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 湘南の田舎から日々雑感
by yahhosaito
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やぶ蚊

2019年7月19日。


今年の梅雨は梅雨らしい梅雨だ。
6月の下旬から今日に至るまでほとんどが曇りか雨で太陽の光を殆ど見ない。

お陰で涼しいと言えば涼しいのだが、ここまで天気がぐずついていると流石に少々めげる。

布団も1月近く干していない。
2階に寝ているので幾分1階よりは乾燥していると思うが、何だかサラッとしていなくイマイチだ。
きっとダニさんにはいい環境だろう!?
イヤ、マイッタ!!

あと数日すれば梅雨も明けて太陽サンサン・・
連日35度の世界も困る。
今日は25度だとTVが伝えている。
いきなり10度も上がったらさぞかし辛いだろう。

名古屋に行って2~3日畑を見ていなかったら、雑草がいっぱいだ。
ナスも鈴なりだったが辺りを草がびっちりとはびこっている。

草取りをするのだが「やぶ蚊」が多い。
特に雨上がりの後などは最悪。
草取りする際は携帯用の蚊取り線香を持参し、ダブル点火で炊くのだがしつこい蚊はそれでもやってくる。

蚊は何時から世界に存在するのだろうか?
前に何かでシベリヤの夏は蚊で悩まされるといったことを読んだ記憶がある。
シベリアに限らず、東南アジアでもアフリカでも多そうな気がする。

ツエツエフライとかハマダラ蚊などは病原菌を媒介すると昔勉強した。
たぶん、今でも蚊が蔓延しているのか・・・

我が家の玄関口も蚊が多い。
殺虫剤で時々シュ~とやるのだがその時だけで、あまり効き目はない。
そこで、最近はB~Puマットで対策することにした。
使っていた蚊取り線香の入れ物に機械を忍ばせ電源on。

ほのかな香りとともに殺虫エキス?が染み出し、殺す。
中々いいアイデアだ。
赤いパイロットランプが作動中を示す。
なかなか・・・

b0158170_06390976.jpg

but
もっとコロンブスの卵はないのか?

 ■刺されても痒くないクスリ・・・
 ■蚊を食べる蝶々の飼育・・・
 ■刺された皮膚から抽出する(高く売れる)特効薬原料・・・

我が家は「kinかん」が必需品だ。
ひと夏に大瓶2本は使う。
これに勝るものは今のところない。




# by yahhosaito | 2019-07-19 06:39 | 日々 | Comments(0)

中山道のある町

2019年7月18日。

久々、妻の実家、名古屋に行ってきた。
お墓参りと名古屋場所の観戦。

名古屋場所は5月の両国の夏場所に続いての観戦。
相撲は40~50年生で見たことないのに立て続けに見に行くとは思いもよらなかった。
名古屋場所は名古屋城の中にある愛知県体育館で行われる。
愛知県体育館は「ドルフィンアリーナ」という愛称がついている。
なんか、イマイチ!?

さすがに名城だけあって城の周囲は巨木に覆われ素晴らしい雰囲気。周囲の道路も片側5車線と広い。
古いお城と近代的なビルと木立がとてもマッチしている。

親戚何組かが集まったので総勢12名。桝席を4つ取ってくれた。
14時過ぎに席に座りやがて中入り後となり顔を覚えた力士が次々と取り組みをしている。

相撲の3~4時間は意外と早い。
狭い所に何時間も苦痛と思ったがそれが意外と早いのだ。
有名力士が次から次へと出てくるから時の経つのが早いのか?

b0158170_07324425.jpg

白鵬が負けた。
座布団が飛ぶ。
一瞬ためらったが飛ばした。

軽いからよく飛ぶ。
滅多にある機会ではない。
くるくると弧を書きながら10mほど空を舞った。

ホントはやってはいけない。危険だから。

マテ!
柔らかな100gにも満たない四角い物体がホントに危険か!?

滅多にない出来事に対するオマージュ。
賞賛と歓喜に対するビヘイビア!
盛り上がりと場の共有に対するプレゼンテーション!

いや、万一を考えれば、飛ばさないほうがいいかも。
ビールの紙コップに当たり、洋服がびしょびしょに!
ありうる!

終わった後、すぐ近くのホテルで全員で食事。
久々の邂逅で話も弾んだ。

翌日はお墓がある岐阜県恵那市に行った。

途中、妻の母親の実家に寄った。
すぐ近くを中山道が通る。

b0158170_07383348.jpg

道はうろ覚えだったが記憶を頼って何とか無事到着。
妻は何回か行ったことがあるが、私は初めて。
日本の原風景を彷彿させる良い所だった。

家の前に田んぼが広がり、その奥に小高い山。
秋には紅葉するという。
すると、春は新緑だ。
近くに小川が流れ、子供のころはメダカが沢山いたと妻が言った。


家を守っている夫婦も我々と同世代。
家は100年以上も前の古い家だが、近い将来、存続をどうするかが出てくるだろう。
日本中、同じ問題を抱えている。

それにしても、良い所だ。
時間があれば、中山道を少し歩いてみたかった。
また機会があるかもしれない。

東名から中央高速でぐるっと一周。
2日間で750kmは少しきつい。

高速ですれ違う遠距離ドライバーの大変さを思った。




# by yahhosaito | 2019-07-18 07:17 | 旅・サイクリング | Comments(0)

■富士山噴火と南海トラフ

2019年6月29日。

先日、藤沢のカルチャーの帰り、本屋で「富士山噴火と南海トラフ」という本を見つけ、早速読んでみた。
2019.5の発行の新書版だ。

富士山噴火のXデーは近いという。
特に、3.11以降いつ噴火してもおかしくない「スタンバイ状態」らしい。
また、3.11以降日本列島は今後数十年にわたって地震と噴火が止まない「大地変動の時代」に突入してしまったという。以降、ショッキングな話が並ぶ。

宝永噴火はマグマ排出量が富士山噴火史上2番目の大噴火だった。
本によれば、これと同規模の噴火が起きた場合、
①噴石被害:
死傷者13,600人。数cmから数mくらいの噴石が秒速100mくらいで飛んでくる。飛散距離は4~5㎞山麓の住民が被害にあう。

b0158170_11301831.jpg

②火山灰被害:
宝永噴火の際は火山灰と軽石が風に乗って東に飛散した。山麓では3m~1m、横浜で10cm、東京で5cm、10日以上も降り続いた。
火山灰といっても木や紙の灰とは違う。軽石や岩石が細かく砕かれたガラスの破片だ。
灰と呼んでいるのは、微細状で軽くて風に舞うから。
ガラスとは物質がきちんとした結晶構造を持たないものを言う。よって、結晶状よりもはるかに脆く割れると鋭い破片になる。

その被害は、屋根に積もると家が押しつぶされる。
特に雨が降ると灰にしみこみすごい重量になる。
水で流すと固まって始末に負えない。シャベルですくって袋に詰め他の場所に移すしかない。道路に積もった灰は下水道に入り配水管を詰まらせる。
水で流すと配水管を詰まらせる。
作物に積もると葉を枯らし生育しない。

フィリピンのピナツボ火山では噴火後大量の雨が降り多くの家が倒壊した。
風下にあった米軍クラーク基地は滑走路が全く使えなくなり他に移転を強いられた。
葉っぱについた灰は光合成を妨げ野山の草木は枯れ、農作物は壊滅状態だ。
火山灰が2cm積もると作物はほとんど枯れる。
稲の場合は0.5mmで1年間の収穫が不可能と言われている。
畜産でも牧草が枯れてしまうため配合飼料への転換が余儀なくされる。

ライフラインも致命的だ。
火力発電のガスタービンに灰が入ると設備が損傷する。
電線に灰が付着すると碍子から漏電し停電の恐れがある。
浄水場のろ過設備にもダメージを与える。
コンピュータも誤動作を起こす。
交通機関も大打撃を受ける。
1cm積もったら車は運転不可能になる。
飛行機も船舶も止まる。
エンジンの吸入口から児入り込んだ火山灰はエンジンの中に入り摂氏550度で溶け燃焼室から排気されると一気に冷え、固まって岩石になり、燃焼ガスの噴射ノズルをふさいでいく。
また、空は灰で覆われ暗くなる。

③溶岩流被害:
富士山からでる溶岩流は玄武岩質で粘度が低くさらさらしている。火山灰のように風に影響されず地形に影響される。11,000年前の噴火では愛鷹山はさんで東西に流れた。その長さは30km、幅は500~600mと言われている。三島駅を通り越し駿河湾まで流れた。
溶岩流は時間的余裕が少しあるので避難できる可能性が高い。
流れを爆薬を使って制御することもある程度可能なようだ。

④火砕流:
マグマ破片やガス、石片などが混ざって500度以上の高温で黙々と地表に這い出す。
時速100kmとも言われる。
普賢岳では43名の命が奪われた。

➄泥流:
泥流(土石流)とは土砂が水とともに斜面を流れ出す現象で流域の岩石等を巻き込んで猛烈な破壊力で下流を襲う。
数十年も続く場合もあり大きな被害を及ぼす。
30代のころ読んだ三浦綾子の小説「泥流地帯」は十勝岳の噴火で起こった泥流がテーマで、苦しい開拓と貧困を乗り越え、真面目に生きる家族の姿に感動したことを思い出す。

我が家2階から富士山がよく見える。
こんな美しい富士山が噴火するなど考えたくないが、噴火は3年先か10年先か?30年秋か?
災害は必ず起こる。

b0158170_11295897.jpg
地震は耐震補強されていればある程度は安心だが、降灰は地域全体に等しく被害を及ぼす。

まず、自衛が大事だ。
国や市に期待するのはある程度時間がたってからだと思う。

となると自衛しかない。
まず、安全確保と食料の確保。
我が家2人はokだが子供や孫が心配。
啓蒙が大事だ。
スマホやパソコンでウハウハしている場合じゃない!
皆、決戦に備えよ!?
常日頃から準備している人は多いと思うが、年1~2回は再点検が必要。

本読んで少し暗くなってきた! 

暗いはずだ。梅雨で雲は厚く雨が降っている。
快晴になり明るくなることを期待しよう・・・! 

ところで、
我が家2階から見る富士山は絶景であるが、家が建つことになった。
もともと市街化調整地区なので、50年来開発とは無縁で昭和の景観を保っていたのだが、もともとあった借家が取り壊しになり、家が建つらしい。

すると、たぶん2階家だから眺望が一変するかもしれない。
我が家は少し高い位置にあるがどこまで見えなくなるか。
手前の山が半分以上隠れるだろう。
イヤ、ザンネン!!
手前の山までの距離感(空気感)が何とも言えなかったのに・・・

                             



# by yahhosaito | 2019-06-29 11:40 | 日々 | Comments(0)

空港ピアノ

2019年6月18日

最近のBS番組の中に「空港ピアノ」の言うのがある。
空港のロビーに置かれた1台のピアノ。世界中から訪れた人々が、思い思いに音を紡いでいく。
どんな曲をどんな思いで弾いたのか。定点カメラが見つめる。

日本にあるのかは不明だが世界の主要都市の空港に置かれているようだ。
ニューヨークだったりミネアポリスだったりロンドンだったりマルタ島だったり・・。
それぞれピアノ演奏に自信のある人・ない人が思い思いに弾いていく。
たぶん番組収録はあるレベルの力量の人を中心に放送していると思うがなかなか興味深い。

番組では演奏者のインタビュー?結果を字幕で紹介している。
その経歴やピアノにかかわった経緯などを短く紹介してくれるのだが、これがそれぞれの人生そのもので涙ものだ。
弾く人はさまざまで旅行中の夫婦、バカンスで訪れた恋人同士、卒業旅行の女学生、空港の職員や売店のおばさん、靴磨きの初老の人・・短いインタビューの中でそれぞれの人生が垣間見えるような気がする。

フライトが終わった操縦士はいつも仕事帰りにピアノをここで弾くのだそうだ。
彼はもともとセルビア人で母国でパイロット免許を取得したが内戦で母国を離れアメリカへ来た。
そこで再度免許を取ったが9.11で失業、やっと2年前に現在の航空会社に再就職。
いつもそばにピアノがあったという。

b0158170_06274378.png
                        写真;webサイトから

靴磨きの黒人男性は数年前まではキャバレーでバンドマンをしていたが失業し今は空港で靴を磨いている。
ピアノはなかなかの腕前。

5歳でアフガニスタンから移住してきた男性。
両親は清掃や建設業などを掛け持ちで働いて兄弟を育てた。
兄が50ドルでボロボロのピアノを買ってくれて14歳から独学でピアノを習った。
今でも楽譜は読めないらしいがリストの難曲ラ・カンパネラを見事に弾いた。
「学生ローンを組んで大学を卒業、親たちは大変な思いをして僕たちをよい仕事に就かせてくれた。
チャンスをくれたアメリカに感謝している。みんな時間を大切にしてよりよい人生を築く努力が必要だと思う」
と彼は言った。

アルコールや薬物依存の治療で各地を転々とした男性。
数年前にミネアポリスの施設に来た。
仕事の人間関係に悩み20代で依存症になり離婚と解雇で依存に拍車がかかった。
1年前に社会復帰し施設で知り合った彼女が心の支えになったという。

ピアノの先生、双子の姉妹、花屋の女主人・・・100人いれば100人の人生がピアノを通じてある。
それにしてもピアノが生活の一部になっている人自由に弾ける人の多さに驚いた。

自分はピアノを弾けない。
心のままにピアノが弾けたらどんないいかと思う。
我々の子供のころはピアノは贅沢品でピアノがある家庭は1クラスに数えるくらいだっただろう。
それが今では多くの家庭にある。
我が家も双子の娘たちが小学校に入るころに買った。
ちょうど物品税が廃止され消費税に移った直後だったので、15%(20%?)くらいあった物品税が3%の消費税で済んでかなり得したことを覚えている。

娘たちも10年くらいは習ったと思うが、今は結婚しピアノは実家に置いて行ったままだ。
たまに帰ってきたとき、ピアノの前に座ることはまずない。
やがて子育てが一段落したら弾いてくれると弾けないお父さんは思う。

ピアノに限らず何でもそうだが生の音にはどんな再生装置でもかなわない。
ハンマーが弦をたたく音はスピーカーのコーンから出る音とは別物だ。
我が家のピアノはいい音がすると調律師が褒めた。
次回も彼に頼もう!

魂の彷徨うがままにピアノが弾けたらどんなに良いかと思う。
かつてギターを少し習った。
禁じられた遊びを卒業しアルハンブラの思い出を少しかじった。
今は全く指が動かない。
でもたまに陶酔するがごとく弦を弾く姿を夢に見ることがある。
どこかに願望の潜在意識があるのかもしれない。

番組では同時に空港ピアノがある都市の紹介もしてくれる。
これがまた素晴らしい。
空港に集う旅行者とともに付近の都市の紹介されるが旅心を大いにくすぐられる。

空港にピアノを置こうと考えたのは誰の発想だろう。
Goodideaだと思う。自分も弾く才能があれば弾いてみたい。

ピアノと英語が話せる人を躊躇なく尊敬してしまう。
習うのが遅かったか!とこの年になって思う。
今からでも出来るかも知れない。でもfightが湧かない。チト情けない。

今はいい時代になった。
父母の時代とは違いやろうとすれば何でもできる。
しかし、平和で安寧の中にいるとハングリー精神が欠如し、チェレンジ精神が起きにくい。
(反骨?精神を蜂起させる)「ストレス」とはもしかしたらプラスイメージの言葉かもしれない。             








# by yahhosaito | 2019-06-18 06:41 | Comments(0)

高齢化

2019年6月7日。


最近思う。

「高齢化でこれから先、大変だな!」・・・

サラリーマンが地域の役をやるのは多くが現役世代を超えてから。
今までは60歳を過ぎてからが一般的だったが、最近は年金の支給がずれ込んでいるから定年延長で65歳くらいまではかなりの人が働く。
いや、65歳でなく、最近は70歳くらいまで仕事している人が半数近くいるらしい。

すると、役が出来るのは65~70歳を超えてから。

しかし、65~70歳という年齢はそれまで頑張って働いてきた人にとっては、やっと自由になれた時間、しかも、あと自由に楽しめる期間は5~10年だから、自分のために有効に使いたいと思う人が多いだろう。
もう、色々縛られてやるのは十分すぎるほどやってきた・・


確かに自分の周りを見ても、まったくのフリーでいる人は半分以下だ。
みな、週何回かは仕事に出て、お小遣い程度を稼いでくる。
週3回も出れば5~6万円も収入がある。おじいちゃん1か月のお小遣いとしては十分だ。
ゴルフだってテニスだって月2~3回は行けるだろう。
飲み会だって会社時代のように1回数千円もかからない。
送別会も歓迎会も殆どない。
地元の仲間で月数回飲むだけ。飲み代はかつての1/3以下だ。

という訳で、役を引き受ける人がいなくなった。

自治会長しかり、社協役員しかり、民生委員しかり・・・

地域や社会のために貢献しようという意識も減ってきたのだろうか。
いや、そのチャンスがないのか・・

仮に70歳から役を引き受けるとなった場合、せいぜい5年。
75歳になったらさすがに少ししんどいと思うかもしれない。
ただ、今の役員を見ていると75歳以上でも元気な人は役を立派にやっている。

中々辞めさせてくれないというのが本当のところかもしれないが、それでもこの頑張っている人だってあと数年すれば体力的にリタイアだろう。
その時に後任はいるのだろうか? 問題の先送りをしてはいないだろうか。

b0158170_12195987.jpg

我が地区では2年ごとに自治会長が替わる。
その人選にいつも一苦労だ。

仮に見つからないとすると、どうなるのだろう。
空席になったとき、自治会機能はどう維持するのだろうか。

無くなると何が困る?
ナニ困らない!?

回覧版が回らない。
盆踊りや運動会などの地域行事が成立しない。
ゴミ当番や地域清掃など地域協力が成り立たない。
何かあったとき対応するキーマンがいない・・・

そうなったとき、どうなるか。

回覧版はネットや業者のビラ入れで何とかしのげる。
ゴミや清掃などはその分高くなった税金を使って専門業者が行う。

すると、一番の問題は近隣との関係、コミュニケーション、普段のお付き合い、相互協力といったものだろう。

いや、今だって余りない所もある。
平日は夫婦共稼ぎで不在。たまの休みは外出でお隣さんとのお付き合いはほとんどなし。
地域と付き合うより趣味の仲間や気の合う者同士で付き合う。
なんだかこんな感じが増えてきた。

元気なうちはよいが、体の具合が悪くなった時は不安だ。
頼りになるこどもや親族が近くにいればいいが、これからは少子化などで近くにいるケースは少なくなってきた。
元気なうちはいいが人々は孤立し何かあったとき頼れるのは救急車と保険会社。
それでは困る。
やはり、頼りになるのは、遠くの親戚より近くのお隣さん。

高齢化で困っている事例、このほか色々ある。
農家は跡取りがいなく、田畑が耕作できない家庭が増えた。
今まではジジババが何とかしのいできたが、ジジババも80を過ぎ残ったのは跡取りの娘とその婿さん。
息子でもいればまだいいが、いても自宅でなくいるのは都会。
よって田畑は他人に耕作してもらっているのが現実だ。

そりゃそうだ。
第一、子供の数が1人や2人ではそうなるのは必須だ。
その内どうなるのだろう。

空き家になった家もとても増えた。
しかも空き家はなかなか売却できない。
我が家の近所でもそんな空き家が点在している。

まだまだ、問題はある。
8050どころか9060で困っている家庭もある。
気になる記事が新聞に多数出ている。

1億2000万人が1億を切ったらどうなるか?

地域が仲良くしていくことが一番。
役を引き受けてもらうしかない・・

アー、なんだか暗くなってきた。
雨だ。いよいよ梅雨か。
暗くなってきたわけだ。







# by yahhosaito | 2019-06-07 08:13 | 日々 | Comments(0)

身延サイク

2019年6月3日。


先日、日帰りで身延サイクに出かけた。

甲府から身延まで焼く50km。幾分下りだ。

厚木で合流し、そこから圏央道を甲府目指して走る。
約100km、7:45分に厚木を出て甲府に着いたのは8時半ごろ。
圏央道は意外と朝早くから混んでいた。

身延線の東花輪という駅前の駐車場に車を止め、そこから自転車を組み立てる。
厚木辺りは曇っていたが、花輪を出る9時にはすっかりいい天気になり太陽がさんさん。
気温は25度くらいで爽快だ。

R52はかなり交通量が多く、神経を使ったがマズマズは快適な走り。
遠くに南アルプスの雪景色が見えていい気分だ。

北イタリアの山岳部と言いたいところだが、少し絵が違う。

b0158170_07280087.jpg

左に富士川を見ながら快適に走る。
途中にハンコの街「六郷」というのがあり、丁度、博物館のようなものがあったので寄ってみる。

b0158170_05555951.jpg
象牙や水牛のハンコに混ざって竹のハンコがあって小さくてかわいかった。

ハンコは朱の朱肉というものがいい存在感を示していると改めて思った。
これが朱でなく紫だったりしたら、これまたハンコの印象がだいぶ違ったものだるなと思う。

カミサンが「絵手紙」をやっているので、描いた後「雅印」を押す。
この種の雅印が結構いい味を出す。
書の雅印もそうだ。
全体が引き締まり、グレードも1~2段上がったように見える。
そんなことを思いながら、ハンコ博物館を20分ほど眺める。

R52から少しわき道にそれ、のんびりと走る。
さすがに向井順吉の絵に出てくるような農村風景は無くなってしまったが、田や畑は相変わらず昔のままだ。
この辺りは田植えがすっかり終わり、一面に水をたたえていた。

身延山への上りは200m近くある。
それも結構な急坂。
やっとのことで登り切り、奥の院までは空中ケーブルで行くことにした。
さすがに地に足が付いていないとあまりいい気持ちはしないが、まあ、何十年も無事故出来ていると思うので身を任せていれば7~8分で山頂へ。

肝心の身延山寺院はほとんど見ずに奥の院だけで下山。

少々心残りだが、帰りの時間、身延駅発15:07特急に間に合わせた。
あっという間に東花輪の駅に着き、車に乗り換え帰途に。

帰りは精進湖経由。
高速は東名を一部使っただけで、8割がた一般道。
普通なら3000円近くかかるものが、850円で済んだ。

そこで思った。

少し遠くに行くとき、高速を使いすぎないか!?
確かに便利で速いが、時と場合によっては一般道もいいのではないか。

安い。
時間は地方なら高速1時間の所、1.3~1.5倍の時間で着く。
8時出発して10時につくところ、10時半か11時には着く。
高速はひたすら走るだけだが、一般道の下道は結構面白い発見がある。
これから下道もチョイスの一つだなと思った。

1年前、三春の滝桜を見に行った時、軽で名古屋から来ていた夫婦が下道出来ましたと言っていた。
途中で車中泊をしながら来たそうだ。
なるほど。
これも旅の楽しみかもしれない。

久々の自転車なので少々疲れた。
もう年も年。
あと何年乗れるのか。

運転免許返上のニュースがTVで流れている。
自転車はその点いいのだが・・・




# by yahhosaito | 2019-06-07 07:35 | 旅・サイクリング | Comments(0)

数独

2019年5月25日。

昨日、将棋の羽生善治九段が、通算勝利数1位タイとなった。
谷川浩司九段を下し、デビュー以来、1433勝となり、最後の大記録とも言われた故大山康晴十五世名人の最多勝記録に並んだ。

将棋は子供のころ多少やった程度で駒の動かし方ぐらいは知っているが、あまり勝ったためしがない。
囲碁も友人から立派な碁盤と碁石をもらったが、ほとんど使わずじまい。
少し勉強もしたが、よくわからず、自分に向いていないと思った。

そもそも、2~3手先は何とか読めるが、5手10手先など全く論理思考の中に浮かんでこない。

羽生九段はこどものころから論理的思考が得意で有り余る才能を発揮していたらしい。
TVの報道によると家族が解けなかった「数独」というゲームをあっという間に解いたそうだ。

「数独」?
何だこりゃ!?
魔法陣とは違うのか?
魔法陣はあるルールがあって得意だった。

じゃ、数独を試しにやってい見るかと、数独なるものをネットで調べると、分かった。

「空いているマスに1〜9のいずれかの数字を入れる。縦・横の各列及び、太線で囲まれた3×3のブロック内に同じ数字が複数入ってはいけない。」
というものだ。

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試しにやってみた。
かなかな!!

頭の体操になる。
認知症の予防にいいかもしれない。

上の赤枠の初級編は10分ほどあればなんとかできる。
下の黒枠は少々時間がかかるが20分ほどで完成した。

羽生さんはこれを3分くらいでやったそうだ。
初級編か中級編かは不明だが、それにしても天才はすごい!

赤枠の正解はこうだ。(たぶん)
一つひとつ慎重にやらないと、辻褄が合わなくなり、殆どやり直しで悲惨なことになる!

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# by yahhosaito | 2019-05-25 06:48 | 日々 | Comments(0)

大相撲夏場所

2019年5月24日。

先日大相撲夏場所の10日目に取り組みを見てきた。
相撲をじかに見るのは何十年ぶりか。
しかも、本場所を見るのは初めて。

ひょんなことから見に行こうという事になった。
桝席。4人。

シニア割りというのがあってこれだと3割以上安い。
ネットで申し込んだがあっさり抽選から漏れた。
どうも数が少ないらしい。
そこで正規に予約。
確か4万強した。結構高い。

桝席にはABCとあってAが一番土俵に近く土俵まで10m前後、B席は15~20m前後、C席は20~30mほどある。
溜席は土俵の一番近くで近い所は2m、遠い所でも7~8mだ。
ただ溜り席は飲み食いが出来ない。神聖な土俵と一体化している聖域という意味か!?

桝席は縦横1.3mの正方形に4人座る。
もちろん2人でも構わないが、値段は4人分だ。
1.3mとは狭すぎると思ったが、前に50cmほどの通路がありそこに足を投げ出せるから、思ったより窮屈ではない。
それに前後の各席は20cmほどの段差が付いているので視界はばっちり。
その段差の隙間に脱いだ靴や小物を格納できる。
我々はB席。土俵まで17、8mといったところか。

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何時に行くかで意見が分かれた。
狭い所にいるのは2時間が限度。4時ごろ行けばいいじゃん!
いや、前に見た人が午前中から行った方がいいよと言っていた。
確かにBSで見る相撲中継の午後一番辺りはガラ空きだ。
じゃ、なか取って14時ごろにしようか!

両国国技館には相撲博物館が併設されている。
ちゃんこのお店や相撲グッツ、賜杯の展示などなど見どころなども多い。
通用口?からは取り組みを控えた力士、取り組み終えた力士が入れ代わり立ち代わり出入りしている。
これを見るだけでも結構楽しい。

取り組みも近くで見るとなかなかだ。

あっという間に中入りになり、有名力士が次々と出てくる。
そして、結びの一番になり、弓取り式が終わったのが6時。

余り、事前に知識を持たずに行ったのが少し残念。
次回はよく勉強していこう。
午後一番には着きたい。
きっと数倍楽しいに違いない。

帰ってから新聞の相撲記事を見るのが楽しくなった。
今場所は横綱鶴竜か栃ノ心が大関に返り咲くか、平幕の朝乃山か・・


千秋楽にはトランプ大統領が観戦に来るという。
どこに座るのか?
貴賓席か?溜り席か?
大統領杯を授与するようなので、そうなると溜り席かも。

見てきたばかりなので、臨場感が伝わる。






# by yahhosaito | 2019-05-24 09:10 | 日々 | Comments(0)

平成から令和へ;パソコンの進化

2019年5月19日。

平成から令和に入って早19日。
当たり前だが特に変わったところはなし。
何時もの日々が継続している。

5月に入ってさすがに気候は爽やかで暑くもなく寒くもない日が続いている。
桜はとっくの昔に終わり、いつの間にかツツジも終わり近くになり、今はバラが真っ盛りといったところか。
我が家のつるバラも咲き出していい香りがする。

所で、終活の一環で身辺を整理していたら古いパソコンの宣伝資料のようなものが出てきた。
1991年/11月とあるので、ざっと今から30年近く前となる。
パンフには「’91年富士通電脳祭り」とある。
ウム!最近は「電脳」とはあまり言わない。(言わなくなった!)

パッと見て思うのは結構値段が高い。
パソコンは今の約2倍。
ワープロの宣伝もあるがこちらもいい値段だ。

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性能は詳しくは不明だが、おそらくCPU性のは1/10~1/100位だろう。
ただ、OSの負荷が軽いと思うので実質的には結構いい性能を出していたのかもしれない。

パソコンは価格が20万を切ってから急速に一般に普及した。
確かにこの宣伝にあるように30万40万するものはそう簡単には買えない。

我々が会社でパソコンを使い始めた1980年後半には3010ノート?が70万位した。
個人が使うにはとても無理だ。

40MBモデルは38万5千円とある。

今や100倍の4GBを通り越し1000倍の40GBも通り越し、10000倍の400GBは下位クラス。
上位クラスは2テラだと何と50000倍。(計算合ってるか!)

CPU性能ももしかしたら1000倍を超えるかも。

問題はその有り余る性能を何に使うかだ。

デジカメは精細度が上がって1枚が4~5MB使う。とすると先ほどの40MBマシンには10枚ほどしか格納できない。
動画を撮ればあっという間にギガ単位のメモリーを要する。

まあ、いいのか悪いのか。

先日の新聞に「シンギュラリティ」なる言葉が出ていて、コリャ何じゃ!と調べると、「人工知能が人間の知能を超える時」とあった。
2040~2045年くらいらしい。

確かにチェスや囲碁では人工知能が超えた。
また、同じ時期、「労働の半分はAIやロボットに代替可能」という観測もある。

30年前の広告を見ていると真実味を帯びてくる。
そんなことを思った。




# by yahhosaito | 2019-05-19 07:23 | 日々 | Comments(0)

湘南海岸

2019年4月25日。

朝方、霧雨のようなものが降っていたが、午後から陽が出てすがすがしい陽気になった。
急に江の島方面に出かけてくなり、2か月?振りくらいに空色の自転車を出した。

茅ケ崎から海岸沿いの自転車ロードをぶらぶらと漕ぎ出す。
平日なので人はあまり出ていないが、波がいい感じでサーファーが楽しんでいる。
気温は25度近くもあり、気分は初夏を通り過ぎて真夏に近い。

比較的空気も澄んでいて、遠くに大島、三浦半島も見える。
江の島は実にクッキリだ。
海を眺めながらぶらぶらいくのは結構気持ちがいい。
鼻歌を歌いながら、色々なことを考え、色々なことを思い出す。
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砂浜に浜昼顔が咲いている。淡いピンクが風に揺れている。
丸い形をした鮮やかな緑の葉っぱと淡いピンク。
遠くに江の島や三浦半島を見て、家族ずれや若者たちの楽しそうな風景。
湘南の一つの誇るべき風景かもしれない。
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柳島から西浜を通過し、浜須賀の陸橋までぶらぶらいっても30~40分。
やがて引地川を過ぎて江の島に入る。

江の島はさすがに観光地。
人が多い。
思い思いの格好で季節を楽しんでいるのはさすがにリゾート地か。
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ヨットハーバーでは工事の真っ最中だ。
2020年、ここでヨット競技が行われる。

1964年。東京オリンピック。
その時もここが会場になった。あれから50年以上もたつ。




# by yahhosaito | 2019-04-26 05:38 | 旅・サイクリング | Comments(0)

バラ窓

2019年4月25日。

もう10日もたつが、4月15日の夕方、パリのノートルダム寺院で大規模火災が発生した。
屋根の尖塔は崩落し、木材で骨格が作られていた屋根の 2⁄3 が焼失したという。
幸い、寺院に保管されていた文化財・美術品の一部は、消防士により運び出されるなどして焼失を免れたらしい。

それにしても、ゴシック建築の代表的建物であるノートルダム寺院はフランス国民ならずとも我々もショックが大きい。
おそらく世界遺産という事も含めると世界中の人の心の中で誇りと思っている建造物の中でも3本の指の中に入るのではと思う。

私たちがノートルダム寺院を訪れたのは昭和49年。
結婚して3年目、まだ子供はいなかった。新婚旅行に続いて2回目の海外だった。
知人からヨーロッパ旅行の安い企画があるので行かないかと誘いを受けた。
8日間で198,000円だった。
当時は給料が5万も言っていなかったと思うので給料の4か月分、今なら100万円位かも知れない。
まだ海外旅行が高かった時代。
一緒に行った仲間がSさんのご職業はドクター?と聞かれて悪い気はしなかったのを思い出す。

ノートルダム寺院での印象は精緻な石の彫刻とバラ窓だ。
以前からの愛読書だった串田孫一氏の随想の中に「バラ窓」というのがあって、ステンドクラスの窓が外からの光を受けて、燃えるバラの花のように輝くさまを言うというようなことが書いてあった。

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そんな予備知識があったので初めて見る寺院の巨大で荘厳なバラ窓にいたく感激した。
ガイドのお姉さんが数年前までは埃で汚れていた外壁や内装をドゴール大統領が「パリを綺麗にすべし!」と大号令をかけ、美しく蘇ったと誇らしげに説明したことを思い出す。

テレビで放映される火災映像に、眼を疑ったが、寺院は明らかに「石造り」ではなかったか!?
かつて見た記憶では全くの堅牢な石だったが、実は内部の骨組みは「木」なのだそうだ。
屋根もほとんどが木。すると万一火災になったとき、焚火で火を起こす際にホダ木を井桁に組む状態と酷似し、あっという間に大きな火になる。

そもそもゴシック建築とは何か?ネットの情報によると、形状的には、尖ったアーチ、飛び梁(むき出しの斜め柱?)、リブ・ヴォールト(かまぼこ型天井)などが特徴という。
ただ、建築の技術的特徴のみがゴシック建築を定義づけると考えられがちだが、ゴシック建築の本質は、これらのモチーフを含めた全体の美的効果のほうが重要だと言っている。(!?)
有名なゴシック建築はノートルダム寺院の他、ミラノのドゥオーモ、ケルン大聖堂、カンタベりー大聖堂など、枚挙にいとまがない。日本人はどちらかと言うとゴシック建築に弱いのではないかとも思う。石(建物)文化への憧れか、語感がいいのか!?・・・

マクロン大統領は再建を5年以内に行うと約束した。
現代の技術をもってすればたぶん可能だと思う。
建設当時は1163年に始まり完成まで200年ほどかかったといわれる。
日本では平安時代末期だ。
そんな時期によくこのような大建築を立てたものだと感心する。

設計は?高所作業の足場は?資材の運搬や切断、結合などはどうやったのだろう。
コンピューターや工作機械、建築機械がなかった時代、さぞかし難作業だったと思う。
奈良の大仏殿や五重の搭、アンコールワットの建物、ピラミッドや万里の長城も不思議だ。
大建造物を見ると、いつもそう思う。


今回の火災も当然、防火対策があった上で起こってしまったと思う。
二重三重に対策をしていてもそれをすり抜けて事故は起こる。
福島原発の事故も事故対策はされていたが起こってしまった。
元来、事故はそういうものだ。
ハインリッヒの法則によると、1つの重大事故の背後には29の軽微な事故があり、その背景には300の異常が存在するという。
日本も歴史的建造物が多い。姫路城や松本城、東照宮、奈良京都の寺院、各地に残る建物。
他山の石としなければならない。



# by yahhosaito | 2019-04-25 19:41 | 日々 | Comments(0)

米寿

2019年4月24日。

数日前、米寿の祝宴があった。

会社の元上司で、40数年前に仲人をお願いした。
その仲人をしていただいたメンバーを中心に20名強が集まった。

元上司のお祝いは傘寿の際も行ったのだが、今回は「夫婦同伴」という事で、「緊張」?が走った。
シワの数から着ていくものまで・・・

まあ、すべては杞憂なのだが、当日は初夏を思わせる素晴らしい天気のもとで、藤沢の某有名レストランで盛大に行われた。
仲人をしていただいた組は確か6組。
それも、同じ職場での話だから、前の職場、後の職場を加えると10組以上の仲人を行ってきたのかもしれない。

今回の6組は同じ職場の面々で、上司は我が職場に6年ほど在籍していた。
各奥様とお合いするのは殆ど初めて。
ほぼ同世代だから奥様も全員が同類項。安心した。

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少々問題は、スピーチがあること。
奥方を含めて、全員が1人2分ほどのスピーチを行った。
皆それぞれに、素晴らしいスピーチを披露し、さすが、元H社と思わせた。

かつて、H社には1分間スピーチなるものがあって、毎朝(週?)朝礼で全員持ち回りで1分間のスピーチを行ったものだ。
自分もそうだが、年数回?番が回ってくると、何を話すかと結構頭を悩ませた。
しかし、スピーチを聴く側は結構、新鮮な情報を得られた。
そうした経験が今になって生きてくる。

詳しい内容は忘れたが、岩手から来た女性Gさんの1分間スピーチが忘れられない。
就職して、故郷を離れ、神奈川県の当工場に勤務してきた時の心境や近況の話だったと思う。
彼女もたぶん還暦を超えたはずだ。

我々の職場は元上司の影響もあって、ファミリー意識が強く、最近まで4年に1回、OB会が開催された。
会には100名近い仲間が集まり、旧交を温めた。
我々の職場に数日でも在籍した総人数は700~800名と聞いている。
特に、創成期の昭和40~50年代のメンバーは仲間意識が強い。

60年代から平成に入ると、職場の再編や分業化、派遣などの社会情勢により、職場の仲間意識が少しづつ変わってきたように思う。

私は昭和63年に別の職場に移ったが、最近の職場の様子(雰囲気)はわからない。
パソコンやメールが発展し、隣同士もメールでやり取り、休暇届もスケジューラーに登録といった感じらしいが、昭和世代はやはり「音波」でやり取りするのが当たり前と思うが・・・
そういえば、電子職印なるものがあって、書類のハンコはいつも間にかスタンプに赤インクではなく、電子職印だったなあ・・

米寿の元上司はすこぶるお元気で、頭も聡明。持病はあるものの、そのうち白寿の案内が来るかもしれない。
夫婦ともども参加できるように、鍛えておかなくてはならない。





# by yahhosaito | 2019-04-24 13:23 | 日々 | Comments(0)

格安スマホはいいね!

2019年3月29日。

3500円から5000円、7500円経由、現在1250円。
ガラケーを持ったのが2000年少し前あたり。
本社に転勤になったときに、緊急連絡があるかもしれないので携帯を持参するように言われた。


D社の携帯で二つ折りのガラパゴス携帯。
アンテナが付いており、使うときは引き伸ばして使うのが何となく気分良かった。
確か月額の使用量3500円くらいかと思った。

会社では専用の固定電話があったが、それ以外に社内専用の携帯電話があった。移動先でも時々鳴ったが、まあ、結構便利に使った。
退社するときはデスクに置いて帰る。
自宅には持っていかないから、退社すれば会社との関係はそこで遮断される。
(今はそうもいかないらしい。自宅まで電話が入るとも聞いている。)

最初は折り畳み式の卵のような形をした携帯電話だったと思う。以降、ガラケーを数台、延べ20年ほど使い、数年前からスマホに替えた。
機能が豊富だが、使えこなせず、重いのとすぐに電池が切れるのと大きいのの三重苦で今まで来ている。
本当はガラケーで十分なのだが…

初めて使ったA社のスマホは月5000円ほどだった。
何でも他社乗り換えとかで2000円ほど割引があるのだという。
それを2~3年使うと、いきなり乗り換え割引が無くなり7500円くらいになった。

電話使いたい放題。
データ使用量も3GBとかで5000円に時代はそれなりに便利と思って使っていたが、7500円になるとさすがに高いと思った。
コマーシャルでは格安スマホが喧伝されている。乗り換えるか!?

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      ガラケーたぶん2代目   スマホはA社からY社になった

7500円になって1年ほどたち、契約切り替えはこの2か月以内にやらないと違約金を取られます。
結構勝手な契約だが、それを理解の上で契約結んだのだから、当然の契約履行だ。

そこで、切り替え期間の今月格安スマホを契約に行った。
Y社のスマホ。なんと月額1250円くらい。

まだ、請求が来ていないのでにわかには信じがたいが、契約がそうなっているのでたぶん間違いないと思う。

この違いは何なんだ!?

通話も普通にできるし、インタネットも普通につながる。
但し、電話はかけ放題でなく10分間がタダ。あとは有料。
そうならば、10分間で大概の通話は何とかなる。
10分すぎればかけ直せばいいだけの話。

7500円-1250円×12か月=75,000円

さて、この差額を何に使おうか。

それもさておき、何か少しおかしいくないか!?
ほとんど同じ機能がこんなに違うなんて信じられない。

たぶん、自分と同じように過剰機能で高いお金を払っているユーザーが結構いるのではないか?
ベビーユーザは別としても電話少々のユーザはこれで十分。

携帯会社は確か空前の利益を上げている。
多くの会社は利益は少なく出したほうが税金の関係でいいから、経費や積立金、準備金は限度いっぱいに積んでいると思う。
それでこの利益だ。

カミサンはD社で月5~6000円払っている。
使うのは携帯電話少々と若干のメール。
早く1250円コースにしなさい!

5000-1250×12=45000円
スイーツを毎年45000円
結構大きいね!
太るか!?
ナニ?別バラ!?

1250円も2年目からはその倍くらいになる。
それでも2500円くらい。
very good!



# by yahhosaito | 2019-03-29 21:22 | 日々 | Comments(0)

桜の季節

2019年3月25日。

桜が咲きだした。
土手の桜は3日ほど前に開花し、今日は0.5分から1分咲き。

昨年より少し遅いのか・・?不明。

数日前は異常に暖かったが、昨日一昨日と異常に寒く、一昨日は一時アラレのようなものが降り、昨日の朝は霜が降りていた。
そんな感じで桜も少し足踏みをしたようだが、今日は暖かくなる様子なので、開花も一気に進むだろう。

地元の桜まつりは4月7日だがまだ2週間弱あるので、だいぶ散っているかもしれない。
我が町内の花見会は1週間早め、3月31日とした。
雨さえ降らなければバッチリ!

ところが、意外と花見の時期は寒い日が多い。
快晴無風で暖かい日を望みたいものだ。
現役のころ、会社帰りに小田原城の花見に行ったものだが、いつも震えながら酒を酌み交わしたのを覚えている。

我が家の狭い庭も草花が咲きだした。

モミジはだいぶ葉っぱが開いてきた。
昨年のチューリップの球根を畑に植えたが、その一部を鉢に植え替えた。
これも今がちょうどいい。

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雪柳が白い小さな花をつけ、コデマリも近々咲き出すだろう。
春一番に咲くヤマブキの様な黄色の花は何というのだろう。
クリスマスローズやスイセンもきれいだ。
プランターに植えたスイトピーもあと一か月もすると咲き出すと思う。
春だ。やっぱり春は嬉しい。

なんでだろうね。
きっと、暖かいのは生命の危機感が薄れてくるからかもしれない。
暖かければ、食料さえあればなんとかなる。
そんな原始からのDNAが刷り込まれているからだろう。
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昨日は朝から土手の草刈りに駆り出され、夕方からは組長の引継式、今日はこれから桜まつりの掲示板設置だ。

そんなこんなで2019年もはや4か月目を迎えようとしている。

光陰矢の如し。
歳月人を待たず。
後は、すぐには思い浮かばない。
たぶん、比喩はゴマンとあるのだろう。



# by yahhosaito | 2019-03-25 07:20 | 地域 | Comments(0)

小学校の卒業式

2019年3月20日。

地元小学校の卒業式に出てきた。

昨年は中学校に出たが小学校は3~4年振りか。
中学校の卒業式はかなり淡々としてセレモニー的であまり面白みがないが小学校は結構感動する。

わが地元の小学校は3クラスで一クラス30人ほどだから、1学年で90名。
全校生徒だと90×6学年で540名という事になる。
まあ、結構な生徒数だ。
540名もいると少子化が嘘の様でもあるが、我々のころは6クラスあった。
しかもクラス50名だから、1学年は300名。
よって、全校生徒は1800名だった。(ハズだ!)

小学校はなぜ感動的か?
たぶん、自分の子供(孫)の映像とダブるのだからだと思う。

小さくてひとりで学校に行くのが大丈夫なのだろうか・・
勉強はついていけるのだろうか・・
仲間と上手くやっていけるのだろうか・・

雨の日も晴れの日も雪が降る寒い日もランドセル背負って学校に行く
そこでいろいろなことを学び、辛いこともあって少しずつ成長し、大きくなっていく。

そんな孫の様な子が目の前にいる。
そんな成長の課程が逐一想像可能であり、その最終形がある意味卒業式だ。

中学校になるとそうはいかない。
親が想像する生活を超えている。
だからあんまり実感が伴わない。

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演出も中々いい。
卒業生と在校生との掛け合いのお別れの言葉。
一人一人、しかもランダムに言葉をかけあう。

けなげだ。

しかもみんな上手い。

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通信簿5の子も3の子も1の子もいない。
みんなそれぞれに上手で感動的。

卒業生がピアノを弾き、在校生もピアノを弾く。
指揮する子、楽器を演奏する子、歌を歌う子・・

6年間でこんなに成長するのかと自分と比べて複雑な気持ちになる。

ちょうど1年前、新入生の教育支援として数日1年生のクラスに通った。
入学したばかりの子は結構手がかかった。
この先どうなるのかと思って見ていた子が、少しの期間で成長していく。

人間はすごい。
それぞれにいろいろな才能を持ち、いろいろな可能性がある。
大したものだ。

人類、たぶん数千年これの繰り返し。
火をおこし、和歌を詠み、俳句をひねり、建物を建造し、火薬を発明し、コンピューターをつくり、ネットの社会が広がっていく。

小学校の勉強が、学校という社会生活が「繰り返し」の基盤になっている。
卒業生を見ていると「ガンバレ!」
「社会はちょっと大変なこともあるけど、大変なことは自分のためになるからね!頑張んな!」と思っちゃうね!!



# by yahhosaito | 2019-03-20 21:14 | 地域 | Comments(0)

久々のカンツォーネ

2019年3月16日。

小田原地球博物館の年行事として、「ミューズ・フェスタ」というのがある。
1年半ほど前に辞めたサークルからお声がかかり、出演することになった。
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そのために、4回ほど練習がある。
そこで通った。
なんだかかつての日常を思い出した。
発声練習からレッスンまで。
2時間ほどの時間だ。

歌う曲はカンツォーネだけでなく日本の懐かしい歌もある。
全部で10数曲、時間にして1.5時間ほどを歌い続ける。

初めは、カンツォーネの曲から。
「チャオチャオバンビーナ」「帰れソレントへ」「サンタルチア」と誰でも知っている曲目。

続いては日本の曲から。
「エーデルワイス」「遠くへ行きたい」「オオシャンゼリゼ」「手のひらを太陽に」「どこかで春が」「お猿のかごや」「朧月夜」「たなばたさま」
もとい、エーデルワイスは映画サウンドオブミュージックの挿入曲だ。

そして、再びカンツォーネで、
「フニクリフニクラ」「オーソレミオ」

締めは、「今日の日はさようなら」で終了。

これが結構疲れる。
立ちっぱなしでの歌なので、足もつかれるが、大きな声を出してうたうという事はかなりのエネルギーを使う。

そこで思った。

プロの歌手が2時間ほどの公演で20曲ほど歌うとなると、相当の体力勝負だ。
しかも、昼の公演の後、夜も行うといった2部公演なんかはさぞかし大変だと思う。
我々は20数名の団体なので、多少手を抜いてもわからないが、ソロの歌手の場合はそうはいかない。

ましてや、風邪などひいて休むわけにも代役という訳にもいかないのでや、プレッシャーも相当なものだろう。
その点アマチュアは気が楽といったら怒られるかもしれない。

まあ、ギャラリーはイマイチだったが、楽しめた。
我々のは同じメロディを歌う「斉唱」だが、合唱で違うパートを合わせてハモッた時はさぞかし気分がいいだろうと想像する。

来年お誘いが来るかは??だが、年に1回くらいの歌は気持ちがいい。





# by yahhosaito | 2019-03-17 22:32 | コーラス | Comments(0)

詩とドキュメントによるダイアリー

2019年3月11日。

確か「詩とドキュメントによるダイアリー20才」というラジオ番組だったと思う。
吉永小百合が朗読するラジオドラマでたぶんNHKの製作。
戦後の混乱期から20歳になる過程をドラマ仕立ての朗読に仕立てて、なかなか感動的な内容だった。

20歳という企画だったから多分吉永小百合氏が20歳の時の今から50数年前のことだ。

なぜ、鮮明に覚えているかというと、どういう訳かこの番組を録音したのだ。
それを後日何回か聞くに及んであらすじを覚えてしまった。

その中にこういうのがあった。

『ころがりしカンカン帽を追うごとく ふるさとの道駆けて帰らん』

『とびやすき葡萄の汁で汚すなかれ 虐げられし少年の詩を』

・・・ツルゲーネフを初めて読む・・・。

吉永小百合氏はこの時の録音のことを覚えているだろうか?
探せばまだどこかに録音テープが残っているかもしれない。
だが、残念なことに見つかったとしても再生するデッキがない。
オープンデッキだから。
今はカセットテープかデジタルになってしまった。

挿入されている二つの短歌を短歌とは思わず、そのあとに出てくるツルゲーネフの小説の一節かと思っていた。
それが最近になって寺山修司の短歌と分かった。

なるほど・・

寺山修司は熱狂的なファンがいて存在感もかなりのものだったが、ファンというほどのこともなかった私は僅かに何かで多少の短歌を知っている程度だった。

『そら豆の殻一せいに鳴る夕 母につながるわれのソネット』

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この歌は20代か30代のころ、どこかで聞いた。
なかなかのものだと思った。

あれから40年。いや、50年。

寺山修司が亡くなって35年を超えた。
なんだか、彼の戯曲や短歌を読んでみたくなった。




# by yahhosaito | 2019-03-10 11:44 | 日々 | Comments(0)

8年目の3.11

2019年3月10日。

東日本大震災から8年。
あの日が嘘のように晴れ渡り、朝から15度もあって爽やかな朝だ。

我が家の3.11は被災地域の苦労からすると天と地の違いはあるが、記憶にとどめておくために書いてみる。

そもそも3月11日の14:46には厚木アクストという27階のこの付近では超高層ビルの3階にいた。
この3階には厚木市が主導するインキュベーションルームというのがあり、我々はその一角にオフィスを借り、新規ビジネスをやっていた。立ち上げから4年目くらいだったと思う。

その一角には数社のベンチャーが入っており、それぞれに事業をしていて、普段は電話の声くらいしか物音はしなかった。

14:46。ビルは静かに揺れだした。ゆっくりだった。一瞬天井を見上げるが、ぶら下がっている電球はなく、揺れを体で感じるほかは地震の判断材料はなかった。
ゆっくりと右に揺れ、左に揺れだした。

これは、少し大きい、いつもの揺れと違う。

隣にいた計測器開発ベンチャー企業の社長の奥さんが飛び出してきた。
すごいわね。大丈夫かしら。

部屋は出口は一つしかなく、万一に備え、ドアを開けに行く。
避難指示の放送はなかった。
電気はまだ点いていたように思う。揺れが収まり、とにかく外に出ようと階段で外に出た。

階段はビルの従業員で混雑していた。
27階から降りてくる人は大変だったろう。
27階から降りてくるのは結構大変だ。
この時も真っ暗で悲鳴が聞こえる程ではなかったので、おそらく電気はついていたのだろうと思う。
皆、言葉を発せず、家族や友人のことを思い、懸命に下に向かっていたのではないかと思う。

外の広場は人で埋まっていた。
1000名を越していたと思う。

事務所に戻り、とにかく帰宅することになった。
15:10頃だったと思う。

なんだかすごいことになっている様子。

車で帰宅したが、15:15頃、運転中にまた激しい揺れを感じいた。
車のハンドルをとられるような揺れで、減速し付近の電線を見ると大きく波を打っている。
電柱が倒れてきたらアウトだ。
直撃は免れたとしても、道をふさがれたら帰宅はできなくなる。

20分後家につくと停電。
TVでの情報確認は不可能だった。

ラジオで情報確認しつつ、地元の仲間に声をかけ、町内を確認に行くことにした。16:00ごろだったと思う。
自治会長I氏、防犯会長W氏と私。

初めに独居高齢者のお宅を10軒ほど。
そのあと、各家々を回った。
お怪我はありませんでしたか?被害はなかったですか?

皆不安で一軒での会話が少し長引いた。
10数件ほど回るとやがて暗くなってきた。

暗くなって停電の中、夜間の訪問はかえって不安感を増す。
全戸訪問はそこで諦め、自宅へ。

TV情報はなかったが、ラジオで東北地方が大変な状況になっていることを知る。
マスコミの報道は原発に焦点が移っていた。

夕食は何を作ったのだろう。
電気がなかったから調理はできない。
たぶん、薪ストーブがあったので、それで調理したのだろうと思う。
暖房もストーブで全く問題はなかった。

長女だけが嫁ぎ藤沢に住んでいた。
他は自宅からの通勤だったが、長男は某市役所で深夜まで地震対応。
次男は横浜に出張中。次女はバスか何かですぐに帰宅したのだと思う。

長男次男は夜になっても連絡が入らず、心配した。
携帯電話は通じない状況だった。
家の電話はfax機能付きのため電源が必要。停電だと使えない。

11時過ぎても連絡が入らない。
そこで気が付き、確かどこかに電源不要の電話機があったはずだと、押し入れの奥から探し出し、電話コードをジャックに繋ぐ。

すると1時間のしないうちに電話がかかってきた。
停電でも電話線だけなら使える。

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窮地を救った停電でも使えるold電話機

次男は横浜から戸塚まで20kmほどを革靴で歩いてきたらしい。

戸塚から藤沢までバスが動いており、藤沢まで来たという。
藤沢に長女の家があるのでそこで泊まらせてもらうと言っていた。

やがて長男と連絡が取れ、24時過ぎに市役所で解散指示が出たので帰宅するという。
帰る手段がないので迎えに来れないか。

じゃ、長男迎えに行くついでに次男のいる藤沢に行くと24時過ぎに家を出る。
24時を回っているのに国道1号線は家路につく人が黙々と下を向いて歩いている。
その数、途中、数百名。

藤沢から家に戻る途中、小高い銀河大橋から平塚方面を見ると漆黒の闇に自家発電か何かの明かりがポツンポツンと点いていたのが印象的で、改めてことの異常さに震撼とした。

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それからの経緯はマスコミなどで報道される通り。

津波と原発で日本中が揺れに揺れていた。
津波の想像を絶する凄さはまさに「言葉を失う」という例えの通り。キチンとコメントできなく、「あ~」「う~」「え~」といった言葉にならない絶叫の言葉が続く。

次の日からは電気も復旧し、マスコミからの状況伝わってきた。
特に原発は先が全く見えない不安に日本中が震撼した。
放射能やシーベルト、ベクレムといった聞きなれない言葉が余計に不安を増した。

風向きによっては都会にも莫大な被害が出るかもしれない。
2000万人が避難なんて言う最悪のシナリオも想定され、連日、政府やテレビの解説者が状態を解説する。

20数年前のチェルノブイリ原発の映像を思い出す。
ウクライナの農村風景の広がるチェルノブイリ。何か目に見えない病原菌が蔓延するような恐怖感。
そんなイメージを思って見てしまう。

あれから8年。
大きく復興したが大きな爪痕はまだまだこれからだ。

3年前に田老地区を訪れた時、ガイドしてくれたボランティアさんが、崩れた防潮堤の四角い800余個のギザギザは三陸沖地震で亡くなった人の墓標ではなかったか?と言っていたのを思い出す。




# by yahhosaito | 2019-03-10 09:44 | 日々 | Comments(0)

鎌倉方面

2019年3月6日。

3月5日は快晴。
気温も15度くらいとまずまずで、春霞のせいか富士山は少しぼんやりと霞がかっていた。

市役所に確定申告を出し、その足で藤沢から江の島通って鎌倉へ。
藤沢の新林公園に車を置かせてもらってそこからポタリング。

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新林公園の満開の梅林

新林公園の駐車場は50台くらい駐車できるが、平日のせいか停まっているのは1/3くらい。
施設を平準化して使うのは「難しい!」
(効率化論を突き詰めて平準化への一大発見するとノーベル賞ものか!?マ、無理だな。)
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稲村ケ崎を下って材木座海岸から逗子方面

引地川沿いに進み、江の島に出てそこからR134。
なんだか久しぶり。
海はキラキラと光り、空は真っ青。春到来という感じだ。
やっぱり春はいい。

横に江ノ電が走るこの辺りは観光的にも人気があるので結構人が出ている。

若い人が多い。カップルも多いが、意外と若い女性の二人ずれも多い。なぜだ!?

中には真っ赤な口紅に和服を着ている女性もいる。
最近、浅草や鎌倉あたりでも和服の女性を見かける。流行りか?

稲村ケ崎を過ぎて逗子方面や材木座海岸などを眺めるとなかなかいい風景だ。海の色は青く澄んでかなり綺麗なことが分かる。
段葛の桜は平成26年に植え替えたというからここを見るのは4~5年ぶりという事か。
なんだか頼りない細い桜が植えてある。
まあ、桜は成長が早いので10年もたてば、立派な木になると思う。

これもまた久々に「光則寺」に行ってみた。
梅が満開、入り口にあるソシンロウバイもまだは花を付けていた。
20数年前、鼻の手術をしたとき、治ったら光則寺の蠟梅の香りを楽しみに行こうと入院先のベットで切実に思ったことを思い出す。

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この右手に蠟梅あり

雪の下に会社の先輩のお宅があり、独身の頃、遊びに行ったことがある。
この辺りは昔からの家が多く、それも豪邸だ。
道はくねくねと細く曲がっているがそれが鎌倉らしいかもしれない。
有名な小説家の隣とかという話だった。

自転車だから小道もスイスイだ。

さらに奥の方に行くと、びっくりするような大邸宅もある。
どなたの住まいか。
どうでもいいが、いや、少し気になる。

色々と考えてしまう。

自転車はいろいろ考えることができるのがいい。
車じゃ、考えていたらアブナイ。

家族はどうなのか?跡継ぎ入るのか?(世間は少子高齢化であと次ぐ子供がいなく、空き家が増えた!)
こんな広い家で、近所付き合いはどうなのか?(広すぎてお隣さんと顔合わせ機会あるのかな?)
相続や税金はどうしているのか・・(余計なお世話だ!!)

昨日、たまたまこんな記事が載っていた。
ある有名な元アナウンサーの話。

7LDKの12億円の豪邸は光熱費が10万円/月、固定資産税が年間400万円以上とか・・

豪邸もいいがほどほどがイチバン。
我が家も7LDKだが、かつて8人が今は2人だけなので、1LDKあれば十分。
作業部屋と物置部屋を入れても3LDKあれば御の字だ。
それに、田舎だから固定資産税は数万円だろう。アナウンサーの1/100だ。

まあそれにしても、ビックリハウスが多い。

湘南海岸はそろそろロードバイクとツーリングバイクの季節になる。
久しぶりの鎌倉と久しぶりの足漕ぎ自転車。
リフレッシュしました。



# by yahhosaito | 2019-03-06 07:11 | 日々 | Comments(0)

フキノトウの天ぷら

2019年3月4日。

昨日はいい天気だったのに今日は朝から冷たい雨だ、
外の寒暖計は10度を指している。
大降りの雨ではないが、霧雨に近い雨。小ぬか雨か!?

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3月に入って幾分暖かくなった感じはあるがまだまだ。
庭の梅も咲きだして雨に打たれている。

4時を過ぎると心なしか少し暗くなって、ジャあアルコールタイムに突入するか・・・
と、肴を作り始める。

出かけたついでに寄った「わくわくランド」にあじの刺身。
フキノトウもあった。
畑の大根に釜揚げシラス。

これだけあれば我が家の居酒屋は十分。
少し早いが5時過ぎにドリンキングタイムに突入した。

お酒は350日くらいは飲むが家では沢山は飲まない。
多くても2合どまり。
殆どは日本酒1合だ。

早めに始めると夕飯まで時間があり、飲んでしまうから決して早くには始めない。
多くは夕飯の始まる30分前。
まあ、たまには例外もあるけどさ。

肴は10年ほど前から大概は自分で作る。
今日のメニューはフキノトウの天ぷら。
20個ほど作ったがさすがにそんなには食べられない。

作りたては特に旨い。
ほろ苦い春の味。
色合いも揚げ具合もナカナカ。

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あじの刺身は白味噌とお酢でたたいて「なめろう」にした。
紫蘇でも入れると香が良いのだが、あいにく買い忘れ。
美味。

そんなこんなで、周囲はすっかり暗くなった。
明日は晴れて暖かくいい天気だという。

鎌倉でも自転車で出かけて見るか。
なんか、「現役世代」には申し訳なくて・・・




# by yahhosaito | 2019-03-04 17:42 | 日々 | Comments(0)

時代の変化 -いい時代に生まれて-

2019年2月25日。


先日、会社時代の先輩からメールを頂いた。

「我々の人生は、人類の歴史でも、最も幸福な実例である」
という内容。

つまり、我々世代は、長い歴史の中で、一番幸せな時代を生きてきたのではないかというもの。

具体的に、先輩は事例を挙げている。
その内容は「まさしく!」と日頃から思っている内容そのものだった。

例えば、
・世界第2次大戦やそれ以前の戦争で、親の世代や上の世代には大変であったが、我々は生まれていないか、幼くてあまり影響がなかった。
・戦後の混乱で生活は苦しく、ひもじい思いもしたが、それも長くは続かなかった。
・日本の高度成長期にあたったため、1960年代頃から生活がどんどん豊かになり、多くの日本人にとって、日本の歴史上、最高水準になった。
・エネルギー源が石油やガス、電気の時代となり、過去に例がないほど、エネルギーを有効活用出来た。
・科学技術や社会システム、更にはインタネットの進歩によって、社会生活や個人の生活が、格段に便利になった。
・整備された日本の健康保険制度や年金制度を活用出来、まずまずの暮らしが出来ている。
・その他・・・

確かに、その通りだ。
もちろん、例外もあったり、一部には年金受給が十分でなかったり問題はある。
しかし、総じていえば、とてもいい時代を生きて来たのではないかと思う。

会社時代を振り返っても、いい時代だった。
特に、自分がいた事業所は、大型のコンピューター製造メーカーだったので、まさにコンピューター発展の歴史を目の当たりにしてきた。

真空管やパラメトロンといった初期のコンピューターからトランジスターへ移行が始まり、更にLSI、超LSIといった技術核心の真っ只中だった。

性能は、2倍から10倍へ、10倍から100倍、1000倍、10000倍へと幾何級数的に進化した。
売り上げも、倍々ゲーム的な伸びで、とても勢いがあった。
そんな時代を共にしてきたのはまさに幸運としか言いようがない。

先輩は続ける。
この先の世代は、これからは化石エネルギーが涸渇し、我々の子孫は苦しむことになる。
これからの若い世代は十分には受給できない可能性が大。
平成は、停滞の時代であり、このまま推移すると、日本は後進国に落ちぶれるかも知れない。
しかし、仮にそうなるとしても、我々はその前に死んでしまい、悪夢は見なくて済む。

先日のY新聞に、平成の30年間は二つの歴史的な激動期の終焉から始まったとあった。
一つは、世界史的な危機の切迫が解決されたこと。
「ベルリンの壁崩壊で東西ドイツが統一」と「ソ連の崩壊」
もう一つは、「建国以来というべき産業の飛躍の最終期」
ということ。

5月から新しい時代が始まるが、この先どのような時代が来るのか嬉しいような怖いような・・
年寄りの老婆心?過大恐怖症?という事もあるが、付近の家が空き家で取り壊され、隣近所の付き合いが薄くなり、自治会等の役員のなり手が減り、色々な活動団体が衰退方向に向かっている現実を見ると、年寄ならずとも少々かなり心配になってくる。

Y新聞の記事はさらに伝える。
日本人は平成の直前頃から生き方を変え、大量生産・効率主義からの自発的な転換を図っていた。
物質の消費よりは情報の享受に関心を持ち、趣味・観光・スポーツなど文化活動により多くの時間を費やす傾向を強めてきた・・・
・・誇るべき国威が新たに芽生えているように思えてならない・・と。

まあ、そうした心配はあまりしなくてもいいか?

昨日、公民館のふれあい祭りが2日間にわたってあった。
最盛期の祭りからは少し縮小したような気もするが、まだまだ元気だった。
少し気を取り直した。

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ひな祭りももうじき。
このお雛様は娘の子供(孫)に使ってもらう事にした。
娘が生まれた昭和57年から30年以上我が家で3月を飾った。
一昨年、娘に娘(姫)が誕生し、良き時代を共にしたお雛様が新しい時代を共にすることになった。
ガンバレ!新世代!!





# by yahhosaito | 2019-02-25 07:15 | 日々 | Comments(0)

早春の海

2019年2月22日。

知人から一冊の本、新書版を借りた。
『天災から日本史を読み直す』というタイトル。
著者は歴史学者で著名な磯田氏だ。

日本で起こった地震・津波・噴火など様々な災害が詳細に記されていてとても参考になる。

どこの記述も心に残るが、最後の方にこういう記述がある。

1946年に起こった昭和南海津波。

前略
地震の直後、気が付いたときはすでに潮が持ち上がっていて道路まで来ていた。
「これは津波かもしれん、逃げよう」と夫は言った。
夫が5歳と3歳の娘の手を引き、彼女(妻)は1歳の女の子を黒帯で包み背負った。
ところが、途中で津波の呑まれた。
胸までつかり、「背の子をしっかり押さえながら、死にのも狂いになって」電柱にしがみついたり家屋に逃げ込んだりするうちに夫とはぐれた。
高台に逃げようと小川の橋を渡ろうとするとき等々津波に体をすくわれて・・・後略

彼女は子供の名前を呼び続けた。放心状態になった彼女は誰かに体を抱えられ避難所の杉王神社に連れていかれた。
厳冬期12月の津波である。
わが子を失いずぶぬれになった彼女に声がかかった。
「寒いやろ、布団の中に入り」

私は歴史家としてこの時の会話を、後世に伝えたいと思う。

彼女はこういった。
「私はズブぬれやけん、よごすけん」

極限状態である。
何という人への優しさであろうか。
避難所に布団は少なく貴重なものだった。
きれいごとでは済まないことはいっぱい起こる。

しかし、優しさは確実に人に生きる力をもたらす。
彼女を心配する人が、「かんまん、汚れたら洗ったらええけん。」
と布団を重ねてすすめ、彼女は暖かさに包まれた。

「このご厚意は、私にとってどれほど嬉しかったことか。
今も亡くした子は、当時の年齢で私の胸に生きている。」
それから50年ほど生き、78歳になった彼女から出てきた言葉である。


久々にいい天気で暖かい。
妻を大磯の病院へ送って行くことになり、折角なので病院の帰りまで付近を自転車でグルグルすることにした。

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大磯の海岸に出た。
早春には少し早い海岸も日を浴びてきらきら光っていた。

最近、普段は電動自転車に乗っている。
今日は久々に、普通の自転車。

漕いでいる実感が伝わって、これもいいなと、改めて思った。



# by yahhosaito | 2019-02-22 11:39 | 日々 | Comments(0)

久々の燻製

2019年2月18日。

先日、冬も終わりそうなので寒いうちに燻製作ろうと思い立ち久々にトライ。
肉屋でロース肉を500g買い塩つけにする。

いつもは三枚肉が多いが今回はロース。
三枚肉は脂が多く妻の評判が悪い。
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塩付け5日。風乾1日の所が忘れて3日の日干し。
その後、塩抜きをして燻煙にかかる。
燻煙器は次男が残していったバーべQのコンロ。中々調子よろしい。

60~70度で数時間の燻煙が目安だが、温度を測ると100を超えていた。
低温燻煙を冷薫、中温を温薫、高温を熱薫というが、熱薫になってしまった。
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まあ自分が食べる分にはいいだろう。
試食するとまずまず。
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今日は久々にいい天気で温かい。
外気温は朝9時過ぎで10度を超えている。
風がない分日差しが温かい。

あと、10日もすると弥生3月。
桜が来て、5月公園祭りがあって、あっという間に梅雨に入り、明けると猛暑。
残暑が来て、月見が来て、紅葉に、師走か・・・

この分では東京オリンピックも過去の話になる日が近い(かも)




# by yahhosaito | 2019-02-18 10:28 | 日々 | Comments(0)

如月のころ

2019年2月13日。

数日前から真冬の寒さが続いている。
昨日は、朝、戸外の温度計がマイナス3度を指していた。
今日はこの時間、8時は5度を指している。
あと数日この寒さが続くと報道している。
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しかし、あと2週間すれば2月も終わり。
この寒さを楽しむくらいの気持ちで乗り切りたいものだ。

「経団連副会長6人内定」
と記事が出ていた。

現在の中西会長はH社の出身で同世代。
本社のどこかですれ違っていたかもしれない。

しかし、内定の6人と就任中の顔ぶれを見ると皆、年下だ。
68.65.67.64.66.64.71.67・・・
こんな感じで数歳若い。参った!
しかも、その肩書は立派だ。
会長はじめ、社長、相談役、特別顧問等々そうそうたるもの。

経団連だから当たり前といえばそれまでだが、皆、修羅場を乗り越えて今の立場にある人ばかり。
自分の年齢と比較し、世代は確実に次に移っていると感じられずにはいられない。

会社の後輩たちも60を過ぎて、あるものは退職し第二の人生へ。
あるものは会社に残り、要職へ。
しかし、役員になった後輩もすでに役員退任年齢を遥か前にすぎ、今は悠々自適というのが多い。

某先輩は定年して暫く会社勤めをした後、農業と環境の団体に入り、傍ら、俳句を長くやっている。
そして、70歳の時に「補〇線」という冊子(自分史に近い)を発行した。
100頁弱の立派な冊子だ。
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こんな立派なものは書けないが、ここに書く材料がたくさんあるというのは定年後も色々とやっていたからだろう。
経団連の委員のように日本を動かすことは全くもって無理だが、
万一、終活の一環として自分史を書くようなことがあったら
その材料がいくらかでもあればいいが・・・

まあ書か(け)ないな!
せめてこのブログがその代わりにでも・・・



# by yahhosaito | 2019-02-13 09:35 | 日々 | Comments(0)

新春江の島

2019年1月27日。

予定の何もない日曜日。
午後から快晴無風なので久々に江の島方面に出かけたくなった。

宮古島から帰ったので、わが湘南の海も見てみたくなったのもある。
何せ電動自転車、バッテリーはほぼ満タンの90%を指している、
パワーモードで走っても40~50kmは走れるだろう。
江の島往復は40km位と思う。

日曜日の午後。
茅ケ崎に抜けるとすでに結構混んでいる。
思い思いの日曜日。
家族ずれも多い。
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波間にサーフィンも見える。水上バイクがうなりをあげている。
江の島では470がスイスイスイと走っている。
セールにinspire the nextの文字が。
さては日立ヨット部か!?

空気が澄んでいるせいか大島はもとより利島もかすかに見える。
城ヶ島もその先の房総も見える。
江の島から見る富士山も秀逸。
絵に描いたようだ。

ここから見る丹沢連山はわが地元からの姿とかなり違う。
大山が控えめで奥の丹沢や東丹沢の山並みがよく見える。
富士山の手前に矢倉岳、その左に金時山、明神明星と続き、神山、駒ケ岳そして伊豆連山に続く。
突端の石廊崎もくっきりだ。
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帰りは、同じ道の海岸サイクリングロードを引き返す。
行き、1時間、帰り1時間。
電動自転車のバッテリーは残り20%となっていた。

1月ももうすぐおしまい。
早い早い。





# by yahhosaito | 2019-01-27 20:47 | 日々 | Comments(0)

宮古島

2019年1月27日。

20日から23日の4日間、宮古島を旅した。
クラツーの4日間のんびり旅と称したこのツアーは確かにのんびり。

宮古島は宮古ブルーの海の他に首里城の様なお城があるわけでもなく、国際通りの様な繁華街があるわけでもなくただ、きれいな海と砂浜があるだけ。

のんびりするには丁度いい。

一緒のメンバーは26人。
添乗員付きだから何も心配することなく、のんびりと4日間が過ぎる。

関東では10度以下の日が続くが、こちらは20~22度。
陽のもとでは上着もいらないくらい。

一通りのツアーの中、午後からフリーというので、レンタカーを借りた。
ツアーではいかなそうな島の周辺を回った。

確かに何もない。

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 ここは「フナウサギバナタ」船を見送る岬という意味。普通の観光ではあまり行かないところらしい。

車もあまり通らない。
静かな海と、サトウキビ畑がどこまでも続く。

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そこで思った。
とすると、神奈川県あたりは観光の宝庫だな。
海あり山あり、史跡あり、温泉あり、有名なお店も立ち並ぶ。

創意と工夫と資金があれば多くの観光客が呼べる。

イヤ、これ以上来てもらってはウルサクてかなわん!という声もあるかもしれないが、観光は収入源の大きな柱なのでそれなりの覚悟と対応をしなくては困ることになるかもしれない。

わが地元だって、観光資源はある。
あとは知恵を出すだけ。

もひとつ思った。
宮古島が琉球王朝のころ、どういう生活だったのか。

「西郷どん」で西郷が奄美大島に流罪になったとき、島の様子が少し描かれているが、おそらく大変な時代だったのだろうと想像する。
10数年ほど前に沖縄に行き、数年前に石垣島、そして今回の宮古島。

すこし、島に位置関係や様子が分かってきた。
今回の旅を機会に、琉球のことを少し調べてみたくなった。

そう言えば、現役時代に同じ職場に琉球王朝の末裔がいた。
S君。
とても思慮深い穏やかで優秀な好青年だった。
そんな彼と少し重ねて思いを巡らすとまた琉球が印象深くなるかもしれない。




# by yahhosaito | 2019-01-27 10:36 | 旅・サイクリング | Comments(0)

大坂 全豪Ⅴ

2019年1月27日。


大坂なおみが昨日の決勝で勝った。

それなのに。
TV観戦出来なかった。

地元の「学童パトロール感謝感謝の集い」があり、そちらを優先せざるとえなかったから。

集いと言ってもほとんど飲み会だったから、途中で3回ほど妻に電話を入れた。

ウルサイ!今いいところだから電話しないで!!
見たきゃ早く帰っておいで!!!と一蹴。

集いが終わったときはゲームも終わっていた。
スリリングな最高の感動的試合だったらしい。
イヤイヤイヤ・・・

今日の新聞に試合の模様が出ている。
見られなかったのは一生の不覚か!

ところで、試合後の選手のコメントはいつも感動的だが、とくに彼女のコメントは楽しい。

新聞によると、
インタビューを受けた彼女は「人前で話すことは苦手。何とか乗り切りたい・・」
  イヤー、うまいね!
40度に迫るコート上でのインタビューに「暑いから早く中に入りたい・・・」
  ウフッ!
体重をトレーニングで絞った話題では「分からない。人の体重をそんな風に聞くもんじゃないわ!」
  シビレル!

ニコッといたずらっぽく笑いながら答えるのがミソだ。

そのほか、機知にとんだなおみ語録が紹介されている。

「あなたたちがいなければ2週間は乗り切れなかった。皆さんがいることに本当に感謝しています。決勝でプレーできたことを光栄に思います。」
そう大坂選手のサポートチームをねぎらった。

21歳だぜ!素晴らしいね。

数年前のウインブルドン決勝。
ザビーネ・リシキと対戦し、優勝したマリオン・バルトリ選手は、
『率直に申し上げて私はまだ信じられません。少女のころからずーとこの場を夢見てきました。2007年の決勝戦で負けてしまったということでサビーネの気持ちはよくわかります。必ずまたここに立つことを私は確信していますよ、サビーネ。6歳の時からずーっとテニスを教えてくれた父。チームの仲間、そして皆さんの応援のおかげて優勝することが出来た。・子どものころからこの瞬間を夢見ていた。サービスエースでウィンブルドン優勝を決められるなんて夢にも思わなかった・・』

対戦相手やチームのサポート仲間をたたえる姿勢はこの時も言い表されているが、昔、ゴルフの時の懇親会でのスピーチでは「一緒に回ったメンバーを称賛せよ!」と先輩から教わった。

いや、見ていても聞いていても気持ちがいい。

これでランキング1位。
暫く大坂の時代だ続くだろう。
何といってもまだ21歳。

全米・全豪を制し、残るは全仏とウインブルドン。
面白くなってきた。

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妻に一蹴されたので、下の娘に電話した。
逐一、ラインで情報が届いた。(静止画像)
スマホのワンセグは使い方分からず、使用不能!





# by yahhosaito | 2019-01-27 09:27 | 日々 | Comments(0)

1月に思った

2019年1月13日。

新年に入って早くも13日目。
昨日は地域の新年の集いがあり、新しい年が動き始めた。

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1月13日はバー(母)さんの誕生日でもあった。亡くなってもう14年目。
すっかり忘れかけていたが、113113/131113/113・・とジーバの誕生日と死亡日を並べると1と3があまりにも多いのに不思議な気がする。

正月早々、ご近所の親交の深かったH氏が突然亡くなってなんだか寂しくなった。

地域も年々お年寄りが増えて、亡くなる人も多くいろいろと考えさせられる。

こっちだっていつ死んでもおかしくないのでは・・そう思うと、今年はそろそろ本格的に気合?を入れて「終活」しないとあの世であわてるかもな・・と思い春にでもなったら考えようと気を静めた。

所で、最近の新聞や流れを見ていると、ますます「自国主義」や「ポピュリズム」と言ったことが多くなって、軍拡や覇権といったあまり穏やかでない記事が目立つ。

「自衛隊機に電子攻撃力 ―レーダー・通信を妨害―」

こんな記事が載っている。

敵のレーダーや通信機器を無力化する電波妨害装置を搭載するとある。

某国が核兵器とともに電磁パルス攻撃なるぞっとするような兵器の開発を進めているという記事が載っていたのもつい最近だ。

確かに、これだけ電子機器が進歩してごく日常的に使われている時代にはここを攻撃されれば非常にダメージを受けるということは想像に難くない。

「某国、新兵器開発急ぐ」―闘争に備えよ、某国をけん制―

と別に記事にある。

ここには「電磁砲」が解説されている。

砲身内部に電流を流し、電磁誘導で弾丸を超音速で発射する。
なんだか急速に軍事拡大に向かっている・・・。

軍事費のグラフも出ている。

Cは20数兆円、Iは7兆円に近い。トップのUは70兆円を超える。

日本も来年の防衛予算は5兆円を超えた。

専守防衛として万一の時に対応できる能力は必要だ。

人類の歴史は戦争の歴史でもあるから平和主義や話し合いだけではうまく行かないのは事実と思う。

世界の平和や秩序は一定のルールや秩序のもとで均衡が保たれている。

均衡の中には「感情」「意識」「忖度」「付き合い」「為しつ為されつ」といった「心」の部分も多いと思う。

それが、何かの理由で均衡が崩れると今まで封印していたものが一気に噴き出して、心の部分で保たれていたところが急速に瓦解する。

何かそんな雰囲気が少しずつ増大してきているようだ。
5月からは新元号に代わるが、潤いのある世の中になっていくように新時代に望みたいものです。





# by yahhosaito | 2019-01-13 10:50 | 日々 | Comments(0)

平成最後の年末

2018年12月29日。

いよいよ年末が来た。

12月は早いぞと気を引き締めた(つもり)だったが、やはり年末は早かった。

しかし、いつもはぎりぎりになる年賀状も例年より2日ほど早く書き終え、27日に投函完了。
畑は一応きれいにし、神棚は掃除してカサカサになった榊を緑鮮やかなものに取り換え、懸案の薪もほとんど何とかした。

散髪に行き、年末年始のクスリをもらいに医者に行き、部屋の片付けも少々。

まだ、窓ガラス、車の清掃、大掃除などはこれから・・
特に、車の中は最悪だ。

我が家のAQUAは買って4年目だが、2年目あたりから軽トラ並みの扱いと化し、鍬、シャベル、肥料から、収穫物まで何でも積む。
特にネギを収穫した後の車内ときたらそれは野趣?満載だ。
その上、薪も積載するから木の皮からおがくずモドキまでシートの隅々にこびりつき、ハンディ掃除機などで取れる次元ではない。

一つ一つ手ではぎとるか、粘着テープで引っ剝がすかのいずれかだ。
だから、殆どやってなく、自然体。もとい、放置。

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地元の道祖神にしめ縄を飾り、きれいにした、いつものおじさんたち。
終わった後、集会所でご苦労さん会。

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昨日あたりから急に寒くなり、今朝の朝の気温は5度。
2階に上がると富士山が真っ白。
美しい。

年末のこの風景とこの変に落ち着いた妙に高揚感のある不思議な気分。
もう何回目だろう。

30回目の様な50回目の様な・・

この辺は30年来風景が変わらない。
市街化調整区域のお陰。
昔は田舎風情でヤだったが、子供が生まれた頃からこの風景がたまらなくいい。




# by yahhosaito | 2018-12-29 08:29 | 日々 | Comments(0)

セゴどん終わる

2018年12月25日。

西郷どんが先週終わった。

毎日日曜日の夜8時、楽しみにしているものが無くなって何かポッカリ。
何!今週は無い、ザンネン!!
12/16が最終日であれからもう10日か。

大河ドラマは毎年見ているわけでなく、2~3年に一回といったところだが、見始めると結構面白くしかも回を追って楽しみになってくる。
ここ10年くらいで面白かった(楽しみだった)のは「篤姫」「龍馬伝」「江~姫たちの戦国~」、その後西郷どん。

調べてみると、西郷どんから江まで数年間飛んでいる。
なぜか?

毎週夜8時というのはある意味で拘束されている。
ビデオはあるものの、なにか日曜日の8時は見なくてはいけないといった拘束感があり、初めはそれが若干負担だが、やがて待ち遠しくなってくるのが不思議だ。

正直、ドラマだけではなかなか分かり難いところがある。
時間制約で、なかなか背景まで描き切れない。
大事件が1分ほどでさっと通り過ぎてしまう。
例えば、「田原坂」「孝明天皇」「蛤御門」が何かを知らないと、言っている意味や意図や必然性、背景が理解できないところがある。

ドラマの進行には大して知らなくても面白いのだがやや理解が軽薄になる可能性がある。
その意味では解説本は理解に役立つ。
まあ、西郷どんに限らず、すべてに言えることだが・・・
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ところで、配役だが、番組になじんでくると、それ以外は考えられなくなってくる。
西郷どんには鈴木亮平さん、大久保利通には瑛太さん、島津斉彬には渡辺謙。
それ以外は何かイメージがつかない。

ローマの休日はオードリーヘップバーンとグレゴリーペックだが、もともとアン王女役はエリザベステーラーだったという。
考えられない。

「華麗なる賭け」のリメイク版があるが、やはり「スティーブマックイーン」と「フェイダナウエイ」でなくてはイメージ壊れる。
それだけ、inputされているという事か。

我が家では週に1本ぐらい連ドラを見ることがある。
例えば「ドクターx」
今まで楽しみに見ていたのはいろいろあるが、結構ある意味奇想天外なのが好きだ。
内容は忘れたが、児童相談所の職員がやくざの親分と落雷とともに人格が入れ替わって、難題解決?するのが面白かったなあ。
怪しげな私立探偵事務所のドラマも結構面白かった。

脚本家のセンスが光るドラマや洒落っ気、擽りやさすがと言わせる個所もいくつかあって脚本家も面白いだろうなあと感じる部分もある。

こういうドラマに合うと一週間の進行が楽しみになる。

もっとも最近あまり見ていないが・・
2019年冬~春の連ドラは何があるのだろう・・




# by yahhosaito | 2018-12-25 07:39 | 日々 | Comments(0)