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 湘南の田舎から日々雑感
by yahhosaito
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敬老の日と世界の人口

2019年9月16日。

今日は敬老の日。
一昨日、地域の「敬老の集い」が地元公民館であった。
地域から96名が参加した。

b0158170_15073288.jpg
年々高齢者が増えて、100才以上は全国で7万人を超えたという。
しかし日本の人口は減少に転じて久しい。

世界人口時計というのがweb上にある。
b0158170_15041971.png
米国調査局と国連データから推計したもので世界人口が増え延年ていく様子がリアルタイムで表示される。
それによると1分間に137人、1日で20万人、1年で7000万人増加する。世界中で1年に6000万人が亡くなり、1億3000万人が生まれてくる。

このまま行くと現在は約76億人弱だが2050年には100億人に達すると言われている。
一方、日本は2011年をピークに人口減少に転じ、2050年には9700万人という事だそうだ。

多ければ多いで、少なければ少ないで問題になる。
長い時間をかけて変化するのであれば、さほど問題にはならないが、急激に変化するといろいろと問題が出る。

では、多いと何が問題か?

■第1に「食料・水」。
特に水はほとんどが海水だから淡水で飲める水は地球上の0.8%に過ぎない。
(97%が海水、3%が淡水、淡水の70%は氷、氷山には塩は含まれていない。)
現在も世界の12%(9人に1人)が飢餓に苦しんでいるのが実態だ。
それがさらに深刻になる。
日本の食料自給率は38%位なので輸入が止まったら悲惨なことになる。
世界人口が増え続ければ食料不足は深刻。食料の奪い合いになる。
輸入に頼っている日本は危険。

■第2に「エネルギー・資源不足」。
石油や天然ガスはやがて枯渇する。
メタンハイドレートや太陽光、原子力など代替エネルギーもあるが採算や安全性で問題も多い。
人口増加に伴って需要供給のバランスが保たれればよいが新エネルギーの開発と人口増加のバランスの競争だ。

■第3に「地球温暖化」にも影響がある。
人口増加が進むと食料や居住地確保のために広大な森林伐採や畑、放牧地の確保が必要だ。
現にアマゾンなどでは森林が畑に代わり大きな問題だ。

b0158170_15101425.jpg
         (図はボルネオの森林破壊状況;webから)

温暖化の原因の二酸化炭素ガス(co2)森林は吸収できなくなるし、雨を森林が保てなくなるので洪水や干ばつが起こってしまう。

■第4に「貧富の拡大」。
少子高齢化が進むと先進国は労働力を後進国に頼らざるを得ない。
すると後進国の労働力や資源は海外に流失し自国の発展のためにあまりならない。自国は相変わらず貧しいまま、先進国は優雅な暮らしを温存する。

その他、住居や教育の問題、心の問題まだまだ問題はあるだろう。

では日本のように少なくなると何が問題か?
■よく言われるのは「GDP;国内総生産」の減少。
総生産が落ちれば色々なものが回らなくなる。
国の税収は落ちるし、年金システムは維持できなくなるし、物やサービスは落ちてくる。
人口が減るのだから相対的に減ってもよさそうなものだが、そんなにうまく行かないだろう。
第一年金は先細りする。(現役世代が受給者を支える「先出し後取り?」システム)

■細かく言えば、「介護人口急激増」「1人暮らし急激増」「老老介護の増加」「大学入学者の激減」「結婚式場の維持困難」「空き家の増加」「郵便局や公営施設の維持困難」「限界集落増加」「霊園不足」「自治体の消滅」などなど・・沢山ある。

一個人が人口問題を心配しても解決は難しいが、そろそろ後期高齢者になってくると、あと5年(10年)で何をすべきかを考えてしまう。
「終活」は自分の身の回りの問題。
これも大事だ。
一方で、他人に社会に何を残せるかも問題。
しかし、残せそうなものは全くない。
せめて家族に何か残したい。
「要りません!」とばーさんに言われそうだが、「確かにな~・・」と思う。
健康を維持し、家族に迷惑かけない!これが一番大事か。
まず酒を控え、体を動かす。難題ではありまするなあ!



# by yahhosaito | 2019-09-16 15:13 | 日々 | Comments(0)

1980年-2020年

2019年9月7日。

会社に就職して何年かたったある日、会社帰りに立ち寄った本屋に「1980年」というタイトルの本を見つけた。
買う事はなかったが、たぶん何年か先に来る1980年を予想した本だったように思う。
確か、大船駅の近くの本屋だった。

当時は戸塚に通っており、東海道線は戸塚に止まらなかったので、大船で乗り換える必要があった。
時々、待ち合わせの時間を利用して外の本屋に行った。

その時は、1980年はだいぶ先のような気もしたが、今や2000年を遥か昔に通り越し、2019年だ。
今朝の新聞には「留学生の日本就職ガイド2021年」という広告が載っている。

イヤ、なんと、2021年かとため息のような感慨のような気分になってくる。

2000年問題でてんやわんやした現役のころからも20年が過ぎ去ろうとしている。
2000年問題は結局殆ど心配した事態にはならなかったが、それは事前に想定した内容を対策しておいたからだろう。
かつてコンピューターへの入力は80欄パンチカードが主流で、80欄と制約されたカラムの中にどう効率よくデータ入力するのがプランナー(今でいうSE)の腕の見せ所だった。
カード設計用紙に凝縮した項目をできるだけたくさん盛り込んだ。

80欄に入らないとカードは2枚になる。
2枚になるとシステム設計上は若干厄介だ。
2枚をキーワードでマッチングさせて150欄ほどにするが、設計上はアンマッチも想定しないといけない。
すると、その分を後で調査できるようにリストを出したり、片方を排除(ネグレクトを略してネグるといった。)つまりネグっていやらないといけない。

日付はYMDDと称して4桁入力。
Yつまりyearは1桁、Mの月monthも1桁、日付はDDとして2桁を割り当てたのだった。
だからYの9は1989年の9なのか1999年の9なのか2009年の9なのか・・分からない!

ある項目をコード化してリスト上には通常の表現で出力する。
1トン、2キロ、3グラム、4メートルに5リッター、6立方、7個、8組、9式だと思った。
これは部品の単位を表すコードだ。
1はt、2はkg、3はg。そうして歌の文句のように10までのコードを覚えた。

あれからウン10年が過ぎコンピューターへの入力も端末からが主流になり、大幅に様変わりしているだろう。
我々が作ったコンピューターシステムはもはや原型は全くなく、すべてが新しく作り替えられているに違いない。
青春?時代の会社での成果物が消え去るというのはチト寂しいがそれも時代の流れか。

10年ひと昔というが、10年の時の流れは何となく物理的に想像が出来る。
あれがあってこれが起こってどうだった・・と頭の中で時の長さを実感できる。
20年はどうだ。
2000年から今までの長さ。
これも実感できる。

では、1980年からの40年はどうだろう。
これも何となく分かる。

そう考えると40年の2倍半は100年だ。

実は100年前はそんなに昔ではないのかもしれない。
すると、江戸時代の終わりは150年前。その10倍は古墳時代だ。
あんまり古くないんじゃないの・・・

一昨年民生委員制度100周年式典というものに参加した。
天皇皇后両陛下はじめ大臣や知事も臨席の中、全国から10000人の人が会場に集まった。
500人?位のブロックがひと固まりで、それが20ブロック位あったように思う。
ああ、10000人というのは、大体こんなボリュームかと実感した。

これが100集まると100万人。

単に100万人というと想像が難しいが、あの固まりが1万人でそれが100個と思うと100万人の物理的大きさがイメージできる。
そんなことを式の最中に思った。

b0158170_10502335.jpg

2100年はどんな世界が待っているかという事を想像するのは難しいが、80年先と思うと意外とすぐにやってくるのではないかという気になってくる。
小学校の孫が80歳代だから多分元気で頑張っているに違いない。

世界は少しずつキナ臭くなってきているが3000年くらいまでは持つのだろうか・・?




# by yahhosaito | 2019-09-07 10:41 | 日々 | Comments(0)

熊野古道

2019年9月4日。

先日1泊2日で伊勢神宮と熊野古道方面に出かけた。
伊勢神宮は今回で3回目だが熊野古道は初めて、那智の滝ももちろん初めてだ。

熊野古道は伊勢志摩あたりから山の方に入っていくとい先入観があり伊勢神宮からは至近距離とずっと思っていたが
これが大間違い。

なんと200km近くあるのだ。
しかし高速道路が発達し、かなりのスピードで進むので近いと言えば近い。
とはいえ、新幹線で豊橋まで行き、そこから名古屋経由で伊勢湾を周遊していくので流石にバスに乗り疲れる。
伊良湖からフェーリーの方がよっぽど早いと思うがそれは旅行会社の種々理由があるのだろう。

何故、高速道路が伸びたか?
おそらく熊野古道が2004年世界文化遺産に登録されたことが大きいと思う。
まだ工事中の所もあり、目立つのはトンネルの多さだ。
長さ2000m3000mクラスのトンネルが目白押し。山の中をトンネルが難工事をものともせず?に貫く。
日本の土木技術は凄いの一言。

流石に那智の滝は高さ日本一だけあって圧巻だ。
神々しいと言っても過言ではない。ワンダフルだ!
熊野古道はサワリ大門坂を15分ほど歩いただけだったが両側に樹齢1000年位大木が繁り「いにしえより信仰の絶えぬ祈りの道」にふさわしい。

b0158170_10110850.jpg
我々ツーリストは超お手軽コースだがかつては熊野三山をめぐるお遍路は大変だったらしい。
京都から熊野まではざっと300kmほどある。ここが99の休憩所(王子)があって往復1が月ほどかけて来たらしい。
1日20kmほど歩くことになる。勿論そのほとんどが山道。さぞかし大変だったと思われる。
b0158170_10112091.jpg

京の貴族がお供20~30名を連れて牛車で熊野詣でした絵が残されている。
実際は牛車でなく人力。2名が中心に車を引き、脇に2名がロープで引っ張る。
あの坂道をごろ石ででこぼこした道を引っ張るのはさぞかし大変。
ゴムのタイヤもスプリングもなかった時代。
乗っている貴族も生きた心地しなかっただろう。
路面の振動を余すところなく体で受け止め、体中の臓器も筋肉も水分も体内攪拌状態。
殆ど、乗る方も引く方も命掛けだ。


片道300kmだから往復で600㎞。
これを30日で歩く。
昔の人は凄かった。

今回の旅行はJM協の卒業旅行。
3年に1回ある。
今までは2泊3日だったが、なかなか家を3日も明けることが難しくなった。
介護の親が家にいる、ペットの世話が居る、旦那の食事の都合等々・・・
そんなこんなで1泊になった。

b0158170_10222564.jpg
まあ、昔と違うので何年に一度の大旅行でなく、気軽に行ける時代になった。
仲間の交流も弾んで、また新しい一面も発見したりして、有意義な旅だった。

それにしても暑かったこと・・
今日は何という涼しさだ。10時を回っても26度。
快適そのものだ。

いよいよ我が家の秋バージョン生活が少しずつ始まる。





# by yahhosaito | 2019-09-04 10:12 | 旅・サイクリング | Comments(0)

無縁社会

2019年9月01日。

余り響きの良くないフレーズだが「無縁社会」が言われて久しい。
都会で孤独死が増えている。
誰にも知られず誰からも看取られずに死んでいくのはあまりにも寂しい。
つい最近も近所で孤独死があった。
この暑いのに雨戸が閉めっぱなしと近所の人が心配して、近くに住む親族に電話して発見された。

いや、こっそり死んでいく方が人に迷惑も掛からないし煩わしくない、自分らしい、その方が・・
という人もいるだろう。
それぞれは考え方だ。

最近、地元では亡くなった場合、死亡通知が町内の回覧版で回ることが少なくなった。
150世帯ほどの我が町内で今年に入り3人亡くなっているがいずれも死亡通知は回らなかった。
「家族葬で執り行いますので回覧は回さないで下さい。」とのことだった。
地域の掲示板にも掲載されない。

確かに最近は8割以上は家族葬だ。
葬儀場で100人200人が弔問に来て葬儀を行う一般葬は珍しくなった。
時代の変化か。

そう思えば、今から30年ほど前までは、葬儀場でなく自宅葬儀が多かった。
確かにお手伝いのご近所さんは大変だった。
それが、式場葬式に代わり、いまや家族葬が主流だ。

何人かの地域の人に、「あなたの地域では自治会(町内会)の隣組組長会議はやっているか?」と聞いてみた。
年1回組長の引継のときだけとか、2~3年に1回とか、やっても参加率は50%以下とか
散々な答えが返ってきた。
子供会がある町内もだんだん減ってきた。
ましてや、青年会、婦人会はとうの昔に無くなった。

かつては青年団で知り合って結婚した人も多い。
会社の昼休みに保険外交員のおばちゃんが見合いの話をもってきて結婚した人、会社の上司が世話をして断り切れずに結婚した人、近所の世話焼きバーさんがあそこの娘はどーか?などなど・・
だから、多くが30前に結婚し子供を作った。

今はどうだ?
時代が変わった。

近所付き合いはそれなりに大変なところもある。
しかし、何といってもいざというときに頼りいなるのはご近所だ。
あそこにはジーちゃんとばーちゃんが居て、ジーちゃんは介護状態で嫁さんがせっせと介護に精を出している。時々、デーサービスに行って満足して帰ってくる。
あそこは最近ベイビーが生まれて女の子が2人になった。
あそこの息子さんは最近離婚したらしい。
娘さんが子供2人連れて実家に帰ってきた・・・

こんな話がかつては普通にあって多くのご近所がそのことを共有していた。
だからいざというときにそれが役に立ってお互いに助けあった。
ご近所がご近所を色々心配していた。
そういう時代だった。

しかし最近はわかりずらい。
ベイビーが生まれても第一紙おむつだから洗濯物に干していない。
子供も公園で遊ばなくなった。第一ここで野球はしてはいけません!と市からの張り紙がしてある。
家でスマホでゲームでもやるしかないのか?

いざというとき、事情が分からないと対応のしようがない。
個人情報という事もあるが、何のために個人情報を守るのか?
勧誘電話が嫌なのか、めんどくさいのか、知られたくない何かがあるのか、静かにしておいて欲しいのか・・・

近所付き合いは社会生活の基本だ。
これがないと有事の際に困る。
有事でなくとも普段でも付き合いがないと第一つまらないのではないか?
人と話せばそこから色々な情報が広がり、新しい発見があり、ネットワークが広がり、生活が楽しくなる。
好きな仲間と好きなことをするという事もあるだろう。
ゴルフ仲間、テニス仲間、コーラス仲間・・・
しかし、この場合、多くは近所というより遠方という場合が多い。
いざというとき、頼りになる距離ではないだろう。

まあ、程度問題という事もあるが、ホドホド・プラスの付き合いを大事にしたい。
お互い持ちつ持たれつ、最近はやりの「共助」だ。

ネット情報からモチベーションがアップしたという話はあまり聞かない。
やはり、生身の人間から驚くような嬉しくなるような情報を聞いてあれをやりたいこれもやりたいという気になるのだろう。
もっとも、最近の若者はネット情報からモチベーションアップするのかも知れない。
それも良しとしよう。

今朝の新聞に、高校生が休日にスマホを見る時間が出ていた。
高2の生徒の2割はスマホ6時間。
6割の高校生が3時間と回答している。

3時間も4時間もスマホで何しているのか??
昭和が長かったおじ(~)さんには理解不能だ。
b0158170_08131314.jpg
終活の一環で写真を整理した。
なかなか進まないが、これは少し前に13回忌を済ませたジーバの写真だ。
70数年前の戦中の写真と思う。
陸軍病院の看護婦だったバーさんとそこに入院していたじーさんと「恋愛結婚」だったそうだ。
無縁ならぬ、いい有縁だった。

スマホなど全く影も形もなかった時代だ。
「昭和」も遠くなった。






# by yahhosaito | 2019-08-31 16:57 | 地域 | Comments(0)

ジベルニーの食卓

2019年8月31日。

原田マハ著「ジベルニーの食卓」の中にマティスの話がでてくる。
ある若き家政婦が女主人からマティスの家に花を届けることを依頼され、花瓶に入れてマティスに届ける。
マティスがこの花瓶に花を生けたのは何故?と尋ねると家政婦は「この花をこの花瓶に生ければ、先生が恋をなさるのではないかと・・」と訳の分からぬことを言ってしまう。

天才マティスはその言葉をすっかり気に入り、家政婦はやがてマティスの家に雇われることになる・・・


たぶん、その家政婦は若いこともさることながら、見た目にも増したある魅力があったんだろうと思う。

人の魅力は様々だ。
見た目8割ともいうが、付き合いが深まれば、見た目以上の他の要素が味わいを増す。

「ピープルウエア」という本の中にこういう話が紹介されている。
「ある上級管理者が私(コンサルタント?)に部下の事を評価してほしいと依頼があった。
彼女は開発をやらせても検査をやらせても決して優秀とは思えない・・・から。

私は彼女をについて少し調べてみると興味ある事実を発見した。
同社で12年間の在職中、彼女がかかわったプロジェクトは全て大成功を収めていた。
彼女がどんな役割を果たしていたかははっきりしない。
しかし、彼女が関係するとプロジェクトはいつもうまく行った。

調べているうちに彼女は「触媒」に様な役割を果たしているとの結論に至った。
彼女がいるだけでチームの結束は強くなった。意志疎通がよくなり、チームは楽しくなった・・・。
触媒が必要なのはいつも不安定な状態にあるプロジェクトのまとめ役を果たすから出る。
結束させる能力のある人は普通に仕事する人の何倍かの価値がある・・・」

というのだ。
ムードメーカーもこれに近いかもしれない。

マティスの家政婦になったマリアがどのほど魅力があったかは不明だが、きっと「マティスが感じる何か」があったんだろうと思う。

人間の能力は頭の良さが分かり易く主に評価されやすい(しやすい)が、それ以外の様々な能力が備わっている。

よく「燃える集団」などという言葉が使われる。
あることをきっかけに突然スイッチが入り仕事が劇的に進む。
その状態になると怖いものなしでどんな困難な局面になっても必ず突破口が開ける。
新しいアイデアが湯水のごとく湧いて、まさに好運の波に乗ったような状況になる・・とある。
フローの状態に入ったともいう。

b0158170_10321222.jpg

絵についてもそうだ。
単に上手いだけでなく魅力ある絵。味のある絵。
好き好きだが、自分としては写真のような絵ではなくマティスのような絵が好みだ。
出来ればそのような絵を描きたいと思うが・・出来上がる絵は相変わらずのワンパターン。
そろそろ卒業しなくてはと思いつつ、何十年もたった。

b0158170_10321994.jpg
上は2018年製作。下は45?年前パリのサクレクールで買った。確か30フラン位だと思った。
当時、1フラン60円くらい。2000円足らずだ。
水彩だが結構気に入って何回か模写を試みたが上手くいかない。
まさか、今、有名な画家になっていはしないだろうか!?・・・

ジベルニーはパリから100㎞程離れた小さな村。
モネの睡蓮の庭があることで有名だ。







# by yahhosaito | 2019-08-31 10:21 | 日々 | Comments(0)

2019年夏祭り

2019年8月26日。

朝晩、めっきり涼しくなった。
朝の来ない夜はない!というが、秋の来ない夏もない!?
尤も、「沈黙の春」という事もあるから、チト怖いが・・。

昨日、地元の「夏祭り」を行った。
今回で5回目。
参加者は80名ほど。
今年は初めて参加する若い数も多かった。

当初は「キャンプファイア」と称していたが老いも若きも参加できるように夏祭りというネーミングにした。

出し物は「花火」をはじめ模擬店の「かき氷」「綿あめ」「ソーメン」「フランクフルト」「あてくじ」の5点セット。
じゃんけん大会もある。

b0158170_07393921.jpg

特に人気は「流しソーメン」だ。
これは子供は本当に楽しそうだ。
確かに楽しい。
ソーメンもことのほか美味しい。
考えた人は偉い。

b0158170_08461475.jpg

5時から始めて7時には終了。
6時半すぎて暗くなり始めた頃、花火が始まる。
キャンプファイアーの灯もこのころに終わりだ。

片付けが終わって7時半ごろから大人たちだけで反省会兼お疲れさん会。

ここでやっとビールが飲める。
それまでは子供中心のイベントにつき、アルコール禁止。

このイベントで知らなかった人が知り合えるようになる。
名前も覚える。
年寄組と若者組の交流もできる。

今年も天気にも恵まれまずまず。
よかった。



# by yahhosaito | 2019-08-26 17:53 | 地域 | Comments(0)

シベリア抑留

2019年8月14日。

毎年この時期になると太平洋戦争や空襲、戦後の混乱などの記事が新聞に多く掲載される。
その中でも「シベリア抑留」の記事はインパクトが大きい。

それぞれの人にとって、自分の経験に応じてインパクトの大きさは違うと思うが、何年か前にシベリアに旅行した経験から「シベリア抑留」の記事を見つけると、ある思いをもって記事を読む。

地元の知り合いにも、本人又はお父さんにシベリア抑留者がいる。
お父さんがシベリア抑留中に亡くなったというY氏は記憶にあるのは一通の死亡通知だけ。
詳細は全く不明という。

半年ほど前に別件で神保町に行った際に、帰りがけ、Y氏とともに新宿の平和記念展示資料館に行ってきた。
ここには様々な資料があって大変参考になる。
Y氏のお父さんがどこで亡くなったか、どういう状況だったのかを学芸員の方に調べてもらった。
とても丁寧に対応して頂いたが、場所はほぼ確定できたがそれ以上の事は資料がなくわからなかった。

今日の新聞によると、ソ連の管理記録表として「抑留者登録カード」というものがあるらしい。
収容所に到着した抑留者から氏名、生年、出生地、所属部隊、階級など20項目前後を聞き出してカードに纏めた。
抑留者が他の収容所に送られた時はカードも一緒に送り、死亡や日本への送還も記録したとある。

カードは国立公文書館にあるが、閲覧するには個人情報という事もあって開示条件がある。一般の人が図書館でパラパラめくって見るような訳にはいかないらしい。
そもそも記載はロシア語だからロシア語が理解できないと駄目だ。

シベリアに抑留された日本人は575,000人。55,000人が死亡したと言われる。
その何倍という説もある。
終戦後、武装解除され投降した日本軍捕虜らが、ソ連によって主にシベリアに労働力として移送隔離されて、長期にわたる抑留生活と奴隷的強制労働を強いられた。

「ノルマ」とは半強制的に課せられた仕事の基準量のことだが、語源はロシア語で「Норма」の事だそうだ。シベリアから帰って来た帰還兵の人たちが日本に広めた。
例えば、あるノルマは2人1組で1日に松の木3本を切り倒し、それを枕木にするために3m程の長さに切りそろえ、指定の場所に積み上げるものだったそうだ。
極寒の地で、わずかな食料とガリガリの体躯の青年たちが来る日も来る日もノルマ達成を果たすのは大変な作業だったに違いない。
寒さと飢えと重労働でシベリア-バム鉄道の枕木の数だけ人柱が立ったと言う。

抑留行為は、武装解除した日本兵の家庭への復帰を保証したポツダム宣言に背くものだった。

「トーキョーダモイ(東京帰還)」と称して連れていかれたところはハバロフスクやイルクーツクなどなどのラーゲリと呼ばれる収容所。
帰国は移送を円滑に行うための嘘だった。

「戦争で人は狂う。仲間の死を見て狂うのです。鬼になるのです。」と今日の新聞に抑留経験をした故三波春夫氏の記事が出てる。戦争を知らない世代は実感が湧かないが、実体験をした世代には万感の思いがあると思う。

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一方で、同記事の中にほっとする話も出ている。
「カチューシャ」を歌い作業をしていたら、住民が拍手喝采、ある(ロシアの)ご婦人は食事を振舞ってくれた。「皆さんで分けて・・」とパンを持たせてくれた。
市中の方には親切にしていただいた。とも書いてある。

普通の行為が、戦場では人間が狂う。

戦後74年。
明日15日は終戦記念日。




# by yahhosaito | 2019-08-14 10:51 | 日々 | Comments(0)

空き家とお盆

2019年8月13日。

お盆の入り。
関東地方は「月遅れ」のお盆で、8月13日から16日までが多い。
一部では7月15日を中心に行われる所もあるらしい。

カミサンの実家、名古屋では7月だ。

7月にカミサンの実家の墓とカミサンの母親の墓参りをしてきた。
今日、地元のお墓参りに行ってこよう。
昨日、仏壇から位牌・仏具一式取り出してお盆の支度をした。

孫が器用に盆提灯を組み立て感心した。

もう孫の家族が来て1週間、あと1週間滞在するという。
娘にとっては最大の夏休み。ジーバも心待ちにしている。

そして帰った後、虚脱感とともに静かな時間がまた再びやってきて、1年のお正月、GW、夏休みのroutineが過ぎていく。
もう何回そんな時間が過ぎて行ったのだろうか?・・・

「来てよし帰ってよし・・・」
誰が言いだしたか、日本中、世界中のジーバはそんな感じがしているのでは。

先日、近所の一人暮らしの女性が亡くなった。
まだ、70半ばで結構元気にしていたが、高齢の母を1年ほど前に亡くし、がっくり来たところにこの暑さ。
気力体力が追い付いていかなかったか?
数年間、母親の介護をしていたので介護疲れも重なったのかもしれない。


そうなると、彼女の家は空き家だ。
地域内にも空き家がすこぶる目立つ。
このまえも空き家が取り壊され空き地になった。
あっちでのこっちでもぽつぽつと空き家が増え、今後さらに増え続けるだろう。

そもそも、
最近は子供が少ないから、家を継ぐ子供が極端に少なくなった。
夫婦に子供が2人いたとしても、女性なら嫁ぎ先に行きそこで家を建てるか旦那の実家に入るかだ。
尤も、後者は大変少ない。
男の子も仕事の関係で実家からは遠い生活をしているだろう。

実家に戻ってくるのは定年後?
その定年も65歳とか、70歳まで働くとか言っている。
そういう時代になった。

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先日、何代か続く地元の旧家の当主と雑談をした。
「うちもたぶん俺の時代で終わりだな・・」
同世代の彼は男女2人の子供が居るが、二人ともたぶん実家には戻らないという。
「墓だけ守ってくれればいい・・」と自嘲気味に言ったものだ。
あの広大な屋敷は更地になるのか。
チト、かなり、やるせない。

我が家の周りも、20年後を考えると、2/3は空き家になる気配だ。
当家だって4人も子供がいても、期待するも未知数だ。
あっちもこっちも空き家。

廃屋のままという訳にもいかないから、整地して売りに出してもなかなか売れない。
大規模開発で「すみれ平夕陽丘高級住宅地」とでも名前を付けて売れば、何とかなるが残念ながら歯抜け状態の土地では魅力がない。

たぶんそんな状況が全国各地で起こっているに違いない。

一説によると全国の空き家は1000万戸を超えたという。
固定資産税の関係で放置している空き家もあるとのことだ。

人口問題、少子高齢化問題は相当昔から議論されているが、身近に空き家を見ると我が事と考えないわけにはいかない。
お墓の維持、寺の存続なども根っこは同じだ。

2週間?ぶりに朝雨が降った。
お湿り半といった感じだが畑には恵みの雨。
里芋はぐったりし、オクラは枯れかけ、枝豆は実が膨らまない。

恵みの雨で少しは盛り返すか!



# by yahhosaito | 2019-08-13 09:16 | 日々 | Comments(0)

2019年夏

2019年8月10日。

相変わらず暑い日が続いており、涼しい秋が待ち遠しい。

1週間ぶりに車で5分ほどの所にある家庭菜園を見に行った。
こちらの畑はやや小ぶりで30畳ほど、15坪前後といったところか。

今ここに植えてあるのは、「ネギ」「サツマイモ」それに「ゴーヤ」だ。
いずれもあまり手間のかからない野菜を植えたつもりだが、雑草はお構いなく生える。

7日ぶりなのでさぞかし雑草もと思い、10:30ごろ30分ほど出かけると妻に行って畑に向かった。

妻はこのクソ暑いのに熱中症でオダブツになったら笑われると言いながら最近買った妻の小さな魔法瓶に麦茶を入れて渡してくれた。
それにしても車の中は暑い。
外気温は33度と思ったほど高くないがそれでも車の中は蒸し風呂。

生えてる生えてる。

ネギは雑草でほとんど陥没。
サツマイモとゴーヤはツルをどんどん伸ばしている。
流石の生命力。

30分があっという間に1時間になり、倒れないうちに引き上げる。
ゴーヤのツルをかき分けるとジャストサイズの実が4本とれた。
今日は夕刻から末娘の嫁ぎ先でBBQ。
先方のジーバも入れて孫子入り乱れての12名で一杯飲む。

冷やしておいたダッサイとゴーヤを持参しよう。

一方、近くの主畑はまだ雑草対策が60%。
スイカとかぼちゃのツルが入り乱れている所は雑草天国。
これも近々何とかせねば!!

昨日、町内のご婦人が亡くなった。
70歳半ばだが、最近90過ぎの親を見送ったばかりで、相次いで後を追った。
詳しくは不明だが、屋内熱中症かもという話もある。
ご近所でそんなこともあるのかと少々びっくり。

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             【今年の盆踊りは2日から1日に】

あと2週間もするといくらか涼しくなるのだろうか?
月日の流れるのは早いから、暑い暑いと言いながら秋風をすぐに感じるのではと期待半分、(あまりの歳月の速さに)怖いの半分。

毎日、朝一番で仏壇に線香をあげるが、マッチでろうそくで灯をともし、それを線香に移す。
そのマッチの燃えカス軸を鉄の瓶のような器具に入れるがマッチ20~30本入れると満タンになる。
それを掃除しながら又こんなに溜まったかと、妙なところに日々の進行の速さを感じながら一日が始まる。

関東は8月の13日から16日までがお盆。
2、3日中にはお盆セットをだして支度をせねばならない。
ジーバが亡くなって15年が経つ。
早い。



# by yahhosaito | 2019-08-10 14:31 | 日々 | Comments(0)

夏本番

2019年8月3日。

昨年より1が月も遅く開けた梅雨も今や太陽サンサン!
連日35度の世界が続いている。

と言っても、ここ湘南地方は35℃を少し下回っているか!?
岐阜や群馬の内陸部は37度38度と言っているのでそれに比べればまだ幾分良いかもしれない。

それにしてももうかれこれ10日もギラギラの天気が続いてお陰で畑は草ボーボーだ。

我が家の畑は住宅街のそばにあり、且つ、江戸時代(いや鎌倉時代かも?)から続く古道に沿っているから結構人通りが多い。
従って、良くも悪くも目立つ。
草ボーボーにしていれば「それなりに」、野菜ならぬ「花」を咲かせていれば、「綺麗ね~!」せっせと耕していると「XXさん、精が出るわね~」とか・・・
色々とお声がかかるのだ!

だからカミサンは気にして「ねえおと~さん!草が伸びているわよ~・・」などと自然体で申す!

今、植わっているのは「なす」「きゅうり」「オクラ」「インゲン」「かぼちゃ」「トマト」「ピーマン」などだ。
特にインゲンやオクラは1日採らないとすっかり大きくなって食すにはイマイチとなる。
あまり手をかけない割には次から次へとよくなってくれる。

昨日は夕方2時間くらいかけて、草取りした。
大きなものは手で取り、小さなものは耕運機でばっさりやった。
流石に機械は早い。まずまずだろう。

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あんなに長かった梅雨も何処えやら。
庭の鉢植えのハイビスカスが咲き出した。
何か気持ちのいい赤だ。

庭の隅ではホトトギスが咲いている。
秋のイメージだが小さい割にはよく見ると繊細な花だ。

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暑さもあと1ケ月。
やがてストーブの季節か!?



# by yahhosaito | 2019-08-03 15:39 | 日々 | Comments(0)

やぶ蚊

2019年7月19日。


今年の梅雨は梅雨らしい梅雨だ。
6月の下旬から今日に至るまでほとんどが曇りか雨で太陽の光を殆ど見ない。

お陰で涼しいと言えば涼しいのだが、ここまで天気がぐずついていると流石に少々めげる。

布団も1月近く干していない。
2階に寝ているので幾分1階よりは乾燥していると思うが、何だかサラッとしていなくイマイチだ。
きっとダニさんにはいい環境だろう!?
イヤ、マイッタ!!

あと数日すれば梅雨も明けて太陽サンサン・・
連日35度の世界も困る。
今日は25度だとTVが伝えている。
いきなり10度も上がったらさぞかし辛いだろう。

名古屋に行って2~3日畑を見ていなかったら、雑草がいっぱいだ。
ナスも鈴なりだったが辺りを草がびっちりとはびこっている。

草取りをするのだが「やぶ蚊」が多い。
特に雨上がりの後などは最悪。
草取りする際は携帯用の蚊取り線香を持参し、ダブル点火で炊くのだがしつこい蚊はそれでもやってくる。

蚊は何時から世界に存在するのだろうか?
前に何かでシベリヤの夏は蚊で悩まされるといったことを読んだ記憶がある。
シベリアに限らず、東南アジアでもアフリカでも多そうな気がする。

ツエツエフライとかハマダラ蚊などは病原菌を媒介すると昔勉強した。
たぶん、今でも蚊が蔓延しているのか・・・

我が家の玄関口も蚊が多い。
殺虫剤で時々シュ~とやるのだがその時だけで、あまり効き目はない。
そこで、最近はB~Puマットで対策することにした。
使っていた蚊取り線香の入れ物に機械を忍ばせ電源on。

ほのかな香りとともに殺虫エキス?が染み出し、殺す。
中々いいアイデアだ。
赤いパイロットランプが作動中を示す。
なかなか・・・

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but
もっとコロンブスの卵はないのか?

 ■刺されても痒くないクスリ・・・
 ■蚊を食べる蝶々の飼育・・・
 ■刺された皮膚から抽出する(高く売れる)特効薬原料・・・

我が家は「kinかん」が必需品だ。
ひと夏に大瓶2本は使う。
これに勝るものは今のところない。




# by yahhosaito | 2019-07-19 06:39 | 日々 | Comments(0)

中山道のある町

2019年7月18日。

久々、妻の実家、名古屋に行ってきた。
お墓参りと名古屋場所の観戦。

名古屋場所は5月の両国の夏場所に続いての観戦。
相撲は40~50年生で見たことないのに立て続けに見に行くとは思いもよらなかった。
名古屋場所は名古屋城の中にある愛知県体育館で行われる。
愛知県体育館は「ドルフィンアリーナ」という愛称がついている。
なんか、イマイチ!?

さすがに名城だけあって城の周囲は巨木に覆われ素晴らしい雰囲気。周囲の道路も片側5車線と広い。
古いお城と近代的なビルと木立がとてもマッチしている。

親戚何組かが集まったので総勢12名。桝席を4つ取ってくれた。
14時過ぎに席に座りやがて中入り後となり顔を覚えた力士が次々と取り組みをしている。

相撲の3~4時間は意外と早い。
狭い所に何時間も苦痛と思ったがそれが意外と早いのだ。
有名力士が次から次へと出てくるから時の経つのが早いのか?

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白鵬が負けた。
座布団が飛ぶ。
一瞬ためらったが飛ばした。

軽いからよく飛ぶ。
滅多にある機会ではない。
くるくると弧を書きながら10mほど空を舞った。

ホントはやってはいけない。危険だから。

マテ!
柔らかな100gにも満たない四角い物体がホントに危険か!?

滅多にない出来事に対するオマージュ。
賞賛と歓喜に対するビヘイビア!
盛り上がりと場の共有に対するプレゼンテーション!

いや、万一を考えれば、飛ばさないほうがいいかも。
ビールの紙コップに当たり、洋服がびしょびしょに!
ありうる!

終わった後、すぐ近くのホテルで全員で食事。
久々の邂逅で話も弾んだ。

翌日はお墓がある岐阜県恵那市に行った。

途中、妻の母親の実家に寄った。
すぐ近くを中山道が通る。

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道はうろ覚えだったが記憶を頼って何とか無事到着。
妻は何回か行ったことがあるが、私は初めて。
日本の原風景を彷彿させる良い所だった。

家の前に田んぼが広がり、その奥に小高い山。
秋には紅葉するという。
すると、春は新緑だ。
近くに小川が流れ、子供のころはメダカが沢山いたと妻が言った。


家を守っている夫婦も我々と同世代。
家は100年以上も前の古い家だが、近い将来、存続をどうするかが出てくるだろう。
日本中、同じ問題を抱えている。

それにしても、良い所だ。
時間があれば、中山道を少し歩いてみたかった。
また機会があるかもしれない。

東名から中央高速でぐるっと一周。
2日間で750kmは少しきつい。

高速ですれ違う遠距離ドライバーの大変さを思った。




# by yahhosaito | 2019-07-18 07:17 | 旅・サイクリング | Comments(0)

■富士山噴火と南海トラフ

2019年6月29日。

先日、藤沢のカルチャーの帰り、本屋で「富士山噴火と南海トラフ」という本を見つけ、早速読んでみた。
2019.5の発行の新書版だ。

富士山噴火のXデーは近いという。
特に、3.11以降いつ噴火してもおかしくない「スタンバイ状態」らしい。
また、3.11以降日本列島は今後数十年にわたって地震と噴火が止まない「大地変動の時代」に突入してしまったという。以降、ショッキングな話が並ぶ。

宝永噴火はマグマ排出量が富士山噴火史上2番目の大噴火だった。
本によれば、これと同規模の噴火が起きた場合、
①噴石被害:
死傷者13,600人。数cmから数mくらいの噴石が秒速100mくらいで飛んでくる。飛散距離は4~5㎞山麓の住民が被害にあう。

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②火山灰被害:
宝永噴火の際は火山灰と軽石が風に乗って東に飛散した。山麓では3m~1m、横浜で10cm、東京で5cm、10日以上も降り続いた。
火山灰といっても木や紙の灰とは違う。軽石や岩石が細かく砕かれたガラスの破片だ。
灰と呼んでいるのは、微細状で軽くて風に舞うから。
ガラスとは物質がきちんとした結晶構造を持たないものを言う。よって、結晶状よりもはるかに脆く割れると鋭い破片になる。

その被害は、屋根に積もると家が押しつぶされる。
特に雨が降ると灰にしみこみすごい重量になる。
水で流すと固まって始末に負えない。シャベルですくって袋に詰め他の場所に移すしかない。道路に積もった灰は下水道に入り配水管を詰まらせる。
水で流すと配水管を詰まらせる。
作物に積もると葉を枯らし生育しない。

フィリピンのピナツボ火山では噴火後大量の雨が降り多くの家が倒壊した。
風下にあった米軍クラーク基地は滑走路が全く使えなくなり他に移転を強いられた。
葉っぱについた灰は光合成を妨げ野山の草木は枯れ、農作物は壊滅状態だ。
火山灰が2cm積もると作物はほとんど枯れる。
稲の場合は0.5mmで1年間の収穫が不可能と言われている。
畜産でも牧草が枯れてしまうため配合飼料への転換が余儀なくされる。

ライフラインも致命的だ。
火力発電のガスタービンに灰が入ると設備が損傷する。
電線に灰が付着すると碍子から漏電し停電の恐れがある。
浄水場のろ過設備にもダメージを与える。
コンピュータも誤動作を起こす。
交通機関も大打撃を受ける。
1cm積もったら車は運転不可能になる。
飛行機も船舶も止まる。
エンジンの吸入口から児入り込んだ火山灰はエンジンの中に入り摂氏550度で溶け燃焼室から排気されると一気に冷え、固まって岩石になり、燃焼ガスの噴射ノズルをふさいでいく。
また、空は灰で覆われ暗くなる。

③溶岩流被害:
富士山からでる溶岩流は玄武岩質で粘度が低くさらさらしている。火山灰のように風に影響されず地形に影響される。11,000年前の噴火では愛鷹山はさんで東西に流れた。その長さは30km、幅は500~600mと言われている。三島駅を通り越し駿河湾まで流れた。
溶岩流は時間的余裕が少しあるので避難できる可能性が高い。
流れを爆薬を使って制御することもある程度可能なようだ。

④火砕流:
マグマ破片やガス、石片などが混ざって500度以上の高温で黙々と地表に這い出す。
時速100kmとも言われる。
普賢岳では43名の命が奪われた。

➄泥流:
泥流(土石流)とは土砂が水とともに斜面を流れ出す現象で流域の岩石等を巻き込んで猛烈な破壊力で下流を襲う。
数十年も続く場合もあり大きな被害を及ぼす。
30代のころ読んだ三浦綾子の小説「泥流地帯」は十勝岳の噴火で起こった泥流がテーマで、苦しい開拓と貧困を乗り越え、真面目に生きる家族の姿に感動したことを思い出す。

我が家2階から富士山がよく見える。
こんな美しい富士山が噴火するなど考えたくないが、噴火は3年先か10年先か?30年秋か?
災害は必ず起こる。

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地震は耐震補強されていればある程度は安心だが、降灰は地域全体に等しく被害を及ぼす。

まず、自衛が大事だ。
国や市に期待するのはある程度時間がたってからだと思う。

となると自衛しかない。
まず、安全確保と食料の確保。
我が家2人はokだが子供や孫が心配。
啓蒙が大事だ。
スマホやパソコンでウハウハしている場合じゃない!
皆、決戦に備えよ!?
常日頃から準備している人は多いと思うが、年1~2回は再点検が必要。

本読んで少し暗くなってきた! 

暗いはずだ。梅雨で雲は厚く雨が降っている。
快晴になり明るくなることを期待しよう・・・! 

ところで、
我が家2階から見る富士山は絶景であるが、家が建つことになった。
もともと市街化調整地区なので、50年来開発とは無縁で昭和の景観を保っていたのだが、もともとあった借家が取り壊しになり、家が建つらしい。

すると、たぶん2階家だから眺望が一変するかもしれない。
我が家は少し高い位置にあるがどこまで見えなくなるか。
手前の山が半分以上隠れるだろう。
イヤ、ザンネン!!
手前の山までの距離感(空気感)が何とも言えなかったのに・・・

                             



# by yahhosaito | 2019-06-29 11:40 | 日々 | Comments(0)

空港ピアノ

2019年6月18日

最近のBS番組の中に「空港ピアノ」の言うのがある。
空港のロビーに置かれた1台のピアノ。世界中から訪れた人々が、思い思いに音を紡いでいく。
どんな曲をどんな思いで弾いたのか。定点カメラが見つめる。

日本にあるのかは不明だが世界の主要都市の空港に置かれているようだ。
ニューヨークだったりミネアポリスだったりロンドンだったりマルタ島だったり・・。
それぞれピアノ演奏に自信のある人・ない人が思い思いに弾いていく。
たぶん番組収録はあるレベルの力量の人を中心に放送していると思うがなかなか興味深い。

番組では演奏者のインタビュー?結果を字幕で紹介している。
その経歴やピアノにかかわった経緯などを短く紹介してくれるのだが、これがそれぞれの人生そのもので涙ものだ。
弾く人はさまざまで旅行中の夫婦、バカンスで訪れた恋人同士、卒業旅行の女学生、空港の職員や売店のおばさん、靴磨きの初老の人・・短いインタビューの中でそれぞれの人生が垣間見えるような気がする。

フライトが終わった操縦士はいつも仕事帰りにピアノをここで弾くのだそうだ。
彼はもともとセルビア人で母国でパイロット免許を取得したが内戦で母国を離れアメリカへ来た。
そこで再度免許を取ったが9.11で失業、やっと2年前に現在の航空会社に再就職。
いつもそばにピアノがあったという。

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                        写真;webサイトから

靴磨きの黒人男性は数年前まではキャバレーでバンドマンをしていたが失業し今は空港で靴を磨いている。
ピアノはなかなかの腕前。

5歳でアフガニスタンから移住してきた男性。
両親は清掃や建設業などを掛け持ちで働いて兄弟を育てた。
兄が50ドルでボロボロのピアノを買ってくれて14歳から独学でピアノを習った。
今でも楽譜は読めないらしいがリストの難曲ラ・カンパネラを見事に弾いた。
「学生ローンを組んで大学を卒業、親たちは大変な思いをして僕たちをよい仕事に就かせてくれた。
チャンスをくれたアメリカに感謝している。みんな時間を大切にしてよりよい人生を築く努力が必要だと思う」
と彼は言った。

アルコールや薬物依存の治療で各地を転々とした男性。
数年前にミネアポリスの施設に来た。
仕事の人間関係に悩み20代で依存症になり離婚と解雇で依存に拍車がかかった。
1年前に社会復帰し施設で知り合った彼女が心の支えになったという。

ピアノの先生、双子の姉妹、花屋の女主人・・・100人いれば100人の人生がピアノを通じてある。
それにしてもピアノが生活の一部になっている人自由に弾ける人の多さに驚いた。

自分はピアノを弾けない。
心のままにピアノが弾けたらどんないいかと思う。
我々の子供のころはピアノは贅沢品でピアノがある家庭は1クラスに数えるくらいだっただろう。
それが今では多くの家庭にある。
我が家も双子の娘たちが小学校に入るころに買った。
ちょうど物品税が廃止され消費税に移った直後だったので、15%(20%?)くらいあった物品税が3%の消費税で済んでかなり得したことを覚えている。

娘たちも10年くらいは習ったと思うが、今は結婚しピアノは実家に置いて行ったままだ。
たまに帰ってきたとき、ピアノの前に座ることはまずない。
やがて子育てが一段落したら弾いてくれると弾けないお父さんは思う。

ピアノに限らず何でもそうだが生の音にはどんな再生装置でもかなわない。
ハンマーが弦をたたく音はスピーカーのコーンから出る音とは別物だ。
我が家のピアノはいい音がすると調律師が褒めた。
次回も彼に頼もう!

魂の彷徨うがままにピアノが弾けたらどんなに良いかと思う。
かつてギターを少し習った。
禁じられた遊びを卒業しアルハンブラの思い出を少しかじった。
今は全く指が動かない。
でもたまに陶酔するがごとく弦を弾く姿を夢に見ることがある。
どこかに願望の潜在意識があるのかもしれない。

番組では同時に空港ピアノがある都市の紹介もしてくれる。
これがまた素晴らしい。
空港に集う旅行者とともに付近の都市の紹介されるが旅心を大いにくすぐられる。

空港にピアノを置こうと考えたのは誰の発想だろう。
Goodideaだと思う。自分も弾く才能があれば弾いてみたい。

ピアノと英語が話せる人を躊躇なく尊敬してしまう。
習うのが遅かったか!とこの年になって思う。
今からでも出来るかも知れない。でもfightが湧かない。チト情けない。

今はいい時代になった。
父母の時代とは違いやろうとすれば何でもできる。
しかし、平和で安寧の中にいるとハングリー精神が欠如し、チェレンジ精神が起きにくい。
(反骨?精神を蜂起させる)「ストレス」とはもしかしたらプラスイメージの言葉かもしれない。             








# by yahhosaito | 2019-06-18 06:41 | Comments(0)

高齢化

2019年6月7日。


最近思う。

「高齢化でこれから先、大変だな!」・・・

サラリーマンが地域の役をやるのは多くが現役世代を超えてから。
今までは60歳を過ぎてからが一般的だったが、最近は年金の支給がずれ込んでいるから定年延長で65歳くらいまではかなりの人が働く。
いや、65歳でなく、最近は70歳くらいまで仕事している人が半数近くいるらしい。

すると、役が出来るのは65~70歳を超えてから。

しかし、65~70歳という年齢はそれまで頑張って働いてきた人にとっては、やっと自由になれた時間、しかも、あと自由に楽しめる期間は5~10年だから、自分のために有効に使いたいと思う人が多いだろう。
もう、色々縛られてやるのは十分すぎるほどやってきた・・


確かに自分の周りを見ても、まったくのフリーでいる人は半分以下だ。
みな、週何回かは仕事に出て、お小遣い程度を稼いでくる。
週3回も出れば5~6万円も収入がある。おじいちゃん1か月のお小遣いとしては十分だ。
ゴルフだってテニスだって月2~3回は行けるだろう。
飲み会だって会社時代のように1回数千円もかからない。
送別会も歓迎会も殆どない。
地元の仲間で月数回飲むだけ。飲み代はかつての1/3以下だ。

という訳で、役を引き受ける人がいなくなった。

自治会長しかり、社協役員しかり、民生委員しかり・・・

地域や社会のために貢献しようという意識も減ってきたのだろうか。
いや、そのチャンスがないのか・・

仮に70歳から役を引き受けるとなった場合、せいぜい5年。
75歳になったらさすがに少ししんどいと思うかもしれない。
ただ、今の役員を見ていると75歳以上でも元気な人は役を立派にやっている。

中々辞めさせてくれないというのが本当のところかもしれないが、それでもこの頑張っている人だってあと数年すれば体力的にリタイアだろう。
その時に後任はいるのだろうか? 問題の先送りをしてはいないだろうか。

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我が地区では2年ごとに自治会長が替わる。
その人選にいつも一苦労だ。

仮に見つからないとすると、どうなるのだろう。
空席になったとき、自治会機能はどう維持するのだろうか。

無くなると何が困る?
ナニ困らない!?

回覧版が回らない。
盆踊りや運動会などの地域行事が成立しない。
ゴミ当番や地域清掃など地域協力が成り立たない。
何かあったとき対応するキーマンがいない・・・

そうなったとき、どうなるか。

回覧版はネットや業者のビラ入れで何とかしのげる。
ゴミや清掃などはその分高くなった税金を使って専門業者が行う。

すると、一番の問題は近隣との関係、コミュニケーション、普段のお付き合い、相互協力といったものだろう。

いや、今だって余りない所もある。
平日は夫婦共稼ぎで不在。たまの休みは外出でお隣さんとのお付き合いはほとんどなし。
地域と付き合うより趣味の仲間や気の合う者同士で付き合う。
なんだかこんな感じが増えてきた。

元気なうちはよいが、体の具合が悪くなった時は不安だ。
頼りになるこどもや親族が近くにいればいいが、これからは少子化などで近くにいるケースは少なくなってきた。
元気なうちはいいが人々は孤立し何かあったとき頼れるのは救急車と保険会社。
それでは困る。
やはり、頼りになるのは、遠くの親戚より近くのお隣さん。

高齢化で困っている事例、このほか色々ある。
農家は跡取りがいなく、田畑が耕作できない家庭が増えた。
今まではジジババが何とかしのいできたが、ジジババも80を過ぎ残ったのは跡取りの娘とその婿さん。
息子でもいればまだいいが、いても自宅でなくいるのは都会。
よって田畑は他人に耕作してもらっているのが現実だ。

そりゃそうだ。
第一、子供の数が1人や2人ではそうなるのは必須だ。
その内どうなるのだろう。

空き家になった家もとても増えた。
しかも空き家はなかなか売却できない。
我が家の近所でもそんな空き家が点在している。

まだまだ、問題はある。
8050どころか9060で困っている家庭もある。
気になる記事が新聞に多数出ている。

1億2000万人が1億を切ったらどうなるか?

地域が仲良くしていくことが一番。
役を引き受けてもらうしかない・・

アー、なんだか暗くなってきた。
雨だ。いよいよ梅雨か。
暗くなってきたわけだ。







# by yahhosaito | 2019-06-07 08:13 | 日々 | Comments(0)

身延サイク

2019年6月3日。


先日、日帰りで身延サイクに出かけた。

甲府から身延まで焼く50km。幾分下りだ。

厚木で合流し、そこから圏央道を甲府目指して走る。
約100km、7:45分に厚木を出て甲府に着いたのは8時半ごろ。
圏央道は意外と朝早くから混んでいた。

身延線の東花輪という駅前の駐車場に車を止め、そこから自転車を組み立てる。
厚木辺りは曇っていたが、花輪を出る9時にはすっかりいい天気になり太陽がさんさん。
気温は25度くらいで爽快だ。

R52はかなり交通量が多く、神経を使ったがマズマズは快適な走り。
遠くに南アルプスの雪景色が見えていい気分だ。

北イタリアの山岳部と言いたいところだが、少し絵が違う。

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左に富士川を見ながら快適に走る。
途中にハンコの街「六郷」というのがあり、丁度、博物館のようなものがあったので寄ってみる。

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象牙や水牛のハンコに混ざって竹のハンコがあって小さくてかわいかった。

ハンコは朱の朱肉というものがいい存在感を示していると改めて思った。
これが朱でなく紫だったりしたら、これまたハンコの印象がだいぶ違ったものだるなと思う。

カミサンが「絵手紙」をやっているので、描いた後「雅印」を押す。
この種の雅印が結構いい味を出す。
書の雅印もそうだ。
全体が引き締まり、グレードも1~2段上がったように見える。
そんなことを思いながら、ハンコ博物館を20分ほど眺める。

R52から少しわき道にそれ、のんびりと走る。
さすがに向井順吉の絵に出てくるような農村風景は無くなってしまったが、田や畑は相変わらず昔のままだ。
この辺りは田植えがすっかり終わり、一面に水をたたえていた。

身延山への上りは200m近くある。
それも結構な急坂。
やっとのことで登り切り、奥の院までは空中ケーブルで行くことにした。
さすがに地に足が付いていないとあまりいい気持ちはしないが、まあ、何十年も無事故出来ていると思うので身を任せていれば7~8分で山頂へ。

肝心の身延山寺院はほとんど見ずに奥の院だけで下山。

少々心残りだが、帰りの時間、身延駅発15:07特急に間に合わせた。
あっという間に東花輪の駅に着き、車に乗り換え帰途に。

帰りは精進湖経由。
高速は東名を一部使っただけで、8割がた一般道。
普通なら3000円近くかかるものが、850円で済んだ。

そこで思った。

少し遠くに行くとき、高速を使いすぎないか!?
確かに便利で速いが、時と場合によっては一般道もいいのではないか。

安い。
時間は地方なら高速1時間の所、1.3~1.5倍の時間で着く。
8時出発して10時につくところ、10時半か11時には着く。
高速はひたすら走るだけだが、一般道の下道は結構面白い発見がある。
これから下道もチョイスの一つだなと思った。

1年前、三春の滝桜を見に行った時、軽で名古屋から来ていた夫婦が下道出来ましたと言っていた。
途中で車中泊をしながら来たそうだ。
なるほど。
これも旅の楽しみかもしれない。

久々の自転車なので少々疲れた。
もう年も年。
あと何年乗れるのか。

運転免許返上のニュースがTVで流れている。
自転車はその点いいのだが・・・




# by yahhosaito | 2019-06-07 07:35 | 旅・サイクリング | Comments(0)

数独

2019年5月25日。

昨日、将棋の羽生善治九段が、通算勝利数1位タイとなった。
谷川浩司九段を下し、デビュー以来、1433勝となり、最後の大記録とも言われた故大山康晴十五世名人の最多勝記録に並んだ。

将棋は子供のころ多少やった程度で駒の動かし方ぐらいは知っているが、あまり勝ったためしがない。
囲碁も友人から立派な碁盤と碁石をもらったが、ほとんど使わずじまい。
少し勉強もしたが、よくわからず、自分に向いていないと思った。

そもそも、2~3手先は何とか読めるが、5手10手先など全く論理思考の中に浮かんでこない。

羽生九段はこどものころから論理的思考が得意で有り余る才能を発揮していたらしい。
TVの報道によると家族が解けなかった「数独」というゲームをあっという間に解いたそうだ。

「数独」?
何だこりゃ!?
魔法陣とは違うのか?
魔法陣はあるルールがあって得意だった。

じゃ、数独を試しにやってい見るかと、数独なるものをネットで調べると、分かった。

「空いているマスに1〜9のいずれかの数字を入れる。縦・横の各列及び、太線で囲まれた3×3のブロック内に同じ数字が複数入ってはいけない。」
というものだ。

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試しにやってみた。
かなかな!!

頭の体操になる。
認知症の予防にいいかもしれない。

上の赤枠の初級編は10分ほどあればなんとかできる。
下の黒枠は少々時間がかかるが20分ほどで完成した。

羽生さんはこれを3分くらいでやったそうだ。
初級編か中級編かは不明だが、それにしても天才はすごい!

赤枠の正解はこうだ。(たぶん)
一つひとつ慎重にやらないと、辻褄が合わなくなり、殆どやり直しで悲惨なことになる!

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# by yahhosaito | 2019-05-25 06:48 | 日々 | Comments(0)

大相撲夏場所

2019年5月24日。

先日大相撲夏場所の10日目に取り組みを見てきた。
相撲をじかに見るのは何十年ぶりか。
しかも、本場所を見るのは初めて。

ひょんなことから見に行こうという事になった。
桝席。4人。

シニア割りというのがあってこれだと3割以上安い。
ネットで申し込んだがあっさり抽選から漏れた。
どうも数が少ないらしい。
そこで正規に予約。
確か4万強した。結構高い。

桝席にはABCとあってAが一番土俵に近く土俵まで10m前後、B席は15~20m前後、C席は20~30mほどある。
溜席は土俵の一番近くで近い所は2m、遠い所でも7~8mだ。
ただ溜り席は飲み食いが出来ない。神聖な土俵と一体化している聖域という意味か!?

桝席は縦横1.3mの正方形に4人座る。
もちろん2人でも構わないが、値段は4人分だ。
1.3mとは狭すぎると思ったが、前に50cmほどの通路がありそこに足を投げ出せるから、思ったより窮屈ではない。
それに前後の各席は20cmほどの段差が付いているので視界はばっちり。
その段差の隙間に脱いだ靴や小物を格納できる。
我々はB席。土俵まで17、8mといったところか。

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何時に行くかで意見が分かれた。
狭い所にいるのは2時間が限度。4時ごろ行けばいいじゃん!
いや、前に見た人が午前中から行った方がいいよと言っていた。
確かにBSで見る相撲中継の午後一番辺りはガラ空きだ。
じゃ、なか取って14時ごろにしようか!

両国国技館には相撲博物館が併設されている。
ちゃんこのお店や相撲グッツ、賜杯の展示などなど見どころなども多い。
通用口?からは取り組みを控えた力士、取り組み終えた力士が入れ代わり立ち代わり出入りしている。
これを見るだけでも結構楽しい。

取り組みも近くで見るとなかなかだ。

あっという間に中入りになり、有名力士が次々と出てくる。
そして、結びの一番になり、弓取り式が終わったのが6時。

余り、事前に知識を持たずに行ったのが少し残念。
次回はよく勉強していこう。
午後一番には着きたい。
きっと数倍楽しいに違いない。

帰ってから新聞の相撲記事を見るのが楽しくなった。
今場所は横綱鶴竜か栃ノ心が大関に返り咲くか、平幕の朝乃山か・・


千秋楽にはトランプ大統領が観戦に来るという。
どこに座るのか?
貴賓席か?溜り席か?
大統領杯を授与するようなので、そうなると溜り席かも。

見てきたばかりなので、臨場感が伝わる。






# by yahhosaito | 2019-05-24 09:10 | 日々 | Comments(0)

平成から令和へ;パソコンの進化

2019年5月19日。

平成から令和に入って早19日。
当たり前だが特に変わったところはなし。
何時もの日々が継続している。

5月に入ってさすがに気候は爽やかで暑くもなく寒くもない日が続いている。
桜はとっくの昔に終わり、いつの間にかツツジも終わり近くになり、今はバラが真っ盛りといったところか。
我が家のつるバラも咲き出していい香りがする。

所で、終活の一環で身辺を整理していたら古いパソコンの宣伝資料のようなものが出てきた。
1991年/11月とあるので、ざっと今から30年近く前となる。
パンフには「’91年富士通電脳祭り」とある。
ウム!最近は「電脳」とはあまり言わない。(言わなくなった!)

パッと見て思うのは結構値段が高い。
パソコンは今の約2倍。
ワープロの宣伝もあるがこちらもいい値段だ。

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性能は詳しくは不明だが、おそらくCPU性のは1/10~1/100位だろう。
ただ、OSの負荷が軽いと思うので実質的には結構いい性能を出していたのかもしれない。

パソコンは価格が20万を切ってから急速に一般に普及した。
確かにこの宣伝にあるように30万40万するものはそう簡単には買えない。

我々が会社でパソコンを使い始めた1980年後半には3010ノート?が70万位した。
個人が使うにはとても無理だ。

40MBモデルは38万5千円とある。

今や100倍の4GBを通り越し1000倍の40GBも通り越し、10000倍の400GBは下位クラス。
上位クラスは2テラだと何と50000倍。(計算合ってるか!)

CPU性能ももしかしたら1000倍を超えるかも。

問題はその有り余る性能を何に使うかだ。

デジカメは精細度が上がって1枚が4~5MB使う。とすると先ほどの40MBマシンには10枚ほどしか格納できない。
動画を撮ればあっという間にギガ単位のメモリーを要する。

まあ、いいのか悪いのか。

先日の新聞に「シンギュラリティ」なる言葉が出ていて、コリャ何じゃ!と調べると、「人工知能が人間の知能を超える時」とあった。
2040~2045年くらいらしい。

確かにチェスや囲碁では人工知能が超えた。
また、同じ時期、「労働の半分はAIやロボットに代替可能」という観測もある。

30年前の広告を見ていると真実味を帯びてくる。
そんなことを思った。




# by yahhosaito | 2019-05-19 07:23 | 日々 | Comments(0)

湘南海岸

2019年4月25日。

朝方、霧雨のようなものが降っていたが、午後から陽が出てすがすがしい陽気になった。
急に江の島方面に出かけてくなり、2か月?振りくらいに空色の自転車を出した。

茅ケ崎から海岸沿いの自転車ロードをぶらぶらと漕ぎ出す。
平日なので人はあまり出ていないが、波がいい感じでサーファーが楽しんでいる。
気温は25度近くもあり、気分は初夏を通り過ぎて真夏に近い。

比較的空気も澄んでいて、遠くに大島、三浦半島も見える。
江の島は実にクッキリだ。
海を眺めながらぶらぶらいくのは結構気持ちがいい。
鼻歌を歌いながら、色々なことを考え、色々なことを思い出す。
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砂浜に浜昼顔が咲いている。淡いピンクが風に揺れている。
丸い形をした鮮やかな緑の葉っぱと淡いピンク。
遠くに江の島や三浦半島を見て、家族ずれや若者たちの楽しそうな風景。
湘南の一つの誇るべき風景かもしれない。
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柳島から西浜を通過し、浜須賀の陸橋までぶらぶらいっても30~40分。
やがて引地川を過ぎて江の島に入る。

江の島はさすがに観光地。
人が多い。
思い思いの格好で季節を楽しんでいるのはさすがにリゾート地か。
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ヨットハーバーでは工事の真っ最中だ。
2020年、ここでヨット競技が行われる。

1964年。東京オリンピック。
その時もここが会場になった。あれから50年以上もたつ。




# by yahhosaito | 2019-04-26 05:38 | 旅・サイクリング | Comments(0)

バラ窓

2019年4月25日。

もう10日もたつが、4月15日の夕方、パリのノートルダム寺院で大規模火災が発生した。
屋根の尖塔は崩落し、木材で骨格が作られていた屋根の 2⁄3 が焼失したという。
幸い、寺院に保管されていた文化財・美術品の一部は、消防士により運び出されるなどして焼失を免れたらしい。

それにしても、ゴシック建築の代表的建物であるノートルダム寺院はフランス国民ならずとも我々もショックが大きい。
おそらく世界遺産という事も含めると世界中の人の心の中で誇りと思っている建造物の中でも3本の指の中に入るのではと思う。

私たちがノートルダム寺院を訪れたのは昭和49年。
結婚して3年目、まだ子供はいなかった。新婚旅行に続いて2回目の海外だった。
知人からヨーロッパ旅行の安い企画があるので行かないかと誘いを受けた。
8日間で198,000円だった。
当時は給料が5万も言っていなかったと思うので給料の4か月分、今なら100万円位かも知れない。
まだ海外旅行が高かった時代。
一緒に行った仲間がSさんのご職業はドクター?と聞かれて悪い気はしなかったのを思い出す。

ノートルダム寺院での印象は精緻な石の彫刻とバラ窓だ。
以前からの愛読書だった串田孫一氏の随想の中に「バラ窓」というのがあって、ステンドクラスの窓が外からの光を受けて、燃えるバラの花のように輝くさまを言うというようなことが書いてあった。

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そんな予備知識があったので初めて見る寺院の巨大で荘厳なバラ窓にいたく感激した。
ガイドのお姉さんが数年前までは埃で汚れていた外壁や内装をドゴール大統領が「パリを綺麗にすべし!」と大号令をかけ、美しく蘇ったと誇らしげに説明したことを思い出す。

テレビで放映される火災映像に、眼を疑ったが、寺院は明らかに「石造り」ではなかったか!?
かつて見た記憶では全くの堅牢な石だったが、実は内部の骨組みは「木」なのだそうだ。
屋根もほとんどが木。すると万一火災になったとき、焚火で火を起こす際にホダ木を井桁に組む状態と酷似し、あっという間に大きな火になる。

そもそもゴシック建築とは何か?ネットの情報によると、形状的には、尖ったアーチ、飛び梁(むき出しの斜め柱?)、リブ・ヴォールト(かまぼこ型天井)などが特徴という。
ただ、建築の技術的特徴のみがゴシック建築を定義づけると考えられがちだが、ゴシック建築の本質は、これらのモチーフを含めた全体の美的効果のほうが重要だと言っている。(!?)
有名なゴシック建築はノートルダム寺院の他、ミラノのドゥオーモ、ケルン大聖堂、カンタベりー大聖堂など、枚挙にいとまがない。日本人はどちらかと言うとゴシック建築に弱いのではないかとも思う。石(建物)文化への憧れか、語感がいいのか!?・・・

マクロン大統領は再建を5年以内に行うと約束した。
現代の技術をもってすればたぶん可能だと思う。
建設当時は1163年に始まり完成まで200年ほどかかったといわれる。
日本では平安時代末期だ。
そんな時期によくこのような大建築を立てたものだと感心する。

設計は?高所作業の足場は?資材の運搬や切断、結合などはどうやったのだろう。
コンピューターや工作機械、建築機械がなかった時代、さぞかし難作業だったと思う。
奈良の大仏殿や五重の搭、アンコールワットの建物、ピラミッドや万里の長城も不思議だ。
大建造物を見ると、いつもそう思う。


今回の火災も当然、防火対策があった上で起こってしまったと思う。
二重三重に対策をしていてもそれをすり抜けて事故は起こる。
福島原発の事故も事故対策はされていたが起こってしまった。
元来、事故はそういうものだ。
ハインリッヒの法則によると、1つの重大事故の背後には29の軽微な事故があり、その背景には300の異常が存在するという。
日本も歴史的建造物が多い。姫路城や松本城、東照宮、奈良京都の寺院、各地に残る建物。
他山の石としなければならない。



# by yahhosaito | 2019-04-25 19:41 | 日々 | Comments(0)

米寿

2019年4月24日。

数日前、米寿の祝宴があった。

会社の元上司で、40数年前に仲人をお願いした。
その仲人をしていただいたメンバーを中心に20名強が集まった。

元上司のお祝いは傘寿の際も行ったのだが、今回は「夫婦同伴」という事で、「緊張」?が走った。
シワの数から着ていくものまで・・・

まあ、すべては杞憂なのだが、当日は初夏を思わせる素晴らしい天気のもとで、藤沢の某有名レストランで盛大に行われた。
仲人をしていただいた組は確か6組。
それも、同じ職場での話だから、前の職場、後の職場を加えると10組以上の仲人を行ってきたのかもしれない。

今回の6組は同じ職場の面々で、上司は我が職場に6年ほど在籍していた。
各奥様とお合いするのは殆ど初めて。
ほぼ同世代だから奥様も全員が同類項。安心した。

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少々問題は、スピーチがあること。
奥方を含めて、全員が1人2分ほどのスピーチを行った。
皆それぞれに、素晴らしいスピーチを披露し、さすが、元H社と思わせた。

かつて、H社には1分間スピーチなるものがあって、毎朝(週?)朝礼で全員持ち回りで1分間のスピーチを行ったものだ。
自分もそうだが、年数回?番が回ってくると、何を話すかと結構頭を悩ませた。
しかし、スピーチを聴く側は結構、新鮮な情報を得られた。
そうした経験が今になって生きてくる。

詳しい内容は忘れたが、岩手から来た女性Gさんの1分間スピーチが忘れられない。
就職して、故郷を離れ、神奈川県の当工場に勤務してきた時の心境や近況の話だったと思う。
彼女もたぶん還暦を超えたはずだ。

我々の職場は元上司の影響もあって、ファミリー意識が強く、最近まで4年に1回、OB会が開催された。
会には100名近い仲間が集まり、旧交を温めた。
我々の職場に数日でも在籍した総人数は700~800名と聞いている。
特に、創成期の昭和40~50年代のメンバーは仲間意識が強い。

60年代から平成に入ると、職場の再編や分業化、派遣などの社会情勢により、職場の仲間意識が少しづつ変わってきたように思う。

私は昭和63年に別の職場に移ったが、最近の職場の様子(雰囲気)はわからない。
パソコンやメールが発展し、隣同士もメールでやり取り、休暇届もスケジューラーに登録といった感じらしいが、昭和世代はやはり「音波」でやり取りするのが当たり前と思うが・・・
そういえば、電子職印なるものがあって、書類のハンコはいつも間にかスタンプに赤インクではなく、電子職印だったなあ・・

米寿の元上司はすこぶるお元気で、頭も聡明。持病はあるものの、そのうち白寿の案内が来るかもしれない。
夫婦ともども参加できるように、鍛えておかなくてはならない。





# by yahhosaito | 2019-04-24 13:23 | 日々 | Comments(0)

格安スマホはいいね!

2019年3月29日。

3500円から5000円、7500円経由、現在1250円。
ガラケーを持ったのが2000年少し前あたり。
本社に転勤になったときに、緊急連絡があるかもしれないので携帯を持参するように言われた。


D社の携帯で二つ折りのガラパゴス携帯。
アンテナが付いており、使うときは引き伸ばして使うのが何となく気分良かった。
確か月額の使用量3500円くらいかと思った。

会社では専用の固定電話があったが、それ以外に社内専用の携帯電話があった。移動先でも時々鳴ったが、まあ、結構便利に使った。
退社するときはデスクに置いて帰る。
自宅には持っていかないから、退社すれば会社との関係はそこで遮断される。
(今はそうもいかないらしい。自宅まで電話が入るとも聞いている。)

最初は折り畳み式の卵のような形をした携帯電話だったと思う。以降、ガラケーを数台、延べ20年ほど使い、数年前からスマホに替えた。
機能が豊富だが、使えこなせず、重いのとすぐに電池が切れるのと大きいのの三重苦で今まで来ている。
本当はガラケーで十分なのだが…

初めて使ったA社のスマホは月5000円ほどだった。
何でも他社乗り換えとかで2000円ほど割引があるのだという。
それを2~3年使うと、いきなり乗り換え割引が無くなり7500円くらいになった。

電話使いたい放題。
データ使用量も3GBとかで5000円に時代はそれなりに便利と思って使っていたが、7500円になるとさすがに高いと思った。
コマーシャルでは格安スマホが喧伝されている。乗り換えるか!?

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      ガラケーたぶん2代目   スマホはA社からY社になった

7500円になって1年ほどたち、契約切り替えはこの2か月以内にやらないと違約金を取られます。
結構勝手な契約だが、それを理解の上で契約結んだのだから、当然の契約履行だ。

そこで、切り替え期間の今月格安スマホを契約に行った。
Y社のスマホ。なんと月額1250円くらい。

まだ、請求が来ていないのでにわかには信じがたいが、契約がそうなっているのでたぶん間違いないと思う。

この違いは何なんだ!?

通話も普通にできるし、インタネットも普通につながる。
但し、電話はかけ放題でなく10分間がタダ。あとは有料。
そうならば、10分間で大概の通話は何とかなる。
10分すぎればかけ直せばいいだけの話。

7500円-1250円×12か月=75,000円

さて、この差額を何に使おうか。

それもさておき、何か少しおかしいくないか!?
ほとんど同じ機能がこんなに違うなんて信じられない。

たぶん、自分と同じように過剰機能で高いお金を払っているユーザーが結構いるのではないか?
ベビーユーザは別としても電話少々のユーザはこれで十分。

携帯会社は確か空前の利益を上げている。
多くの会社は利益は少なく出したほうが税金の関係でいいから、経費や積立金、準備金は限度いっぱいに積んでいると思う。
それでこの利益だ。

カミサンはD社で月5~6000円払っている。
使うのは携帯電話少々と若干のメール。
早く1250円コースにしなさい!

5000-1250×12=45000円
スイーツを毎年45000円
結構大きいね!
太るか!?
ナニ?別バラ!?

1250円も2年目からはその倍くらいになる。
それでも2500円くらい。
very good!



# by yahhosaito | 2019-03-29 21:22 | 日々 | Comments(0)

桜の季節

2019年3月25日。

桜が咲きだした。
土手の桜は3日ほど前に開花し、今日は0.5分から1分咲き。

昨年より少し遅いのか・・?不明。

数日前は異常に暖かったが、昨日一昨日と異常に寒く、一昨日は一時アラレのようなものが降り、昨日の朝は霜が降りていた。
そんな感じで桜も少し足踏みをしたようだが、今日は暖かくなる様子なので、開花も一気に進むだろう。

地元の桜まつりは4月7日だがまだ2週間弱あるので、だいぶ散っているかもしれない。
我が町内の花見会は1週間早め、3月31日とした。
雨さえ降らなければバッチリ!

ところが、意外と花見の時期は寒い日が多い。
快晴無風で暖かい日を望みたいものだ。
現役のころ、会社帰りに小田原城の花見に行ったものだが、いつも震えながら酒を酌み交わしたのを覚えている。

我が家の狭い庭も草花が咲きだした。

モミジはだいぶ葉っぱが開いてきた。
昨年のチューリップの球根を畑に植えたが、その一部を鉢に植え替えた。
これも今がちょうどいい。

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雪柳が白い小さな花をつけ、コデマリも近々咲き出すだろう。
春一番に咲くヤマブキの様な黄色の花は何というのだろう。
クリスマスローズやスイセンもきれいだ。
プランターに植えたスイトピーもあと一か月もすると咲き出すと思う。
春だ。やっぱり春は嬉しい。

なんでだろうね。
きっと、暖かいのは生命の危機感が薄れてくるからかもしれない。
暖かければ、食料さえあればなんとかなる。
そんな原始からのDNAが刷り込まれているからだろう。
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昨日は朝から土手の草刈りに駆り出され、夕方からは組長の引継式、今日はこれから桜まつりの掲示板設置だ。

そんなこんなで2019年もはや4か月目を迎えようとしている。

光陰矢の如し。
歳月人を待たず。
後は、すぐには思い浮かばない。
たぶん、比喩はゴマンとあるのだろう。



# by yahhosaito | 2019-03-25 07:20 | 地域 | Comments(0)

小学校の卒業式

2019年3月20日。

地元小学校の卒業式に出てきた。

昨年は中学校に出たが小学校は3~4年振りか。
中学校の卒業式はかなり淡々としてセレモニー的であまり面白みがないが小学校は結構感動する。

わが地元の小学校は3クラスで一クラス30人ほどだから、1学年で90名。
全校生徒だと90×6学年で540名という事になる。
まあ、結構な生徒数だ。
540名もいると少子化が嘘の様でもあるが、我々のころは6クラスあった。
しかもクラス50名だから、1学年は300名。
よって、全校生徒は1800名だった。(ハズだ!)

小学校はなぜ感動的か?
たぶん、自分の子供(孫)の映像とダブるのだからだと思う。

小さくてひとりで学校に行くのが大丈夫なのだろうか・・
勉強はついていけるのだろうか・・
仲間と上手くやっていけるのだろうか・・

雨の日も晴れの日も雪が降る寒い日もランドセル背負って学校に行く
そこでいろいろなことを学び、辛いこともあって少しずつ成長し、大きくなっていく。

そんな孫の様な子が目の前にいる。
そんな成長の課程が逐一想像可能であり、その最終形がある意味卒業式だ。

中学校になるとそうはいかない。
親が想像する生活を超えている。
だからあんまり実感が伴わない。

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演出も中々いい。
卒業生と在校生との掛け合いのお別れの言葉。
一人一人、しかもランダムに言葉をかけあう。

けなげだ。

しかもみんな上手い。

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通信簿5の子も3の子も1の子もいない。
みんなそれぞれに上手で感動的。

卒業生がピアノを弾き、在校生もピアノを弾く。
指揮する子、楽器を演奏する子、歌を歌う子・・

6年間でこんなに成長するのかと自分と比べて複雑な気持ちになる。

ちょうど1年前、新入生の教育支援として数日1年生のクラスに通った。
入学したばかりの子は結構手がかかった。
この先どうなるのかと思って見ていた子が、少しの期間で成長していく。

人間はすごい。
それぞれにいろいろな才能を持ち、いろいろな可能性がある。
大したものだ。

人類、たぶん数千年これの繰り返し。
火をおこし、和歌を詠み、俳句をひねり、建物を建造し、火薬を発明し、コンピューターをつくり、ネットの社会が広がっていく。

小学校の勉強が、学校という社会生活が「繰り返し」の基盤になっている。
卒業生を見ていると「ガンバレ!」
「社会はちょっと大変なこともあるけど、大変なことは自分のためになるからね!頑張んな!」と思っちゃうね!!



# by yahhosaito | 2019-03-20 21:14 | 地域 | Comments(0)

久々のカンツォーネ

2019年3月16日。

小田原地球博物館の年行事として、「ミューズ・フェスタ」というのがある。
1年半ほど前に辞めたサークルからお声がかかり、出演することになった。
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そのために、4回ほど練習がある。
そこで通った。
なんだかかつての日常を思い出した。
発声練習からレッスンまで。
2時間ほどの時間だ。

歌う曲はカンツォーネだけでなく日本の懐かしい歌もある。
全部で10数曲、時間にして1.5時間ほどを歌い続ける。

初めは、カンツォーネの曲から。
「チャオチャオバンビーナ」「帰れソレントへ」「サンタルチア」と誰でも知っている曲目。

続いては日本の曲から。
「エーデルワイス」「遠くへ行きたい」「オオシャンゼリゼ」「手のひらを太陽に」「どこかで春が」「お猿のかごや」「朧月夜」「たなばたさま」
もとい、エーデルワイスは映画サウンドオブミュージックの挿入曲だ。

そして、再びカンツォーネで、
「フニクリフニクラ」「オーソレミオ」

締めは、「今日の日はさようなら」で終了。

これが結構疲れる。
立ちっぱなしでの歌なので、足もつかれるが、大きな声を出してうたうという事はかなりのエネルギーを使う。

そこで思った。

プロの歌手が2時間ほどの公演で20曲ほど歌うとなると、相当の体力勝負だ。
しかも、昼の公演の後、夜も行うといった2部公演なんかはさぞかし大変だと思う。
我々は20数名の団体なので、多少手を抜いてもわからないが、ソロの歌手の場合はそうはいかない。

ましてや、風邪などひいて休むわけにも代役という訳にもいかないのでや、プレッシャーも相当なものだろう。
その点アマチュアは気が楽といったら怒られるかもしれない。

まあ、ギャラリーはイマイチだったが、楽しめた。
我々のは同じメロディを歌う「斉唱」だが、合唱で違うパートを合わせてハモッた時はさぞかし気分がいいだろうと想像する。

来年お誘いが来るかは??だが、年に1回くらいの歌は気持ちがいい。





# by yahhosaito | 2019-03-17 22:32 | コーラス | Comments(0)

詩とドキュメントによるダイアリー

2019年3月11日。

確か「詩とドキュメントによるダイアリー20才」というラジオ番組だったと思う。
吉永小百合が朗読するラジオドラマでたぶんNHKの製作。
戦後の混乱期から20歳になる過程をドラマ仕立ての朗読に仕立てて、なかなか感動的な内容だった。

20歳という企画だったから多分吉永小百合氏が20歳の時の今から50数年前のことだ。

なぜ、鮮明に覚えているかというと、どういう訳かこの番組を録音したのだ。
それを後日何回か聞くに及んであらすじを覚えてしまった。

その中にこういうのがあった。

『ころがりしカンカン帽を追うごとく ふるさとの道駆けて帰らん』

『とびやすき葡萄の汁で汚すなかれ 虐げられし少年の詩を』

・・・ツルゲーネフを初めて読む・・・。

吉永小百合氏はこの時の録音のことを覚えているだろうか?
探せばまだどこかに録音テープが残っているかもしれない。
だが、残念なことに見つかったとしても再生するデッキがない。
オープンデッキだから。
今はカセットテープかデジタルになってしまった。

挿入されている二つの短歌を短歌とは思わず、そのあとに出てくるツルゲーネフの小説の一節かと思っていた。
それが最近になって寺山修司の短歌と分かった。

なるほど・・

寺山修司は熱狂的なファンがいて存在感もかなりのものだったが、ファンというほどのこともなかった私は僅かに何かで多少の短歌を知っている程度だった。

『そら豆の殻一せいに鳴る夕 母につながるわれのソネット』

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この歌は20代か30代のころ、どこかで聞いた。
なかなかのものだと思った。

あれから40年。いや、50年。

寺山修司が亡くなって35年を超えた。
なんだか、彼の戯曲や短歌を読んでみたくなった。




# by yahhosaito | 2019-03-10 11:44 | 日々 | Comments(0)

8年目の3.11

2019年3月10日。

東日本大震災から8年。
あの日が嘘のように晴れ渡り、朝から15度もあって爽やかな朝だ。

我が家の3.11は被災地域の苦労からすると天と地の違いはあるが、記憶にとどめておくために書いてみる。

そもそも3月11日の14:46には厚木アクストという27階のこの付近では超高層ビルの3階にいた。
この3階には厚木市が主導するインキュベーションルームというのがあり、我々はその一角にオフィスを借り、新規ビジネスをやっていた。立ち上げから4年目くらいだったと思う。

その一角には数社のベンチャーが入っており、それぞれに事業をしていて、普段は電話の声くらいしか物音はしなかった。

14:46。ビルは静かに揺れだした。ゆっくりだった。一瞬天井を見上げるが、ぶら下がっている電球はなく、揺れを体で感じるほかは地震の判断材料はなかった。
ゆっくりと右に揺れ、左に揺れだした。

これは、少し大きい、いつもの揺れと違う。

隣にいた計測器開発ベンチャー企業の社長の奥さんが飛び出してきた。
すごいわね。大丈夫かしら。

部屋は出口は一つしかなく、万一に備え、ドアを開けに行く。
避難指示の放送はなかった。
電気はまだ点いていたように思う。揺れが収まり、とにかく外に出ようと階段で外に出た。

階段はビルの従業員で混雑していた。
27階から降りてくる人は大変だったろう。
27階から降りてくるのは結構大変だ。
この時も真っ暗で悲鳴が聞こえる程ではなかったので、おそらく電気はついていたのだろうと思う。
皆、言葉を発せず、家族や友人のことを思い、懸命に下に向かっていたのではないかと思う。

外の広場は人で埋まっていた。
1000名を越していたと思う。

事務所に戻り、とにかく帰宅することになった。
15:10頃だったと思う。

なんだかすごいことになっている様子。

車で帰宅したが、15:15頃、運転中にまた激しい揺れを感じいた。
車のハンドルをとられるような揺れで、減速し付近の電線を見ると大きく波を打っている。
電柱が倒れてきたらアウトだ。
直撃は免れたとしても、道をふさがれたら帰宅はできなくなる。

20分後家につくと停電。
TVでの情報確認は不可能だった。

ラジオで情報確認しつつ、地元の仲間に声をかけ、町内を確認に行くことにした。16:00ごろだったと思う。
自治会長I氏、防犯会長W氏と私。

初めに独居高齢者のお宅を10軒ほど。
そのあと、各家々を回った。
お怪我はありませんでしたか?被害はなかったですか?

皆不安で一軒での会話が少し長引いた。
10数件ほど回るとやがて暗くなってきた。

暗くなって停電の中、夜間の訪問はかえって不安感を増す。
全戸訪問はそこで諦め、自宅へ。

TV情報はなかったが、ラジオで東北地方が大変な状況になっていることを知る。
マスコミの報道は原発に焦点が移っていた。

夕食は何を作ったのだろう。
電気がなかったから調理はできない。
たぶん、薪ストーブがあったので、それで調理したのだろうと思う。
暖房もストーブで全く問題はなかった。

長女だけが嫁ぎ藤沢に住んでいた。
他は自宅からの通勤だったが、長男は某市役所で深夜まで地震対応。
次男は横浜に出張中。次女はバスか何かですぐに帰宅したのだと思う。

長男次男は夜になっても連絡が入らず、心配した。
携帯電話は通じない状況だった。
家の電話はfax機能付きのため電源が必要。停電だと使えない。

11時過ぎても連絡が入らない。
そこで気が付き、確かどこかに電源不要の電話機があったはずだと、押し入れの奥から探し出し、電話コードをジャックに繋ぐ。

すると1時間のしないうちに電話がかかってきた。
停電でも電話線だけなら使える。

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窮地を救った停電でも使えるold電話機

次男は横浜から戸塚まで20kmほどを革靴で歩いてきたらしい。

戸塚から藤沢までバスが動いており、藤沢まで来たという。
藤沢に長女の家があるのでそこで泊まらせてもらうと言っていた。

やがて長男と連絡が取れ、24時過ぎに市役所で解散指示が出たので帰宅するという。
帰る手段がないので迎えに来れないか。

じゃ、長男迎えに行くついでに次男のいる藤沢に行くと24時過ぎに家を出る。
24時を回っているのに国道1号線は家路につく人が黙々と下を向いて歩いている。
その数、途中、数百名。

藤沢から家に戻る途中、小高い銀河大橋から平塚方面を見ると漆黒の闇に自家発電か何かの明かりがポツンポツンと点いていたのが印象的で、改めてことの異常さに震撼とした。

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それからの経緯はマスコミなどで報道される通り。

津波と原発で日本中が揺れに揺れていた。
津波の想像を絶する凄さはまさに「言葉を失う」という例えの通り。キチンとコメントできなく、「あ~」「う~」「え~」といった言葉にならない絶叫の言葉が続く。

次の日からは電気も復旧し、マスコミからの状況伝わってきた。
特に原発は先が全く見えない不安に日本中が震撼した。
放射能やシーベルト、ベクレムといった聞きなれない言葉が余計に不安を増した。

風向きによっては都会にも莫大な被害が出るかもしれない。
2000万人が避難なんて言う最悪のシナリオも想定され、連日、政府やテレビの解説者が状態を解説する。

20数年前のチェルノブイリ原発の映像を思い出す。
ウクライナの農村風景の広がるチェルノブイリ。何か目に見えない病原菌が蔓延するような恐怖感。
そんなイメージを思って見てしまう。

あれから8年。
大きく復興したが大きな爪痕はまだまだこれからだ。

3年前に田老地区を訪れた時、ガイドしてくれたボランティアさんが、崩れた防潮堤の四角い800余個のギザギザは三陸沖地震で亡くなった人の墓標ではなかったか?と言っていたのを思い出す。




# by yahhosaito | 2019-03-10 09:44 | 日々 | Comments(0)

鎌倉方面

2019年3月6日。

3月5日は快晴。
気温も15度くらいとまずまずで、春霞のせいか富士山は少しぼんやりと霞がかっていた。

市役所に確定申告を出し、その足で藤沢から江の島通って鎌倉へ。
藤沢の新林公園に車を置かせてもらってそこからポタリング。

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新林公園の満開の梅林

新林公園の駐車場は50台くらい駐車できるが、平日のせいか停まっているのは1/3くらい。
施設を平準化して使うのは「難しい!」
(効率化論を突き詰めて平準化への一大発見するとノーベル賞ものか!?マ、無理だな。)
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稲村ケ崎を下って材木座海岸から逗子方面

引地川沿いに進み、江の島に出てそこからR134。
なんだか久しぶり。
海はキラキラと光り、空は真っ青。春到来という感じだ。
やっぱり春はいい。

横に江ノ電が走るこの辺りは観光的にも人気があるので結構人が出ている。

若い人が多い。カップルも多いが、意外と若い女性の二人ずれも多い。なぜだ!?

中には真っ赤な口紅に和服を着ている女性もいる。
最近、浅草や鎌倉あたりでも和服の女性を見かける。流行りか?

稲村ケ崎を過ぎて逗子方面や材木座海岸などを眺めるとなかなかいい風景だ。海の色は青く澄んでかなり綺麗なことが分かる。
段葛の桜は平成26年に植え替えたというからここを見るのは4~5年ぶりという事か。
なんだか頼りない細い桜が植えてある。
まあ、桜は成長が早いので10年もたてば、立派な木になると思う。

これもまた久々に「光則寺」に行ってみた。
梅が満開、入り口にあるソシンロウバイもまだは花を付けていた。
20数年前、鼻の手術をしたとき、治ったら光則寺の蠟梅の香りを楽しみに行こうと入院先のベットで切実に思ったことを思い出す。

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この右手に蠟梅あり

雪の下に会社の先輩のお宅があり、独身の頃、遊びに行ったことがある。
この辺りは昔からの家が多く、それも豪邸だ。
道はくねくねと細く曲がっているがそれが鎌倉らしいかもしれない。
有名な小説家の隣とかという話だった。

自転車だから小道もスイスイだ。

さらに奥の方に行くと、びっくりするような大邸宅もある。
どなたの住まいか。
どうでもいいが、いや、少し気になる。

色々と考えてしまう。

自転車はいろいろ考えることができるのがいい。
車じゃ、考えていたらアブナイ。

家族はどうなのか?跡継ぎ入るのか?(世間は少子高齢化であと次ぐ子供がいなく、空き家が増えた!)
こんな広い家で、近所付き合いはどうなのか?(広すぎてお隣さんと顔合わせ機会あるのかな?)
相続や税金はどうしているのか・・(余計なお世話だ!!)

昨日、たまたまこんな記事が載っていた。
ある有名な元アナウンサーの話。

7LDKの12億円の豪邸は光熱費が10万円/月、固定資産税が年間400万円以上とか・・

豪邸もいいがほどほどがイチバン。
我が家も7LDKだが、かつて8人が今は2人だけなので、1LDKあれば十分。
作業部屋と物置部屋を入れても3LDKあれば御の字だ。
それに、田舎だから固定資産税は数万円だろう。アナウンサーの1/100だ。

まあそれにしても、ビックリハウスが多い。

湘南海岸はそろそろロードバイクとツーリングバイクの季節になる。
久しぶりの鎌倉と久しぶりの足漕ぎ自転車。
リフレッシュしました。



# by yahhosaito | 2019-03-06 07:11 | 日々 | Comments(0)

フキノトウの天ぷら

2019年3月4日。

昨日はいい天気だったのに今日は朝から冷たい雨だ、
外の寒暖計は10度を指している。
大降りの雨ではないが、霧雨に近い雨。小ぬか雨か!?

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3月に入って幾分暖かくなった感じはあるがまだまだ。
庭の梅も咲きだして雨に打たれている。

4時を過ぎると心なしか少し暗くなって、ジャあアルコールタイムに突入するか・・・
と、肴を作り始める。

出かけたついでに寄った「わくわくランド」にあじの刺身。
フキノトウもあった。
畑の大根に釜揚げシラス。

これだけあれば我が家の居酒屋は十分。
少し早いが5時過ぎにドリンキングタイムに突入した。

お酒は350日くらいは飲むが家では沢山は飲まない。
多くても2合どまり。
殆どは日本酒1合だ。

早めに始めると夕飯まで時間があり、飲んでしまうから決して早くには始めない。
多くは夕飯の始まる30分前。
まあ、たまには例外もあるけどさ。

肴は10年ほど前から大概は自分で作る。
今日のメニューはフキノトウの天ぷら。
20個ほど作ったがさすがにそんなには食べられない。

作りたては特に旨い。
ほろ苦い春の味。
色合いも揚げ具合もナカナカ。

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あじの刺身は白味噌とお酢でたたいて「なめろう」にした。
紫蘇でも入れると香が良いのだが、あいにく買い忘れ。
美味。

そんなこんなで、周囲はすっかり暗くなった。
明日は晴れて暖かくいい天気だという。

鎌倉でも自転車で出かけて見るか。
なんか、「現役世代」には申し訳なくて・・・




# by yahhosaito | 2019-03-04 17:42 | 日々 | Comments(0)