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 湘南の田舎から日々雑感
by yahhosaito
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湘南海岸

2019年4月25日。

朝方、霧雨のようなものが降っていたが、午後から陽が出てすがすがしい陽気になった。
急に江の島方面に出かけてくなり、2か月?振りくらいに空色の自転車を出した。

茅ケ崎から海岸沿いの自転車ロードをぶらぶらと漕ぎ出す。
平日なので人はあまり出ていないが、波がいい感じでサーファーが楽しんでいる。
気温は25度近くもあり、気分は初夏を通り過ぎて真夏に近い。

比較的空気も澄んでいて、遠くに大島、三浦半島も見える。
江の島は実にクッキリだ。
海を眺めながらぶらぶらいくのは結構気持ちがいい。
鼻歌を歌いながら、色々なことを考え、色々なことを思い出す。
b0158170_05424891.jpg
砂浜に浜昼顔が咲いている。淡いピンクが風に揺れている。
丸い形をした鮮やかな緑の葉っぱと淡いピンク。
遠くに江の島や三浦半島を見て、家族ずれや若者たちの楽しそうな風景。
湘南の一つの誇るべき風景かもしれない。
b0158170_05430168.jpg
柳島から西浜を通過し、浜須賀の陸橋までぶらぶらいっても30~40分。
やがて引地川を過ぎて江の島に入る。

江の島はさすがに観光地。
人が多い。
思い思いの格好で季節を楽しんでいるのはさすがにリゾート地か。
b0158170_05422959.jpg
ヨットハーバーでは工事の真っ最中だ。
2020年、ここでヨット競技が行われる。

1964年。東京オリンピック。
その時もここが会場になった。あれから50年以上もたつ。




# by yahhosaito | 2019-04-26 05:38 | 旅・サイクリング | Comments(0)

バラ窓

2019年4月25日。

もう10日もたつが、4月15日の夕方、パリのノートルダム寺院で大規模火災が発生した。
屋根の尖塔は崩落し、木材で骨格が作られていた屋根の 2⁄3 が焼失したという。
幸い、寺院に保管されていた文化財・美術品の一部は、消防士により運び出されるなどして焼失を免れたらしい。

それにしても、ゴシック建築の代表的建物であるノートルダム寺院はフランス国民ならずとも我々もショックが大きい。
おそらく世界遺産という事も含めると世界中の人の心の中で誇りと思っている建造物の中でも3本の指の中に入るのではと思う。

私たちがノートルダム寺院を訪れたのは昭和49年。
結婚して3年目、まだ子供はいなかった。新婚旅行に続いて2回目の海外だった。
知人からヨーロッパ旅行の安い企画があるので行かないかと誘いを受けた。
8日間で198,000円だった。
当時は給料が5万も言っていなかったと思うので給料の4か月分、今なら100万円位かも知れない。
まだ海外旅行が高かった時代。
一緒に行った仲間がSさんのご職業はドクター?と聞かれて悪い気はしなかったのを思い出す。

ノートルダム寺院での印象は精緻な石の彫刻とバラ窓だ。
以前からの愛読書だった串田孫一氏の随想の中に「バラ窓」というのがあって、ステンドクラスの窓が外からの光を受けて、燃えるバラの花のように輝くさまを言うというようなことが書いてあった。

b0158170_19401644.jpg
そんな予備知識があったので初めて見る寺院の巨大で荘厳なバラ窓にいたく感激した。
ガイドのお姉さんが数年前までは埃で汚れていた外壁や内装をドゴール大統領が「パリを綺麗にすべし!」と大号令をかけ、美しく蘇ったと誇らしげに説明したことを思い出す。

テレビで放映される火災映像に、眼を疑ったが、寺院は明らかに「石造り」ではなかったか!?
かつて見た記憶では全くの堅牢な石だったが、実は内部の骨組みは「木」なのだそうだ。
屋根もほとんどが木。すると万一火災になったとき、焚火で火を起こす際にホダ木を井桁に組む状態と酷似し、あっという間に大きな火になる。

そもそもゴシック建築とは何か?ネットの情報によると、形状的には、尖ったアーチ、飛び梁(むき出しの斜め柱?)、リブ・ヴォールト(かまぼこ型天井)などが特徴という。
ただ、建築の技術的特徴のみがゴシック建築を定義づけると考えられがちだが、ゴシック建築の本質は、これらのモチーフを含めた全体の美的効果のほうが重要だと言っている。(!?)
有名なゴシック建築はノートルダム寺院の他、ミラノのドゥオーモ、ケルン大聖堂、カンタベりー大聖堂など、枚挙にいとまがない。日本人はどちらかと言うとゴシック建築に弱いのではないかとも思う。石(建物)文化への憧れか、語感がいいのか!?・・・

マクロン大統領は再建を5年以内に行うと約束した。
現代の技術をもってすればたぶん可能だと思う。
建設当時は1163年に始まり完成まで200年ほどかかったといわれる。
日本では平安時代末期だ。
そんな時期によくこのような大建築を立てたものだと感心する。

設計は?高所作業の足場は?資材の運搬や切断、結合などはどうやったのだろう。
コンピューターや工作機械、建築機械がなかった時代、さぞかし難作業だったと思う。
奈良の大仏殿や五重の搭、アンコールワットの建物、ピラミッドや万里の長城も不思議だ。
大建造物を見ると、いつもそう思う。


今回の火災も当然、防火対策があった上で起こってしまったと思う。
二重三重に対策をしていてもそれをすり抜けて事故は起こる。
福島原発の事故も事故対策はされていたが起こってしまった。
元来、事故はそういうものだ。
ハインリッヒの法則によると、1つの重大事故の背後には29の軽微な事故があり、その背景には300の異常が存在するという。
日本も歴史的建造物が多い。姫路城や松本城、東照宮、奈良京都の寺院、各地に残る建物。
他山の石としなければならない。



# by yahhosaito | 2019-04-25 19:41 | 日々 | Comments(0)

米寿

2019年4月24日。

数日前、米寿の祝宴があった。

会社の元上司で、40数年前に仲人をお願いした。
その仲人をしていただいたメンバーを中心に20名強が集まった。

元上司のお祝いは傘寿の際も行ったのだが、今回は「夫婦同伴」という事で、「緊張」?が走った。
シワの数から着ていくものまで・・・

まあ、すべては杞憂なのだが、当日は初夏を思わせる素晴らしい天気のもとで、藤沢の某有名レストランで盛大に行われた。
仲人をしていただいた組は確か6組。
それも、同じ職場での話だから、前の職場、後の職場を加えると10組以上の仲人を行ってきたのかもしれない。

今回の6組は同じ職場の面々で、上司は我が職場に6年ほど在籍していた。
各奥様とお合いするのは殆ど初めて。
ほぼ同世代だから奥様も全員が同類項。安心した。

b0158170_13224372.jpg

少々問題は、スピーチがあること。
奥方を含めて、全員が1人2分ほどのスピーチを行った。
皆それぞれに、素晴らしいスピーチを披露し、さすが、元H社と思わせた。

かつて、H社には1分間スピーチなるものがあって、毎朝(週?)朝礼で全員持ち回りで1分間のスピーチを行ったものだ。
自分もそうだが、年数回?番が回ってくると、何を話すかと結構頭を悩ませた。
しかし、スピーチを聴く側は結構、新鮮な情報を得られた。
そうした経験が今になって生きてくる。

詳しい内容は忘れたが、岩手から来た女性Gさんの1分間スピーチが忘れられない。
就職して、故郷を離れ、神奈川県の当工場に勤務してきた時の心境や近況の話だったと思う。
彼女もたぶん還暦を超えたはずだ。

我々の職場は元上司の影響もあって、ファミリー意識が強く、最近まで4年に1回、OB会が開催された。
会には100名近い仲間が集まり、旧交を温めた。
我々の職場に数日でも在籍した総人数は700~800名と聞いている。
特に、創成期の昭和40~50年代のメンバーは仲間意識が強い。

60年代から平成に入ると、職場の再編や分業化、派遣などの社会情勢により、職場の仲間意識が少しづつ変わってきたように思う。

私は昭和63年に別の職場に移ったが、最近の職場の様子(雰囲気)はわからない。
パソコンやメールが発展し、隣同士もメールでやり取り、休暇届もスケジューラーに登録といった感じらしいが、昭和世代はやはり「音波」でやり取りするのが当たり前と思うが・・・
そういえば、電子職印なるものがあって、書類のハンコはいつも間にかスタンプに赤インクではなく、電子職印だったなあ・・

米寿の元上司はすこぶるお元気で、頭も聡明。持病はあるものの、そのうち白寿の案内が来るかもしれない。
夫婦ともども参加できるように、鍛えておかなくてはならない。





# by yahhosaito | 2019-04-24 13:23 | 日々 | Comments(0)

格安スマホはいいね!

2019年3月29日。

3500円から5000円、7500円経由、現在1250円。
ガラケーを持ったのが2000年少し前あたり。
本社に転勤になったときに、緊急連絡があるかもしれないので携帯を持参するように言われた。


D社の携帯で二つ折りのガラパゴス携帯。
アンテナが付いており、使うときは引き伸ばして使うのが何となく気分良かった。
確か月額の使用量3500円くらいかと思った。

会社では専用の固定電話があったが、それ以外に社内専用の携帯電話があった。移動先でも時々鳴ったが、まあ、結構便利に使った。
退社するときはデスクに置いて帰る。
自宅には持っていかないから、退社すれば会社との関係はそこで遮断される。
(今はそうもいかないらしい。自宅まで電話が入るとも聞いている。)

最初は折り畳み式の卵のような形をした携帯電話だったと思う。以降、ガラケーを数台、延べ20年ほど使い、数年前からスマホに替えた。
機能が豊富だが、使えこなせず、重いのとすぐに電池が切れるのと大きいのの三重苦で今まで来ている。
本当はガラケーで十分なのだが…

初めて使ったA社のスマホは月5000円ほどだった。
何でも他社乗り換えとかで2000円ほど割引があるのだという。
それを2~3年使うと、いきなり乗り換え割引が無くなり7500円くらいになった。

電話使いたい放題。
データ使用量も3GBとかで5000円に時代はそれなりに便利と思って使っていたが、7500円になるとさすがに高いと思った。
コマーシャルでは格安スマホが喧伝されている。乗り換えるか!?

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      ガラケーたぶん2代目   スマホはA社からY社になった

7500円になって1年ほどたち、契約切り替えはこの2か月以内にやらないと違約金を取られます。
結構勝手な契約だが、それを理解の上で契約結んだのだから、当然の契約履行だ。

そこで、切り替え期間の今月格安スマホを契約に行った。
Y社のスマホ。なんと月額1250円くらい。

まだ、請求が来ていないのでにわかには信じがたいが、契約がそうなっているのでたぶん間違いないと思う。

この違いは何なんだ!?

通話も普通にできるし、インタネットも普通につながる。
但し、電話はかけ放題でなく10分間がタダ。あとは有料。
そうならば、10分間で大概の通話は何とかなる。
10分すぎればかけ直せばいいだけの話。

7500円-1250円×12か月=75,000円

さて、この差額を何に使おうか。

それもさておき、何か少しおかしいくないか!?
ほとんど同じ機能がこんなに違うなんて信じられない。

たぶん、自分と同じように過剰機能で高いお金を払っているユーザーが結構いるのではないか?
ベビーユーザは別としても電話少々のユーザはこれで十分。

携帯会社は確か空前の利益を上げている。
多くの会社は利益は少なく出したほうが税金の関係でいいから、経費や積立金、準備金は限度いっぱいに積んでいると思う。
それでこの利益だ。

カミサンはD社で月5~6000円払っている。
使うのは携帯電話少々と若干のメール。
早く1250円コースにしなさい!

5000-1250×12=45000円
スイーツを毎年45000円
結構大きいね!
太るか!?
ナニ?別バラ!?

1250円も2年目からはその倍くらいになる。
それでも2500円くらい。
very good!



# by yahhosaito | 2019-03-29 21:22 | 日々 | Comments(0)

桜の季節

2019年3月25日。

桜が咲きだした。
土手の桜は3日ほど前に開花し、今日は0.5分から1分咲き。

昨年より少し遅いのか・・?不明。

数日前は異常に暖かったが、昨日一昨日と異常に寒く、一昨日は一時アラレのようなものが降り、昨日の朝は霜が降りていた。
そんな感じで桜も少し足踏みをしたようだが、今日は暖かくなる様子なので、開花も一気に進むだろう。

地元の桜まつりは4月7日だがまだ2週間弱あるので、だいぶ散っているかもしれない。
我が町内の花見会は1週間早め、3月31日とした。
雨さえ降らなければバッチリ!

ところが、意外と花見の時期は寒い日が多い。
快晴無風で暖かい日を望みたいものだ。
現役のころ、会社帰りに小田原城の花見に行ったものだが、いつも震えながら酒を酌み交わしたのを覚えている。

我が家の狭い庭も草花が咲きだした。

モミジはだいぶ葉っぱが開いてきた。
昨年のチューリップの球根を畑に植えたが、その一部を鉢に植え替えた。
これも今がちょうどいい。

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雪柳が白い小さな花をつけ、コデマリも近々咲き出すだろう。
春一番に咲くヤマブキの様な黄色の花は何というのだろう。
クリスマスローズやスイセンもきれいだ。
プランターに植えたスイトピーもあと一か月もすると咲き出すと思う。
春だ。やっぱり春は嬉しい。

なんでだろうね。
きっと、暖かいのは生命の危機感が薄れてくるからかもしれない。
暖かければ、食料さえあればなんとかなる。
そんな原始からのDNAが刷り込まれているからだろう。
b0158170_07155691.jpg

昨日は朝から土手の草刈りに駆り出され、夕方からは組長の引継式、今日はこれから桜まつりの掲示板設置だ。

そんなこんなで2019年もはや4か月目を迎えようとしている。

光陰矢の如し。
歳月人を待たず。
後は、すぐには思い浮かばない。
たぶん、比喩はゴマンとあるのだろう。



# by yahhosaito | 2019-03-25 07:20 | 地域 | Comments(0)

小学校の卒業式

2019年3月20日。

地元小学校の卒業式に出てきた。

昨年は中学校に出たが小学校は3~4年振りか。
中学校の卒業式はかなり淡々としてセレモニー的であまり面白みがないが小学校は結構感動する。

わが地元の小学校は3クラスで一クラス30人ほどだから、1学年で90名。
全校生徒だと90×6学年で540名という事になる。
まあ、結構な生徒数だ。
540名もいると少子化が嘘の様でもあるが、我々のころは6クラスあった。
しかもクラス50名だから、1学年は300名。
よって、全校生徒は1800名だった。(ハズだ!)

小学校はなぜ感動的か?
たぶん、自分の子供(孫)の映像とダブるのだからだと思う。

小さくてひとりで学校に行くのが大丈夫なのだろうか・・
勉強はついていけるのだろうか・・
仲間と上手くやっていけるのだろうか・・

雨の日も晴れの日も雪が降る寒い日もランドセル背負って学校に行く
そこでいろいろなことを学び、辛いこともあって少しずつ成長し、大きくなっていく。

そんな孫の様な子が目の前にいる。
そんな成長の課程が逐一想像可能であり、その最終形がある意味卒業式だ。

中学校になるとそうはいかない。
親が想像する生活を超えている。
だからあんまり実感が伴わない。

b0158170_10121963.jpg

演出も中々いい。
卒業生と在校生との掛け合いのお別れの言葉。
一人一人、しかもランダムに言葉をかけあう。

けなげだ。

しかもみんな上手い。

b0158170_10154815.jpg
通信簿5の子も3の子も1の子もいない。
みんなそれぞれに上手で感動的。

卒業生がピアノを弾き、在校生もピアノを弾く。
指揮する子、楽器を演奏する子、歌を歌う子・・

6年間でこんなに成長するのかと自分と比べて複雑な気持ちになる。

ちょうど1年前、新入生の教育支援として数日1年生のクラスに通った。
入学したばかりの子は結構手がかかった。
この先どうなるのかと思って見ていた子が、少しの期間で成長していく。

人間はすごい。
それぞれにいろいろな才能を持ち、いろいろな可能性がある。
大したものだ。

人類、たぶん数千年これの繰り返し。
火をおこし、和歌を詠み、俳句をひねり、建物を建造し、火薬を発明し、コンピューターをつくり、ネットの社会が広がっていく。

小学校の勉強が、学校という社会生活が「繰り返し」の基盤になっている。
卒業生を見ていると「ガンバレ!」
「社会はちょっと大変なこともあるけど、大変なことは自分のためになるからね!頑張んな!」と思っちゃうね!!



# by yahhosaito | 2019-03-20 21:14 | 地域 | Comments(0)

久々のカンツォーネ

2019年3月16日。

小田原地球博物館の年行事として、「ミューズ・フェスタ」というのがある。
1年半ほど前に辞めたサークルからお声がかかり、出演することになった。
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そのために、4回ほど練習がある。
そこで通った。
なんだかかつての日常を思い出した。
発声練習からレッスンまで。
2時間ほどの時間だ。

歌う曲はカンツォーネだけでなく日本の懐かしい歌もある。
全部で10数曲、時間にして1.5時間ほどを歌い続ける。

初めは、カンツォーネの曲から。
「チャオチャオバンビーナ」「帰れソレントへ」「サンタルチア」と誰でも知っている曲目。

続いては日本の曲から。
「エーデルワイス」「遠くへ行きたい」「オオシャンゼリゼ」「手のひらを太陽に」「どこかで春が」「お猿のかごや」「朧月夜」「たなばたさま」
もとい、エーデルワイスは映画サウンドオブミュージックの挿入曲だ。

そして、再びカンツォーネで、
「フニクリフニクラ」「オーソレミオ」

締めは、「今日の日はさようなら」で終了。

これが結構疲れる。
立ちっぱなしでの歌なので、足もつかれるが、大きな声を出してうたうという事はかなりのエネルギーを使う。

そこで思った。

プロの歌手が2時間ほどの公演で20曲ほど歌うとなると、相当の体力勝負だ。
しかも、昼の公演の後、夜も行うといった2部公演なんかはさぞかし大変だと思う。
我々は20数名の団体なので、多少手を抜いてもわからないが、ソロの歌手の場合はそうはいかない。

ましてや、風邪などひいて休むわけにも代役という訳にもいかないのでや、プレッシャーも相当なものだろう。
その点アマチュアは気が楽といったら怒られるかもしれない。

まあ、ギャラリーはイマイチだったが、楽しめた。
我々のは同じメロディを歌う「斉唱」だが、合唱で違うパートを合わせてハモッた時はさぞかし気分がいいだろうと想像する。

来年お誘いが来るかは??だが、年に1回くらいの歌は気持ちがいい。





# by yahhosaito | 2019-03-17 22:32 | コーラス | Comments(0)

詩とドキュメントによるダイアリー

2019年3月11日。

確か「詩とドキュメントによるダイアリー20才」というラジオ番組だったと思う。
吉永小百合が朗読するラジオドラマでたぶんNHKの製作。
戦後の混乱期から20歳になる過程をドラマ仕立ての朗読に仕立てて、なかなか感動的な内容だった。

20歳という企画だったから多分吉永小百合氏が20歳の時の今から50数年前のことだ。

なぜ、鮮明に覚えているかというと、どういう訳かこの番組を録音したのだ。
それを後日何回か聞くに及んであらすじを覚えてしまった。

その中にこういうのがあった。

『ころがりしカンカン帽を追うごとく ふるさとの道駆けて帰らん』

『とびやすき葡萄の汁で汚すなかれ 虐げられし少年の詩を』

・・・ツルゲーネフを初めて読む・・・。

吉永小百合氏はこの時の録音のことを覚えているだろうか?
探せばまだどこかに録音テープが残っているかもしれない。
だが、残念なことに見つかったとしても再生するデッキがない。
オープンデッキだから。
今はカセットテープかデジタルになってしまった。

挿入されている二つの短歌を短歌とは思わず、そのあとに出てくるツルゲーネフの小説の一節かと思っていた。
それが最近になって寺山修司の短歌と分かった。

なるほど・・

寺山修司は熱狂的なファンがいて存在感もかなりのものだったが、ファンというほどのこともなかった私は僅かに何かで多少の短歌を知っている程度だった。

『そら豆の殻一せいに鳴る夕 母につながるわれのソネット』

b0158170_11552571.jpg

この歌は20代か30代のころ、どこかで聞いた。
なかなかのものだと思った。

あれから40年。いや、50年。

寺山修司が亡くなって35年を超えた。
なんだか、彼の戯曲や短歌を読んでみたくなった。




# by yahhosaito | 2019-03-10 11:44 | 日々 | Comments(0)

8年目の3.11

2019年3月10日。

東日本大震災から8年。
あの日が嘘のように晴れ渡り、朝から15度もあって爽やかな朝だ。

我が家の3.11は被災地域の苦労からすると天と地の違いはあるが、記憶にとどめておくために書いてみる。

そもそも3月11日の14:46には厚木アクストという27階のこの付近では超高層ビルの3階にいた。
この3階には厚木市が主導するインキュベーションルームというのがあり、我々はその一角にオフィスを借り、新規ビジネスをやっていた。立ち上げから4年目くらいだったと思う。

その一角には数社のベンチャーが入っており、それぞれに事業をしていて、普段は電話の声くらいしか物音はしなかった。

14:46。ビルは静かに揺れだした。ゆっくりだった。一瞬天井を見上げるが、ぶら下がっている電球はなく、揺れを体で感じるほかは地震の判断材料はなかった。
ゆっくりと右に揺れ、左に揺れだした。

これは、少し大きい、いつもの揺れと違う。

隣にいた計測器開発ベンチャー企業の社長の奥さんが飛び出してきた。
すごいわね。大丈夫かしら。

部屋は出口は一つしかなく、万一に備え、ドアを開けに行く。
避難指示の放送はなかった。
電気はまだ点いていたように思う。揺れが収まり、とにかく外に出ようと階段で外に出た。

階段はビルの従業員で混雑していた。
27階から降りてくる人は大変だったろう。
27階から降りてくるのは結構大変だ。
この時も真っ暗で悲鳴が聞こえる程ではなかったので、おそらく電気はついていたのだろうと思う。
皆、言葉を発せず、家族や友人のことを思い、懸命に下に向かっていたのではないかと思う。

外の広場は人で埋まっていた。
1000名を越していたと思う。

事務所に戻り、とにかく帰宅することになった。
15:10頃だったと思う。

なんだかすごいことになっている様子。

車で帰宅したが、15:15頃、運転中にまた激しい揺れを感じいた。
車のハンドルをとられるような揺れで、減速し付近の電線を見ると大きく波を打っている。
電柱が倒れてきたらアウトだ。
直撃は免れたとしても、道をふさがれたら帰宅はできなくなる。

20分後家につくと停電。
TVでの情報確認は不可能だった。

ラジオで情報確認しつつ、地元の仲間に声をかけ、町内を確認に行くことにした。16:00ごろだったと思う。
自治会長I氏、防犯会長W氏と私。

初めに独居高齢者のお宅を10軒ほど。
そのあと、各家々を回った。
お怪我はありませんでしたか?被害はなかったですか?

皆不安で一軒での会話が少し長引いた。
10数件ほど回るとやがて暗くなってきた。

暗くなって停電の中、夜間の訪問はかえって不安感を増す。
全戸訪問はそこで諦め、自宅へ。

TV情報はなかったが、ラジオで東北地方が大変な状況になっていることを知る。
マスコミの報道は原発に焦点が移っていた。

夕食は何を作ったのだろう。
電気がなかったから調理はできない。
たぶん、薪ストーブがあったので、それで調理したのだろうと思う。
暖房もストーブで全く問題はなかった。

長女だけが嫁ぎ藤沢に住んでいた。
他は自宅からの通勤だったが、長男は某市役所で深夜まで地震対応。
次男は横浜に出張中。次女はバスか何かですぐに帰宅したのだと思う。

長男次男は夜になっても連絡が入らず、心配した。
携帯電話は通じない状況だった。
家の電話はfax機能付きのため電源が必要。停電だと使えない。

11時過ぎても連絡が入らない。
そこで気が付き、確かどこかに電源不要の電話機があったはずだと、押し入れの奥から探し出し、電話コードをジャックに繋ぐ。

すると1時間のしないうちに電話がかかってきた。
停電でも電話線だけなら使える。

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窮地を救った停電でも使えるold電話機

次男は横浜から戸塚まで20kmほどを革靴で歩いてきたらしい。

戸塚から藤沢までバスが動いており、藤沢まで来たという。
藤沢に長女の家があるのでそこで泊まらせてもらうと言っていた。

やがて長男と連絡が取れ、24時過ぎに市役所で解散指示が出たので帰宅するという。
帰る手段がないので迎えに来れないか。

じゃ、長男迎えに行くついでに次男のいる藤沢に行くと24時過ぎに家を出る。
24時を回っているのに国道1号線は家路につく人が黙々と下を向いて歩いている。
その数、途中、数百名。

藤沢から家に戻る途中、小高い銀河大橋から平塚方面を見ると漆黒の闇に自家発電か何かの明かりがポツンポツンと点いていたのが印象的で、改めてことの異常さに震撼とした。

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それからの経緯はマスコミなどで報道される通り。

津波と原発で日本中が揺れに揺れていた。
津波の想像を絶する凄さはまさに「言葉を失う」という例えの通り。キチンとコメントできなく、「あ~」「う~」「え~」といった言葉にならない絶叫の言葉が続く。

次の日からは電気も復旧し、マスコミからの状況伝わってきた。
特に原発は先が全く見えない不安に日本中が震撼した。
放射能やシーベルト、ベクレムといった聞きなれない言葉が余計に不安を増した。

風向きによっては都会にも莫大な被害が出るかもしれない。
2000万人が避難なんて言う最悪のシナリオも想定され、連日、政府やテレビの解説者が状態を解説する。

20数年前のチェルノブイリ原発の映像を思い出す。
ウクライナの農村風景の広がるチェルノブイリ。何か目に見えない病原菌が蔓延するような恐怖感。
そんなイメージを思って見てしまう。

あれから8年。
大きく復興したが大きな爪痕はまだまだこれからだ。

3年前に田老地区を訪れた時、ガイドしてくれたボランティアさんが、崩れた防潮堤の四角い800余個のギザギザは三陸沖地震で亡くなった人の墓標ではなかったか?と言っていたのを思い出す。




# by yahhosaito | 2019-03-10 09:44 | 日々 | Comments(0)

鎌倉方面

2019年3月6日。

3月5日は快晴。
気温も15度くらいとまずまずで、春霞のせいか富士山は少しぼんやりと霞がかっていた。

市役所に確定申告を出し、その足で藤沢から江の島通って鎌倉へ。
藤沢の新林公園に車を置かせてもらってそこからポタリング。

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新林公園の満開の梅林

新林公園の駐車場は50台くらい駐車できるが、平日のせいか停まっているのは1/3くらい。
施設を平準化して使うのは「難しい!」
(効率化論を突き詰めて平準化への一大発見するとノーベル賞ものか!?マ、無理だな。)
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稲村ケ崎を下って材木座海岸から逗子方面

引地川沿いに進み、江の島に出てそこからR134。
なんだか久しぶり。
海はキラキラと光り、空は真っ青。春到来という感じだ。
やっぱり春はいい。

横に江ノ電が走るこの辺りは観光的にも人気があるので結構人が出ている。

若い人が多い。カップルも多いが、意外と若い女性の二人ずれも多い。なぜだ!?

中には真っ赤な口紅に和服を着ている女性もいる。
最近、浅草や鎌倉あたりでも和服の女性を見かける。流行りか?

稲村ケ崎を過ぎて逗子方面や材木座海岸などを眺めるとなかなかいい風景だ。海の色は青く澄んでかなり綺麗なことが分かる。
段葛の桜は平成26年に植え替えたというからここを見るのは4~5年ぶりという事か。
なんだか頼りない細い桜が植えてある。
まあ、桜は成長が早いので10年もたてば、立派な木になると思う。

これもまた久々に「光則寺」に行ってみた。
梅が満開、入り口にあるソシンロウバイもまだは花を付けていた。
20数年前、鼻の手術をしたとき、治ったら光則寺の蠟梅の香りを楽しみに行こうと入院先のベットで切実に思ったことを思い出す。

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この右手に蠟梅あり

雪の下に会社の先輩のお宅があり、独身の頃、遊びに行ったことがある。
この辺りは昔からの家が多く、それも豪邸だ。
道はくねくねと細く曲がっているがそれが鎌倉らしいかもしれない。
有名な小説家の隣とかという話だった。

自転車だから小道もスイスイだ。

さらに奥の方に行くと、びっくりするような大邸宅もある。
どなたの住まいか。
どうでもいいが、いや、少し気になる。

色々と考えてしまう。

自転車はいろいろ考えることができるのがいい。
車じゃ、考えていたらアブナイ。

家族はどうなのか?跡継ぎ入るのか?(世間は少子高齢化であと次ぐ子供がいなく、空き家が増えた!)
こんな広い家で、近所付き合いはどうなのか?(広すぎてお隣さんと顔合わせ機会あるのかな?)
相続や税金はどうしているのか・・(余計なお世話だ!!)

昨日、たまたまこんな記事が載っていた。
ある有名な元アナウンサーの話。

7LDKの12億円の豪邸は光熱費が10万円/月、固定資産税が年間400万円以上とか・・

豪邸もいいがほどほどがイチバン。
我が家も7LDKだが、かつて8人が今は2人だけなので、1LDKあれば十分。
作業部屋と物置部屋を入れても3LDKあれば御の字だ。
それに、田舎だから固定資産税は数万円だろう。アナウンサーの1/100だ。

まあそれにしても、ビックリハウスが多い。

湘南海岸はそろそろロードバイクとツーリングバイクの季節になる。
久しぶりの鎌倉と久しぶりの足漕ぎ自転車。
リフレッシュしました。



# by yahhosaito | 2019-03-06 07:11 | 日々 | Comments(0)

フキノトウの天ぷら

2019年3月4日。

昨日はいい天気だったのに今日は朝から冷たい雨だ、
外の寒暖計は10度を指している。
大降りの雨ではないが、霧雨に近い雨。小ぬか雨か!?

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3月に入って幾分暖かくなった感じはあるがまだまだ。
庭の梅も咲きだして雨に打たれている。

4時を過ぎると心なしか少し暗くなって、ジャあアルコールタイムに突入するか・・・
と、肴を作り始める。

出かけたついでに寄った「わくわくランド」にあじの刺身。
フキノトウもあった。
畑の大根に釜揚げシラス。

これだけあれば我が家の居酒屋は十分。
少し早いが5時過ぎにドリンキングタイムに突入した。

お酒は350日くらいは飲むが家では沢山は飲まない。
多くても2合どまり。
殆どは日本酒1合だ。

早めに始めると夕飯まで時間があり、飲んでしまうから決して早くには始めない。
多くは夕飯の始まる30分前。
まあ、たまには例外もあるけどさ。

肴は10年ほど前から大概は自分で作る。
今日のメニューはフキノトウの天ぷら。
20個ほど作ったがさすがにそんなには食べられない。

作りたては特に旨い。
ほろ苦い春の味。
色合いも揚げ具合もナカナカ。

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あじの刺身は白味噌とお酢でたたいて「なめろう」にした。
紫蘇でも入れると香が良いのだが、あいにく買い忘れ。
美味。

そんなこんなで、周囲はすっかり暗くなった。
明日は晴れて暖かくいい天気だという。

鎌倉でも自転車で出かけて見るか。
なんか、「現役世代」には申し訳なくて・・・




# by yahhosaito | 2019-03-04 17:42 | 日々 | Comments(0)

時代の変化 -いい時代に生まれて-

2019年2月25日。


先日、会社時代の先輩からメールを頂いた。

「我々の人生は、人類の歴史でも、最も幸福な実例である」
という内容。

つまり、我々世代は、長い歴史の中で、一番幸せな時代を生きてきたのではないかというもの。

具体的に、先輩は事例を挙げている。
その内容は「まさしく!」と日頃から思っている内容そのものだった。

例えば、
・世界第2次大戦やそれ以前の戦争で、親の世代や上の世代には大変であったが、我々は生まれていないか、幼くてあまり影響がなかった。
・戦後の混乱で生活は苦しく、ひもじい思いもしたが、それも長くは続かなかった。
・日本の高度成長期にあたったため、1960年代頃から生活がどんどん豊かになり、多くの日本人にとって、日本の歴史上、最高水準になった。
・エネルギー源が石油やガス、電気の時代となり、過去に例がないほど、エネルギーを有効活用出来た。
・科学技術や社会システム、更にはインタネットの進歩によって、社会生活や個人の生活が、格段に便利になった。
・整備された日本の健康保険制度や年金制度を活用出来、まずまずの暮らしが出来ている。
・その他・・・

確かに、その通りだ。
もちろん、例外もあったり、一部には年金受給が十分でなかったり問題はある。
しかし、総じていえば、とてもいい時代を生きて来たのではないかと思う。

会社時代を振り返っても、いい時代だった。
特に、自分がいた事業所は、大型のコンピューター製造メーカーだったので、まさにコンピューター発展の歴史を目の当たりにしてきた。

真空管やパラメトロンといった初期のコンピューターからトランジスターへ移行が始まり、更にLSI、超LSIといった技術核心の真っ只中だった。

性能は、2倍から10倍へ、10倍から100倍、1000倍、10000倍へと幾何級数的に進化した。
売り上げも、倍々ゲーム的な伸びで、とても勢いがあった。
そんな時代を共にしてきたのはまさに幸運としか言いようがない。

先輩は続ける。
この先の世代は、これからは化石エネルギーが涸渇し、我々の子孫は苦しむことになる。
これからの若い世代は十分には受給できない可能性が大。
平成は、停滞の時代であり、このまま推移すると、日本は後進国に落ちぶれるかも知れない。
しかし、仮にそうなるとしても、我々はその前に死んでしまい、悪夢は見なくて済む。

先日のY新聞に、平成の30年間は二つの歴史的な激動期の終焉から始まったとあった。
一つは、世界史的な危機の切迫が解決されたこと。
「ベルリンの壁崩壊で東西ドイツが統一」と「ソ連の崩壊」
もう一つは、「建国以来というべき産業の飛躍の最終期」
ということ。

5月から新しい時代が始まるが、この先どのような時代が来るのか嬉しいような怖いような・・
年寄りの老婆心?過大恐怖症?という事もあるが、付近の家が空き家で取り壊され、隣近所の付き合いが薄くなり、自治会等の役員のなり手が減り、色々な活動団体が衰退方向に向かっている現実を見ると、年寄ならずとも少々かなり心配になってくる。

Y新聞の記事はさらに伝える。
日本人は平成の直前頃から生き方を変え、大量生産・効率主義からの自発的な転換を図っていた。
物質の消費よりは情報の享受に関心を持ち、趣味・観光・スポーツなど文化活動により多くの時間を費やす傾向を強めてきた・・・
・・誇るべき国威が新たに芽生えているように思えてならない・・と。

まあ、そうした心配はあまりしなくてもいいか?

昨日、公民館のふれあい祭りが2日間にわたってあった。
最盛期の祭りからは少し縮小したような気もするが、まだまだ元気だった。
少し気を取り直した。

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ひな祭りももうじき。
このお雛様は娘の子供(孫)に使ってもらう事にした。
娘が生まれた昭和57年から30年以上我が家で3月を飾った。
一昨年、娘に娘(姫)が誕生し、良き時代を共にしたお雛様が新しい時代を共にすることになった。
ガンバレ!新世代!!





# by yahhosaito | 2019-02-25 07:15 | 日々 | Comments(0)

早春の海

2019年2月22日。

知人から一冊の本、新書版を借りた。
『天災から日本史を読み直す』というタイトル。
著者は歴史学者で著名な磯田氏だ。

日本で起こった地震・津波・噴火など様々な災害が詳細に記されていてとても参考になる。

どこの記述も心に残るが、最後の方にこういう記述がある。

1946年に起こった昭和南海津波。

前略
地震の直後、気が付いたときはすでに潮が持ち上がっていて道路まで来ていた。
「これは津波かもしれん、逃げよう」と夫は言った。
夫が5歳と3歳の娘の手を引き、彼女(妻)は1歳の女の子を黒帯で包み背負った。
ところが、途中で津波の呑まれた。
胸までつかり、「背の子をしっかり押さえながら、死にのも狂いになって」電柱にしがみついたり家屋に逃げ込んだりするうちに夫とはぐれた。
高台に逃げようと小川の橋を渡ろうとするとき等々津波に体をすくわれて・・・後略

彼女は子供の名前を呼び続けた。放心状態になった彼女は誰かに体を抱えられ避難所の杉王神社に連れていかれた。
厳冬期12月の津波である。
わが子を失いずぶぬれになった彼女に声がかかった。
「寒いやろ、布団の中に入り」

私は歴史家としてこの時の会話を、後世に伝えたいと思う。

彼女はこういった。
「私はズブぬれやけん、よごすけん」

極限状態である。
何という人への優しさであろうか。
避難所に布団は少なく貴重なものだった。
きれいごとでは済まないことはいっぱい起こる。

しかし、優しさは確実に人に生きる力をもたらす。
彼女を心配する人が、「かんまん、汚れたら洗ったらええけん。」
と布団を重ねてすすめ、彼女は暖かさに包まれた。

「このご厚意は、私にとってどれほど嬉しかったことか。
今も亡くした子は、当時の年齢で私の胸に生きている。」
それから50年ほど生き、78歳になった彼女から出てきた言葉である。


久々にいい天気で暖かい。
妻を大磯の病院へ送って行くことになり、折角なので病院の帰りまで付近を自転車でグルグルすることにした。

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大磯の海岸に出た。
早春には少し早い海岸も日を浴びてきらきら光っていた。

最近、普段は電動自転車に乗っている。
今日は久々に、普通の自転車。

漕いでいる実感が伝わって、これもいいなと、改めて思った。



# by yahhosaito | 2019-02-22 11:39 | 日々 | Comments(0)

久々の燻製

2019年2月18日。

先日、冬も終わりそうなので寒いうちに燻製作ろうと思い立ち久々にトライ。
肉屋でロース肉を500g買い塩つけにする。

いつもは三枚肉が多いが今回はロース。
三枚肉は脂が多く妻の評判が悪い。
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塩付け5日。風乾1日の所が忘れて3日の日干し。
その後、塩抜きをして燻煙にかかる。
燻煙器は次男が残していったバーべQのコンロ。中々調子よろしい。

60~70度で数時間の燻煙が目安だが、温度を測ると100を超えていた。
低温燻煙を冷薫、中温を温薫、高温を熱薫というが、熱薫になってしまった。
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まあ自分が食べる分にはいいだろう。
試食するとまずまず。
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今日は久々にいい天気で温かい。
外気温は朝9時過ぎで10度を超えている。
風がない分日差しが温かい。

あと、10日もすると弥生3月。
桜が来て、5月公園祭りがあって、あっという間に梅雨に入り、明けると猛暑。
残暑が来て、月見が来て、紅葉に、師走か・・・

この分では東京オリンピックも過去の話になる日が近い(かも)




# by yahhosaito | 2019-02-18 10:28 | 日々 | Comments(0)

如月のころ

2019年2月13日。

数日前から真冬の寒さが続いている。
昨日は、朝、戸外の温度計がマイナス3度を指していた。
今日はこの時間、8時は5度を指している。
あと数日この寒さが続くと報道している。
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しかし、あと2週間すれば2月も終わり。
この寒さを楽しむくらいの気持ちで乗り切りたいものだ。

「経団連副会長6人内定」
と記事が出ていた。

現在の中西会長はH社の出身で同世代。
本社のどこかですれ違っていたかもしれない。

しかし、内定の6人と就任中の顔ぶれを見ると皆、年下だ。
68.65.67.64.66.64.71.67・・・
こんな感じで数歳若い。参った!
しかも、その肩書は立派だ。
会長はじめ、社長、相談役、特別顧問等々そうそうたるもの。

経団連だから当たり前といえばそれまでだが、皆、修羅場を乗り越えて今の立場にある人ばかり。
自分の年齢と比較し、世代は確実に次に移っていると感じられずにはいられない。

会社の後輩たちも60を過ぎて、あるものは退職し第二の人生へ。
あるものは会社に残り、要職へ。
しかし、役員になった後輩もすでに役員退任年齢を遥か前にすぎ、今は悠々自適というのが多い。

某先輩は定年して暫く会社勤めをした後、農業と環境の団体に入り、傍ら、俳句を長くやっている。
そして、70歳の時に「補〇線」という冊子(自分史に近い)を発行した。
100頁弱の立派な冊子だ。
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こんな立派なものは書けないが、ここに書く材料がたくさんあるというのは定年後も色々とやっていたからだろう。
経団連の委員のように日本を動かすことは全くもって無理だが、
万一、終活の一環として自分史を書くようなことがあったら
その材料がいくらかでもあればいいが・・・

まあ書か(け)ないな!
せめてこのブログがその代わりにでも・・・



# by yahhosaito | 2019-02-13 09:35 | 日々 | Comments(0)

新春江の島

2019年1月27日。

予定の何もない日曜日。
午後から快晴無風なので久々に江の島方面に出かけたくなった。

宮古島から帰ったので、わが湘南の海も見てみたくなったのもある。
何せ電動自転車、バッテリーはほぼ満タンの90%を指している、
パワーモードで走っても40~50kmは走れるだろう。
江の島往復は40km位と思う。

日曜日の午後。
茅ケ崎に抜けるとすでに結構混んでいる。
思い思いの日曜日。
家族ずれも多い。
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波間にサーフィンも見える。水上バイクがうなりをあげている。
江の島では470がスイスイスイと走っている。
セールにinspire the nextの文字が。
さては日立ヨット部か!?

空気が澄んでいるせいか大島はもとより利島もかすかに見える。
城ヶ島もその先の房総も見える。
江の島から見る富士山も秀逸。
絵に描いたようだ。

ここから見る丹沢連山はわが地元からの姿とかなり違う。
大山が控えめで奥の丹沢や東丹沢の山並みがよく見える。
富士山の手前に矢倉岳、その左に金時山、明神明星と続き、神山、駒ケ岳そして伊豆連山に続く。
突端の石廊崎もくっきりだ。
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帰りは、同じ道の海岸サイクリングロードを引き返す。
行き、1時間、帰り1時間。
電動自転車のバッテリーは残り20%となっていた。

1月ももうすぐおしまい。
早い早い。





# by yahhosaito | 2019-01-27 20:47 | 日々 | Comments(0)

宮古島

2019年1月27日。

20日から23日の4日間、宮古島を旅した。
クラツーの4日間のんびり旅と称したこのツアーは確かにのんびり。

宮古島は宮古ブルーの海の他に首里城の様なお城があるわけでもなく、国際通りの様な繁華街があるわけでもなくただ、きれいな海と砂浜があるだけ。

のんびりするには丁度いい。

一緒のメンバーは26人。
添乗員付きだから何も心配することなく、のんびりと4日間が過ぎる。

関東では10度以下の日が続くが、こちらは20~22度。
陽のもとでは上着もいらないくらい。

一通りのツアーの中、午後からフリーというので、レンタカーを借りた。
ツアーではいかなそうな島の周辺を回った。

確かに何もない。

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 ここは「フナウサギバナタ」船を見送る岬という意味。普通の観光ではあまり行かないところらしい。

車もあまり通らない。
静かな海と、サトウキビ畑がどこまでも続く。

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そこで思った。
とすると、神奈川県あたりは観光の宝庫だな。
海あり山あり、史跡あり、温泉あり、有名なお店も立ち並ぶ。

創意と工夫と資金があれば多くの観光客が呼べる。

イヤ、これ以上来てもらってはウルサクてかなわん!という声もあるかもしれないが、観光は収入源の大きな柱なのでそれなりの覚悟と対応をしなくては困ることになるかもしれない。

わが地元だって、観光資源はある。
あとは知恵を出すだけ。

もひとつ思った。
宮古島が琉球王朝のころ、どういう生活だったのか。

「西郷どん」で西郷が奄美大島に流罪になったとき、島の様子が少し描かれているが、おそらく大変な時代だったのだろうと想像する。
10数年ほど前に沖縄に行き、数年前に石垣島、そして今回の宮古島。

すこし、島に位置関係や様子が分かってきた。
今回の旅を機会に、琉球のことを少し調べてみたくなった。

そう言えば、現役時代に同じ職場に琉球王朝の末裔がいた。
S君。
とても思慮深い穏やかで優秀な好青年だった。
そんな彼と少し重ねて思いを巡らすとまた琉球が印象深くなるかもしれない。




# by yahhosaito | 2019-01-27 10:36 | 旅・サイクリング | Comments(0)

大坂 全豪Ⅴ

2019年1月27日。


大坂なおみが昨日の決勝で勝った。

それなのに。
TV観戦出来なかった。

地元の「学童パトロール感謝感謝の集い」があり、そちらを優先せざるとえなかったから。

集いと言ってもほとんど飲み会だったから、途中で3回ほど妻に電話を入れた。

ウルサイ!今いいところだから電話しないで!!
見たきゃ早く帰っておいで!!!と一蹴。

集いが終わったときはゲームも終わっていた。
スリリングな最高の感動的試合だったらしい。
イヤイヤイヤ・・・

今日の新聞に試合の模様が出ている。
見られなかったのは一生の不覚か!

ところで、試合後の選手のコメントはいつも感動的だが、とくに彼女のコメントは楽しい。

新聞によると、
インタビューを受けた彼女は「人前で話すことは苦手。何とか乗り切りたい・・」
  イヤー、うまいね!
40度に迫るコート上でのインタビューに「暑いから早く中に入りたい・・・」
  ウフッ!
体重をトレーニングで絞った話題では「分からない。人の体重をそんな風に聞くもんじゃないわ!」
  シビレル!

ニコッといたずらっぽく笑いながら答えるのがミソだ。

そのほか、機知にとんだなおみ語録が紹介されている。

「あなたたちがいなければ2週間は乗り切れなかった。皆さんがいることに本当に感謝しています。決勝でプレーできたことを光栄に思います。」
そう大坂選手のサポートチームをねぎらった。

21歳だぜ!素晴らしいね。

数年前のウインブルドン決勝。
ザビーネ・リシキと対戦し、優勝したマリオン・バルトリ選手は、
『率直に申し上げて私はまだ信じられません。少女のころからずーとこの場を夢見てきました。2007年の決勝戦で負けてしまったということでサビーネの気持ちはよくわかります。必ずまたここに立つことを私は確信していますよ、サビーネ。6歳の時からずーっとテニスを教えてくれた父。チームの仲間、そして皆さんの応援のおかげて優勝することが出来た。・子どものころからこの瞬間を夢見ていた。サービスエースでウィンブルドン優勝を決められるなんて夢にも思わなかった・・』

対戦相手やチームのサポート仲間をたたえる姿勢はこの時も言い表されているが、昔、ゴルフの時の懇親会でのスピーチでは「一緒に回ったメンバーを称賛せよ!」と先輩から教わった。

いや、見ていても聞いていても気持ちがいい。

これでランキング1位。
暫く大坂の時代だ続くだろう。
何といってもまだ21歳。

全米・全豪を制し、残るは全仏とウインブルドン。
面白くなってきた。

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妻に一蹴されたので、下の娘に電話した。
逐一、ラインで情報が届いた。(静止画像)
スマホのワンセグは使い方分からず、使用不能!





# by yahhosaito | 2019-01-27 09:27 | 日々 | Comments(0)

1月に思った

2019年1月13日。

新年に入って早くも13日目。
昨日は地域の新年の集いがあり、新しい年が動き始めた。

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1月13日はバー(母)さんの誕生日でもあった。亡くなってもう14年目。
すっかり忘れかけていたが、113113/131113/113・・とジーバの誕生日と死亡日を並べると1と3があまりにも多いのに不思議な気がする。

正月早々、ご近所の親交の深かったH氏が突然亡くなってなんだか寂しくなった。

地域も年々お年寄りが増えて、亡くなる人も多くいろいろと考えさせられる。

こっちだっていつ死んでもおかしくないのでは・・そう思うと、今年はそろそろ本格的に気合?を入れて「終活」しないとあの世であわてるかもな・・と思い春にでもなったら考えようと気を静めた。

所で、最近の新聞や流れを見ていると、ますます「自国主義」や「ポピュリズム」と言ったことが多くなって、軍拡や覇権といったあまり穏やかでない記事が目立つ。

「自衛隊機に電子攻撃力 ―レーダー・通信を妨害―」

こんな記事が載っている。

敵のレーダーや通信機器を無力化する電波妨害装置を搭載するとある。

某国が核兵器とともに電磁パルス攻撃なるぞっとするような兵器の開発を進めているという記事が載っていたのもつい最近だ。

確かに、これだけ電子機器が進歩してごく日常的に使われている時代にはここを攻撃されれば非常にダメージを受けるということは想像に難くない。

「某国、新兵器開発急ぐ」―闘争に備えよ、某国をけん制―

と別に記事にある。

ここには「電磁砲」が解説されている。

砲身内部に電流を流し、電磁誘導で弾丸を超音速で発射する。
なんだか急速に軍事拡大に向かっている・・・。

軍事費のグラフも出ている。

Cは20数兆円、Iは7兆円に近い。トップのUは70兆円を超える。

日本も来年の防衛予算は5兆円を超えた。

専守防衛として万一の時に対応できる能力は必要だ。

人類の歴史は戦争の歴史でもあるから平和主義や話し合いだけではうまく行かないのは事実と思う。

世界の平和や秩序は一定のルールや秩序のもとで均衡が保たれている。

均衡の中には「感情」「意識」「忖度」「付き合い」「為しつ為されつ」といった「心」の部分も多いと思う。

それが、何かの理由で均衡が崩れると今まで封印していたものが一気に噴き出して、心の部分で保たれていたところが急速に瓦解する。

何かそんな雰囲気が少しずつ増大してきているようだ。
5月からは新元号に代わるが、潤いのある世の中になっていくように新時代に望みたいものです。





# by yahhosaito | 2019-01-13 10:50 | 日々 | Comments(0)

平成最後の年末

2018年12月29日。

いよいよ年末が来た。

12月は早いぞと気を引き締めた(つもり)だったが、やはり年末は早かった。

しかし、いつもはぎりぎりになる年賀状も例年より2日ほど早く書き終え、27日に投函完了。
畑は一応きれいにし、神棚は掃除してカサカサになった榊を緑鮮やかなものに取り換え、懸案の薪もほとんど何とかした。

散髪に行き、年末年始のクスリをもらいに医者に行き、部屋の片付けも少々。

まだ、窓ガラス、車の清掃、大掃除などはこれから・・
特に、車の中は最悪だ。

我が家のAQUAは買って4年目だが、2年目あたりから軽トラ並みの扱いと化し、鍬、シャベル、肥料から、収穫物まで何でも積む。
特にネギを収穫した後の車内ときたらそれは野趣?満載だ。
その上、薪も積載するから木の皮からおがくずモドキまでシートの隅々にこびりつき、ハンディ掃除機などで取れる次元ではない。

一つ一つ手ではぎとるか、粘着テープで引っ剝がすかのいずれかだ。
だから、殆どやってなく、自然体。もとい、放置。

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地元の道祖神にしめ縄を飾り、きれいにした、いつものおじさんたち。
終わった後、集会所でご苦労さん会。

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昨日あたりから急に寒くなり、今朝の朝の気温は5度。
2階に上がると富士山が真っ白。
美しい。

年末のこの風景とこの変に落ち着いた妙に高揚感のある不思議な気分。
もう何回目だろう。

30回目の様な50回目の様な・・

この辺は30年来風景が変わらない。
市街化調整区域のお陰。
昔は田舎風情でヤだったが、子供が生まれた頃からこの風景がたまらなくいい。




# by yahhosaito | 2018-12-29 08:29 | 日々 | Comments(0)

セゴどん終わる

2018年12月25日。

西郷どんが先週終わった。

毎日日曜日の夜8時、楽しみにしているものが無くなって何かポッカリ。
何!今週は無い、ザンネン!!
12/16が最終日であれからもう10日か。

大河ドラマは毎年見ているわけでなく、2~3年に一回といったところだが、見始めると結構面白くしかも回を追って楽しみになってくる。
ここ10年くらいで面白かった(楽しみだった)のは「篤姫」「龍馬伝」「江~姫たちの戦国~」、その後西郷どん。

調べてみると、西郷どんから江まで数年間飛んでいる。
なぜか?

毎週夜8時というのはある意味で拘束されている。
ビデオはあるものの、なにか日曜日の8時は見なくてはいけないといった拘束感があり、初めはそれが若干負担だが、やがて待ち遠しくなってくるのが不思議だ。

正直、ドラマだけではなかなか分かり難いところがある。
時間制約で、なかなか背景まで描き切れない。
大事件が1分ほどでさっと通り過ぎてしまう。
例えば、「田原坂」「孝明天皇」「蛤御門」が何かを知らないと、言っている意味や意図や必然性、背景が理解できないところがある。

ドラマの進行には大して知らなくても面白いのだがやや理解が軽薄になる可能性がある。
その意味では解説本は理解に役立つ。
まあ、西郷どんに限らず、すべてに言えることだが・・・
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ところで、配役だが、番組になじんでくると、それ以外は考えられなくなってくる。
西郷どんには鈴木亮平さん、大久保利通には瑛太さん、島津斉彬には渡辺謙。
それ以外は何かイメージがつかない。

ローマの休日はオードリーヘップバーンとグレゴリーペックだが、もともとアン王女役はエリザベステーラーだったという。
考えられない。

「華麗なる賭け」のリメイク版があるが、やはり「スティーブマックイーン」と「フェイダナウエイ」でなくてはイメージ壊れる。
それだけ、inputされているという事か。

我が家では週に1本ぐらい連ドラを見ることがある。
例えば「ドクターx」
今まで楽しみに見ていたのはいろいろあるが、結構ある意味奇想天外なのが好きだ。
内容は忘れたが、児童相談所の職員がやくざの親分と落雷とともに人格が入れ替わって、難題解決?するのが面白かったなあ。
怪しげな私立探偵事務所のドラマも結構面白かった。

脚本家のセンスが光るドラマや洒落っ気、擽りやさすがと言わせる個所もいくつかあって脚本家も面白いだろうなあと感じる部分もある。

こういうドラマに合うと一週間の進行が楽しみになる。

もっとも最近あまり見ていないが・・
2019年冬~春の連ドラは何があるのだろう・・




# by yahhosaito | 2018-12-25 07:39 | 日々 | Comments(0)

アサカル12月

2018年12月21日。

忙中閑あり。

12月に入ってあっという間に中旬から下旬に入ろうとしているが、先日2週間ぶりのアサカルに行った。
3回シリーズの「静物」で今日はその最終日。

生徒の中にクラリネットを吹く人がいて、彼が今回の画材を持ってきてくれた。
若い頃からやっていると言うので、たぶん30年以上は吹いているのだと思う。

絵をやり音楽もやり且つ社長さんだという。
たまたま娘の職場の女性先輩がその社長さん(会社は違うが)と英会話教室でお友達関係にあるということも分かった。

たぶんそのほかにもこの社長さんはいろいろと趣味や経験・造詣が深く、とても活動的な方だと思う。
何と言ってもにこやかなのが人格を表している。

3回の教室で出来上がったのがこれ。

毎度、変わり映えしないが、月2のバイ日曜画家としてはこんなもんか。
作風に作家のアイデンティティを持たせたいところだが、イマイチ冒険もできず、妙に翔んで見せるとひどい状態になる。ド素人画家はこんなもんか。

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そして考えてみたのが、あまり冒険せず、比較的事実に忠実に描くのが一番楽だというのが分かった。

マチスやロートレック、ローランサン風に描くのはひどく難しい。

取り敢えず、2月のグループ展に出すのはこれで4枚何とかそろった。

あとは自宅のアトリエ(娘が出て行った空き部屋)で細部を仕上げることにしよう。

みんなで、絵の講評をし終わった後、彼がクラリネットを吹いてくれた。

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曲目はクリスマスにちなんだ、、えーと何だっけ!!



# by yahhosaito | 2018-12-21 08:46 | 日々 | Comments(0)

ビーツ収穫

2018年12月7日。

夏に蒔いたビーツを収穫した。
確か、今年の春に蒔いた種が大きい実をつけ、かなり収穫したが、種用にと残していた株から種が取れ、それを8月ごろに蒔いた。
それが今回収穫したビーツだ。

種は普通はなかなか売っている店がなく、ネットから注文した種だったが、買うと一袋50~60粒で確か300円ほどした。
自分で収穫すると種はたぶん1000個くらいは軽く採れる。

そのうち、100個ほどを植えたのだが見事に育ち収穫できた。

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大きさは写真の通りだ。
未完のサイズより一回り半大きい。
味は確認これからだが、たぶん買った種の子供だからまずまずだろう。
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ビーツはボルシチが一般的だが、毎回ボルシチでは芸がないし、第一、かみさんからはまたボルシチ!?・・と言われているから少しは変わったものと本を買ってみた。
新聞の隅に広告が出ていたので、さっそくネットで。

サラダからジャム、ビーツコロッケ、ビーツご飯などなど多彩。

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今度、孫たちが来たとき、ビーツコロッケなどどうだろう。
中身がピンク色。
きっとウケルはずだ。

イヤ、またバカにされるかもしれない。
コロッケは普通、中はシロだよ!
だいぶ前、孫にまたボルシチと言われ、今日はボルハチだ!と言って無視された。
ジジギャグに孫がノッテくるのは3歳半までだな!



# by yahhosaito | 2018-12-07 09:06 | 日々 | Comments(0)

平成はどんな時代だったか!?

2018年11月27日。

いよいよ11月も終盤で12月に入っていく。
するとやがて2019年。
そしてすぐにやってくる新元号。

新聞で平成とは・・といった記事がやたらに目に付く。

振り返ってみればあっという間の(平成の)30年だったが、思えば災害が多かった。

東日本大震災を筆頭に、阪神大震災では高速道路が倒壊し、神戸の町中が火の海になったこと。
熊本地震では熊本城が壊滅敵被害、奥尻島の地震では火事と津波を目の当たりにしたし、新潟県の中越地震では新幹線が脱線した。

このほかにも大きな被害が出た地震が数知れずだ。

地震に起因した福島原発事故も凄かった。
暴走した原子炉がどうなっていくのか分からず、不安を通り越して恐怖を覚えた。
500kmも離れた湘南地方でもそう思ったのだから、すぐそばい住んでいた方々の気持ちは想像を絶する。
この事後処理はさらに数十年にわたって続く。

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災害の他にも、平成元年には消費税がスタートし、バブルの崩壊は平成の3年。
地下鉄サリン事件や雲仙普賢岳、御岳山の噴火では多くの犠牲者が出た。

海外では湾岸戦争、イラク戦争、リーマンショック、スマトラ沖地震やドイツ統一なども平成に入ってからの出来事だ。

こう見ていくと、世の中問題だらけ。
そうはいってもいいこともたくさんあった。

読売新聞の調査によれば、平成をどちらと言えばよかったを含めると68%の人が「よかった」と答えているという。

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まあ、我が家でも、よかったと思う。
30年間で全員が結婚し、孫も5人生まれ、無事定年退職し、定年後のスタートもまずまずだったし、今のところ大病もしていない。

少々の健康不安や心配事も数知れずだが、幸い決定的なことではない。
何とかなるレベルだ。

しかし、社会が変化し、生活の様子も変わってきた。
「パソコンの高性能化」「スマホの普及」「少子高齢化」「所得格差」「地域社会の希薄化」「個人情報」「物への執着低下」「未婚化晩婚化」などなど・・・

この先どうなっていくかわからないが、4000年前の洞窟の落書きに「最近の若者は・・」という書き込みがあるらしいので、この手の心配は今始まったことではないかもしれない。

それにしても、あと300年くらいは人類存続してもらわないと、心配で眠れない。
モトイ、3000年だな。




# by yahhosaito | 2018-11-27 06:56 | 日々 | Comments(0)

大阪万博2025

2018年11月25日。


2025年の大阪万博が決まった。
大阪での開催は55年ぶりとか。

あれから半世紀以上とは月日の経つのは本当に早い。
結婚する前、友人と、やがて妻になるカミサンとその友人の計4人で車で出かけたことを思い出す。

とにかく混んでいて、パビリオンの前で2時間ほど待ったのも今になってみればいい思い出だ。
そう言えば、パビリオンなる言葉もこのあたりから使われだしたように思う。

昨日、24日にパリで投票の結果、ロシア、アゼルバイジャンを破り、大阪に決定した。
その時の写真が読売新聞に載っている。

大阪の知事、前経団連会長、経産省大臣、大阪市長などが写っている。
これはいい写真だ。

恰好を崩してこれほどまでに喜ぶ姿もあまり見ない。

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普段はお堅いお偉いさん要職にあるご本人もよほど嬉しかったのだろうと思う。

ニュースでいろいろと解説しているが、大阪に誘致したい願いはかなり切実なものがあったようだ。
そうした積年の思いがこの格好に出たのだろうと思う。
特に、榊原氏が秀逸だ。
きっと、普段、強面の社長(東洋レーヨン)のこんな姿を社員は見たことがなかったに違いない!?
世耕大臣も重心がほぼ宙を舞っている。
ほかの方々もほぼ同様に絶叫的だ。

何か始めるときにいろいろと賛成反対の意見があるが、まあ、こうした行事は経済にも大きな影響が出るので大変いいことだと思う。
何もしなければ、何も始まらないし、停滞するだけ。
何か始めれば、別の何かが始まる。

2025年は少し遠いが、楽しみに待つことにしよう。
何が目玉で出てくるのだろうか。

55年前は「月の石」だった。
愛知万博では「マンモス」。
今度は何だろう。




# by yahhosaito | 2018-11-25 05:58 | 日々 | Comments(0)

ちょっとした事件

2018年11月22日。


スマホを失くした。

はじめはタカをくくっていてどうせ何時ものようにそのうち見つかるだろうと思っていたがいよいよ見つからない。
段々心配になって、昨日からの行動を思い出してみた。

そういえば、15時ごろ自転車で散歩に出て、久しぶりに海まで行った。
よせばいいのに電動自転車なので砂と草が混在する散歩道を電動の力を借りて漕ぎ出し、西日に映える海岸の風景をスマホカメラに収めた。

そこからスマホを使った記憶はない。
砂浜の道はとても乗って走るわけにはいかず、前傾姿勢で自転車押して進んだものだ。

そうだ、あの姿勢で落としたに違いない。胸のポケットから滑り落ちた。

そう思い、昨日の道を辿ってみた。
途中で寄った場所、自作農園と稲わらを頂戴した田んぼ。
前傾姿勢をとったような場所を探してみた。

ない。

しかし、午後4時ごろになって見つかった。
警察に届いていた。


10時過ぎに友人から電話があった。
ところで、ボクに8:20メールくれた?

いや、「実はスマホ失くした!」といった。
ボクのところに変なメールが届いたんだけど・・・

イヤ、マズイ!!
誰かが私のスマホを操作している。
同じころ、別の友人にも私のスマホから電話があったそうだ。

早速auショップに行き、悪用されないように通話を止めてもらった。
幸い、画像やメールには大した情報は入っていない。
風景や地域行事の写真くらいでヤバイのは皆無だ。
よかった。

auに行って電話を止めてもらった時に、担当者から警察での忘失届?を持ってくれば同じ機種ならば5000円くらいで再購入できますという事だった。
5000円で機械が手に入ればラッキーだ。

駐在さんに行くと幸い在勤していて、一部始終を話した。
いろいろと電話してくれて、似たようなのが警察に届いているという。

早速、その交番に行ってみると、あった。
イヤー、よかった。

警察の仕掛けもよくできている。
感心した。
もと、システムプランナーの私はどういうアルゴリズムなのかを考えてしまった。

駐在に行く。
事情を話し、電話番号と形状等を伝える。
駐在さんは別室で何やら入力している。

一方で、届け出のあった交番では拾得物として品名、形状、特徴をinputしているのだろうと思う。
その情報が警察の本部に行き、拾得物一覧表のようなリストに加わる。
それをこちらの駐在さんのpcから検索する。オンラインリアルタイムシステムのいいところだ。

システムとしては特別難しいlogicではない。

拾得物引き渡し後は、台帳から消す。
1か月か1年に一回、その収支を一覧表に出す。
多分、簡単に言うとこんな仕掛けだと思う。

まあ、スマホだからこんな程度でいいが、中にはお金や貴重品、重要書類などもあるだろうから、もう少し複雑になるかもしれない。

いずれにしても、助かった。

拾っていただいた方にお礼の電話と思い、訪ねたが、海岸で拾った。落とし主に届けばそれでok、と言って名前は名乗らなかったそうだ。

山手線の網棚にかばんを忘れてもまた元の駅に戻ってくるまで棚の上にかばんはあるのが日本。
海外ではあっという間に無くなってしまうという話を何かで聞いた。
日本は素晴らしい。

無事解決してよかった。
これからはひもで首からぶら下げるか!?

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これは、失くすおそらく10分前に撮った写真だ。
西日に映える江の島方面。

一件落着。




# by yahhosaito | 2018-11-22 21:43 | 日々 | Comments(0)

眼の手術

2018年11月21日。

先日、札幌で初雪があったとテレビが報道していた。
こんなに遅いのは平年より23日遅く、128年前の明治23年と並んで観測史上、最も遅いということだ。

一方で、この辺は10日ほど前から紅葉が始まり今ではイチョウなど最盛期を過ぎたような風情だ。
欅も黄色が美しい。

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例年だと紅葉は11月下旬から12月上旬だったと思うので、2週間ほど紅葉が早い。
北海道とこの辺では季節感が1か月いつもと違っている勘定!?
我が家の梅の木はすっかり落葉し、楓もなんだかカサカサになってきた。

富士山は6合目くらいまで真っ白になり、ここから見る富士山は相変わらず美しいい。

遠くに目をやる。

なんだかピントが合わない。
どうも合うまで1~2か月位はかかるらしい。

白内障の手術を11/15にした。
左目は2週間後。

最近は進化し、日帰り手術が可能になった。
父親が手術したころは2週間ほど入院したと思った。
手術時間も5分ほど。
痛くもかゆくも全くと言っていいほど無い。

ただ、手術前に種々説明があり、その中でビデオを見たのだが、さすがに目のレンズを入れ替えるという工程は気持ちいいものではない。
考えるだけで恐ろしいが、痛くも痒くもないのは技術の進化のお陰か。

数日間、お酒とお風呂に入れなかったのが少々つらかったが、思ったほどのことはなくまずまず一安心。

しかし、ピントがいまいち合わないのはつらい。

今まで、左は遠視、右目は近視で、ある種遠近両用になっていたため、便利だったが、今は両眼とも遠視。
そのため、今までの頭で理解するロジックが「遠近」から「遠遠」に切り替わっていないらしい。
慣れるまで、しばらくの時間を要す。



# by yahhosaito | 2018-11-21 08:25 | 日々 | Comments(0)

激震日産

2018年11月20日。


毎度、新聞のコラム欄は辛口の洒脱な記事に感心する。
多くは初めに関連する全く別の話題から入り、核心に入っていく。

文章構成に「起承転結」があるが、ほとんど「転」からスタートして本題に入る傾向があるように思う。

それにしても筆者はその道記者家業のベテランか一線を後輩に譲った老練な元?辣腕記者だと思うが、それにしても知識や情報量の多さに驚く。

想像するに永年の記者生活の中であらゆるデータや記事がストックされていて、かつ、必要な時に瞬時に取り出せる仕掛けがあるのだと思う。
それは、コンピュータを使ったデータシステムであったり、もっとアナログに新聞の切り抜きや折々のメモがその人なりのデータベースに保管されているのだと推測する。

かくいう自分も微弱な情報がパソコンにあり、それが徐々に積算されて、何かを仕上げるときに結構役に立つことが多い。
どこに何が入っているかはフォルダ管理されてはいるが、かなりいい加減なので、その時は検索システムが役に立つ。

ところで、
今回の日産の事件には驚いた。
今朝の新聞コラムにはこうあった。

・・・(前略)
2003年、2兆円を超える負債を完済したときの時事川柳。
「ゴーン氏に日本改革まかせたい」
・・・(中略)
その人の高額報酬が話題になったのはいつのころだったか?8年前の川柳に飾った一句が予見的である。
「報酬にゴーンと頭殴られる」

こういう「転」が一瞬にして書けるという事は、記者のデータベースがしっかりしているのだろう。

これに限らず、毎日のコラムはこういった感じで気の利いた「転」が目白押しだ。

もう少し進化すると、コラムそのものもコンピュータが書く時代になるかもしれない。
アルゴリズムは翻訳ソフトとシソーラスを組み合わせれば何となくできそうな気がする。

30年ほど前にH社のシステム研究所を訪れたことがある。
翻訳ソフトを開発中ですと説明があって、デモを見せてくれたが、そのころはまだ30点行くか行かないかだった。しかし、今は85点くらいになっているように思う。

まさに、進化の真っ最中。
自動コラム作成マシーン。
2030年ごろには実用化しそうだ!?
もっとも、推敲は人間がしないと。やられっぱなしでは気分が悪い。

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今回のテーマは「静物」
クラリネットとカンカン帽とカラーの花。
セザンヌやルノアールならどう描くかね!?
素人はどんな仕上がりになるか!
2019.2にグループ展がある。
一人4点出せだと!

まてよ!
絵もコンピュータとロボットが描く時代になるかも。
という事は、まったく同じ絵がいくらでも書けるということ。
ルノアール調、ゴッホ調、セザンヌ調、何でもお好みに。
・・・
アイヤー
面白くない!





# by yahhosaito | 2018-11-20 10:21 | 日々 | Comments(0)

ジャズピアニストの死

2018年11月15日。

ジャズピアニストの佐山雅弘さんが14日亡くなった。64歳だという。
かなり有名なピアニストらしいがジャズの素養もピアノの素養もない私はつい最近まで知らなかったが、知ったのはつい5日ほど前のことだ。

それが、今朝の新聞死亡記事で又、知ることになった。
ガンだったという。
その筋ではカリスマ的なジャズピアニストだったらしい。

ユーチューブでたまたま音楽を聴いていたらジャズバイオリンで有名な寺井尚子氏の「レベルタンゴ」があって、ノリのいい曲と演奏に何回か聴いたものだ。
かなり激しい演奏で神業的な弾き方だったが、気に入って10数回は聴いたかもしれない。

視聴者のコメント欄に、寺井尚子さんのバイオリンも凄いがバックのピアニストはもっと凄いといった書き込みがあって、確かにすごいと納得したものだ。
あのピアニストは誰?という書き込みに「佐山 雅弘さん」ではという内容があって、自分もどんな方なのか興味をもってググったところ、有名なピアニストという事が初めて分かった。

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ただそれだけだったが、数日後の今朝になっていつものように「死亡記事」欄に目をやると佐山雅弘さん64歳と出ていた。
ジャズピアニストと紹介もあった。

まてよ、見たことある名前だなと思い念のため数日前の検索記録を見ると、同一人物。びっくりした。

そんなこともあるものだ。

長生きする人、短命の人、色々いるがおそらく日本のジャズ界ではなくてはならなかった人だったのだろう。

『みなさま。佐山雅弘より
このお手紙がお手元に届く時、僕はこの世におりませんが、長きに亘ってのお付き合いにお礼を言いたくて家人に託しました。
加山雄三とタイガースが大好きな中学生。高度成長期大阪の衛星都市尼崎に親父が構えた小〜さな小売商を継ぐことに何の疑念も持たないごく普通(以下)の子供がジャズとの出会いで、楽しさこの上ない人生を送ってしまいました。・・・後略 』

というメッセージを生前残している。

楽しさこの上ない人生・・。かなり早すぎる生涯だったが、そう思えたのはある意味で幸せだったと思う。

常々、ピアノと英会話ができる人は無条件に尊敬してしまう。
我が家にもご多分に漏れず娘たちが残していったピアノがあるが、さっぱり弾けない。
意志の赴くままに、感情のほとばしるがままにピアノが弾けたらどんなにいいかと思う。

せめて娘たちが嫁いで10年、子育てが一段落したとき、昔習ったピアノを弾く機会が出来て、気分の赴くままに奏でてくれたらと思うが、今はさっぱりその気配はない。




# by yahhosaito | 2018-11-15 16:31 | 日々 | Comments(0)

薪割りとユカダン

2018年11月14日。


11月に入って11/7の立冬に続き、この後、小雪、大雪、冬至と続く。
寒い訳だ。
今朝は12度くらい、上着一枚では寒い。

10月末に恒例のテニス合宿がありプレーしていると、コートの近くに程よい玉切りのケヤキがあるではないか。
薪に最高とホテルのフロントに聞いてみると、先般の台風で倒れた。処分に困っているので是非どうぞと言う。

後日、早速自宅から引き取りに行った。
軽トラを友人から借り、さらに自分の車で友人と自宅から20kmほどのテニスコートまで車を走らす。

薪割りは結構大変だ。
運んで、割って、積み重ねて、乾燥させ、やっと薪になる。
一番大変なのは薪割り。

もう、7年ほど続けているが、割るだけで1日がかりだ。
簡単に割れればいいが、中には節や捻じれているのがあってしんどい。
汗だくになり、終わって1週間くらいは疲れが抜けない。
年のせいだ。

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そんなこんなで、この先あと5年も薪ストーブだけというわけにもいかないので、思い切って今年から床暖を併用することにした。
今の家に建て替えるときに大工さんの勧めで床暖にしたが、これが大正解。
足元から暖かくなる暖房にとても重宝した。

それも20年ほどして給湯部分が壊れ、新規に入れ替えの時期となり、加えて、石油の価格が急騰したこともあって、かねてからの希望であった薪ストーブに替えたのが2010年。
このおかげで、大震災の時も停電の中、暖をとることもできた。

今回、床暖は「電気式」とした。
石油より安いという。
節電の折、電気は少し気が引けたが、まあいいだろう。

床暖はあったかい。
それに便利だ。
スイッチ一つで足元から温まる。薪ストーブに比べ便利過ぎ。

薪ストーブは不便極まりない。
部屋が温まるまで20~30分かかる。
細い枝か松ぼっくりに火をつけ、中火に移し、大きな薪を燃やす。
確かに、雰囲気は抜群だ。
それにあったかい。

家の中で焚火をするようなものだから、雰囲気悪いはずがない。
燃える炎を見ていると心も身も温まるというのはあながちオーバーと言えない。
炎を見ながら天板であぶったイカやシシャモなどと一杯(二杯か?)やるのはまさに最高。

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しかし、薪つくりには手を焼く。
コート脇からもらってきた薪は半分強薪にした。
薪は積み重ねると美しい。
大変と同時に達成感のようなものもあって、満足。
眺めるのも楽しみの一つ。

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信州や海外に行くと家の近くに薪小屋のようなものがあって、美しく積み重ねられている。
そこは周りの風景に溶け込んでさらに美しい。



# by yahhosaito | 2018-11-14 12:02 | 日々 | Comments(0)