yahhoのレゾンデートル


 湘南の田舎から日々雑感
by yahhosaito
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早春の曳航 -南房総を巡る-

2011年3月27日。

早春の曳航 -南房総を巡る- ・・・
2ヶ月ほど前のJRのジパングパンフレットに確かこんな?題の記事が載っていた。

なんとも旅心をそそるタイトルで、すっかりその気になり本来であれば今日からサイクリングするつもりでいた。
コースは車でアクアラインを渡って館山まで行き、房総半島の先を回って一泊。
翌日は東京湾フェリーで横須賀まで出て、横須賀界隈を巡って戻ってくる。
こんな予定だった。

しかし、それどころではなくなった。

ここ1週間、寒い日が続いている。
桜の蕾もだいぶ膨らんではいるのだが、足踏み状態で、まだ、咲くまでには1週間ほどはかかりそうだ。来週は近くの土手の桜祭りだが、満開というわけには行かないだろう。
2部咲きなら良いほうか。

庭のもみじの芽がだいぶ大きくなってきた。
早く開いて新緑のさわやかな風情を楽しみたい。

b0158170_745530.jpg

昨日は母の命日。
3/12に予定していた7回忌が今回の地震で延期をした。
母の後を追うようにして亡くなった父がよく言っていた。
山形は寒いから神奈川に出てきた・・と。

その父が晩年は何かにつけて故郷に帰っていた。
雪国、被災地では3月後半になっても時折雪が降っている。

昨日、久々に遠乗りをした。
自宅から江ノ島、境川をさかのぼり、善行、大庭、慶応キャンパスを横に見て遠藤方面に。
ぐるっと回っていつしか目久尻川。約4時間強。メータは50㎞を超えていた。

途中、藤沢で中学校で同じクラスだったH子さんの母校が丘の上に見えた。
当時、ミッションスクールがとてもハイカラに思えた。
今会えばだいぶバアさんになっているだろうなあ・・・
あら、S君、ハゲとシラガじゃないの・・、そんなことは言わないだろうなあ・・
卒業以来、会っていない。

ところで、夕方、富士山を見たらちょうど山頂に日が沈むところ。
ダイアモンド富士の落日バージョン。
今回の地震で各地の活火山が活性化しているという記事もある。
その中に富士山も。
そのときは覚悟決めるしかないか。
イカン!どうもナーバスになっている。
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by yahhosaito | 2011-03-27 07:52 | 日々 | Comments(0)

春が近い

2011年3月24日。

あの大地震から2週間が経った。
もう2週間というべきか、まだ2週間というべきか、よくわからないが、あまり2週間前とは変わっていないような気がする。
それだけ大きな災害でこの寒い中、一刻も早い状況の回復を願うばかりだ。

この地域ではガソリンの行列もスーパーの買いだめも一応収まって、普通の状況に戻っているように見える。しかし、気分的にはなかなか春を満喫する気分にもなれず気持ちが沈んでいる。

そうはいいながらも、先日、久々に自転車で近隣を回ってみた。
春があちこちに感じられる。
それはそうだろう。もう3月も後半だ。あと1週間もすればさくらも咲くはずだ。

庭のもみじが急に膨らんできた。
雨にぬれて冷たそうではあるが確実に春は来ている。

公園のモクレンはもう満開を過ぎたところか。サンシュもきれいに咲いている。
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b0158170_17464165.jpg花にらは相変わらず生命力が強い。

春が来て、原発がおさまり、復興の政策が軌道に乗り、再建の槌音が響き、力を合わせる姿が早く見られるといい。

今日は18:20から計画停電。しばらく中断していた薪ストーブに久々火を点けた。そろそろ今シーズンの最後になるかもしれないと思って。被災地には申し訳ない位暖かかった。b0158170_174706.jpg
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by YAHHOSAITO | 2011-03-25 17:52 | 日々 | Comments(0)

文明の利器も

2011年3月20日。

今回の大震災で11日の震災当日は地震直後から停電となった。
電気がついたのは翌日の朝4時か5時ごろらしい。

そこで役に立ったのは昔ながらの電話機だった。
今の電話機はコンセントがついているので電気がないと通話が出来ない。
この左側の電話機は停電でも使える。これが役に立った。

次男は横浜に出張中だった。
横浜で震災にあった。当然交通はストップ。携帯電話はほとんどつながらず会社との対応を何回かしているうちにバッテリー切れとなった。

携帯電話が使えないと自宅の電話番号くらいしかわからない。そこで家に公衆電話から電話した。
しかし、我が家の電話はfax付のコンセント付の電話だったから、停電中にいくら電話しても繋がらない。

一方、我が家では真っ暗の中でローソクを灯し、携帯ラジオで情報を収集していた。
まだ、fax電話だった。
そうだ、昔の電話機がどこかにあるはずだと、思い出し、納戸の奥から見つけ出して、電話回線を切り替えた。試験的に117をまわすと時報が聞こえた。使える!


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それから、1時間後、午前0時を回った頃、次男からの再度の電話が入った。
こんどは繋がったようだ。いまF市にいる。

車でF市まで迎えに行った。
さすがに0時を回っていたので国道はあまり混んではいなかった。

Y市からF市まで4時間以上歩いてきたという。
もし電話が通じなかったならそこから家までは更に5時間は歩くだろう。
通じてよかった。

FAX電話もいつもは便利だが、いざ非常時にはまったく役に立たない。
石油温風ヒーターについても同じだ。お風呂だって電気がつかないとお湯が入らない。
パソコンもバッテリはあるがインタネットはモデムが電気ないと使い物にならない。

やはり昔からのアナログな機器も最低限のインフラとして自己防衛上重要だと痛感した。
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by yahhosaito | 2011-03-20 19:58 | 日々 | Comments(0)

東日本大震災

2011年3月20日。

3月11日に発生した大震災と大津波、これだけ大きいと言葉を失う。
同時に発生した原発事故。必死の救援と決死の原発事故対策。
自分はおろおろするばかりで何も出来ない・・・

改めて自然の力の大きさを感じる。

高校時代に習った「ゆく河の流れは絶えずして」で始まる鴨長明の「方丈記」の中に地震に関する文があるという。

・・・おびただしく大地震ふることはべりき。そのさま、世の常ならず。山はくづれて河を埋み、海は傾きて陸地をひたせり。土裂けて水湧き出で、巌割れて谷にまろび入る。なぎさ漕ぐ船は波に漂ひ、道行く馬は足の立ちどを惑はす。都のほとりには在々所々、堂舎塔廟、一つとして全からず。あるいはくづれ、あるいは倒れぬ。塵灰たちのぼりて、盛りなる煙のごとし。地の動き、家の破るる音、雷に異ならず。家の内にをれば、たちまちにひしげなむとす。走り出づれば、地割れ裂く。羽なければ、空をも飛ぶべからず。竜ならばや、雲にも乗らむ。恐れのなかに恐るべかりけるは、ただ地震なりけりとこそ覚えはべりしか。・・・

まさしく、今回の地震のとおりだ。
この時のマグニチュードが推定によると7.4というから今回の9.0が如何に大きいか・・・

b0158170_61129100.jpg何も出来ないまま、外に出た。
土手にはタンポポが咲き、白いモクレンも開いてきた。柳も青い目を出している。

被災地の復興を祈るばかりだ。
そして、各人が出来ることを出来る範囲でやるということだろう。
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by yahhosaito | 2011-03-20 06:13 | 日々 | Comments(0)

オオイヌフグリとホトケノザそしてミモザ

2011年3月9日。

月曜日の3/7は小雪が舞ってたいそう寒かったが、今日は朝からいい天気で真っ青な空が広がった。
お昼過ぎにあまりい天気なので川のほうjに出かけてみた。
風はまだまだ冷たいが日の光は確実に暖かさが増して、本格的な春もすぐそこまでという感じ。

途中にミモザの大きな木があって、遠くから見ると杉の花粉が花いっぱいという感じでもあるがこの時期、美しい黄色の花の春らしい華やかさは格別のものがある。

b0158170_21164789.jpg結婚して間もない頃、ちょうど2月の中旬にイタリアに行った。
そこにミモザの花が競うばかりに咲いていて、当時、あまりなじみのなかったミモザの木に、なんだか少しエキゾチックを感じたことを思い出す。

知人の畑にあるこのミモザを少しいただいて、玄関の花瓶に生けた。

あぜ道にオオイヌフグリとホトケノザが今を盛りに咲いている。
小さい目立たない花だが、近寄ってよくよく見ると可憐で清楚で美しい。誰かさんのようだ。
少し寒かったりするとここに雪が降って、雪の中のオオイヌフグリなんていうのもある。
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あと、10日もすると3月も下旬になるので、すっかり暖かくなるだろう。

暖かくなったらの計画を今暖めている。
さてどうなるか・・・
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by yahhosaito | 2011-03-09 21:18 | 日々 | Comments(0)

おひなさま

2011年3月3日。

今年のお雛様は2月中旬に出した。
そして今日本番の3月3日。

例年はいつも居るリビングに出しているのだが、今年からは「指定席」にストーブが入ってしまったので、さてどこに出そうか・・ということになり、いっそ、娘も三十路に近くなり、そろそろ止めるか!とも思ったが、お嫁に行けば出すこともなくなるので(かもしれない)ので、出した。それも、いつもより10日も早く。
場所は、隣の和室。仏壇の横、床の間の前なのでイマイチかと思ったがまあ出し場それなりの雰囲気はある。

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お雛様(雛飾り)は派手だから出すとあたりがパーッと明るくなる。
そして、なんだかあたりも心も春のように暖かくなってうれしい。
来年は出せるだろうか?

物置に姉のお雛様がしまってある。
今から60数年前の「戦前」のお雛様。
5段飾りで、7段飾りにある籠や牛車、茶道具といったものがない。
新素材をまったく使わないまさに布と土?を使ったたぶん江戸時代と大して違わない作りだと思う。

ここ何年も「虫干し」していないのでもうぼろぼろになっているかもしれない。

妻がチラシ寿司を作り、ハマグリの吸い物、どういうわけかストーブで作ったブリ大根、それに、後なんだっけ・・?

そうそう、デザートに生協で買ったとかいったロールケーキがあったなあ・・、米粉で作ったというロールケーキ。生協らしいが結構美味かった。

ここ2,3日、また寒さがぶり返した。
今日も薪ストーブもをがんがん焚いた。
あと少しでストーブにお世話になることもないかと思うと、最後のストーブライフと思い、トボシイ薪をゼイタクに使用。

2,3日前、電気料の請求書が来て、妻が言った。
エアコンやIHを薪ストーブに切り替え電気代が減ったと期待していたが、ほとんど変わらないわねえ・・・

何でだろう?
IHで使う電気代なぞ、たかが知れているのか・・・
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by yahhosaito | 2011-03-04 06:56 | 日々 | Comments(0)