yahhoのレゾンデートル


 湘南の田舎から日々雑感
by yahhosaito
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OB会

2014年9月23日。

先一昨日、会社のOB会があった。
4年に一回開催され、今回は第6回目だとか。

前回はMJ協の会合とぶつかって、やむなく欠席となったが、今回は8年ぶりの出席となる。
もっとも、その中の女性を中心とした何人かとは、「業務係」といって、係のOB会に一昨年開催され、あった人もいる。20~30年ぶりの日とも何人かいて、楽しい時間を過ごした。

今回の、OB会は78名の参加とかで、小田原で開催したが、遠い人は北海道から参加した。女性と男性半々くらいだろうか。
配られた名簿によると私は昭和63年に、その課を離れ、全く別のポジションに移った。
その課はいわゆるコンピュータを使って情報処理をする、今でいうところのIT関連部署だった。
当時は、最先端の部署で、新進気鋭?の20代30代が集まった。
パンチャー(データ入力するプロ)が20名ほどいて、華やかだった。
課が発足して以来、在籍した人はざっと500人。そのうち、78人参加だから、まずまずの出席率。

そこから、会社を興した人も何人かいて、日本のIT産業を支えた、立志伝の先輩もいる。
今思えば、先輩方は先進的で、勉強熱心で、遊び心も持ち合わせた、優秀な人たちが多かった。

揃いも揃って20代そこそこの若者たちが、今から40年も前にCOBOLやAssemblerを駆使して、よくあんな難しい?システムを作ったもんだ。
今、日常的に使われる、専門用語「アクセス」「タグ」「アドレス」「ローケーション」「シフト」「スキャン」「モディファイ」・・・はすべて、コンピュータ用語だ。

何だかとても懐かしい。

当時、20代のパンチャーは還暦のお年ごろ。後輩のお嬢様方も50歳前後。
みな、あの時のままでウツクシイ!

コンピュータ創世期の時代を共にし、楽しいことも辛いことも共有した仲間たち。
みんな溌溂として、まだまだ、現役そのものの風情でした。



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by yahhosaito | 2014-09-23 06:39 | 日々 | Comments(0)

ぼんぼり祭り

2014年9月15日。

ぼんぼり祭りに妻の絵が選ばれた。

それを見に夕方から出掛けた。神社は町中にある。
ここ数年前から参加し、今年は入選10件くらいのうちの一枚になったもの。
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暗い中でろうそくの火が入り、ボッツと明るくなったぼんぼりは意外と風情がある。
出品する人は絵心ある人が多い様でみんななかなかうまい。

暑さも峠を越し、涼しくなった境内はなかなか良い。
池には亀がいて気持ちよさそう。

昔、この近くの小学校に通っていて、学校帰り、よくここで遊んだ。
当時も亀がたくさんいて、中之島で日向ぼっこしている亀に石を投げて脅かした。
そしてよく怒られた。

妹はここの幼稚園に通った。
宮司さんが園長先生でi先生と言った。
優しい先生だった。当時はやっていたコマーシャルソングをもじって、「なんだ坂、こんな坂、あんな坂、x坂・・・」と訳の分からぬ歌を妹とうたった記憶がある。

あれはもう60年も前の話だろうか。

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by yahhosaito | 2014-09-16 08:16 | 日々 | Comments(0)

2014年9月11日。

2014年9月12日。

9月11日。
あれから、13年経つ。

私は現役で、娘たちはまだ学生だった。
早いと言ってしまえばそれまでだが、この13年間に日本中、各家庭中、いろいろなことがあった。(と思う。)

最近は9.11よりも3.11の方がインパクトが強い。
9.11の関係者には怒られるかもしれないが、3.11はまだ課題が多すぎる。

13年も経つといろいろなことがある。
我が家では、9.11は娘の安否であり、3.11は子供たちの「その日の行動」だ。
被災地の方々の労苦にはとても及ばないが、我が家もそれなりの苦労もあったことは記憶に留めたい。
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今、朝日新聞の「吉田調書」でいろいろと言われている。
今朝の読売ではそのポイントが詳しく解説されていた。
何だか、とても悲しい気持になった。

国の最高機関がこんなもんなのかと。

高校の生徒会。いや、会社の一事業所の幹部会議とあまり変わらないのではないか。記事を読んでいると、錯覚する。
事態が事態だけに、揶揄するレベルを超えた事態かも知れないが、結果、国民が受けるかもしれない事態を考えると、もう少し何とかならないのかと。
平和ボケと言われるが、脅威に対する感性が今まで少しゆるかったのではと、自戒を込めて反省せざるを得ない。

今回の報道(吉田調書、池上さん)や慰安婦問題で朝日は他社等から相当言われているが、新聞やテレビなど公共の報道機関は公平性と正確性を第一の使命としてほしい。
読者はそれ以外知る手段を持たない。

通常、読者は朝日と読売と日経を読むことはまずない。
だから、朝日だったらその記事を信じるほかない。
だから、正確性を期してほしい。
それがジャーナリズムの芯だ。

何か、最近そこが軽くなっているような気がする


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by yahhosaito | 2014-09-12 17:54 | 地域 | Comments(0)

全米オープンとスピーチ

2014年9月11日。

一昨日の朝、USオープンがあり、朝から観戦した。
と言いたいところだが、あいにく我が家はwowowに加入してない。

ネットでも見られずハズと、調べて挑戦してみたがどうもうまくいかない。
それならばと、出費覚悟でwowowの契約をやってしまえと、テレビでのネット契約を試みるが、これまたLANケーブルが接続できませんだと!

さて困った。
もう開始時間は迫っている。
再びwebで調べると、USオープンの公式サイトでラジオの放送があるという。
スコアはリアルタイムで表示される。
これしかないと、これで観戦することに決めた。もちろん英語だが、何となく雰囲気は分かる。

結果は、準優勝。

期待したが残念に終わった。
しかし、4大タイトルのfinal。素晴らしいことです。

いつも思うのだが、試合の後のスピーチがいい。
今回の、スピーチはこうだ。

まずは、優勝したチリッチ選手。
『優勝できたのはここ数年間の努力が実った結果です。
指導してくれたイバニセビッチコーチ、コーチが教えてくれた最大のものはテニスをする喜びです。
今回のテニスは楽しみながら人生最高のテニスをすることが出来ました。
2人とも最初は大変緊張していましたが、徐々に調子が出てきて、第三セットの第7ゲームの彼の攻撃をしのげたのは幸運でした。
すべての努力が実って、夢がかなった。すべての選手に伝えたい。
「努力すれば必ず報われる」』

続いて、準優勝の錦織選手。
『彼がいいテニスをしたので、全力を尽くしたが、自分のテニスができなかった。
チリッチ選手の優勝を祝福したい。
負けたのは辛いけど、初めて決勝に来られたことはとても幸せだった。
コーチやチームの関係者に感謝したい。敗れて申し訳なかった。
だが、楽しい2週間だった。また来年もここに戻って来たい。』

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日本中で残念!と叫んだが、一番悔しい思いをしているのは本人だろう。
心の中では、悔しさが煮えたぎっているに違いない。
相手に対してでなく、自分のテニスができなかったことに対して。


錦織選手は準優勝で終わったが、かつて、同じ準優勝に終わって、昨年はウインブルドンで優勝したマリオン・バルトリ選手はこういうスピーチがあった。

【バルトリ】
『率直に申し上げて私はまだ信じられません。少女のころからずーとこの場を夢見てきました。
2007年の決勝戦で負けてしまったということでサビーネの気持ちはよくわかります。
必ずまたここに立つことを私は確信していますよ、サビーネ。
6歳の時からずーっとテニスを教えてくれた父。チームの仲間、そして皆さんの応援のおかげて優勝することが出来た。
子どものころからこの瞬間を夢見ていた。サービスエースでウィンブルドン優勝を決められるなんて夢にも思わなかった・・』

【準優勝したザビーネリシキ】
『私はこのウインブルドンの決勝戦という状況にのまれてしまいました。
マリオン選手は以前この決勝戦を体験されていたということで、今回完璧に自分をコントロールされていたと思います。
彼女こそが優勝するという存在だったと思いますし、私も次回こそは次のチャンスを考えていきたいと思います。
ウインブルドンは私の夢でした。このコートは大好きです。
お客様の皆様もずーっと応援して頂いてありがとうございました。
今日も皆さんの応援があったからこそ頑張ることが出来ました。』


あの、壮絶な試合の後でこんなスピーチを言えるというのは、すごいことだ。
特に、試合を見た後で、その興奮を維持した状態で聞くと益々素晴らしい。
「相手を讃える」「チームや関係者、ファンへの謝辞」「楽しかった」ということを、どの選手も言っている。

昔、golfを始めたころ、終了後のパーティで優勝やニアピンなどの受賞者はスピーチがあるから、必ず、この言葉を入れなさいと先輩から習った。

「今日は、天気も良く、よいチームのメンバーに恵まれて楽しくプレーができた・・・」

テニスの一流選手が試合後に発するこのスピーチを楽しみに試合を見に来る観客もいるという話を聞いたことがある。

テニスに限らずだが、見ていて、流れが変わるタイミングがある。

今回のfinalでいえば、チリッチ選手も言っているように、第3セットの第7ゲームで0-40と錦織がリードしていた。
最終的にはチリッチがゲームひっくり返したが、あすこで錦織がゲームをとっていれば、流れが変わった可能性は十分にある。

あの、第3セットの第7ゲームは錦織は一生忘れないと思う。


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by yahhosaito | 2014-09-11 09:05 | 日曜油絵 | Comments(0)

最近のくるま

2014年9月5日。

少し残暑が戻ってきたが、相変わらず涼しい日が多くて嬉しい。
今日は5日。あと、10日もすれば、更に涼しい日が多くなり、急速に秋が深まっていく。

フネスの谷は秋色に染まり始めたのだろうか!?

ところで、昨日、ピンクの軽トラがダイハツから発売される(た)という記事が出ていた。
景気が幾分よくなったせいか、車の宣伝が多いような気がする。

我が家も車の買い替えの時期を迎え、いろいろ思案しているが、事情もあってなかなかずるずると・・・
6人家族の我が家は一時期、4台を所有していた。
私のBORA、妻のパジェロミニ、長男のボルボ、次男のエスクード。

それが、生活の変化により、稼働率が低くなり、軽のパジェロは廃車。長男は結婚を機にほとんど乗る必要が無くなり廃車。よって、現在はBORAと次男のエクスード2台のみ。

しかも、次男は横浜でこれまたほとんど使わないため、我が家に置きっぱなし。
結局、私のBORAは千葉の娘のところに持っていき、たまに使ってもらっている。
しかし、これまた、ほとんど使わない。
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最近の車事情は実はどこもあんまり使っていない!?
一説によると、全国で、総車台数のうち、使用している(現在、動いて運転している)車は5%以下というデータもあるらしい。
そんなもんかもしれない。

テレビだってそうだ。
ひところは、朝から晩までテレビがついていたが、最近はあんまり見ない。
それだけ年を取った証拠!と言えば、それまでだが、世の中、テレビや車ばなれが静かに進行していると思う。
少なくとも我が家では・・・

と言っても、車は我が家では買い替え時期。
横浜にいる次男の転勤によってはまた車が必須となるかもしれないし、今の次男のエクスードは15万kmに迫り、「薪」運搬にはまことに便利。
新車では、薪運搬に向かない。

そう考えると、ウルトラCはピンクの軽トラか。

さすがにピンクは抵抗があるので、流行りのブラックの軽トラ。
値段調べると70万弱から100万チョットまで。

どうせ、98%は買い物やそこまでのチョイ乗りなので、軽トラで充分。
第一、この辺の農家は必ず持っているし、お友達も何かあれば軽トラで動く。

これにしようかなあ・・・
薪OK、妻のボラ荷物OK、アッシー君OK、たまに妻と高級旅館とかに行ったらどんなもんか?
友人の話によると東京往復はすこしキビしいかもね!とのことだった。

新聞やwebの新車情報が出るたびに、気になる。
買うとしたら、燃費のいい小さめの車。「日産note」「トヨタアクア」「ホンダのFIT」外車なら「ゴルフ」「up」「ルノー」「シトロエン」あたりだな。

でも、薪がなあ・・・


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by yahhosaito | 2014-09-05 05:29 | 日々 | Comments(0)