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 湘南の田舎から日々雑感
by yahhosaito
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JAXAへ行った

2018年7月14日。

昨日、JAXAへいった。
年に数回行っているOBの飲み会で、最近は単に飲むだけでなく、施設訪問をセットで行う事が多い。
このOB会も50回以上になると思う。
皆さんの日々の様子や、出来事、感じたことなどを話す。
皆さん話題豊富だから、フルメンバー8人もいると3時間はあっという間に過ぎる。
b0158170_05380386.jpg
とにかく昨日は暑かった。
帰りのバスを待つ間、バス停で10分ほど待ったが、たぶん35度以上。
炎天下で日陰もなく、16号線を行き来する交通量を見ていた。たまらん!

さすがにJAXAは国の施設だけあり、立派。
見学者用のショールームも、中々のものだった。
説明者も我々の質問によどみなく詳細に説明してくれて素晴らしかった。
b0158170_05363017.jpg
「はやぶさ」の劇的な帰還は感動ものだったが、まさにその帰還した装置が展示してあった。
こういう最先端の技術はまさにノウハウや血と汗の積み上げ。
未知の世界の積み重ねなので、開発者のご苦労がしのばれる。

丁度、リュウグウにはやぶさ2が接近し、秋から本格的に探査が始まる。
成功を祈りたい。

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# by yahhosaito | 2018-07-14 05:29 | 日々 | Comments(0)

視力

2018年7月8日。

1~2月ほど前から急に視力が低下して少々不便をしている。
つい最近までは両眼とも1.0くらいはあったと思うが、特に右目が悪く、右だけで見ると悪さが際立つ。

人間ドックで測ったら、矯正視力が0.2と0.4でビックリ。
直ぐに眼科専門医で見てもらったら、0.6あたりを行ったり来たりしている。
このままでは秋の運転免許の更新にも差し支える。

診断は、白内障が進んでいますね!
眼鏡を変えるか思い切って手術をするか選んでください。
というので、手術は最終手段とし、とりあえず、眼鏡を作り替えることにした。
b0158170_06510277.jpg
ところが、作り当たる際の検眼で、視力が少し戻り、右0.6、左0.8という。
眼鏡を作り替えても0.6が0.7までしかになりません。という話。

じゃあ、という事で、結局、何もせずしばらく様子を見ることにした。

なんでも、右が近視で左が遠視だという。
裸眼だと、近くは右で見て、遠くは左で見ているらしい。

3か月後の再診で、手術を判断するらしいが、困ったことになった。
眼鏡は高校生の頃からかけているが、目と耳は比較的いい方だと自負していた。
新聞や本は眼鏡なしでもなんとかここまで読めてきた。
その気になれば、裸眼で5~6ポイントの字だって読める。

さすがに視力を失うというところまでは行かないと思うが、だんだん悪くなると、もしものことが心をかすめる。

大分昔に「解夏」という映画をTVで見た。
眼の病気でだんだん視力を失うという話だ。
精神的に追い詰められて、失明する恐怖を抱き続けるが、ある時、僧侶?だったかに、諭される。
完全に見えなくなって苦悩(恐怖が)が無くなるときが、あなたの「解夏」だ。
そう言われて、主人公の気持ちが落ち着く。
というような内容だったかと思う。

98%は心配ないと思うが、何が起こるかは分からないので、2%、いや、20%くらいは心配。
それに、耳も少々聞こえなくなり、腰は痛くなり、昨日のことも朧気で、下腹も少し痛む。

確実に、進んでいるなあ・・

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# by yahhosaito | 2018-07-08 06:51 | 日々 | Comments(0)

ロッキング椅子

2018年6月23日。

今年の初め、棚ボタでほどほどの両手が入り、さて何に使おうかと思案していたが、いざ使おうとすると、あまり買いたいのもないし、、とそのまま半年ほど過ぎた。
しかし、使わないのも有りがたさの意味がないと急に思い立ち買いに出かけた。

買ってきたものは「椅子」と「ワイヤレススピーカー」

椅子は既にロッキング式があるが、背もたれが頭までないので、ウトウトするのに少々難儀。
高級品の「ストレスレスチェアー」も魅力的だが、こちらは両手が3~4つほど要る。
そこで買ってきたのはNITORIだ。

なんと、14,000円ほど。
ビジネス用の椅子は10~20万ほどビックリするほど高いが、使うのはせいぜい1日に1~2時間。
それに、たぶん、使っても10年少々だろう。
耐用年数的にはこれで充分。

で、買ってみた。
b0158170_17080048.jpg
これが調子いい。
ロッキング角度は、手元のダイヤルで調整でき、もちろん座面の上下もできる。
仕事するにはクッションが柔らかすぎるが、リラックスタイムには打ってつけ。

大き目の椅子で、背中からしっぽりカバーしてくれる。
これで、音楽を聴く。

その音楽を聴くのには、もう一つの「ワイヤレススピーカー」

こちらはSONY製。
値段は12,000円位と思った。
最近はやりのブルーレイ接続で、電源もバッテリー可能だから、好きな場所でスマホとリンケージが取れる。
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つまり、ロッキングチェアでウトウトしながら、ワイヤレススピーカーで聞くというわけだ。
なかなか!!

ただ、あまり気持ち良すぎて、ウトウトから、本格的眠りに入ってしまう事が多い。
これはチト問題。

少し、弛緩しすぎていないか!

若者は仕事をしている。
年金暮らしのジーサン、頑張れる内はもーちょっとがんばってよ!
何処からか、声が聞こえてきそうな昨今だ。


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# by yahhosaito | 2018-06-23 16:56 | 日々 | Comments(0)

検証

2018年6月13日。

昨日、6月12日は米朝首脳会談が行われた。

場所はシンガポールのセントーサ島というところ。

成果にはいろいろな見方があるようだが、まずは、滞りなく行われてよかった。

その記事の中に、「CVID」なる言葉があり、その意味するところは「完全かつ検証可能で不可逆的な非核化」という内容の頭文字を取ったものだ。

つまり、ccomplete,verifiable,irreversible,dismantlement

あまり馴染みのない単語だが、よく読むとcompleteは「完全」で一応わかる。

Verifiableもよく読めば、ベリファイアブルで実証が出来るという意味だ。

なるほど。

Verifiy。
懐かしいねえ。

かつて情報処理部門にいたときにパンチ室があって、コンピュータにデータを入力するときに80欄のカードにデータをパンチしてした。
当時、女性の花形職場で素敵な女性であふれていた。

そのパンチ結果を検査(実証)する作業がVerifiy。

一つのデータをパンチャーがパンチ(穿孔)し、それが間違いないか検証するためにベリファイアがVerifiy(検孔)した。
つまり、同じデータを違う人がそれぞれパンチ(計2回)し、正しいかを立証するわけだ。

そのパンチ作業も30年ほど前から無くなった。

紙に穴をあけるパンチ作業はフロッピーディスクに置き換わり、パンチされることなく、デジタルデータが直接コンピュータにinputされる時代になった。

でもまだこの時代はVerifiyという作業はあった。

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それから、ウン十年。

情報処理の世界から離れて最近所事情はよく分からない。

しかし、思う。

Verifiyという検証機能はどこかでやられているのだろうか?

年金問題で膨大なデータの入力が誤っていたとう事件があったが、データの検証はどこまできちんとやられていたのだろうか。

最近はデータを端末から入力するケースが多いと思う。

その場合、「検証」は誰がしているのだろう。

入力した本人が目視で確認する、また、プログラムでチェックする、例えば、「児童」の範囲は0~18歳まで。20と入力されたらエラーとしてはじく。というようなことは当然しているだろう。

しかし、これも限度がある。

事実、実際のアウトプットを見るとおかしなケースがままあるようだ。

同じようにプログラム開発の検証はどうしているのだろう。

デバック(プログラムのミス発見)はきちんとやられているのだろうか?

かつては、テストデータを作り、あらゆるケースを想定して正しく動作するかチェックしていた。

そのために、想定できるあらゆるケースをマトリックスであぶり出し、テストデータで確認をした。今はどうなっているのだろう。

ITの世界は急変貌しているので、フタ昔前の知識で考えるのはいささか非常識と思うが、CVIDの記事を読んで、懐かしいVerifiableの文字を見て、ジジは変なことを思い出してしまった。



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# by yahhosaito | 2018-06-13 12:15 | 日々 | Comments(0)

桂林の旅

2018年5月28日。

先日、4日間、桂林・陽朔に行った。
JTBのツアーで格安だった。

桂林・陽朔は2回目。

前回はもう17~8年前になるだろうか?
当時、SARSが流行っていて、決心が鈍っていたが、行く直前になって一応の「安全宣言」が出て、おっかなびっくり行ったものだった。今回は、安全でしかもツアー。付いていけばいい。

格安でよくこんな値段で企画できるものだと感心する。
飛行機に片道4.5時間、新幹線に3時間、立派なホテルに3泊し、しかも食事つきで。〇9800円。
仮に往復ANA代が2万、ホテルが3泊で1万、新幹線とバスで1万、その他諸々だとこんな値段で行けるのか!?

参加者は16名で、旅慣れた人、近郊の人が多かった。
羽田発はなんと言っても魅力的だ。

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前回は上海から桂林まで夜行電車で20数時間かかったが、今回は広州から桂林まで2時間半ほど。500kmの距離を最高時速246kmで飛ばす。
かつて、新幹線事故でイメージの悪い報道がなされたが、現場はそんなことはない。素晴らしい新幹線が運行している。
広州の新幹線駅はなんと18本(16本?)がホームに乗り入れている。
東京駅だって東海道新幹線と東北新幹線の4本くらいと思ったが、それが18本だ。
駅舎もドでかい。

ただ、前回の沿線の懐かしき農村風景はあまり見られず、あっという間についてしまったのが残念と言えば残念。鈍行列車のガタンゴトンのスピードで沿線の村人の生活を垣間見ながらの列車旅とは少し趣を異にした。
まあ、便利を取るか風情を取るかの違いだろう。
早いのは便利は便利だ。

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漓江下りも1時間ほどであっけない。
月亮山、高田郷も遠くから見ただけ。
16年前は月亮山の山頂から付近の農村風景を楽しんだが、チト、今回は寂しい。
天気に恵まれ、良かったが、前回との比較からするとツアーではこんなものか。
景勝地を「舐めただけ」の感は否めない。

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まあ雰囲気は楽しめた。「旅」に何を求めるかだ。

陽朔見物も高田郷も月亮山も桂林市内観光も「ツアー」じゃこんなもの。
限られた時間、多くのコース、総合的な顧客満足を高めるには、それぞれの違う思いは最大公約数に集約されなくてはならない。

とにかく中国はデカイ。
人口が14億人を超えるというから日本の12倍ほどあって当然だが、すべてに大きい。
桂林は500万人の大都市。広州は2500万人だという。
地区の範囲をどこまでにするかで人口は違ってくるが、まぎれもなく大都会だ。
ビルが林立し30階ほどのマンションが市内には立ち並び、高速道路も4車線。しかも1本や2本でない。
あちこちに伸びる高速道路、高速鉄道、各都市を結ぶ航空路。
一帯一路を目の当たりにした気がした。

それにしても、その建設資金はどうなっているのだろう。
東北新幹線の建設費用が3.5兆円くらいだから、物価や土地の値段を考えても1兆円位?
広州~桂林間のほか、全土に巡らせているので、10倍とすれば10兆。20倍とすれば20兆だ。
防衛費も年20兆とも30兆ともいわれるので、その費用は猛烈だ。
10年間の投資費用は新幹線20兆に防衛費20兆×10年で合計220兆円。

中国のGDPは1000兆円を超えるので日本の2倍以上。10年で220兆くらいは大したことないのか!?
それにしてもすごい。(計算はかなり非常にエイヤーだ!)

ガイドのFさんに聞いてみた。
中国は税金が高いのですか?
「高いです!」という答えで、それ以上は聞かなかった。

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車もBMWやベンツ、アウディ、VWなど高級車が目立つ。いったいどういう人たちが載っているのだろう。

一昔前は、発展途上国というイメージが強かったが、今は先進国そのものだ。
日本はある面でとっくに追い越されている。
巨大なエネルギーが日進月歩で動いている。都会と地方の格差はあるにしても、進歩ぶりは目を見張る。我が国も安住していると完全に置いてきぼりを食う。
何やらに夢中になっている場合ではない!

我々は情報は新聞やTVなどからしか得ることは出来ないが、鵜呑みにすると判断を誤ることだってある。
野菜は残留農薬で危ないです!新幹線の事故が起きると埋めてしまいます。ビルは耐震基準を満たしていないから万一のとき危険です。ウナギは薬漬けです・・・。

本当にそうだろうか?

まあ確かめるわけにはいかないので、そう報道されれば信じるしかない。
マスコミも嘘を書いているとは思われない。
しかし、報道の仕方によっては、真実と乖離もありうるということも承知しておかねばならない。

書く側に肯定を前提に書けばそうなるし、否定を前提に書けばそのような記事が出来上がる。たとえ同じような内容でも書き方で読み手の印象は大きく変わる。
写真も笑っている写真を使えば肯定だろうし、怒っている写真を使えば否定記事にはふさわしい。たとえ同じシュチエーションで撮った写真にしても‥・。

相手に読んでもらってなんぼ、聴いてもらってなんぼという経営側の思惑が働くとすればジャーナリズムとしては困った話だ。

紙面の都合もあるだろう。詳しい経緯や解説を書いても読まれないし、そんなことを期待している読者は多くないかもしれない。
期待しているのは分かり易く「へえーそのなの」「やっぱり」という納得。

今朝の新聞に、SNSに関する記事が載っている。
「毒々しい話題ほど人気」という見出し。
「データを見れば、だれもが自分が好むニュースしかクリックしないという事実に驚くはずだ。それもクレージーで毒々しい話題であればあるほど読まれる・・・。」

SNSを通じてのニュースの信頼度はほとんどのSNSサイトで、「信じる」より「信じない」%の方が上回っている。
「報道への信頼が損なわれつつある・・」と記事は述べている。
SNSに限らず、一般の報道も右か左か上か下かを自分の知識を総動員してみなければならない。(と言っても難しいね! ま、盲信しないことか?)

〇98の旅は、気軽でメンバも和気あいあい、ガイドもとてもフレンドリーで楽しかったが、食事がイマイチ。中華料理は食べなれている餃子やシュウマイ、春巻きに小籠包といったものでなく、正に現地の中華料理。
イマイチというのは自分の口に合わなかっただけ。
やはり本場ものでなくても日本の中華料理の方が慣れている。

ツアーはツアーで気楽だが、旅の醍醐味は自分で苦労していく旅かも。
まあ、それぞれに良さはあるんだけどね!

それにしても、中国は目覚ましい。
そして暑かったなあ!毎日33~34度だったぞ。

正に大国だ。
広くて大きいから全てに隅々に完全という訳にはいかないだろうが、大国の印象は十二分に感じる。

たった3泊の旅だったが「中国には大国としてのふるまいを身に着けて頂かなくてはいけない・・」と某大臣が言った意味が実感として少しわかった旅でもあった。



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# by yahhosaito | 2018-05-29 14:05 | 海外・クルーズ | Comments(0)

5月快晴

2018年5月20日。

イヤいい季節だ。
爽やか、快晴。

今、バラが綺麗。
我が家の狭い庭にもバラが2本ほどある。
蔓バラだがあまり蔓になっていない。

深紅のバラと淡いピンクのバラ。

数年前にバラのアーチを作ろうと植えたが、どうもそこまで行っていない。
肥料と日差しの関係か!?
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この辺はバラの栽培農家もあってバラの産地として有名だったが最近はバラの農家も減って専業にやっているのは2~3軒らしい。
バラは温室栽培で寒い時期は暖房代がかなりかかるらしい。
採算に合わない。
b0158170_06033990.jpg

バラといえば英国のバラ、ダイアナさん。
そのダイアナ妃の息子ヘンリー王子の結婚式が昨日あった。
妻となるのはアメリカ女優メ―ガンさん。

アフリカ系の母を持つ彼女は中々チャーミングだ。
少しエバ・メンデスに似ていると思った。
ゴスペルもあってなかなか英国王室にしては型破りな式だったらしい。

あと、このいい季節も2週間ほどか。
昨日は久々の朝カル。
「室内のカーネーション」を描いてきた。




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# by yahhosaito | 2018-05-21 06:03 | 日々 | Comments(0)

2018年4月25日久しぶりの雨

2018年4月25日。

昨夜半から雨となり1週間ぶりのお湿りとなった。

それを見込んで昨日は畑で苗植え。
ご近所から貰ったピーマンとなすとカボチャ。
種から育てたそうで全40苗ほど。

家で食べるにはさすがに多いが、4人の子供たちは結構喜んで待っている。
もっとも、3人は東京千葉なので送り賃の方が高くつくかも。

どうした訳か4人中3人はほぼ同じ地域に居住している。
市川市と葛飾区と墨田区なのでほぼ一直線上、自転車で行ける距離だ。
真ん中の子供に送って、配達してもらおうか!?

雨で緑が一層深くなった。
緑したたるとはよく言ったものだが、英語では何というのだろう?
そもそもそんな表現があるかわからぬが、green syowerとでもいうのだろうか?
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カエデも蔦もこのくらいが限界か。
塀に這わせるように植えたフィカス・プムラ(というらしい)がはびこり過ぎて、少々てこずっている。
人間なんて勝手なものだ。

3月4月と忙しかったが、今週から少し余裕が出てきた。
気候も良くなってきたので、旅に出かけるか?
AQUAの座席にフラットで寝られるように、折り畳み式床板盤を2年ほど前に作ったが未だに使っていない。

テスト兼ねてふらりと自転車持って一人旅。
この時期寒く無いし、いいかもなあ…

今朝も連絡があった。若手(自分よりずっと若い50代かも?)の訃報が相次いで、なんだかせかされる。
やれる内にせっせとやることやらないと・・・
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昨日、種を取る2本を残し、畑の最後のビーツを収穫した。
それでまたまたボルシチを作る羽目になった。
もう飽きたと言われそう。





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# by yahhosaito | 2018-04-25 12:12 | 日々 | Comments(0)

花の会津

2018年4月19日。

4/16~17、福島県の会津地方にいつものN氏とともにサイクリングに出かけた。
正確に言うと、4/15日曜日から。

日曜日に高速を使うと、3割安い。
じゃあ、23:00くらいに高速に入れば、それだけ安くなる。
ということで、年金生活者は少しケチって23:00 INとなった。

車でおおよそいいところを回り、いいところでサイクリングを楽しみ、美味しいものを食って帰るといういつものお手軽サイク。
年金生活者のお年頃は「いいとこ取り」が一番。

三春までは350kmほど。
順調に走り、途中の仮眠を経て、朝5時過ぎには三春着。
三春の滝桜を見たが、これが既に葉桜寸前。
ここ2~3日の大風でほとんど散ってしまったとか。
残念。
b0158170_12320982.jpg
郡山経由で猪苗代に到着。もちろんお手軽車(AQUA)でひた走り。
前から行きたいと思っていた野口英世博物館をみる。
立派は建物で展示も行き届いている。

そこから自転車。

途中。会津若松までの県道は車もほとんどなく快適。
下り中心で、コブシの花や桜が満開。
遠くに会津若松の市街地が見え、最高のロケーション。
b0158170_08083780.jpg
飯盛山やさざえ堂、市内の古い商店街などを散策し、会津の雰囲気を堪能した。
知らなかったが斉藤清氏の版画を扱っている店があり、鑑賞してきた。
斉藤清氏は文化功労者で版画会の大家という。
会津を題材に多くの版画を残したそうだ。
世の中、知らないことが多い。

知らなくて当然だが、世の中、「人に歴史あり」といった人物も多い。
むしろ、人にはみんな「歴史あり」というべきか。

17日夜、宿泊した会津、湯野上温泉の民宿では、宿のご主人が「ミネソタ?」の名誉市民だという。
おかみさんが言ったのではなく、英文の名誉市民証のようなものが部屋の隅にささやかに掲げられていた。
目ざとく聞くと、ウン十年前、文部省からの派遣事業で1か月(1年?)日本語教師として赴任してきたという。
家族全員で現地に行き、その後、3年間今度はブラジルのベレンに赴任した。

いやビックリ。
会津の山間にこんな経験をしたおばあちゃんがいたとは驚きだった。
その家にも斉藤清氏の弟子という人の版画が飾ってあった。

翌日、大内宿に。
ここは2回目。少々作られ過ぎという感じがしないでもない。
まあ、観光地は、「馬籠」「妻籠」「高山」「倉敷」・・・
どこも、皆、昔の面影風だ。
b0158170_09311442.jpg
国道に隣接して旧日光街道が残っている。
こちらはほとんど「農道」の風情。
幅、2mくらいの土の道が少しずつまがってうねうねと続いている。
300年前、ここを会津のお殿様たちは江戸に向かった。
5泊6日がST(標準時間)という。
約300kmあるから、1日50km。
お篭に乗る方も担ぐ方も、随行する方も殆ど命懸けだね。
b0158170_09332417.jpg

関東地方はすっかり葉桜だが、会津は桜の真っ盛り。
特に、鶴ヶ城の桜は素晴らしい。
そして、中々だったのは、会津線沿線の桜。

吉永小百合か上戸彩がもの思い気に佇んでいれば、どこもかしこも「ディスカバージャパン」
いや、日本はいいところだ。

途中、ハプニングもあったがいい思い出だ。
無事に今ここにいることがなんと幸せなことか。
一歩間違えれば、先日は、郡山警察署の長椅子の上で夜を明かしたか、郡山日赤で手術の順番待ちをしていたか、東北自動車道の側道わきで、寒さに震えたかだった。
あの日は朝は7度と寒かったから、夜明かしはさぞ身に応えただろうなあア

昨日からの雨も上がって、楓の新緑が陽が差して光っている。

今日は暑くなるという。






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# by yahhosaito | 2018-04-19 07:48 | 旅・サイクリング | Comments(0)

春本番

2018年4月14日。

4月1日に町内会の花見があり、満開の中で終えた。
しかし、4月8日の桜まつりは殆ど強風で散って、8分通り葉桜だった。

まあこんなもんだ。
そして、昨日、地元の例大祭が終わった。

桜は咲き始め良し、7分咲き良し、満開良し、散り始め良し、葉桜良しだ。
今年は冬が寒かったが、3月に入って急激に暖かくなり、3月中旬になると、花が一斉に咲き出した。

いつもは、時間を追って咲き出す花も、今年はまさに一斉。
百花繚乱だった。
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ヒュウガミズキの黄色の花、レンギョウ、コブシと続いて、雪柳、桜と続くが、
ほぼ同時といった風情。
北国がそんな感じというが、ここ湘南地方もそんな春が一斉にやってきた。
桜とライラックが同時に咲くなんて、珍しい。
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今は八重桜が綺麗だ。
庭の百日紅やヒメシャラもあっという間に葉っぱを付けて、新緑そのものの風景。
そうこうしているうちに、2018年も半部近くになるか・・・

いや、早い。いやはやとほほ・・・



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# by yahhosaito | 2018-04-15 22:29 | 旅・サイクリング | Comments(0)

開花近し

2018年3月18日。

桜の開花が進んでいる。
東京は17日、横浜は今日か明日。東京は平年より9日速いという。

あんなに寒かった冬だったから開花も遅れると思っていたが、どうもそうではないらしい。
一説によると寒い冬の時こそ早くなるんだという。

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また、積算温度といって、「2月1日以降の「最高気温」の積算が600度を超えると開花する「600度の法則」や、
2月1日以降の「平均気温」の積算が400度を超えると開花する「400度の法則」などが知られている。」
という事が物の本に書いてある。

それにしても、3月20日以前に開花するというのは最近あまり聞いたことがない。

昨年は地域の花見は4月2日に行ったが、これが1分咲き以下。
硬い蕾の下で開催した。

一昨年は3月26日としたが、これも1分咲き。

その反省から30年度は4月8日としたが、これがまた、今回の開花宣言で「葉桜」となりかねない。

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                  昨年は花の代わりに万国旗

そこで、急遽、1週間早めて、4月1日開催とすることにした。

さて、ドンピシャと行くか!
難しいものだ。

お花見会場のちびっ子広場は3本の大きな桜の木があるが、地上すれすれのところに可愛い花をつけたがこれがもう咲いている。
上の枝はまさに弾けんばかり。






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# by yahhosaito | 2018-03-18 18:17 | 日々 | Comments(0)

西湘バイパスの工事

2018年3月13日。

西湘バイパスの中ほどが工事中だ。
1kmほどの間が1車線になっている。

10年ほど前にも同じような工事があった。

海岸線が侵食され、バイパスの道路付近にまで迫っており、台風の時などは波が道路まで飛び散るらしい。

先日も小田原に行くとき通過したが、さて、道路の下ではどんなことが起こっているのだろうか?

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もしや、道路の下が波でえぐられ、グラグラの状態になっているのではあるまいか!?

そんな気がして、確かめたくなった。

今日、あまりに暖かかったので、自宅から自転車で様子を見に行くことにした。
片道、10数キロ。

たいした距離ではない。たぶん片道1時間だろう。

現地に着くと、真下が抉られているほどのことはなく、波打ち際まで10~20mほどあった。

ただ、台風時にはかなり西湘バイパス道路に影響があるだろうなと思わせた。

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波消しブロックが高く積み上げられ、クレーンが盛んと動いている。
しかし、1個1トンもあるブロックが仮に1000個積み上げられても、
広い地域の比較で見ると、極僅かでしかない感じだ。

自然の規模というか大きさがまさしく桁違いといった感じだ。

聞くところによると、かつてはかなり広い海岸の砂浜エリアが年々狭まり今の事態になっているという。

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たまたま、ここは道路があって工事の必要に迫られているが、そうでもない地域は沢山あると思う。

すると、国土の位置関係やサイズがかなり動いていると思われる。

自然の力はすごい!

小学生?の頃、まだ西湘バイパスはなかった。
大磯から二宮・国府津にかけての海岸線は実に綺麗だった。
海岸は砂浜でなく、小さな小石が敷き詰められていたようだった。
それが、伊豆半島の方まで続いていた。

あれから40年。
世の中変わった。

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しかし、この西湘バイパスがなかったら交通網はかなり苦しいもののなっていたに違いない。
便利と犠牲は紙一重だ。



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# by yahhosaito | 2018-03-13 21:13 | 日々 | Comments(0)

桜とさくらさくら

2018年3月9日。

急に春めいて桜のつぼみもだいぶ膨らんだように思えるが、確かに開花予想も少し早まって、この辺は3/20過ぎとか。

ある人から唱歌「さくらさくら」の分かり易い簡単な解説(ウンチク)を調べて欲しいと頼まれた。

今までまったく気にしていなかったが、この機会に情報を集めてみた。

そこで出来上がったのがこれだ。3バージョンほど作ったが、その一つ。

『桜とさくらさくら』  
(前略)・・・今年も〇〇川の桜が満開を迎えました。桜の時期になると、日本に住んで良かったとしみじみ感じさせてくれます。

咲き始め良し、七分咲きも満開も散り際もすべて良しと感じさせる日本の国を象徴する花です。

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『日本を代表する歌に「さくらさくら」があります。

小学校の唱歌にも取り入れられて誰でもが知っています。また、国際的にもよく知られ、海外の楽士は日本人を見ると「荒城の月」と並んで「さくらさくら」を演奏してくれるといわれています。

では、さくらさくらはいつ頃出来た歌なのでしょうか。

多くの楽譜には「日本古謡」と表記されていますが、実際は幕末、江戸で子供用の箏の練習曲として作られたものといわれています。

作者は分かっていません。もともと「咲いた桜」という歌詞がついて、その優美なメロディから明治以降、歌として一般に広まりました。歌詞はいくつかの種類があり、メロディも何種類かあるようです。

多くの楽譜には「日本古謡」と表記されていますが、実際は幕末、江戸で子供用の箏の練習曲として作られたものといわれています。
作者は分かっていません。もともと「咲いた桜」という歌詞がついて、その優美なメロディから明治以降、歌として一般に広まりました。

歌詞はいくつかの種類があり、メロディも何種類かあるようです。
この歌詞をめぐっては時代とともに何回か変えられた経緯があり、当初の「咲いた桜」では歌詞は、『咲いた桜 花見て戻る 吉野は桜 竜田は紅葉 唐崎の松 常盤常盤深緑♪』でした。
初めて教科書に載った昭和16年では 『さくらさくら 野山も里も 見渡す限り 霞か雲か 朝日ににおう さくらさくら花盛り♪』に変わっています。

その後、 『さくらさくら 弥生の空は 見渡す限り・・♪』が主流になったり、『さくらさくら 野山も里も 見渡す限り・・・♪』なったりしますが、今では、1番は『・・野山も里も・・』2番が『・・弥生の空は・・』になっている教科書も多いようです。

この歌詞変遷の背景には当時の時代背景を反映しているという研究家もいて、歌詞には紆余曲折あるようですが、桜は今も昔も変わることなく、人々に愛され、春の幕開けにふさわしい美しい花を咲かせてくれます。

桜がこれほどまでに日本人に愛されるのは、桜の咲く時期が卒業や入学、就職・転勤といった人生の節目と見事に符合することによるのかもしれません。出会いや別離の場面を美しく飾ってくれる甘く切ないそして希望に満ちた美しいさくら。

・・・・・・

知らなかったが本やネットで調べてみると、中々深いものがあった。

小中学校で習った歌の中には結構、ドラマがあるようだ。

「シャボン玉飛んだ」や「里の秋」、「テルテル坊主」や「花」「赤い靴」・・などなど

1999年に発行された「唱歌・童謡ものがたり(岩波書店)」にいろいろな童謡の解説とともに、その時代の感動的な逸話が書かれてあって興味深く、ジンと来るものがある。



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# by yahhosaito | 2018-03-09 22:10 | 日々 | Comments(0)

弥生三月

2018年3月5日。

3月に入り早や5日。
数日前から異常なほど急激に暖かくなり、今日も朝から15度以上ある。
最高気温は17度とか18度とか。

ついこの前まで朝の最低気温がマイナスとか零度とか言っていたのにだ。
朝の来ない夜はない、春の来ない冬はない。
有りがたいこった。

我が家の庭の梅の木も毎年1汽車遅いのだが、今年も立派な花をつけてくれ、満開状態。
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さくらに比べ桃色が強く、梅の微かな甘酸っぱい香りもする。
気が付くと梅の隣のモミジの木の芽もだいぶ膨らんでこれからは日に日に大きくなるだろう。

昨日と一昨日、東京の向島に行ってきた。
長男が脱サラをして、ゲストハウスを始めることになった。2月からオープンし、まだお客様はわずかだが、何とか動き始めた。
コマツヤ」が屋号だ。
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まだ、微調整で改善するところは沢山ある。
少しずつ一歩を踏み出していってくれればいいと思う。

ここ周辺には、観光地が目白押しだ。
スカイツリーまではわずか3分。駆ければ1分。
浅草までは歩いて15分。
隅田川の川岸までは10分といったところ。

2月に行ったときは自転車を持参し(レンタサイクルもあるが)、あちこち行ってみた。皇居までは自転車で20分。上野アメ横も10分強。
サスガ東京江戸。
歩いたり自転車できょろきょろすると、面白いところが沢山ある。

これからは少し江戸通になってみよう。



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# by yahhosaito | 2018-03-05 11:07 | 日々 | Comments(0)

半農半x

2018年2月19日。

我が家の本箱に「半農半x」というのがあって、先日、天山に浸かりに行った際に持参した。
天山は温泉もいいがお休み処が整備されていて読書するには最適。

「半農半x」はどうも下の娘が学生時代に読んだ本らしい。
読みだしたら結構興味深い。

退職し早12年が過ぎ、現役時代は思い及ばなかったが、近所から僅かばかりの畑を借りて、自作の農産物を育てていると、畑さえあれば結構それなりの生活が出来るなあと実感する昨今だ。
その気にさえなれば、生活費もあまりかからない。
晴耕雨読とはよく言ったものだが、そういう仙人のような生活もある種魅力だ。
しかし、そういった清貧の思想というようなものが最近はあまりはやらない。

半農とは持続可能な「小さな農」と「天与の才(x)」を世に生かし、社会に貢献するというものだ。
半農は比較的易しいが、半xはなかなか難しい。そもそもxとは何だろうか?

ちょっと気になったフレーズを書き留めてみた。

トルストイの作品の中に、「人にはどれだけの土地が必要か?」というのがある。
有名な寓話だが、簡単に言うとこうだ。

「―― ロシアの田舎に一人の農民がいた。はじめは貧しい小作人だったが、ようやくためたお金で少しの土地を買った。
暮らしは以前よりずっとよくなり、毎日楽しく暮らした。
しかし、そのうち欲が出てきた。もっと広い土地ならばもっと豊かな生活が出来る。
そして、以前より何倍も大きい土地を手に入れ、働くと暮らしはさらに豊かになった。
だがそれに慣れてくると広い土地も手狭に思えてきた。
ある時、夢のような村の存在を知り、村に向かった。

村長は言った。「日の出とともに出発し日没までに戻れば行った土地の全てがあなたのものです。しかし、戻れない場合は全てを失います。」
男は日が昇ると同時に東に向かい歩いた。行くところ全てが欲しくなりどんどん奥に進んだ。
しかし、自分があまりにも遠くに来てしまったことに気づいたときには日もかなり西に回っていた。
男は必死になって出発点に戻った。
丘の上で村人は早く戻れ早く早くと急き立てた。
最後の急坂を半狂乱になって登った。日没とゴールはほぼ同時だった。

村長は言った。
あなたは望んだだけの土地をすべて手に入れた。と叫んだとき、男は口から血を吐き息絶えた。彼の従者はシャベルで穴を掘り男を土に埋めた。
その穴の大きさの土地だけが彼に必要な土地の全てだった・・・」

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ネイティブアメリカンの格言。
「この地球は我々の両親から受け継いだものではなく、子供たちからの借りたのものである・・・」

「種を蒔くとき3粒づつ蒔け。一粒は空の小鳥のため。一粒は地の虫のため。一粒は人間のため・・・」

「のこし柿。里山や庭になった柿の実は全て取らずに、自然の恵みを与えてくれた神様に感謝する気持ちと冬を越す動物たちのために残しておくことです・・・」

「村々を歩くと火の見櫓が一本の杉の木で作られており、いい具合に二股になっているなっているところに鉄棒を通して足掛かりにしておることに気づく。
はじめはまあよく都合に良い木が見つかったものだと感心していたが、その内、わざわざ初めから計画して作るのだという事が分かった。
村の長老等は木の未来とともに村の未来を予測し、30年後の火事を発見し半鐘を打つための火の見やぐらのためにを今から木を植えるのだ・・・」

「エネルギーを散逸させるのは良くない。エネルギーを自分の最も得意な分野、最も社会の貢献できる分野、最もメッセージ性の高い分野、最もアウトプット可能な分野にフォーカスすることが大切・・・」

「老人の死は図書館1軒が消失するのと同じ・・」

まだまだ、たくさんある。きりがない。やめた。
この歳になって、少々人生訓もなんだが、若い時に感じなかった「合点」もある。

自分の「半x」は何か!?
イマイチ極まってない。いや、そもそも分かってないのが現実か!


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# by yahhosaito | 2018-02-19 16:29 | 日々 | Comments(0)

総合公園の梅

2018年2月6日。

暫くぶりに快晴に誘われ総合公園の梅を見に行った。
相変わらず寒く、今朝、庭の外気温はマイナス3度を指していた。
でも、この時間は10度まで上がってきて、風は冷たいが家にいると気分も優れないので、自転車でポタリング。
公園を徒歩で一回りすれば、2kmほどになる。

公園の梅の木はたぶん100本以上、もしかしたら200本くらいあるのかもしれない。
中々の梅の木で手入れも行き届いている。
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この時期、まだほとんど咲いておらず、早咲きの木が何本かくらい赤い花びらを付けていた。
例年だともうかなり咲いているのではと思うが、今年は異常だ。
畑の農作物も悲惨な限り。
我が家の畑のブロッコリーはほとんどアウト。
キャベツもまるまるどころか、苗を大きくしたような感じで「成長」の痕跡が見当たらない。

僅かな畑人の経験だが、今までこんなことあったのだろうか?
「沈黙の春」ではないが、その時期になっても、いつもの成長が見られず、stopになったら、来るものが来なかったら、それこそ、社会は大混乱だ。

まあ春になればそれなりに暖かくなり、それなりに木々が成長し、緑で満たされるだろう。
よく見ると、桜の芽は膨らみ、コブシの蕾もだいぶ大きくなった。
あと少しすると、低山の雑木林はうっすらと白く萌えだし、啓蟄を経ていよいよ春本番だ。

冬季オリンピックが終わったころはすっかり春の気分かもしれない。

昨日の落日もよかった。
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# by yahhosaito | 2018-02-06 14:11 | 日々 | Comments(0)

2月如月

2018年2月1日。

毎年同じような感情の繰り返しだが、1月に入って、あっという間に2月。
連日寒い日が続いて、薪の消費もずいぶんと激しい。

まあいいだろう。薪のストックは沢山ある。
朝、6時には火を点けて、そのまま10時過ぎまで。
燃え残りの火が落ちるまで炊き続けて、午前中はそこで終わる。

夕方、15:00を過ぎると少し寒くなって、午後4時には遅くとも又点ける。
その繰り返しが何日も続いている。
ストーブのトップには加湿用の大きな鍋と、やかん。
場合によっては、スープやシチューなどの鍋が並んでいる。
コトコトと微かな音を立て、湯気が立ち上る。

そんな冬の生活が7年も続いた。

あと何年出来るだろう。
最近そんなことも思いながら、あまり衰えていないと思っている体力に過信して
せっせと薪づくりに励み、薪棚に積み上げ、飽きることなく燃している。

1月から忙しい日が続いている。
何もない日はホッとする。
今日は午前中、会合に出かけ、午後はその整理と明後日の資料を作った。
気が付くと6時を回っていた。

そんな日が最近多い。

2月は伐採の季節でもある。
木々が水を上げる前に木を切り倒す。
すると薪が出る。
後半になると、薪づくりも加速するに違いない。
有りがたいことでもある。
いつしか自然に薪が集まるようになった。

切って割って運んで乾かし1年後にストーブにくべる。
寒い日は灰も多い。

そして畑に蒔く。
焼畑耕作のようなものだ。
畑はもうハコベが顔を出している。

昨日、皆既月食があった。
ベランダに出て観察した。
綺麗。
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息子はスカイツリーから撮ったらしい。
無断で借用し掲載する。ゴメン!


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# by yahhosaito | 2018-02-01 20:40 | 日々 | Comments(0)

雪の日

2018年1月22日。

20日の大寒を過ぎて、昼過ぎから天気予報通り雪が降りだした。
午後2時過ぎから降る勢いが強くなり、3時過ぎると辺りは一面真っ白になった。

こんな雪は昨年はなかったような気がする。
このままでいけば、未明まで降るというので10cmくらいは積もるかもしれない。
雪は綺麗で風情もあるが、降った後は結構大変だ。
しかも、10cm以上積もると、雪かきなどで深いところは30cm以上。
1mくらいの小山が出来ることもある。
すると、1週間くらいはぐちょぐちょに悩まされる。
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まあ、雪国のことを思えば、なんのなんの。
こんな程度で甘えては、申し訳ない。

多分、この感じだと、会社は早期退社命令を出しているはず。
電車が止まり、バスが動かなくなると、帰宅できなくなった社員に対する会社の危機管理能力を疑われる。
会社はこんなことでテレビに出たりしたものなら、アウト。
主管部門の責任者はまあxxxx

有名な句に、
「雪というこの美しい(き?)魔物かな」
というのが有ったような気がする。

今日は夕方から次期自治会役員の選考打ち合わせ。
最近やる人がいなくなって、苦労する。
新聞によると64歳までの働いている人は3人に2人。
70歳でも週何日かは働いている人が多い。

だから、地域の役員は出来ませんという。
働きながらでも役員は出来ると思うのだが、仕事を盾にNGと言われると、その先突っ込みようがない。

生活掛かって働いている人とそうでもない人。
そうでもない人は地域のためにひと肌脱いでほしいものですねえ。





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# by yahhosaito | 2018-01-22 15:41 | 日々 | Comments(0)

2018年1月17日

2018年1月17日。

阪神淡路大震災から23年目という。
あれは1997年の1月17日。

もう23年もたつが記憶に生々しい。
会社に出勤すると、いつものようにパソコンを立ち上げた。
当時、我々の職場には個人のデスクにパソコンが配備され、メールでやり取りする今とさして変わらないIT環境だった。

画面から出て来たのはあの大震災の生々しい画像。
家での7時のニュースに速報が出ていなかったのか?
その辺の記憶は少し薄れている。

いずれにしても、会社のパソコンで事態を知った。

急いでショールームのTVを見に行くと、高速道路の高架橋の横転画像が生々しく映し出されていた。
そして、長田地区の立ち上る煙。
これが日本か目を疑ったものだ。
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神戸港の桟橋横の被害(2007.4)

6435名の犠牲者。
その後、東日本大震災で大きな死者を出したが、伊勢湾台風を大きく上回る死者だった。
災害は忘れたころにというが、意外と忘れるどころかかなり短い間隔で災害は起こっている。

ここ10年を見ても、東日本大震災、熊本地震、長野地震などなど大きな地震が頻発した。
水害や土砂崩れ、御岳山の噴火など枚挙にいとまがない。

幸い我が地区は家もそう立て込んではなく、付近に畑や田んぼもあるので、万一の際は何とかしのげるだろう。
簡易トイレくらいはたぶん簡単に設置できる。
食料も何とかなると思うが、仮に3割くらいが食うものにも困る事態になったら、かなり大騒ぎだ。
日頃からの備えが大切。

1997.1、まだ50代の頃だ。ウッ!(涙)

3.11も近い。






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# by yahhosaito | 2018-01-17 18:30 | 日々 | Comments(0)

年末に思った

2017年12月25日。

年末に思ったと言っても、高尚な話ではない。
段ボールの話だ。

明後日は最後の資源ごみの日で要らない段ボールの箱を壊しながら思った。
まあ、あえて言うとかねてから思っていたことだ。
    (なんて素晴らしいんだろうと)

あの複雑な形状は誰が考えるのか?
一筆書きのごとく、誠に素晴らしい折り方で一枚の紙(段ボール)から複雑な形状が出来上がっていく。
素晴らしい。
ロシア人だったらきっと「ハラショー」というに違いない!
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何かで読んだが、加工のプロ(技術者)がいるようでその人た折り方を考えるらしい。

そこで思ったこと。

これは、日本の折り紙の技術が生かされているのではないか?

古来から、「折り鶴」は言うに及ばず、いろいろな動物や虫などが一枚の紙から織られていく。
最近では、宇宙船の翼の開き方への応用や円筒の強度加工に応用されているらしい。
素晴らしい。ハラショー!ワンダフル!!

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折り紙作家と言われる人たちがいて、一種の芸術を形作っている。
手先が器用な日本人ならではのことかもしれない。

初めに紙を折って折り紙を作った人は誰だろう。
多分、特定できない。

何故なら、人は紙切れを手にすると、たいがいは何かを折りたくなる。
形が特定できるのも、特定できないもの、色々あるがとにかく何か折り曲げたくなるのは人間の「特性」の様な気がする。

意外と文化の発達の歴史を紐解くと、この辺に根源の一部があるような気がしてきた。
もっとも「紙」の誕生はパピルスに始まるから、今から5000年ほど前の話になるかも。

いや、パピルスは少々硬そうなので、木の繊維からできるようになった紙は中世だと思う。
折り紙の歴史と合うか!??

今日は未明から雨が降りいいお湿りとなった。
朝になるとすっかり雨が上がって、暖かくなるらしい。





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# by yahhosaito | 2017-12-25 08:11 | 日々 | Comments(0)

年末の新聞から

2017年12月24日。

今日はクリスマスイヴ。
と言っても何も嬉しくもない。
子供たちは皆独立し、我が家にいるのは古女房。もとい恋女房のみ。
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1980年代?だったか、毎年この時期になると、恋人とイヴの夜をホテルで過ごすために、かなり前からホテルは予約でいっぱいなんて意気地代があったけれど、今はどうなんだろうか?

当時、少しクレージーでないの!?と半分思いながらも、そうか上手くやっているなあ・・でも大変だなあ・・男は・・と思いを馳せ?あれからウン十年が過ぎた。
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北朝鮮危機 外交の正念場という記事が出ていた。

「頼りは核のみ」と信じ切った北はついにICBMを発射。危機は同盟国の安全から、米国そのものに変わった。
側近によると、「もし大統領が本国の安全と地域の安全のどちらかを選ばざるを得なくなった場合、彼は前者を選ぶだろう」と述べたという。

そりゃそうだろう。
その時どうなるか。

お互いにやり合う。
結果、100kmも離れていないソウルは大打撃。激しく言えば火の海。
日本も基地が沢山あるのでかなりの攻撃を受けるに違いない。
ここ神奈川県にも横須賀は海軍第7艦隊の司令部があり、付近に厚木基地や相模原には在日米陸軍の司令部もある。

沖縄、三沢、岩国、横田など在日米軍基地は点在している。
傘の下の内はいいが、傘が無くなったらと思うと怖い。
ミサイル一発でも飛んで来たらどうなるか?
迎撃が上手くいけばいいが、100発も飛んできて、99%迎撃できても1%外れたら、被害は深刻だ。

記事では時間との競争の中で「大統領が痺れを切らし、夜中起きだして、核コードを手に取る日が来ないとも限らない」そんな懸念が米国で高まる・・と言っている。

そうならないように、どう対処するかを述べている。
首相はもとより外務大臣の手腕が問われる。
がんばれ太郎さん!!

紅白の出場者が出ていた。

全部で50人(組)ほどだが、さすがに知らない人が多くなった。
顔と名前が一致するのが10人ほど。
名前は聞いたことがあるのがやはり10人ほど。

あとの30人はどこのどなた様かさっぱり分からない。
時代が流れ過ぎたか・・・(泣き)
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12/24読売新聞より

五木ひろしは47回目、石川さゆりは40回目。AKB48も10回目だというからオジサンも年を取ったね。
ああヤダ!










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# by yahhosaito | 2017-12-24 08:33 | 日々 | Comments(0)

ソージ機

2017年12月22日。

先日、掃除機を買ってきた。
今あるものはたぶん10年以上も前のものと思う。

基本的に我が家では和箒が多く、最後のごみの吸い取りに掃除機を使うという使い方だったが、これはこれで便利だった。
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箒ははたき代わりになるので障子のサンや何かの上にたまっている埃を払うにはまことに具合がいい。
それに、たまったゴミや埃を目で確認するするには掃除機では上手くいかない。

妻がお父さん掃除機でも買おうか?と言い出した。
新聞に大きな広告が載っていてその気になったらしい。

コードレスで軽くて吸引力がすごいらしい。
いい事づくめだ。
ただ、値段がちょっと高い。

まあいいだろう。
お店に行ってみてみると、なんだかんだで2~3割安くなるそうだ。
で、買ってみた。
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確かに強力。それに軽い。
取ったゴミが目で見えるのがいい。
今まで、絨毯の掃除でき具合はあまりよくわからなかったが、こんどは吸い取った量がよくわかり達成感がある。
それに、コードレスは確かに便利だ。

ただ、バッテリの時間がカタログで30分。
ふつうは15分もあれば掃除が終わるだろうから、十分と思うが、車の社内を掃除したらもしかしたら時間切れになるかも。

しかし、総合的にはオススメ!
いい買い物だったもしれない。



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# by yahhosaito | 2017-12-22 11:10 | 日々 | Comments(0)

大船の観音様

2017年12月11日。

6日、会社時代の年1回ある懇親会に出かけた。
懇親会はいつも河原でのBBQが多く、多彩な料理人が手料理でBBQの花を添えてくれたが、
このところ3~4年タイミングが合わず出かけずじまいだった。
今年は何とか都合をつけて出席。
場所は大船の観音様を見て、その後、懇親会という段取りだった。

大船の観音様はかつて現役の頃、通勤の行き帰りに電車から拝んできたが、行くのは初めて。
電車からは横顔が拝顔できた。
鎌倉の大仏様が美男とすれば大船の観音様はかなりの美女。横顔もいい。

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大船駅からは歩いて3分ほどで観音様への登り口が始まり、3分ほどで鎮座する頂上にたどり着ける。
すぐ目の下には大船駅。少し東に目をやれば鎌倉大仏方面だ。

12月らしい寒さではあるが、快晴で風も少なく願ってもない日和となった。

観音さま。
今回の仲間5人は全員男性。お顔を眺めて観音様は女性だよな!という事になったが、本当に女性か?
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そこで、境内の係の女性に聞いてみた。
観音さまは「中性」ですという答え。

どうも調べると、観音様、即ち、観世音菩薩は、本来男性であったと考えられるとのこと。
ある学者は、梵名が男性名詞であることや華厳経に「勇猛なる男子観世音菩薩」と書かれていることから、本来男性であったと説を唱えているらしい。

一方、中国では「慈母観音」などというように女性と見る意見が多いそうだ。
特に、観音様は女性的な顔立ちが多いことからそのように見る場合が多い。
観音様が世を救済するに、広く衆生の状況に応じて、種々の形体を現じ、法華経(観音経)には、観世音菩薩はあまねく衆生を救うために相手に応じて「仏身」「声聞身」「梵王身」など、33の姿に変身すると説かれているという。

男か女かの論議は少し俗すぎた。
まだまだ、解脱?してない!

大船観音は子供のころの記憶と大人になってからの記憶に妙な不連続があった。
意識していたわけではないが、山の上に何か大きな顔のようなものが建っていて子供心に何だろうという疑問があった。

やがて、その記憶は忘れ去り、かなりの年月が経って行った。
忘れたのは、思えば、妙な顔のようなものが忽然と消え、思考の土俵から外れてしまっていた。

それから何年かたって、ある日、山の上に真っ白な観音様が忽然と現れた。
その頃はもう大人で、観音様のお顔であることはすぐに理解できた。

その謎が、今回分かった。
そうだったのか!?

大船駅前に移動し、懇親会。
最近は昼間から居酒屋が開いている。
しかも安い。
そして混んでいる。


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# by yahhosaito | 2017-12-11 22:05 | 日々 | Comments(0)

野鳥の森OB会

2017年11月12日。

少々古い話になるが、野鳥の森OB会なるものを開催した。

そもそも「野鳥の森」って何か!

話はだいぶさかのぼるが、1990年の中頃、わが社(正確に言うと事業部)はかなり絶頂期にあり、いけいけどんどんの時代だった。
売上も業績も最高潮で業界でトップ(クラス)を走っていた。
世界最高水準のコンピューターを開発製造していた。

そんな時、創立XX周年記念の一環として「経営提言」という企画があり、多くの経営に関するシビアな提言の中に交じって、「野鳥の森構想」というものがあった。

広い工場の敷地の中に野鳥を呼んで、従業員の自然や環境を大切にする心を養うと同時に、工場のイメージアップを狙おうというものだった。
鳥をダシにしてイメージアップとは少々専門家から叱られそうな気もするが、当時は、会社のイメージ戦略とかアイデンティティとか言われた時代でもあった。

多くの企業が、本業のタスクとはかけ離れた社会貢献事業に資金を提供し、美術館を作るとか、劇場を作るとか、コンサートホールを作るとかが流行っていた。
メセナとかフィランソロフィなどと言って、企業の社会的貢献が声高に論じられた時代でもあった。

そんな背景もあって、「野鳥の森」提言は採用され、工場内に野鳥の森なる一角(施設)が出来上がった。
かなりのお金をかけて野鳥の池も出来上がった。

その結果、鳥が集まり、鳥を縁に近隣の小学校との交流や工場見学、合同観察会、など、様々な企画が実行された。
勿論、その推進のためにプロジェクトが組織され、野鳥(バードウォチング)が好きなメンバーが集まった。

その組織は10数年続くことになる。

しかし、その後、状況は変化し、メンバーは定年退職したり、転勤したり・・
会社も世の中も大きく様変わりし、いつしか、野鳥の森もかつての勢いを失っていた。

退職して10年強。
八ヶ岳に妻と出かけた帰り道、閃いた。
  「今やらないと、皆動けなくなる!」
そんな思いから、当時のキーマンに協力を仰ぎ、野鳥の森OB会を実施した。
それが2017年10月16日。

久々に工場に入った印象は、又別の視点で大いに盛況だったことだ。
嬉しい限り。
我が人生の多くを過ごした会社(工場)が無くなるのはやっぱり寂しい。
それを吹き飛ばしてくれる勢いだった。

「企業30年説」というのがある。
30年もたてば、技術進歩が変わり、社会のニーズが変わり、経営も変わり、やがて企業は衰退するというものだ。
我が事業部は既に50年を超えているが、元気だった。
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野鳥の森OBのメンバは元気そのものだった。
還暦古希を超えた面々が、地域のために頑張っている。
皆、よく食べ、良くしゃべった。
現役時代、定時後よく集ったレストラン「La-XXX」も健在。当時のままだった。

工場案内をしてくれた、お嬢さん、種々、支援してくれた庶務課の若手。
ありがとう
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当日のプレゼン資料;最終頁












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# by yahhosaito | 2017-11-12 21:23 | 日々 | Comments(0)

北海道で思った

2017年10月14日。

2017.10.9~10.12、道東に妻と旅行した。
某旅行社の企画する「公共機関では行きにくい秘境へ~ガイド同行でじっくり巡るさいはて秘境めぐり~」という4日の旅だ。

主な行先は「知床」「釧路湿原」「野付半島」「納沙布岬」「屈斜路湖」など。
特にネイチャーガイドが種々解説してくれるのがウリだった、
最少催行人員20人という事だったので参加者は少ないと思いったが、41名もいて少々ビックリ。

羽田集合6:20とのことで、3時起きし、4:30の田村車庫発羽田行きのリムジンに乗った。

羽田から女満別空港までは約1.5時間。
7:10分発のフライトで9:00前にはもう女満別。
北海道は今年2回目。先回は5月、サイクリング仲間のN氏とサイクリングに来た。
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           【知床半島ウトロ港からのクルーズ】

今回はもうすでに紅葉の真っ盛りでナナカマドの赤やブナの黄色がとても綺麗だった。
先回の美瑛や富良野も北海道らしい風景だが、道東も見渡す限りの畑や牧草地でこれまた北海道らしい風景の連続だ。
特に、延々20数キロも続く直線の道路、まっすぐと緩やかなアップダウンを繰り返し、天に向かって真っすぐに伸びている。
広い畑の境界を区切るカラ松の林。点在する酪農の小屋、畑に無造作に置かれているラップサイロや大型のトラクター。
「でっかいど~」のコピー通りの風景がどこまでも続いている。

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             【天まで届く直線道路】

3日目に納沙布岬に行った。
ここは日本の最東端で、日の出が東京より20分ほど早いという。
ここから北方4島が見える。
ただ実際に見えるのは歯舞諸島と国後島。色丹島と択捉島は中々見えないらしい。
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              【遠くに見える国後島】

択捉までは約144km、色丹島までも70数キロある。
だが、一番近い歯舞諸島の貝殻島までは3.7kmしかない。
人が住んでる水晶島まではたった7kmだ。
双眼鏡で覗くと、ロシア警備隊のレーダサイトがよく見える。

国後島は面積が沖縄よりも広い。
納沙布岬からたった37km。平塚海岸から大島まで60kmほどだから半分強といった感じだ。

「♪遥か国後に・・」と知床旅情に歌われているが、遥か(はるか)というイメージよりもすぐ目の前といった感じだ。
知床半島と根室半島に囲まれた湾の中にちょうど昆布のような形をして中に深く食い込んでいる。
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               【オシンコシンの滝】

北方4島は戦後、旧ソ連に不法に占領されて今に至っている。
千島列島を含む北方領土は古くから日本の領土として日本人が居住していた。
1855年に日本はロシアと日魯通商条約を結び、当時、自然に成立していた択捉島とウルップ島の間を国境とした。
しかし、1945.8.9ソ連は日ソ中立条約を破棄し、対日戦線に一方的に参戦。ポツダム宣言を受諾した後に北方4島を占領した。

当時4島にいた17000余人は強制退去。着の身着のままで日本各地に散らばった。
その時期はこれから秋から冬に向かう時期。着るものもままならず、寒さに震え、これからの行く末も分からず不安と絶望の中で家を追われた人たちのことを思うと、怒りがこみ上げ、戦争の悲惨さを思い知らされる。
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              【畑に見える丹頂鶴】

しかし、北方領土を見てみると、複雑な思いに行きつく。
1855年(安政元年)の日魯通商条約では、択捉とウルップ島の間が国境と定められ、サハリンは日露両国民の居住が認められていた。
1875年には樺太条約でサハリンをロシアに譲り渡し、代わりに千島列島全てを日本の領土とした。
1905年にはポーツマス条約で日本は千島列島全てとサハリンの半分を日本の領土とした。
これは日本が日露戦争に勝利した結果、保有したものだ。
その後、太平洋戦争で敗戦。日本はサハリンと千島列島を失い、北方4島はソ連が実効支配している。
(正式には1951年のサンフランシスコ条約には北方4島は帰属について言及されていない。つまり、ポーツマス条約が生きている?)

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【知床五胡の一つ】

こうしてみてみると、戦争とは国土の奪い合いだ。
かつてのサハリン、東南アジア、満州国建設や朝鮮半島支配なども同じようなものだ。
海外では古くはスペイン・ポルトガルやイギリス、フランスの侵攻や植民地政策。
最近ではポーランド侵攻、クリミヤ半島、ISなど切りがない。
つまり、世界の歴史は戦争や侵攻の繰り返しで、いまだに現在進行形だ。

覇権循環論では、「近世以降の国際秩序はスムーズな覇権交代はほとんどなく、覇権国に対する新興国の挑戦に端を発して、大戦争が勃発して、世界の秩序が変っていく。」と言っている。

つまり、16世紀では大航海時代の先陣を切ったポルトガルにたいしてスペインが挑戦。
その後、スペインから独立したオランダが台頭し、スペインを倒し、
17世紀に入ると、オランダに英国が挑戦し、大英帝国が覇権を握った。
18世紀ではフランスのナポレオンが英国に挑戦し、ワーテルローの戦いで敗れ、
19世紀~20世紀:産業革命で英国が覇権を維持。ドイツの挑戦から世界大戦に発展。
20世紀、英国に対してアメリカが台頭。ソ連の挑戦をうけるも、和平。ソ連崩壊。
そして、21世紀。
中国が台頭し、尖閣を始め東南アジアや西沙諸島などを脅かしている。
最近は北朝鮮が国際秩序を乱している。

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             【歌に歌われる釧路の幣舞橋】
確かに、北方4島を間近で見てみると、魚の宝庫という気がする。
1匹(パイ?)1万円近くもするタラバガニや花咲ガニを見ていると正に海底は宝庫だ。
鮭やサンマ、タラなどそれこそワンサカいる(ような)気がする。
昆布だってびっくりするほど高い。島には鉱物資源も豊富だという。

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         【知床半島中部にあるカムイワッカの滝】

だから、領土は広い方がいい。
強いものが弱いものを力で駆逐する。
いま世界を見るとその方向に確実に進んでいる。
竹島、尖閣は言うに及ばす、沖縄諸島だってどうなるか分からない。
しかし、そこにはルールがあるだろう。いや、ルールを無視するのが人間の歴史か。

何か、そんなものを実感する北海道でもあった。 






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# by yahhosaito | 2017-10-14 08:07 | 旅・サイクリング | Comments(0)

大磯

2017年9月11日。

今日は9.11.
あれから、18年。

天気がいいので久々自転車で大磯に行ってみた。
サイクリング道路を通って小1時間。
平日の夕方近くは穏やかだった。
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今はもう秋 誰もいない海。

トアエモアの歌だが、正にそんな風情。
夏の終わりの、初秋の海岸は誰もいなく、遠くで海岸に近い高校の体操関係の部活の練習か、
部員の男女何人かが自主トレ?をやっていた。

海岸際の緑地でススキが揺れている。
いつの間にかすっかり秋。

8月中旬に夏風邪?で熱が出て、ここ20日ほど体調イマイチ。
ここにきてやっと元気が出てきた。

年取ると直りが悪い。
しかし有り難いことに、90%ほどにまで復活した。
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これから、復活度が×0.9になり、その状態からまた×0.9になり、繰り返しているうちに
壮年期の0.5くらいになるのだろうなと、変な自覚をしながら、とりあえず、元気が出てきてよかったよかった。



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# by yahhosaito | 2017-09-11 19:53 | 日々 | Comments(0)

出穂から網張り

2017年8月18日。

8月に入ってほぼ連続して雨。こんな天気は48年ぶりとテレビが伝える。
おかげで農作物はいろいろな影響を受け、出来が良くない。

我が家も7月は干ばつ。8月は長雨できゅうりもトマトもイマイチ半だ。
干ばつにあえいでいた里芋はここで息を吹き返した。

6月に植えた稲も順調に育ち、8月中旬になって出穂。
田んぼは見事な景観となっている。

今日、スズメによる鳥害避けのための網を張ることになった。
約300坪を1枚の網で覆う。
少し高級品を買い14000円とか。
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張るには少々コツがいる。
何せ、面積が広いので両側から同じ張力で張らないとうまくいかない。
8人ほどで1時間強かかって無事完成。

今年は「はるみ」で特Aになったブランド米。
どのくらいとれるか、タノシミ。

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# by yahhosaito | 2017-08-19 06:20 | 日々 | Comments(0)

2017年盆踊り

2017年8月7日。

8/5,8/6の2日間、地元の盆踊りがあった。
幸い2日ともいい天気に恵まれて、大勢の人が来た。
我が家も帰省中の娘夫婦と孫たち。

今年から我が西の会はある施策をやってみた。
それは町内の「休憩所」を作ること。

そもそも、盆踊りは地域の沢山の団体がテントを出し、それを拠点に模擬店を出したり、おしゃべりの場にしたりしている。
しかし、よく考えてみると、一般の住民の居場所がないのでは・・

では、町内の一般の人が来た場合の居場所を作ろうと、、机といすを出し、飲み物をたっぷり用意して待った。
しかし、空振り。
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延べで20人来たかどうかで、想定の半分以下だ。
事前のPRがほとんどなかったので、来年はこの辺をどうするかが課題だな。

まあいいだろう。
様子を他地区の人も見ていたから、そういう拠点づくりが少しづつ広がるといいと思う。

それにしても、この暑さで少々オツカレ!


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# by yahhosaito | 2017-08-07 06:30 | 日々 | Comments(0)

檜風呂

2017年7月19日。

数日前に、大磯にある吉田邸に行った。
10年ほど前に火災によって全焼したが、今年の3月に再建されて一般公開された。

1万坪の庭は素晴らしく再建された建物も総ヒノキ造りでこれもまた素晴らしいものだった。
2階にお風呂があった。
勿論、檜ぶろ。

2か所にあり、一つは洋式の風呂だが、もちろんヒノキ造りで船の形をしている。
もう一つは普通の箱型の典型的な檜風呂。

何日かたって、我が家でお風呂に入っていて閃いた。
そうだ、檜ぶろを作ろう。

といっても風呂そのものは括り付けなので簡単には出来ない。
それにおそらくウン10万円もするだろう。

そこで、我が家のプラスチックのような、しかも、カビか何かで部分的に黒ずんでいる床を何とかしようと思い、バスマットを取り外し、それを檜の板に代えて檜風呂まがいにする。

早速、買い出し。
檜の板は160×120センチ。10cm強の板を10枚ほど買ってきた。
杉板の方が半額ほどでこっちにぐらついたが、そこは檜にこだわるようにしてゲット。
全部で1万円強。

あとは、160cmに切りそろえるだけ。
所要時間30分弱。
早い。

早速、洗い場に並べてみた。
オッツ!!いい感じ。
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第一檜の香りがする。
最近のヒット作。

妻も喜んでくれた。

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# by yahhosaito | 2017-07-21 07:33 | 日々 | Comments(0)

頭の中のグールグル検索

2017年7月13日。

歳を取ってくると忘れやすくなるのは仕方ないが、それにしてもさっき考えていたことな何だっけ?とかなり重症で、困ったことだ。

「何しにこの部屋に来たんだっけ?」は日常茶飯事で、そっを考えれば考えるほど分からなくなる。
思い出すことの「補助線」として、関連していたであろう、事項を思い出し、推測してみるがやはり分からない。
そして、諦める。

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まあ人間は忘れることが出来るからあまり悩まずに生きていけるものだと理屈をつけて、“忘れていたこと”を忘れ去る。

認知症が400万人とも800万人ともいわれているので、これからどういう社会になっていくか心配。

忘れていたこと、または、記憶やデータを探す手段としてグーグルやヤフーなど検索エンジンがある。
探したいキーワードを入れてやればまず調べたいものは大概探せる。
日常我々は普通に使っているが、考えてみたら、これはかなり革命的だ。

百科事典はすでにだいぶ前に不要になった。
ひと頃、書棚に占有していた20数冊の大辞典はおそらく1mmほどのメモリーに蓄えられ、あっという間に読み出せる。

ところで、
頭の中に入っている情報をあるキーワードで検索できないものか。

さっき、何考えていたんだっけ?
何しにこの部屋に来たんだっけ?

この疑問を解き明かす検索エンジンがあれば、いつもの悩みは解決する。

頭の中で考えていたことは(忘れない限り)自分の手や口に伝わり、言葉や文字に置き換わる。
ということは、指令(脳波?)が手や口に飛んでいるというわけだ。

すると、この脳波を電気信号に置き換え、デジタル化することは可能ではないか!!??

デジタル化してしまえば、それを取り出して、専用パソコン(メモリ)にストアする。
そうすれば、検索エンジンが使える。(と、思う!?)
コグニッション検索。

こりゃ便利だ。

頭の中で考えていたことが次から次へとデジタル化されメモリーにストアされていく。
自動的にだ。
最近のメモリーは容量が大きいし、CPUの性能も強力だから、きっと凄いぞ。

しかし、思ったことが自動的にストアされると、まずいことも起こる。
あいつは何を考えているかがすぐバレる。

そこで登場するのがパスワード。

まて、最近のパスワードは脆弱だなあ・・・

こりゃチト無理かもしれん!
危険だ。


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# by yahhosaito | 2017-07-13 08:12 | 日々 | Comments(0)

オーマイゴット

2017年6月27日。

本日読んだ記事(本)の中でしびれた話2つ。

1つは将棋の藤井4段だ。


藤井君はそりゃもう何とも言えない。
素晴らしい!ハラショー!だ。
オーマイゴット!というべきか・・。

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91手を1人5時間近くかけて読むという事は、1手を4分くらいかけて先の先100手位を読むか!?
素晴らしい才能だ。

ところで、藤井君にもしびれたが、更にしびれたのは記録を塗り替えられた神谷8段のコメント。

「・・・個人的には少々寂しいが、凡人がほぼ運だけで作った記録を天才が実力で抜いたというのは将棋界にとってとてもいいことだと思う。
藤井さんがこれからの数十年どんな世界を見せてくれるのか、ファンの皆様とともに見続けていきたい。・・・」

素晴らしいコメントだ。
中々言えるものではないと思った。

30年も破られなかった大記録。
「凡人が運だけで・・」いや、とんでもない。大変な天才だ。

少し寂しいどころか、30年もの間君臨してきた本人にしてみれば、正直かなり寂しく、悔しいと思う。
30年間も破られなかった記録って、そうザラにはない。

それがダ。

これだけ、へりくだって、息子世代ともいえる藤井君に敬意を表することが出来るのはサスガと思わずにいられない。

しびれた。


次にしびれたのは、あるサイクリストの話。

8年間をかけて自転車で世界一周した彼はそのゴールをニューヨークのタイムズスクエアと決めた。

1人で15.5万キロを走り切り、ニュージャージー州からマンハッタン島に入ったところ、その日は国連総会があり、そこら中、厳戒警備がされていた。

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自転車には数10kgの荷物が括りつけられている。

「おまえ、その荷物の中に何が入っている!?お前まさかボンパーマン!?」

その詰問姿は腰に手を当てて映画で見た通りのスタイルで少し笑えたという。

「8年半、自転車で地球一周してきて、そのゴールがニューヨークなんだよ!」

  「Oh my god !!! Wellcome to NEWYORK !!! 」

彼曰く:やっぱりニュヨークは最高だぜ!
実は彼は次男の大学時代の友人らしい。




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# by yahhosaito | 2017-06-27 13:29 | 日々 | Comments(0)