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 湘南の田舎から日々雑感
by yahhosaito
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ピザ

2011年5月29日。

夕方、ピザを作った。
この前、新宿で食べたピザが美味かったので、今度は家で挑戦しようと思って。

ピザ生地はホームベーカリーがあるので簡単にできる。
1回で3枚分の生地ができるので2回の6枚分を作った。

1回の量はパン一斤分だから、そうおもってみると結構な量だ。


具を載せて、250度位で焼く、少し温度が高いのであっという間に焦げる。
2回目は220度位で焼いた。約4分。
美味かった。ビールによく合う。
キャベツを入れたポトフもベリーグッド、20度足らずだった部屋の温度は27,28度になってしまい、暑い。まあ今日は一日雨だったから部屋の乾燥にはなったかも・・

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by yahhosaito | 2011-05-29 22:18 | 日々 | Comments(0)

姫シャラの木

2011年5月25日。

寒かったり暑かったり、昨日まで降っていた雨が2日ぶりにあがり5月らしいいい天気になった。
狭い庭の一角に今年の春植えたヒメシャラがだいぶ大きくなった。

確か、2月に近くの植木屋さんで買って、20,000円だった。
予算は10,000円で高くても15,000円くらいと思っていたが、いろいろ見て回るうちにやっぱりこれがいいということになった。それが20,000円。

植木屋さんの解説によると、ヒメシャラは一本の木を根元から木の幹が数本に分散するようにするやり方と、数本の木を寄せ植え状態にして数本に見せるやり方と両方あって、前者が見た目にベターというので、それにした。

20,000円はちと高かったが、二人がかりで自宅まで運搬して植えつけてくれたので、手間を考えるとそのくらいはするのかも。

実は狭い庭にもう一本10数年前からあって、まあまあなのだがイマイチパッとしない。
そこで、今回シンボルツリー?にということで植えた。

さて、あと10年もするとどうなるか?

ヒメシャラというと、今から40年以上前の山ちゃんとの天城山縦走を思い出す。
その山道の両サイドにたくさんあったのがヒメシャラ。
その時は、何か難しい解りにくい名前だと思ったが、あれから40年。

あの時の山行はいまだ鮮明に記憶の中だ。

「暮れなずむ テントサイトの カエルの音」
「あっちから こっちから聞こえたり 山の歌」
「トンネルの 先の光に 若葉色」


 イカン、まだ酒豪モトイ修行が足りぬ。

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by yahhosaito | 2011-05-25 12:08 | 日々 | Comments(2)

会員制BAR

2011年5月24日。

定例の飲み会でいつもの幹事が今回は会員制BARでやるという。
新宿の高層ビルの49階にあるXX。
なんだか緊張するなあと思いながらも面白そうなのでいそいそと出かけた。

幹事は本社時代の飲み友達でM氏。彼は品川の一等地に住む通称ボッチャマ。
昔からの品川の住人で広い家はお祭りのときの神輿の神酒所にもなる旧家?らしい。
敷地の一部に高級マンションがあってそこに某大臣が住んでいるというから、まあ押して知るべし。もっとも彼は彼なりに苦労もあって、「行動」に表れている。
彼の友人が所有する会員権を借りて今回の会場となった。

確かに入口はなかなか立派で雰囲気はいい。料理も酒も旨かった。
特に、ピザは久しぶりに美味しいものに出会った。ピザ生地がなんともいえない。
行く前は中はホステスさんがいて最高にGU-とか言うものだから、益々キンチョウーして入ったがナンということはなく、普通と変わらずザンネン。(写真撮らなかったのでお店のパンフから旨そうな料理を・・)

b0158170_1047515.jpg49階なので眺めは最高で、眼下に新宿御苑、NTTのビル、東京タワーなどが見える。スカイツリーは反対方向とか。
少し驚いたのは、若いカップルが来ている。
会員なのだろうか?よく金があるなあ・・、まあどうでもいいが、一方でこういう世界があって、その対極の世界もある。
どっちがよくてどっちが悪いということでもない。世の中そういうことなのだよといえばそれまで。

でも、最近、若者が高級車を乗り回し、いいマンションに住み、海外にも出かけ、いいものを着て、美味しいものを食べる・・・

それが身の丈ならば、それでもいいが、よっぽど出ない限り、サラリーマンの給料レベルはたかが知れているので気になってしまう。
そういうことが生きがいになっていると、将来が困ることになりはしないかとおじさんは少し心配するのです。
子供はちゃんと世話しているか!近所付き合いは大丈夫か?ふだんエイヨーあるもの食っているか!部屋は綺麗にしてあるか!貯金は計画的にしているか!!・・・

いや、浪費しているのではありません。それが活力の源なんですよ。心配には及びません。自分もそれなりに考えて生活しています・・・余計な心配無用ですから・・

そうか。からか、、いや、そうだった。つい、おじ(い)さんは、余計な心配をしてしまう。

そうこうして、家に着いたのは11時を回っていた。
そして、不甲斐なくもバタンキュー。最近、弱くなった。次の日に「残る」のがいけない。
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by yahhosaito | 2011-05-24 23:19 | 日々 | Comments(0)

畑の草花

2011年5月23日。

昨日の真夏のような暑さから一転、15~16度と肌寒い。

午後から雨が降るというので、懸案のサツマイモを植えた。
いつも採れすぎて腐らせてしまうので、今年が少々少なめに。

畑の1/5ほどが「花畑」になっている。
今はマーガレットと黄色のナントカ?が咲いて風に揺れて綺麗。

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昨日の午後、朝方の快晴から一転して夕方雨に。丁度いいのでBSを見ていた。

映画『ローマの休日』の裏話様な内容で面白かった。途中から見たので詳しくはわからない。


『ローマの休日』の脚本を書いたのは、トランボという人で、当時、彼は共産党思想弾圧のための赤狩りでハリウッドから締め出されていた身。
そのため、偽名でこの脚本を発表したようだ。

当初、この脚本に興味を示した映画製作者兼監督のキャプラは、エリザベス・テイラーとケーリー・グラント主演で映画化を進めるが、彼が提示した高額な制作費にスタジオが難色を示し、キャプラに代わってウイリアム・ワイラーを監督に起用。
ワイラーも赤狩りの政策に反対していた人物で、トランボの思いをワイラー監督が引き継いで、「ローマの休日」が陽の目を見ることになったらしい。

ワイラーは、当時ハリウッドでは無名だったオードリー・ヘプバーンを主役に抜擢。
もし、キャプラによって、エリザベス・テイラーとケーリー・グラント主演で映画化が進んでいれば、オードリー・ヘプバーンの『ローマの休日』はなかったという。

ワイラー監督は相当な完全主義者で、ヘプバーンとグレゴリーペックがスクーターに乗ってローマ市街を走りまわる数分間のシーンの撮影に、実に6週間もかけたという。

また、スペイン広場の教会の階段でヘプバーンがアイスクリームを食べるシーンがある。
このたった2分程のシーンの撮影に、何と6日間かけたのだそうだ。
面白いのは、何日にも分けて撮影されたため、背後に見える教会の塔の時計の針が、カットが変わるたびにずれているとのこと。

BSではトランボの娘にインタビューしているが、どのシーンが思いで深いかという質問に、最後の「友情を信じる。信念を裏切らない・・」(だったかな!?)

トランボが当時、国から迫害を受けていたことに対する思いがこのセリフに出ているという。

また、グレゴリーペックは彼女にスターの素質を見出し、最後の出演者字幕(クレジット)に彼女の名前を自分の名前の後に付けるという新人にしては異例のスター俳優並みの待遇をスタジオに打診し、そうなる。
しかしペックの先見の明が間違っていなかった事は、その後の彼女のキャリアが証明している。

この素晴らしい映画が何でカラーでなかったのかと、しばらくの間思っていた。
そのうち、モノクロのほうが味があっていいやと思いだしたが・・

その謎が解けた。

イタリアでの現地撮影に固執したワイラーは、スタジオ撮影でなければカラーの金が出せないと主張する会社側に対して、イタリアを曲げなかった結果、白黒になったんだとか。
ワイラーがイタリアにこだわった理由にレッドパージ下にあったアメリカの政策に関する弾圧(口出し)を避けたいという意図もあったようだ。

そうか。

カラーより、白黒のほうが味わいがある。
(カラーバージョン見たいけど・・・)

そう思ってまた映画を見ると、当時の社会的背景も、人々の生き様も透けて見え、いっそう興味深いものになる。
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by YAHHOSAITO | 2011-05-23 14:00 | 日々 | Comments(0)

歯医者への道

2011年5月18日。

朝から薫風という感じでスバラシイ快晴だった。
10時から歯医者を予約してあったので、自転車で行くことにした。
クルマだと20分強。自転車だと40分くらい。距離にして10kmほどだと思う。

帰りに折角なので少し遠回りをして景色のいいところを走る。

小高い丘から眼下に町並みや田園風景が広がる。

フクシマの浪江町や葛尾村は何にもなければこれ以上に自然に恵まれた素晴らしいところのだろうなと複雑な気持ちになる。

歯医者の待合室の週刊誌は原発記事で埋め尽くされていた。

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by yahhosaito | 2011-05-19 05:47 | 日々 | Comments(0)

木曽福島などなど

2011年5月14日。

14.15と少し遠くに出かけた。
本来の目的は、義弟の還暦祝い。
カミサンの兄弟夫婦を中心に10数名が集まった。

折角なので、少し遠回りして、震災で断念した高遠、木曽福島方面によることにした。
高遠はさすがに葉桜だったが、なかなか雰囲気のあるところで、確かに桜の時期には良いに違いない。今度またぜひ行ってみよう。

サイクリングの予定では杖突峠から高遠、そして、木曽福島、馬篭を目指すツアーであったが、ここを今回クルマで通過したが、結構大変なコースだと感じた。
今回青葉のサイクリングには最高の時期にもかかわらず、途中、会ったサイクリストはごく少なく、特に権兵衛峠、木曽福島、馬篭間は全く合わなかったように思う。

それなりに、敬遠されるコースなのかも。
権兵衛峠のトンネルの中は確かに自転車じゃ無理。4km以上も排気ガスの中じゃ、もたない。
それに交通量もあるのでリスクが高い。

しかし、新緑の景色は最高。伊那谷から木曽谷への山々の変化は日本に生まれてよかったという感じさえする。

伊那谷というと思い出すのは「愛と死を見つめて」。
少し(だいぶ)古いが、本のグラビア写真に『淋しく一人伊那谷を歩くM・K氏』というのがあって伊那谷をバックに下を向いて歩くM・K氏の写真を思い出す。
もっとも彼はあの写真はヤラセ?で撮られたのです、、、と後日告白していたが・・・b0158170_12282975.jpg
           【残雪の甲斐駒が岳】

途中、道の駅が頻繁に会って山菜や田舎料理などを買い込む。
高速ではこうはいかないが一般道路は結構こういうものが楽しい。
タラの芽はスーパーで買うとドングリに芽が出たようなタラの芽しかないが、ここのは天然ものだろうか葉っぱが多くて野性的。天ぷらが楽しみ。

途中の甲斐駒、木曽駒、薪ストーブの駒ヶ根・ファイヤーサイド本社ショウルームなどを見てくる。
声をかけたら畑のおじさんが甲斐駒や付近の山々の説明をしてくれた。


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             【高遠城址公園】

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          【木曽駒の森の中の煙突から煙】

還暦祝いは名古屋の中日ビルの一角。
これからが、第2の人生始まり。結構楽しいものです。
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          【木曽駒はまだ早春】

帰りの東名は結構混んでいて4時に入り出たのは9時ごろ。
総走行距離は750㎞程でした。
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by yahhosaito | 2011-05-16 12:32 | 旅・サイクリング | Comments(0)

準備完了

2011年5月11日。

24の季節を持つ美しい国日本。
立春から大寒までそれぞれの季節はそれぞれに美しく、それぞれに想いがあり、その細かく仕切られた季節の節目が来るたびに日本に生まれてよかったと実感する。

しかし、そうはいっても晩秋から初冬にかけての何とも言えない寂寥感と不安感はあまり有難くないものだった。
木々からは色づいた葉っぱがすべて落ち、落ち葉が風に舞う。木々の枝の向こうには凛とした空が広がり、これから来る本格的な寒さを思うと気分が少し滅入ってくる。

第一、冬、布団から出る時の寒さと言ったらない。
暖房をつけて起きるほどのヤワでもないし、かと言って今日の仕事の憂欝さを考えると益々起きるのが億劫になって、ぎりぎりになって意を決して起床する。
そんな生活が、サラリーマン時代の冬の風景にはあった。

ところが、年端もいって会社で怖い人もいなくなり、会社に行くことが楽しくなり、自然の喜びが真に感じられるようになったサラリーマンの後半期、冬も楽しくなった。
冬の終わりのころ、2月に入ってやがて来る春を待ちわび、木々の芽が膨らんで、森や林が白っぽくなてくるこの季節は何とも言えず良いものだ。

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ところが、
その事情がさらに変わってきた。薪ストーブが入ってからだ。
冬への憧れと言ってもいい。

薪ストーブは暖房器具だ。
しかし、暖をとるということなら、エアコンでも石油ファンヒーターでもいい。スイッチ一つで簡単に暖められ便利この上ない。
しかし、薪ストーブは「火を焚くもの」。
つまり焚火だ。家の中での焚火。これが楽しくないはずはない。

ある人は、心身に不調を感じていたが、火の揺らめきを見ていたら治ってしまったとか。
セラピー効果だってある。

赤々と炎が燃える焚火。エアコンと基本的に違うのだ。

エアコンは暖かくはなっても調理はできない。
薪ストーブときたら暖かくなって調理ができてぱちぱちと音がして炎が揺らめいている。
エアコンは部屋の隅の脇役だが、薪ストーブは部屋の真ん中の主役だ。
火を見ながら暮らせる楽しさと安心感。
生きるために必要だった火と水。人類は川のそばに住居を構え、木々を拾い、焚火をした。そんな原始のDNAが埋め込まれている。

火の前で美味しい料理と酒を飲む。
なんと満ち足りた時間か。

冬よ来い。
もう準備は完了だ。薪は集めた。いつでも焚けるぞ。

今は立夏。早くも冬が待ち遠しい。

準備完了でゴザンス!

ところで、
火と水。
何かがある・・・!?

そうだ。
月火水木金土日

月(つき):時間を表す基本
火(ひ) :生きていくための道具と知恵
水(みず):生命を維持する最低必要源
木(き) :栄養の源
金(かね):複数で生きるための道具と知恵
土(つち):生命を育む小宇宙
日(たいよう) :生命を育む大宇宙

みんな大事なとてもとても大事なもの。
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by yahhosaito | 2011-05-11 07:43 | 日々 | Comments(0)

原発について考える

2011年5月9日。

原発について考えてみた。

◆なぜ、原発が必要か?

・日本は資源がない
よって、火力発電のための天然ガス、石油、石炭の多くを輸入に頼っている。万一、国際紛争などで輸入が止まったら、備蓄を考慮してもたいして発電は長くは持たない。すると、生産が止まり、日本経済に大きな支障をきたす。

・原発はクリーンエネルギー
CO2を減らすことは温暖化防止の為に必須事項。特に、鳩山政権時代、2020年までに1990年比でCO2を25%削減するとした国際公約した。火力はCO2を出す。火力はCO2を多く排出するが、原発は基本的にCO2ゼロ。

・コストが安い。 
原発は少量のウラン燃料で発電ができ、燃料としてのコストが圧倒的に安い。ゆえに、低コストの電力が提供できる。

・他の発電との優位性
水力は立地条件から建設できる場所が難しい。火力は燃料が輸入依存型。自然エネルギーは不安定。(風力は風任せ、太陽光は晴天時、地熱は温泉への影響等あり)よって、原子力は安定供給、低コストなどから将来的に有望な発電形態。安全は確保できるし、放射能も人間がコントロールできる。


◆なぜ、反対なのか?

・人間がコントロールできる範囲を超えている
原発は事故が起きたときに、人間がコントロールできない。暴走したときに甚大な取り返しの付かない被害や影響が出る恐れがある。手が付けられない状況になってからでは遅い。

・事故が起きる要素① ―地震・津波―
日本は地震国。活断層の上に建っている原発も多い。過去、周期的に大地震や大津波に襲われ多くの被害を出している。津波でも10~30メートルクラスの津波で人命や家屋に被害が出ている。一方、原発は津波や地震に対しての防災が十分でない。多くが地震でいえば500ガル、津波では10メートルクラスに対応できる程度の防災施設でしかない。過去1000年規模で考えると、それを越える地震津波が多数ある。万一、発生したときは原発事故に直結する可能性が極めて高い。福島原発では現に起きてしまった。
あらゆる地震津波に対する防御は物理的・経済的に不可能である。

・事故が起きる要素② ―人災(ヒューマンエラー)―
多くの事故は人間の勘違いが重なり発生する場合が多い。チェルノブイリ事故もスリーマイル島事故も人災といわれている。人は混乱に陥ったときに平常では考えられない行動を起こす。それがトリガーとなり事故に結びつくことは過去の事例が証明している。

・事故が起きる要素③ ―テロ・戦争―
テロは日本では少ないが起こる危険は高い。航空機による空爆、原発関係者による発作的な破壊行為、戦争行為。特に、海からの進入は比較的容易とされる。
原発格納容器が狙い撃ちされたら放射性物質が飛散し、修復への対応が極めて難しい。

・事故が起きる要素④ ―老朽化―
日本の多くの原発は耐用年数が近づいている。1960年代に設計された原発は数多くあり、今から半世紀前の技術で作られている。自動車でいえばトヨペットコロナや日産ブルーバードがはじめて世の中に出た頃の製品である。格納容器をつないでいる冷却用のパイプは構造上極めて弱い。ここが壊れたり破壊されたりすると一気に冷却機能を失い、高温状態になってやがては炉心溶融に繋がっていく。コントロールを失い、制御不能となる可能性が極めて高い。


◆よく分からない点

・では、万一の場合、本当に被害でるか?チェルノブイリやスリーマイルではどうだったのか。
死者や病気になった人と放射能との因果関係が明確でないためにはっきりとした数字は分からない。(いろいろと説がある)
極度の放射線被爆でははっきりするが、放射能漏れでの決め手は少なく、よく分からない。
土壌汚染や海洋汚染での影響もどう影響するのかは明確でない。

ヒロシマナガサキでの死者は膨大だが、その後、汚染された地域で生活し食物を食べてどうだったのか。
心配しすぎではないかという意見の反面、心情的には危険なものに対する排除感は当然出てくる。
危険なレベルの放射能を浴びたとしても、喫煙の影響のほうがはるかに高いという学者もいる。
本当はどうなのだろうか?
本やマスコミの情報にもスタンスによって書き方がかなり違う。
素人にはどれが本当なのかよくわからない。


◆原発がないと困るか?

・原発分を他のエネルギーで代用しようと思うと、今以上のco2が必要となる。
これからは、人口が減りライフスタイルも変えていけば、案外電気は減らせるのではないか。

省電力化を国策として推進し、今以上のエコ家電を作っていく。電灯はLEDを普及させ、パソコンやTVなど使用していないときの自動電源オフ機能、自販機の削減、パチンコ店やコンビニ、スーパーの照明など、工夫すればまだまだ減らせる。

電力の消費は夏の昼間の冷房が大きい。ここを乗り切れば、原発分に相当する3割カットも可能だ。冷房設定温度をさらに上げる。結構、ビルでは冷えすぎの寒さ対策をしているオフィスもある。

生産をシフト分散化することもその気になればかなりできる。
知恵を出す出しどころだと思う。

家庭も向上も工夫の余地はまだまだあると思う。
制度化し、罰則規定も作り、啓蒙活動もやり、原発をやめるために節電をするのだという意識を徹底すれば、今回の現実を学習している国民はほとんどが協力すると思う。

3割削減は決して不可能ではない。
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by yahhosaito | 2011-05-09 12:40 | 日々 | Comments(0)

そら豆の歌

2011年5月8日。

畑のそら豆が大きくなってきた。

そら豆で思い出すのは寺山修司のこの歌。

『そら豆の殻一せいに鳴る夕 母につながるわれのソネット 』

殻一せいに鳴る夕というのが何か面白くて印象的で頭にこびりついていた。
実は、正確に言うと、
「からからと殻いっぱいに鳴る夕べ 、、、、」
と覚えていて、その先はなんだっけというところだった。
たしか、屋根の上の何とかとか、、母がどうしたとかそんなあいまいな記憶だけだった。
もしかしたら、屋根の上とは天井桟敷のイメージが重なったか?

しかし、インタネットの検索機能はすごい。
あいまい検索で長い間懸案だった記憶のいい加減なところをいとも簡単に修復してくれた。


さらに、そのウッブサイトは下記の解説もしてあった。

萌えたつ若葉が、ふいに重くみっしりとしてくると、もう五月である。
息苦しいまでに生命が溢れているせいなのか、この季節になると風に吹かれるだけでも疲労を覚えるときがある。
そういえば、長く結核を患っていた祖母が、初夏になると上気するように発熱して、不思議に美しく感じられたことを思い出す。
 万象がいっせいに狂い出す五月。そんな激しい若い季節を最も愛した歌人に寺山修司がいる。
青森県に生まれ育った寺山は、五月という明るい季節に、自分の孤独な少年時代を重ねて、その季節のもつ懐かしさ切なさをみずみずしい歌にして残した。

 冒頭の歌もそのうちの一首である。うっそうとした樹々の息吹きが吹きわたる夕べ、空豆畑の豆が風に吹かれていっせいに鳴る夕空のもとで、少年はひとり、母を思ってソネットを書いている。
「母につながる」という表し方に、少年寺山修司の恥ずかしく湿った愛情がみごとにこめられている。

 一九三五年に青森県に生まれた寺山は、戦病死した父にかわって母が働きに出ていたため、少年期を芝居小屋で過ごしたという。ネフローゼを発病してからは、病気がちの学生時代を送るのだが、その経緯のうちに母に寄せて深まる愛憎の屈折がつのっていった。それが寺山の短歌の重要なテーマとなり、生涯にわたる影響をもたらした。

 だが、寺山は、短歌を重々しい日本古来の伝統や、告白詩という近代短歌の息苦しさから解放しようとした。風に吹かれて口ずさみ、ポケットに入れては取り出してみる、軽やかな口笛のように作ろうとした。その姿勢が、戦後の“新しい季節”を象徴する自由で甘酸っぱい青春歌群を生んだのである。




そら豆の殻一せいに鳴る夕
       母につながるわれのソネット。




スバラシイ!

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青森青荷温泉ランプの宿 
   2010.06
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by yahhosaito | 2011-05-08 08:00 | 日々 | Comments(0)

魯山人展  -平塚美術館- 

2011年5月7日。

平塚美術館で開催されている北大路魯山人展-世田谷美術館の塩田コレクション-に行ってきた。
食に対するたぐいまれな美意識と料理を盛りつける器までを自ら手がけた北大路魯山人。
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魯山人についてはおおよその事は知っていたし、何年か前の雑誌サライ?に特集が出ていて、しばらく前まで家にあったはずだが、探したら見つからなかったのでさては資源ごみにでも出したか…
料理は食べる機会はあるはずもなく良くわからないが、器がなかなか気に入っていて、前から興味があった。

魯山人の人となりは全く知らなかったが、今回、学芸員の解説で、よくわかった。
1.5時間に亘って講演会があったのだ。b0158170_6575636.jpg

魯山人は結構苦労人で、京都に生まれ、16歳から書・篆刻で名を知られいたが、貧しく苦労した子供時代、茶寮の奔放経営による解雇処分、息子の死など、その人生は苦難と喪失の連続であったとのこと。
40歳から陶芸を始め、書で鍛えた確かな筆さばきによる自在な絵付け、古陶磁の研究をもとにした織部焼や志野焼の新たな創造をしたことなど、大いに参考になった。

料理は言うまでもなく、総合的なもので、美味しい料理そのものがあり、器にどう盛り付けるかがあり、盛り付ける器がどんなものであり、それを食べる時の雰囲気やお腹の空き具合によって結果(美味しいか不味いか)が決まる。

今が旬のタケノコ料理も、美味しく料理して、それなりの洒落た、あるいは、味のある器に体裁よく盛り付け、タケノコに木の芽(いい香りの山椒の新芽など)を添え、いい部屋で食べる、しかも、お腹が一杯では駄目で、ほどほどお腹が空いていなくてはいけない。
そうした状況で食べるのが一番美味い。だから、作るのに少し時間がかかる。少しの努力をすると、いろいろのものが美味しく、楽しくなる。

お腹が空いている時のカツ丼などは美味しいものの代名詞。
いまから40年?前に食べたデパートの食堂のナポリタンの味だって忘れられない。
多分あのときはよっぽど腹が空いていたのかもしれない。立て続けに2杯食べたと思う。美味しいということはまずもって、お腹が空いていなくてはいけない。

あと、料金がそれなりということも美味しいための要素だ。
いくら美味くても値段がびっくりするほど高いと美味さが急に喪失する。
ほどほどの値段というのも美味しいための重要要素。安くてうまいと何か得をしたような気になってしまう。
美しくて、安くて、体調が万全で、雰囲気が良い。これが美味しく食べるための要素。

だから、我が家では、結構、器に気を使っていると思う。
大事に使えば10年は使えるのでいい器に良い料理を盛りたいと思う。
そうすると間違いなく美味しくなる。料理は総合的なものだから。
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by yahhosaito | 2011-05-08 07:04 | 日々 | Comments(0)