yahhoのレゾンデートル


 湘南の田舎から日々雑感
by yahhosaito
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グランドゼロ

2017年5月18日。

ニューヨークから戻ってもう3週間近くになる。

グランドゼロ。
何と言っても、あまりにもインパクトが大きい。もう17年も前の話になってしまったが・・・

グランドゼロとは「爆心地」という意味。あまりにも有名になってしまったこの場所はこの日を境にアメリカのみならず世界を変えることになってしまった。

ジョージ・ブッシュは2001年1月20日に第43代米国大統領に就任した。
しかし、その年の9月に未曾有の大事件同時多発テロが起こる。

それをきっかけにイラク戦争に発展、米国も1000名を超す死者を出す結果となった。

イラク戦争は開戦根拠の大量破壊兵器の存在が見つからず、批判を浴びたり、リーマンショックに端を発した世界同時不況、更には記者会見中にイラク記者から靴を投げられるなど、あまりいい印象はなかった。

グランドゼロ(WTC)はまさしくマンハッタンの繁華街。
位置的にはダウンタウンと呼ばれるマンハッタン島の先端部分にあり、歩いて10分ほどの所には金融の中心地ウオール街がある。
50階クラスのビルが林立している。

現在はWTC跡に2つの(南棟と北棟)モニュメントが作られている。
一辺が70mほどの正四角形で深さが10mほどあり、更にその中に一辺20mほどの窪みがあり、水が滝のように流れ落ちる構造になっている。

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周囲は亡くなった全員の名前が刻まれてあり、花も挿してあった。
最先端のビジネス街で働く若者はきっと嘱望されていた人材だったであろう。
それが、テロという行為に犠牲になった。

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我が家の911も記憶に生々しい。

あの日、上の娘が夕刻に成田からシアトルに向けて旅立った。
会社から22時少し前に我が家に着き、玄関に入った瞬間、「お父さん大変!」と妻が叫んだ。慌ててテレビを見ると2機目がビルめがけて突っ込んだ。
キャスターの久米さんも右往左往していた。

ハイジャックされた飛行機が11機という報道もあった。娘は大丈夫か!?
今頃、シアトルに近い空を飛んでいるはずだ。
しかし、どうすることもできず、深夜2時過ぎに取り敢えず寝た。

朝、7時過ぎに我が家にある男性から電話があった。「ハイジャックのことはご存知だと思います。
実は娘さんを預かっているのでご安心ください。」というバンクーバーからの電話だった。

一人旅だった娘は機内で事情が呑み込めず、ポカンとしていた。
まだ当時大学生。全米の空港は閉鎖され、着陸できない。
付近の飛行機はカナダのバンクーバーめがけて一斉に着陸。
市内のホテルは事情通に押さえられ、娘は相変わらず成すすべもなくポカン。

事情を察した近くの日本人男性は携帯で全容を把握していて、もしよかったらカナダの友人の家に留まらないかと誘われた。
異国で知らない男性から宿泊のお誘い。
覚悟して誘いを受けることにした。

結局5日間、米国に入国できず、カナダの男性宅にお世話になり、数日後、無事帰国した。旅の目的のポートランドの友人宅には行けなかったが、バンクーバーの観光地を案内してもらい、それなりに充実した旅行だったようだ。
その後、彼と交流が出来、我が家に泊まったり、娘の結婚式にも出席してくれた。

人生は分からない。

今回のニューヨークで3人の大統領とリンクしてみると、「ブッシュは911」「オバマはハドソン湾」「トランプはトランプタワー」

ブッシュの時代はまず9.11のこと、そして、グランドゼロを思い出す。



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by yahhosaito | 2017-05-19 06:51 | 海外・クルーズ | Comments(0)

現場に来て思う事

2017年5月9日。

「現場」に来て改めて思うことがある。
報道で事件や内容を克明に知ることが出来るが、一方で、実態を見ているわけではないので、その感じ方にはなにか距離感がある。
しかし、実際にその現場に立つと印象がだいぶ違う。
なんて言うか、平面的から立体的に変わるというか・・・
虚像から実像に変わるというか・・・

今回のニューヨークでは「ハドソン川」「グランドゼロ」「トランプタワー」などでその感じを強くした。

「ハドソン川」
今から9年前、2009年1月15日、US1549便は、ニューヨークのラガーディア空港を離陸し、1分後、高度850mほどの上空で鳥の群に遭遇してしまう。

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その鳥は、体長60cm、体重が4kgもある大型のカナダガン。
両エンジンが破壊され、推力を失いマンハッタン島西側のハドソン川に緊急着水。
乗客乗員全員155名が助かったことから「ハドソン川の奇跡」と呼ばれた。

何回もTVでその様子が報道され、全容は理解しているはずだったが、実際に現場に行ってみるとまた感じ方が違ってくる。

まず、ラガーディア空港とマンハッタン島とハドソン川の位置関係。

なるほど、こういう位置関係・距離感で起こった事故であり、この状況での機長の判断だったのかと分かる。

離陸して間もなく両エンジンが全く効かなくなり操縦不能、グライダー状態になった。
ラガーディア空港に戻るには大きく旋回して10数キロを滑空しなくてはならない。850mの高さではそんな余裕はない。

上の写真はエンパイアステートビルの86階から撮った。
86階はたぶん350m位だから、この2倍強の高さだ。かなり低い。
地上には大都会が広がっている。

比較的近くにあるテターボロ空港は旋回途中にあるビジネスジェットなどが使う小さな空港だが、高度1000mではここまでも持たないと機長は判断する。
万が一、失速して墜落したら地上は密集地帯、大惨事は必須だ。

そして選んだのはハドソン川への着水。

その時の管制との交信が残っている。
「エッ!ハドソン川・・・!?」
管制官が聞き直すほど、異常な事態だった。

何年か前、インド洋で着水に失敗し125名の死者を出す大惨事が起きている。着水時、胴体より先に片翼が海面に触れ、機体のバランスが崩れ機体が大破した。
サレンバーガー機長はもちろんそのことは知っているはず。
しかし、それしかなかった。

ハドソン川は大都会マンハッタン島の横を流れる川だ。川幅は約1000m。
高さ184mのジョージ・ワシントン・ブリッジもある。川には市民の足であるフェリーや観光用の遊覧船も多く走っている。一歩間違えば市民も巻き込んでしまう可能性も大きくあった。

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確かに、我々自身も観光船に乗り川からマンハッタン島を眺めたものだが、視界には20~30隻の船が走っていた。

US1549便は橋をスレスレでかわし、機首を上げて速度を抑え、時速230kmで着水。この時、着水進入方向と川の流れが一致したことなどが衝撃を和らげる要因となったと言われている。

しかし、1月15日、真冬のハドソン川の水温は2℃、気温は-6℃。
何とか無事に着水はしたものの機内では厳しい状況は続いていた。
機体後部から浸水し、徐々に沈む機体の中での155名の脱出。着水してから4分20秒後に救助の船が到着している。これは偶然ではなく機長があらかじめ港に近い場所に着水したという。近くのフェリーなどが一斉に救助に向かい、着水から23分後には全員救助された。

我々の船も、もしかしたら救助に向かったかもしれない。

遊覧船のガイドが盛んとデッキでしゃべっていたが、生憎、英語を理解できないのでその内容はさっぱりだったのが残念。

「あの出来事は決して奇跡ではないし、自分がヒーローであるとも思っていません。私は普段の訓練どおりのことをしただけです。全ての乗客、そして乗務員が一致団結したからこそ、1人の犠牲者もなく、全員助かったのだと私は思っています。」
記者からコメントを求められ、サレンバーガー元機長はこう話している。

人間、極限状況に置かれると、人間性が出る。逃げる人、立ち向かう人、尽くす人。自己を犠牲にする人。
何年か前に「ポトマックの悲劇」という事故があった。
その何年間前、同じく真冬のポトマック川に架かる橋に激突し、墜落したエアフロリダ機の事故があった。5名の生存者を残し78名が亡くなった。
この時、救助隊の命綱を2度も譲った男性や救助のために氷結する川に飛び込んで女性を救助したという報道があったことを記憶している。

以上は改めて大筋をネットから頂いた。
N.Yでの体験を併せて思うとき、事実は小説より奇なりと痛感する。

昔、職場の同僚O君は、情報処理の現場でシステムダウンという事故(極限状態)が起こると、なぜかやたらに張り切りだし、その事故究明に抜群の才能を発揮したことを思い出した。元々優秀だった彼は非常時に更に更なるエネルギーを燃やすタイプだった。

改めて、現場に立つとその事故の生々しさが際立つ。
あの橋があそこに有って、川にはフェリーがこんな形で沢山浮かんでいて、大都会がすぐそこに存在して、真冬の空や川面はこんな感じだったんだろうと思うと現実に起きた事故に驚愕する。



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by yahhosaito | 2017-05-09 06:36 | 日々 | Comments(0)

ニューヨーク

2017年5月6日。

GWもあと1日で終わりだ。
現役時代は次第に迫ってくるGW明けが恐ろしく、ブルーマンデイならぬブルーGW(明け)が記憶に生々しい。
今は毎日が日曜日。
有りがたいといえば有りがたいし、なんだか現役組に申し訳ないような気もする。

4/23から4/30までニューヨークに行ってきた。
妻と長男夫婦の4人旅。
全くの個人旅行で、航空券もホテルもすべて自前手配。
行先も勝手気ままプランで行き当たりばったりの旅。

アメリカは新婚旅行のGUAMに始まって、カンザス州のローレンスとラスベガス、数年前のアラスカに続いて4回目だと思う。
今回のニューヨークも突然浮上した旅行だ。

思い付きのような形で実現したニューヨークだったが、思いの外、インパクトがあった。

そして感じたこと。
■何と言ってもさすがに世界のニューヨーク。大きい。
■セントラルパークのスケールの大きさとこの場所に作った先人の知恵。
■人種の多さといろいろな人々、職種
■米国、サンフランシスコとニューヨークの距離感
■新しい国の割に街の持ってる歴史感
■グランドゼロの重さ
■自由の女神の存在感と意味
■メトロポリタン美術館の大きさ
■st.(ストリート)の風情
■大きいスーパーと小さいスーパー
■渦中だったはずの北朝鮮問題と報道の量(少い)
■ニューヨーカー達

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混雑する朝のウォール街

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グランドゼロ 亡くなった全員の名前が刻まれている

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セントラルパーク前の道で

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ハドソン川沿い朝の12AVe.

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セントラルパークは木の芽どき

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USエアウェイズ1549便がハドソン川に着水したのはたぶんこの辺と思う


今回の旅を一言でいうと、「人や生活を見る旅」といったことかもしれない。
従来は主に「景色を見る旅」だったかも。

ツアーはツアーでよいところがあるが、個人旅行はまた別の角度の良さだ。
人に道を乞い、スーパーで食料を調達し、切符を買い、地下鉄やタクシーに乗る。
一味違う旅を体感できた。

帰国後一夜明けてたまっていた新聞を眺めていたらこんなのがあった。

2017.4.24の読売「編集手帳」だ。
記者の米国赴任時代のい思い出らしい。

『大きなくしゃみを、交差点でしたことがある。確か今ごろの米ニューヨークの繁華街だった◆「ブレス・ユー(お大事に)」という声に顔を上げると、ちょうど前を通る車の後席の窓から高校生らしい女の子がほほ笑んでいた。こちらも「サンキュー」と返した一瞬のやりとりは、今も忘れられない米国の思い出だ』

旅の思い出は意外とこんなところが多い。
今回のニューヨークでは、それは何だっただろう・・・


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by yahhosaito | 2017-05-06 21:25 | 海外・クルーズ | Comments(0)