yahhoのレゾンデートル


 湘南の田舎から日々雑感
by yahhosaito
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31
カテゴリ
以前の記事
フォロー中のブログ
最新のコメント
メモ帳
最新のトラックバック
ライフログ
検索
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧

<   2013年 12月 ( 5 )   > この月の画像一覧


一輪車は便利

2013年12月27日。

半年くらい前に購入した一輪車。
これがすこぶる調子よい。

始めは一輪が故に走行が不安定だったが慣れるにしたがって調子よい。
今までの薪運びがこれで一気に作業性向上した。
一度に20~30本くらいの薪が運べる。
手作業の時代に比べると5倍位のスピードが上がった。

何がいいかというと、大量輸送はもちろんだが、一輪なので狭いところもなんのその。
ぶつかりそうな狭い道は簡単に傾けられるので、ちょうど体をくねらせるがごとく、運転すると、見事に狭い通路をくぐり抜ける。
秀逸。

近所の知人から別名「猫足」というのだということを聞いた。
猫のように狭いところをすいすいと入っていけるから。

ユンボ(油圧ショベル)ができる前は建設現場でこの猫足が大活躍したそうだ。
シャベルで穴を掘り、出た土を猫足で運ぶ。ひたすらその繰り返し。
ユンボが出来て、様変わりした。
ナルホド!
b0158170_19271491.jpg

[PR]

by yahhosaito | 2013-12-27 19:27 | 日々 | Comments(0)

やっと快(腸)調?

2013年12月24日。

食いもんが悪かったか不摂生がたたったか、ここ数日お腹が痛くでさっぱり元気が出なかった。
気力が湧かないと、こんなに何もする気になれず、言葉も発しないものかと考えてしまった。

おかげで、地域行事のサンタ役をドタキャンし、忘年会を2つキャンセル。
関係者には大いに迷惑をかけてしまった。

病院に行き薬を処方してもらったが、これが効いた気もあまりせず、結局は時間が経って自然治癒力で治ったというのが素直な感じ。

年末の大事な数日が過ぎて行ってしまった。

事情により、上の娘が年末まで我が家に来ることになり、併せて孫も一緒にご来場。
てなわけで、薪ストーブに急遽柵をつくろことになった。
腹痛の前に作っておいたのでよかった。

ビーバートザンで材料を買い、製作時間は2時間ほど。材料費3500円。
目分量で細部にはこだわっていないが、縦の柱の一部が3本おきくらいに桜の木で作ってある所がミソ。

桜の小枝は近くの河原に捨ててあった小枝を頂いてきた。

これでかわいいお孫ちゃんもア・ン・シ・ン!

ここにきて、やっと体も快調に。
前に食べたナマ中のナマ、「白子ポンズ」「岩ガキ」「〇〇刺」がいけなかったか?いやーあれから3日も経っているもんなああ…
b0158170_1150472.jpg

[PR]

by yahhosaito | 2013-12-24 11:54 | 日々 | Comments(0)

相変わらずの薪割り

2013年12月17日。

12月に入って2軒から薪を頂いた。
暫く、薪割が続きそう。

1軒は家の近くを自転車で散歩していたら、塀の外に直径30~40cm程の木が数本転がっている。さてはと思い、恐る恐るそのお宅の庭に入るとおばあさんが庭仕事をしていて、ああ要らないよという。
そのうち家の中から若夫婦(と言っても我々世代)が出てきて、そうなんです困っているんです、持ってってもらえると助かる、という。

そのお宅は、古い地元の家で敷地は300坪?ほど。その奥にも500坪ほどの畑が続いている。その庭には大きな木がいっぱい。
先だっての台風で倒れたそうな。
木は知らないうちに大きくなり、そのうち手に負えなくなって困っています。
あるところにはあるもんだ。広いおうちも我々にはない悩みがある。

欅と桜の薪には最高の木。
我が狭い庭に入りきれずに、そのお宅の広い敷地内に残り8割ほどまだ置かしてもらってある。

もう一軒は、ご近所。
家の周りのブロック塀を地震転倒防止にフェンスの洒落た塀に変えた。
その際、周囲にあった木を思い切って伐採した。
これも、かなりの量が出た。
木の種類はびわの木と後はなんだろう。
結構節も多いので割るのに大変そう。

持って行ってもらってありがとう。
そういって、大きな薔薇農家を経営している若奥さんは薔薇の花束をくれた。

だいぶ薪の原木がたまった。
いよいよ、薪割機を導入しないと、体力だけでは寄る年波に勝てなくなるかもしれない。

b0158170_715553.jpg


それにしても、最近は朝から気持ちよく火を点ける。
お蔭で、薪の消費量が多い事。
でも、一方でせっせと焚かないと薪の置き場が困る。
せっせと焚いて、温まり、空いたスペースに新しい薪を積み上げる。

それにしても、この暖かさは何物にも代えられない。
今年で早4シーズン目。

でも、薪割りの体力がなくなったらエアコンだろうな。
そうならないように、今日も頑張る。
[PR]

by yahhosaito | 2013-12-17 06:40 | 日々 | Comments(0)

真土大塚山古墳の風紋

2013年12月14日。

真土大塚山は古墳時代の遺跡があって有名なところだが、今は開発に伴って見る影もない。
今から30年以上前に某自動車会社の社員寮が建てられ、大塚山の古墳は完全に消滅した。
そこに4階建ての社員寮が数棟建てられ、最盛期はたぶん500人を超える社員が住んでいたのではないか。

中学生時代、今から50年くらい前、まだ大塚山古墳はあって、そこから土器が出るという噂だった。
仲のよかった山ちゃんと夏休みの宿題はこの土器集めにしようと、二人で出かけた。
当時は、ずっと街中に住んでいたから、おそらくここまでは自転車でド田舎のあぜ道を通り、30分くらいかかってここに辿りついたと思う。

当時の大塚山はあたりは畑が広がり、見通しもずっとよく、遠くに大山や丹沢の山並みが見えたはずだ。
そんな記憶がうっすらとある。
大変よく記憶に残っているのは、大塚山の一番高くなったところに祠のようなものがあり、そのあたりが砂地できれいな風紋が出来ていたことだ。

b0158170_21461711.jpg
そこを掘っていると、大した労を掛けなかったにもかかわらず、土器の破片がたくさん見つかった。
なんだか嘘のような気がして、本当に古墳時代のものような気がしなかった。

しかし、組合せていくと、まさにジグソーパズルのように土器の破片が組み合って、弥生式のあの形の土器になった。
無いパーツももちろんあるのだが、それでも70%くらいの完成率になった。

家に持ち帰り、セメダインで(当時、接着剤はこのくらいしかなかった)貼り合わせ、宿題に提出した。

夏休みが終わり、学校に提出したものは返されたが、この土器だけは返してもらえなかった。
「これ、学校で預かっておくから・・・」
多分、理科室かどこかに50年経った今でも眠っているかもしれない。

とにかく、その時の、古墳に浮き出ていた砂の風紋が強く印象に残っているのだ。

真土大塚山の社員寮は30年以上経って壊されることになった。
やがてそこに住宅が建つ。
今は、更地だ。

そこに行ってタマゲタ。
b0158170_21464620.jpg

なんと、あの時に見たと同じ風紋だ出来ているではないか。
もともと、真土大塚山は砂地の上に出来た古墳なので、風紋だ出来るのはごく自然だ。
しかし、寮が出来て、古墳の形跡が全くなくなり、30年を経て、また寮が壊され、砂地に戻った時、そこに現れたのは50年以上前のあの古墳跡と同じ眺め。

すこし、鳥肌が立った。
[PR]

by yahhosaito | 2013-12-14 21:49 | 地域 | Comments(0)

2014年の手帳

2013年12月10日。

さすが師走で気が付いたらもう10日。年末が猛烈な勢いで迫ってくる。
ここ1か月くらいは結構忙しかった。

下の娘の出産、上の娘の引っ越し、それにそれぞれの子供(孫)が入院さわぎ。おまけに娘まで入院ということになり、いろいろなことがこの一か月で重なった。
娘はまだ入院中だが、あと1週間くらいで退院できるだろう。しかし、そのあとしばらくは引っ越し先でなく我が家で様子を見るかもしれない。

とにかく大変なのはbabyだ。
特に上の孫は1.1歳。歩くのが楽しくてしかないらしい。11か月目くらい出歩きだし、いまや、とことことどこでも行ってしまう。そこらじゅうにあるものを口に入れる。
ドアーは開けるし、ふすまは開けるし、椅子に登ってテーブルの上に上がってしまう。
方時も目を離せない。

少々重いものも押し倒し、本は引きちぎる。リモコンと掃除機が大好き。
好奇心の塊のようなもの。
それによく食べる。食パン1枚くらいはいとも簡単。ミルクも100cc位は1分もかからない。b0158170_6533636.jpg

そのほか、種々行事や出来事が依頼事が次から次へ。
お蔭で、第九は出場を取りやめた。
「Freude, Schöner Götterfunken」という心境(状況)ではなかった。
このため、10回以上の練習をしてきたが、あえなくアウト。
仲間がその時間、舞台で歌っていると思うと少々やるせなかったが、これもいい経験かも。

ここにきて少し落ち着いてきたが、まだまだ年賀状もあるし・・・
ドクターXも録画がたまるだけ。

本社時代の飲み仲間との忘年会も欠席したが、その席で渡される恒例の弊社の手帳は今年から無かったそうな。
弊社(H社)の手帳は3種類あって書き込み専用の黒手帳(大サイズ)、縦長スリムの緑手帳(中サイズ)、胸のポケットに入る茶色革製の小手帳。
自分は緑の手帳を10年以上も使っていて、大変重宝していたが、今年から市販の能率手帳と相成った。

多分慣れるまでしばらくはかかるだろう。

b0158170_6414843.jpg

手帳は住所録やパスワードなどの記帳データを別冊の冊子になって、それを翌年度も引き継ぐから、手帳の形状は類似していないとうまく格納できない。

まあいいだろう。

本社を離れてかれこれ10年以上。
あの時の若い仲間も中堅を通り越して部長や役員クラス。いや、リタイアしたのもぼちぼちいるぞ!
工場の様子もだいぶ変わったという。
弊社中心的工場もM&Aの結果、某M社の色彩が濃くなって何やら苦戦しているといううわさも・・・
[PR]

by yahhosaito | 2013-12-10 06:49 | 日々 | Comments(0)