と対決したことを思い起こしてほしい。先の世代は、われわれの力だけでは自分たちを守ることはできないし、その力で思うままに振る舞っていいわけではないことをわきまえていた。軍事力は思慮深く用いることでその力を増すことを踏まえ、われわれの安全は大義の正しさや謙虚さ、自制からもたらされることを知っていた。

 われわれは、この遺産を受け継ぐ。この信条にいま一度立ち返ることで、新たな脅威に立ち向かうことができる。この脅威はより大きな努力、国と国の間のより踏み込んだ協力と相互理解を必要とする。われわれは責任ある形でイラクをイラク人に委ね、アフガニスタンでは、平和を揺るぎなきものにしなくてはならない。古き友、かつての敵とともに核の脅威を減ずるための努力を重ね、地球温暖化を食い止める。われわれの生き方を疑わないし、それを守ることにためらいもない。そして、テロや罪のない人々をあやめることで目的を達しようとする者に断言しよう。今こそわれわれの精神はより堅固であり、打ち負かされることはない。勝つのはわれわれだ。

 われわれが多様な文化の寄せ集めであることは、弱さではなく力だ。われわれはキリスト教、イスラム教、ユダヤ教、ヒンズー教、そして無宗教の人々の国である。この地球の至る所から集まったさまざまな言語や文化がわれわれを形づくっている。われわれは南北戦争や人種差別の苦渋を味わい、暗い歴史を超えてさらに強くなり、団結した。だからこそ、過去の憎しみは乗り越えられると信ぜずにはいられない。人種や民族間の隔たりが解消され世界が小さくなるにつれ、われわれに共通する人間性が現れる。米国は新たな平和の時代への先導役を務めねばならない。

 イスラム世界に対しては、相互の利益と尊重に基づき前進する新たな道を希求する。争いの種をまき、自らの社会の災難を西側社会のせいにする指導者たちよ。あなたたちが破壊するものではなく、築き上げるものによって人々の審判が下るのだ。腐敗と欺き、抑圧によって権力にしがみつく者たちは、歴史の流れに外れていると知れ。ただ拳を下ろすなら、われわれは手を差し伸べよう。

 貧しき国々の人々には、田畑が豊かに実るよう、清潔な水があふれるよう、共に働くと誓おう。飢えた体に滋養を注ぎ、やせ細った心を癒やすために。そして、われわれと同様、豊かさに恵まれた国々には、これ以上の無関心は許されないと訴えたい。結果を顧みずに世界の資源を浪費することは許されない。世界は変わった。われわれも共に変わらなければならない。

 われわれの前に延びる道を考えるとき、今このとき、はるか遠くの砂漠や山々をパトロールする勇敢な米国人を感謝の意を込めて思い起こす。時を超えてささやくアーリントンに眠る英雄たちのように、彼らはわれわれに語りかける。われわれは、彼らが自由の守り神というだけでなく、奉仕の精神を体現しているからこそ、自分自身よりも崇高な何かに積極的に意義を見いだそうとしているからこそ、敬意を表すのだ。新たな時代が形づくられようとしている今こそ、われわれはこの精神を心に宿さなくてはならない。

     ---------------

 政府の能力や義務はつまるところ、この国がよりどころとする米国民の信念と決意なのだ。堤防が決壊したときに見知らぬ人を受け入れる親切心、暗黒のときに友人が仕事を失うのを黙って見ているくらいなら自らの労働時間を削る労働者の無私の精神。煙に包まれた階段を突進する消防士の勇気、そして子どもを育てる親の意志。これらこそが、最後にわれわれの運命を決定付けるのだ。

 われわれの試練は新しいものかもしれない。それに立ち向かう手段も新しいものかもしれない。われわれの成功は、勤勉、誠実、勇気、フェアプレー、寛容、好奇心、忠誠心、そして愛国心といった価値観にかかっている。これらは古くからあるものだが、真理である。これらの価値観は歴史を通じて、進歩をもたらす静かな力であり続けてきた。必要なのは、こうした真理に立ち返ることだ。今われわれに求められているのは、新たな責任の時代だ。すなわち、米国民一人一人が、自分自身やわれわれの国家、世界に対して責務を負っていることを認識することだ。自分のすべてを困難な課題に注ぎ込むことほど充足感が得られ、われわれを特徴づけるものはないとの信念を持ち、いやいや受け入れるのでなく、むしろ喜んで受け入れる責務なのである。

 これが、市民であることの代償と約束だ。これが、われわれの自信の源なのだ。不確かな運命を自ら切り開くよう、神はわれわれに求めている。

 これが、われわれの自由と信念の意味だ。だから、あらゆる人種と信条の男女と子供たちが、この壮大なナショナルモールに祝福のために集まることができるのだ。だから、60年足らず前には食堂で給仕もしてもらえなかったであろう父を持つ一人の男が、最も神聖な宣誓をするため皆さんの前に立つことができるのだ。

 この日を記憶に刻もう。われわれが何者であり、どれほど遠く旅してきたのかを。米国が建国された年、厳寒の時期に、少数の愛国者の一団がいてつく川岸で、消えそうなたき火の傍らに寄り合った。首都は見捨てられ、敵は前進し、雪は血に染まった。独立革命の実現が不確かなときに、建国の父はこの言葉を読むよう命じた。

 「希望と美徳しか生き残れない酷寒の中で、共通の危機にさらされた都市と地方が共に立ち向かったと、未来の世界で語られるようにしよう」

 アメリカよ。共通の危機に直面した苦難の冬に、この不朽の言葉を記憶にとどめよう。希望と美徳を胸に抱き、いてつく流れに立ちはだかり、どんな嵐にも耐えてみせよう。子孫たちにこう言い伝えさせよう。試練にさらされたとき、われわれは旅を終えることを拒んだのだと。われわれは振り返ることも、たじろぐこともなかったのだと。そして地平線を見据え、神の慈悲を感じながら、自由という偉大な贈り物を抱き、未来の世代に無事に届けたのだと。(共同)

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by YAHHOSAITO | 2009-01-22 21:03 | 日々 | Comments(0)

池上線

池上線沿線かと思っていたが、どうも「池上線」が正解のようだ。
野口五郎の「私鉄沿線」とごっちゃになっていたらしい。

この歌をはじめて聴いたのは20年位前に会社の帰りの車の中。小田厚の平塚インタのあたりだと記憶している。よく覚えているのはそれほど「あっ、これだ」というインパクトがあったから。
アナウンサーが確か池上線何とかといっていた。

以来、ラジオやテレビで放送されることなく10数年経ち、探す当てもなく心のどこかにくすぶっていた。
しかし、インタネットが発達してあるとき検索エンジンで池上線xxとインプットすることを思い立ち、試みた。そしてまたこの歌に巡り会うことが出来た。
ところで、昨日、ひょんなことからこのCDを借りることになった。
インタネットのかすれた?音質でなく最高のコンディションで聴くことが出来た。



♪古い電車のドアのそば 二人は黙って立っていた
   話す言葉を捜しながら
 隙間風に震えていくつ駅を通り過ぎたのか
   忘れてあなたに聞いたのに
 じっと私を見詰めながらごめんねなんて言ったわ
   泣いては駄目だと胸に聞かせて 白いハンカチ握りしめたの

        池上線が走る街にあなたは二度と来ないのね
        池上線に揺られながら今日も帰る私なの

♪終電時刻を確かめて あなたは私と駅を出た
  角のフルーツショップだけが
 灯りをともす夜更けに
  商店街を通り抜け 踏切を渡った時だわね 
  待っていますと呟いたら 突然抱いてくれたわ
  あとからあとから涙があふれて 
  後姿さえ見えなかったの・・・

        池上線が走る街にあなたは二度と来ないのね
        池上線に揺られながら今日も帰る私なの




さすがにこの歳になると、残念ながらしたくともすぐには感情移入できないが
メロディの素晴らしさが際立っていて、この歌の情感を盛り上げている。b0158170_7563169.gif

50年来の友人が大学時代に池上線沿線に下宿しており、訪ねたことがある。
3畳一間か4畳半くらいのささやかな下宿だった。隅に一口コンロが置いてあった。
そのときの風景が少し重なる。

歌手の西島三重子氏はいまも現役で活躍されているとのこと。
作曲家の才能も素晴らしいようだ。
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by YAHHOSAITO | 2009-01-20 07:57 | 日々 | Comments(4)

アサカル

2009年1月18日。
今日は娘の誕生日。明日も娘の誕生日。双子だが生まれた日が違う。午前0時をはさんで生まれたので、1月18日生まれと19日生まれ。
双子で生年月日が違うのは珍しいかも。

双子の出産は統計的に80回のお産に1回あるそうだが、丁度0時を境にして生まれるのは、双子の生まれる間隔が仮に10分間だとすると、24時間×60分÷10分で1/144。よって、80×144=11520回に1回の確率。

1年に生まれる人を115万人位とすると、年間全国で100組くらいが違う日に生まれた双子という計算になる・・・。(本当かなあ・・)b0158170_17323515.gif
プレゼントの花。
b0158170_17361461.jpg


ところで、
アサカル(朝日カルチャー)に久々出かけた。昨年の5月ごろからサボりだして、ぐずぐずしているうちに年が明けてしまった。
このままでは行くきっかけを失ってしまうと思い、新年早々ということもあって、出かけた。
今回と次回は「顔」がテーマ。
モデルは中々の美人で描きがい?があった。年のころはアラサーか?
椅子に座って白い帽子をかぶっている。

本当にしばらくぶりなので、絵の具は結構固まってしまって蓋を開けるのが一苦労。
でも楽しく描けてまんぞく、満足。
やっぱり絵は人物に限る。

アサカルの帰り、総合公園によって梅の開き具合を確認する。
b0158170_17183146.jpg早咲きは4部咲き、そのほかはまだ蕾が固かった。
しかし、あと2週間もすると寒いながらも結構暖かい日もあって、急速に花が開き始めるに違いない。吾妻山の菜の花は満開と言う。
瑞泉寺の水仙も今頃見ごろかもしれない。

来週辺り、天気が良かったら、水仙見物してこよう。
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by yahhosaito | 2009-01-18 17:40 | 日々 | Comments(0)

どんど焼き

2009年1月15日。
昨日、1月14日は真土地区のどんど焼きだった。
今里西をはじめ東や大真土など数箇所で開催する。
この地区は毎年14日と決まっていて、昨年は月曜日だったが成人の日の振り替えで休日だった。今年は水曜日の開催となった。(うるう年で2日ずれる)

開催はお宮さんの行事として神社の役員が主体になって行うが、自治会がそれをサポートするというのがこの辺の慣わしだ。
この日は朝から準備に忙しい。広場に飾り終わったお飾りを積んだり、それだけではすぐに終ってしまうので、廃材をつんだり、参加してくれる子供たちへおお菓子を配ったり、お酒やサンドイッチなどを準備したりする。

今年は仕事があったため、15:00の点火式には間に合わなかったが、会社を1時間ほど早退して、17:00頃からの参加になった。
b0158170_191148.gif地元のいつもの仲間が遅くまで焚き火を囲みながら飲んだりおしゃべりをしたりで楽しく過ごした。
こういう行事が地元のつながりを強いものにしていく。

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b0158170_5331655.gifもっとも、この辺も参加する側としない側の2極化が進んでいるが、意外と新たに参入してくれる若い人たちもいて、結局は普段の声がけ(コミュニケーション)が大事だと思う。
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by yahhosaito | 2009-01-15 19:11 | 日々 | Comments(0)

日向岡とめぐみの丘

日向岡とめぐみの丘は平塚の西北にあって、いずれも大型の分譲地。
我が家から4,5㎞の距離にあるが丘陵地帯を開発した団地なので2階からよく見える。

日向岡は今から20年ほど前に開発され、住宅地として定着してきた。
ちょうどバブルの頃だったので、価格は結構高かったように記憶している。b0158170_20132033.jpg
標準で7000万近くしたのではなかろうか。日立の関係者もずいぶん買って知人も何人か住んでいる。









一方、めぐみの丘は2000年以降の開発なので、価格はだいぶ安くなった。
いずれも、駅まで遠く、20分くらいかかるので東京方面に通勤する人はちょっと辛いが、環境は抜群といっていいだろう。b0158170_2012489.jpg
都会に憧れている人から見るととんでもない田舎に思えるが、「湘南」が好きな人はお勧めと思う。第一、海までは近いし(サスガに歩いてはいけないが・・)富士山はばっちり見えるし、田園風景も最高だ。
子供と地に足がついた生活をするにはもってこいのロケーションと思う。

今日はそこから湘南平に足を伸ばす。
丘陵に良い感じの道が続いている。山道に入る。前にも来たが早春のこの辺は素晴らしい。
桜も綺麗だし、木の芽がいっせいに芽吹きだしてそれは素晴らしい。
今日は1月11日だが、もうなんとなく陽だまりの小径は春の息吹が感じられる。
b0158170_20135161.jpgあと、1ヶ月もすると文字どおり「早春譜」そのものの風景があたり一面に広がる。


湘南平からの眺めは最高で、大島はいうに及ばす利島もくっきりと見えた。
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三浦の先には房総の山々がずっと海のほうにせり出して、陽炎にゆれていた。
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by YAHHOSAITO | 2009-01-11 19:49 | 日々 | Comments(0)

新年

2009年1月5日。
2009年の正月休みもあっという間に終わり、今日から出勤となった。今回の休みは9日間。その間、ずっと良い天気で風もなく穏やかな正月だった。

昨年秋から景気は急速に悪くなって、派遣の労働者の問題が急浮上し、社会問題になっている。派遣切りにあって解雇され、職も寮も追い出され、路頭に迷っている。住む所がないという。
だから、派遣(非正規雇用)は怖い。企業も簡単に解雇する。大企業が率先してやるようでは実に困ったものだ。社内留保が一杯あるだろうに・・・なってこった。


正月は特に何処に行ったわけでもなく、過ごしてしまったが、それはそれでよい正月だった。
昨年は何があったのだろう。そして今年はどんな年になるのだろう。
昨年の主なデキゴトを振り返ってみた。

1月、地元新年会の総合司会から始まって、ドンド焼きやT塾、小学校の宿泊同窓会などがあって結構忙しかった。
2月、N氏沖縄から来、社協行事、祈年祭、公民館祭り、営業で東京に何度か足を運ぶ。
子供が職場問題で悩んだ時期でもあった。
3月、カンツオーネの発表会、桜祭り、馬籠への旅行、b0158170_233408.gifいよいよ3/31で役員終了。嬉しいような淋しいような・・・。しかし、このお陰で地域デビュー?も出来たし、地域のおおきな人脈が生まれた。会社以外での実に充実した2年間だった。
4月、桜祭りでお母さん初デビュー。大盛況でよかった良かった。神社例大祭も無事終わる。
b0158170_22551119.jpg
5月、公園祭り、テニス合宿、地中海クルーズ、連合自治会総会の議長、株主総会などなど・・・、地中海は中国以来5年ぶりの海外だったが、大変良かった。長女が某銀行を辞めて、新たな会社にめでたく再就職。
6月、長女が婚約、一安心。いとこ会が20年ぶりに開催される。帰りに仙台のいとこの家に。春に急逝したご主人の墓前に行く。もとNHKのディレクタで昔、美男美女の「月光族!」で鳴らした!?いとこ会で父の話を聞き、ブログを書くことに決めた。
7月、大学病院でガンの精密検査、おしりからメスを入れてパッチンパッチンと組織を切り取る。痛い!!!!検査の結果、問題なし。アア良かった。下旬にはお諏訪さんのお祭り。
8月、盆踊り大会、お盆、知人結婚話の紹介、少年院見学、N氏フランス帰国報告会、カンザスのS君10年ぶりに我が家に・・。
9月、地域の旅行会。幹事のためそれなりに気を使う。反省会も賑やかで大成功。禁煙開始、田村能里子展横浜。素晴らしい。
10月、地区レク、高校同窓会、家族での西湖秋キャンプ、千葉でのあじ釣りでキアジ45匹の釣果、テクノフェスタ、テクノフェア参加、環境教室SCN取材、
b0158170_22582494.jpg11月、長女婚約親族顔あわせ会、環境教室地球環境賞受賞、MIOB会、テニス合宿
12月、39会箱根、T塾、忘年会・・・
まあ、この間にも取るに足りぬこと、足ること・・いろいろあった。
会社のもろもろは割愛する。

それにしても、1年は早い。
今日は小寒だがすぐ大寒がきて、節分。お雛様の支度をして啓蟄。
この頃が一番いい時期かもしれない。春の目覚めと予感。あたりが
もやっとした空気に包まれだして、木々の芽が少し膨らんで山全体が白っぽくなる。

庭のもみじの芽が膨らみだすとあっという間に春。そして初夏、この繰り返し・・・
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by yahhosaito | 2009-01-05 23:06 | 日々 | Comments(0)