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 湘南の田舎から日々雑感
by yahhosaito
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カテゴリ:日々( 557 )


高齢化

2019年6月7日。


最近思う。

「高齢化でこれから先、大変だな!」・・・

サラリーマンが地域の役をやるのは多くが現役世代を超えてから。
今までは60歳を過ぎてからが一般的だったが、最近は年金の支給がずれ込んでいるから定年延長で65歳くらいまではかなりの人が働く。
いや、65歳でなく、最近は70歳くらいまで仕事している人が半数近くいるらしい。

すると、役が出来るのは65~70歳を超えてから。

しかし、65~70歳という年齢はそれまで頑張って働いてきた人にとっては、やっと自由になれた時間、しかも、あと自由に楽しめる期間は5~10年だから、自分のために有効に使いたいと思う人が多いだろう。
もう、色々縛られてやるのは十分すぎるほどやってきた・・


確かに自分の周りを見ても、まったくのフリーでいる人は半分以下だ。
みな、週何回かは仕事に出て、お小遣い程度を稼いでくる。
週3回も出れば5~6万円も収入がある。おじいちゃん1か月のお小遣いとしては十分だ。
ゴルフだってテニスだって月2~3回は行けるだろう。
飲み会だって会社時代のように1回数千円もかからない。
送別会も歓迎会も殆どない。
地元の仲間で月数回飲むだけ。飲み代はかつての1/3以下だ。

という訳で、役を引き受ける人がいなくなった。

自治会長しかり、社協役員しかり、民生委員しかり・・・

地域や社会のために貢献しようという意識も減ってきたのだろうか。
いや、そのチャンスがないのか・・

仮に70歳から役を引き受けるとなった場合、せいぜい5年。
75歳になったらさすがに少ししんどいと思うかもしれない。
ただ、今の役員を見ていると75歳以上でも元気な人は役を立派にやっている。

中々辞めさせてくれないというのが本当のところかもしれないが、それでもこの頑張っている人だってあと数年すれば体力的にリタイアだろう。
その時に後任はいるのだろうか? 問題の先送りをしてはいないだろうか。

b0158170_12195987.jpg

我が地区では2年ごとに自治会長が替わる。
その人選にいつも一苦労だ。

仮に見つからないとすると、どうなるのだろう。
空席になったとき、自治会機能はどう維持するのだろうか。

無くなると何が困る?
ナニ困らない!?

回覧版が回らない。
盆踊りや運動会などの地域行事が成立しない。
ゴミ当番や地域清掃など地域協力が成り立たない。
何かあったとき対応するキーマンがいない・・・

そうなったとき、どうなるか。

回覧版はネットや業者のビラ入れで何とかしのげる。
ゴミや清掃などはその分高くなった税金を使って専門業者が行う。

すると、一番の問題は近隣との関係、コミュニケーション、普段のお付き合い、相互協力といったものだろう。

いや、今だって余りない所もある。
平日は夫婦共稼ぎで不在。たまの休みは外出でお隣さんとのお付き合いはほとんどなし。
地域と付き合うより趣味の仲間や気の合う者同士で付き合う。
なんだかこんな感じが増えてきた。

元気なうちはよいが、体の具合が悪くなった時は不安だ。
頼りになるこどもや親族が近くにいればいいが、これからは少子化などで近くにいるケースは少なくなってきた。
元気なうちはいいが人々は孤立し何かあったとき頼れるのは救急車と保険会社。
それでは困る。
やはり、頼りになるのは、遠くの親戚より近くのお隣さん。

高齢化で困っている事例、このほか色々ある。
農家は跡取りがいなく、田畑が耕作できない家庭が増えた。
今まではジジババが何とかしのいできたが、ジジババも80を過ぎ残ったのは跡取りの娘とその婿さん。
息子でもいればまだいいが、いても自宅でなくいるのは都会。
よって田畑は他人に耕作してもらっているのが現実だ。

そりゃそうだ。
第一、子供の数が1人や2人ではそうなるのは必須だ。
その内どうなるのだろう。

空き家になった家もとても増えた。
しかも空き家はなかなか売却できない。
我が家の近所でもそんな空き家が点在している。

まだまだ、問題はある。
8050どころか9060で困っている家庭もある。
気になる記事が新聞に多数出ている。

1億2000万人が1億を切ったらどうなるか?

地域が仲良くしていくことが一番。
役を引き受けてもらうしかない・・

アー、なんだか暗くなってきた。
雨だ。いよいよ梅雨か。
暗くなってきたわけだ。







by yahhosaito | 2019-06-07 08:13 | 日々 | Comments(0)

数独

2019年5月25日。

昨日、将棋の羽生善治九段が、通算勝利数1位タイとなった。
谷川浩司九段を下し、デビュー以来、1433勝となり、最後の大記録とも言われた故大山康晴十五世名人の最多勝記録に並んだ。

将棋は子供のころ多少やった程度で駒の動かし方ぐらいは知っているが、あまり勝ったためしがない。
囲碁も友人から立派な碁盤と碁石をもらったが、ほとんど使わずじまい。
少し勉強もしたが、よくわからず、自分に向いていないと思った。

そもそも、2~3手先は何とか読めるが、5手10手先など全く論理思考の中に浮かんでこない。

羽生九段はこどものころから論理的思考が得意で有り余る才能を発揮していたらしい。
TVの報道によると家族が解けなかった「数独」というゲームをあっという間に解いたそうだ。

「数独」?
何だこりゃ!?
魔法陣とは違うのか?
魔法陣はあるルールがあって得意だった。

じゃ、数独を試しにやってい見るかと、数独なるものをネットで調べると、分かった。

「空いているマスに1〜9のいずれかの数字を入れる。縦・横の各列及び、太線で囲まれた3×3のブロック内に同じ数字が複数入ってはいけない。」
というものだ。

b0158170_06455535.jpg
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試しにやってみた。
かなかな!!

頭の体操になる。
認知症の予防にいいかもしれない。

上の赤枠の初級編は10分ほどあればなんとかできる。
下の黒枠は少々時間がかかるが20分ほどで完成した。

羽生さんはこれを3分くらいでやったそうだ。
初級編か中級編かは不明だが、それにしても天才はすごい!

赤枠の正解はこうだ。(たぶん)
一つひとつ慎重にやらないと、辻褄が合わなくなり、殆どやり直しで悲惨なことになる!

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by yahhosaito | 2019-05-25 06:48 | 日々 | Comments(0)

大相撲夏場所

2019年5月24日。

先日大相撲夏場所の10日目に取り組みを見てきた。
相撲をじかに見るのは何十年ぶりか。
しかも、本場所を見るのは初めて。

ひょんなことから見に行こうという事になった。
桝席。4人。

シニア割りというのがあってこれだと3割以上安い。
ネットで申し込んだがあっさり抽選から漏れた。
どうも数が少ないらしい。
そこで正規に予約。
確か4万強した。結構高い。

桝席にはABCとあってAが一番土俵に近く土俵まで10m前後、B席は15~20m前後、C席は20~30mほどある。
溜席は土俵の一番近くで近い所は2m、遠い所でも7~8mだ。
ただ溜り席は飲み食いが出来ない。神聖な土俵と一体化している聖域という意味か!?

桝席は縦横1.3mの正方形に4人座る。
もちろん2人でも構わないが、値段は4人分だ。
1.3mとは狭すぎると思ったが、前に50cmほどの通路がありそこに足を投げ出せるから、思ったより窮屈ではない。
それに前後の各席は20cmほどの段差が付いているので視界はばっちり。
その段差の隙間に脱いだ靴や小物を格納できる。
我々はB席。土俵まで17、8mといったところか。

b0158170_09291546.jpg
何時に行くかで意見が分かれた。
狭い所にいるのは2時間が限度。4時ごろ行けばいいじゃん!
いや、前に見た人が午前中から行った方がいいよと言っていた。
確かにBSで見る相撲中継の午後一番辺りはガラ空きだ。
じゃ、なか取って14時ごろにしようか!

両国国技館には相撲博物館が併設されている。
ちゃんこのお店や相撲グッツ、賜杯の展示などなど見どころなども多い。
通用口?からは取り組みを控えた力士、取り組み終えた力士が入れ代わり立ち代わり出入りしている。
これを見るだけでも結構楽しい。

取り組みも近くで見るとなかなかだ。

あっという間に中入りになり、有名力士が次々と出てくる。
そして、結びの一番になり、弓取り式が終わったのが6時。

余り、事前に知識を持たずに行ったのが少し残念。
次回はよく勉強していこう。
午後一番には着きたい。
きっと数倍楽しいに違いない。

帰ってから新聞の相撲記事を見るのが楽しくなった。
今場所は横綱鶴竜か栃ノ心が大関に返り咲くか、平幕の朝乃山か・・


千秋楽にはトランプ大統領が観戦に来るという。
どこに座るのか?
貴賓席か?溜り席か?
大統領杯を授与するようなので、そうなると溜り席かも。

見てきたばかりなので、臨場感が伝わる。






by yahhosaito | 2019-05-24 09:10 | 日々 | Comments(0)

平成から令和へ;パソコンの進化

2019年5月19日。

平成から令和に入って早19日。
当たり前だが特に変わったところはなし。
何時もの日々が継続している。

5月に入ってさすがに気候は爽やかで暑くもなく寒くもない日が続いている。
桜はとっくの昔に終わり、いつの間にかツツジも終わり近くになり、今はバラが真っ盛りといったところか。
我が家のつるバラも咲き出していい香りがする。

所で、終活の一環で身辺を整理していたら古いパソコンの宣伝資料のようなものが出てきた。
1991年/11月とあるので、ざっと今から30年近く前となる。
パンフには「’91年富士通電脳祭り」とある。
ウム!最近は「電脳」とはあまり言わない。(言わなくなった!)

パッと見て思うのは結構値段が高い。
パソコンは今の約2倍。
ワープロの宣伝もあるがこちらもいい値段だ。

b0158170_07220931.jpg

性能は詳しくは不明だが、おそらくCPU性のは1/10~1/100位だろう。
ただ、OSの負荷が軽いと思うので実質的には結構いい性能を出していたのかもしれない。

パソコンは価格が20万を切ってから急速に一般に普及した。
確かにこの宣伝にあるように30万40万するものはそう簡単には買えない。

我々が会社でパソコンを使い始めた1980年後半には3010ノート?が70万位した。
個人が使うにはとても無理だ。

40MBモデルは38万5千円とある。

今や100倍の4GBを通り越し1000倍の40GBも通り越し、10000倍の400GBは下位クラス。
上位クラスは2テラだと何と50000倍。(計算合ってるか!)

CPU性能ももしかしたら1000倍を超えるかも。

問題はその有り余る性能を何に使うかだ。

デジカメは精細度が上がって1枚が4~5MB使う。とすると先ほどの40MBマシンには10枚ほどしか格納できない。
動画を撮ればあっという間にギガ単位のメモリーを要する。

まあ、いいのか悪いのか。

先日の新聞に「シンギュラリティ」なる言葉が出ていて、コリャ何じゃ!と調べると、「人工知能が人間の知能を超える時」とあった。
2040~2045年くらいらしい。

確かにチェスや囲碁では人工知能が超えた。
また、同じ時期、「労働の半分はAIやロボットに代替可能」という観測もある。

30年前の広告を見ていると真実味を帯びてくる。
そんなことを思った。




by yahhosaito | 2019-05-19 07:23 | 日々 | Comments(0)

バラ窓

2019年4月25日。

もう10日もたつが、4月15日の夕方、パリのノートルダム寺院で大規模火災が発生した。
屋根の尖塔は崩落し、木材で骨格が作られていた屋根の 2⁄3 が焼失したという。
幸い、寺院に保管されていた文化財・美術品の一部は、消防士により運び出されるなどして焼失を免れたらしい。

それにしても、ゴシック建築の代表的建物であるノートルダム寺院はフランス国民ならずとも我々もショックが大きい。
おそらく世界遺産という事も含めると世界中の人の心の中で誇りと思っている建造物の中でも3本の指の中に入るのではと思う。

私たちがノートルダム寺院を訪れたのは昭和49年。
結婚して3年目、まだ子供はいなかった。新婚旅行に続いて2回目の海外だった。
知人からヨーロッパ旅行の安い企画があるので行かないかと誘いを受けた。
8日間で198,000円だった。
当時は給料が5万も言っていなかったと思うので給料の4か月分、今なら100万円位かも知れない。
まだ海外旅行が高かった時代。
一緒に行った仲間がSさんのご職業はドクター?と聞かれて悪い気はしなかったのを思い出す。

ノートルダム寺院での印象は精緻な石の彫刻とバラ窓だ。
以前からの愛読書だった串田孫一氏の随想の中に「バラ窓」というのがあって、ステンドクラスの窓が外からの光を受けて、燃えるバラの花のように輝くさまを言うというようなことが書いてあった。

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そんな予備知識があったので初めて見る寺院の巨大で荘厳なバラ窓にいたく感激した。
ガイドのお姉さんが数年前までは埃で汚れていた外壁や内装をドゴール大統領が「パリを綺麗にすべし!」と大号令をかけ、美しく蘇ったと誇らしげに説明したことを思い出す。

テレビで放映される火災映像に、眼を疑ったが、寺院は明らかに「石造り」ではなかったか!?
かつて見た記憶では全くの堅牢な石だったが、実は内部の骨組みは「木」なのだそうだ。
屋根もほとんどが木。すると万一火災になったとき、焚火で火を起こす際にホダ木を井桁に組む状態と酷似し、あっという間に大きな火になる。

そもそもゴシック建築とは何か?ネットの情報によると、形状的には、尖ったアーチ、飛び梁(むき出しの斜め柱?)、リブ・ヴォールト(かまぼこ型天井)などが特徴という。
ただ、建築の技術的特徴のみがゴシック建築を定義づけると考えられがちだが、ゴシック建築の本質は、これらのモチーフを含めた全体の美的効果のほうが重要だと言っている。(!?)
有名なゴシック建築はノートルダム寺院の他、ミラノのドゥオーモ、ケルン大聖堂、カンタベりー大聖堂など、枚挙にいとまがない。日本人はどちらかと言うとゴシック建築に弱いのではないかとも思う。石(建物)文化への憧れか、語感がいいのか!?・・・

マクロン大統領は再建を5年以内に行うと約束した。
現代の技術をもってすればたぶん可能だと思う。
建設当時は1163年に始まり完成まで200年ほどかかったといわれる。
日本では平安時代末期だ。
そんな時期によくこのような大建築を立てたものだと感心する。

設計は?高所作業の足場は?資材の運搬や切断、結合などはどうやったのだろう。
コンピューターや工作機械、建築機械がなかった時代、さぞかし難作業だったと思う。
奈良の大仏殿や五重の搭、アンコールワットの建物、ピラミッドや万里の長城も不思議だ。
大建造物を見ると、いつもそう思う。


今回の火災も当然、防火対策があった上で起こってしまったと思う。
二重三重に対策をしていてもそれをすり抜けて事故は起こる。
福島原発の事故も事故対策はされていたが起こってしまった。
元来、事故はそういうものだ。
ハインリッヒの法則によると、1つの重大事故の背後には29の軽微な事故があり、その背景には300の異常が存在するという。
日本も歴史的建造物が多い。姫路城や松本城、東照宮、奈良京都の寺院、各地に残る建物。
他山の石としなければならない。



by yahhosaito | 2019-04-25 19:41 | 日々 | Comments(0)

米寿

2019年4月24日。

数日前、米寿の祝宴があった。

会社の元上司で、40数年前に仲人をお願いした。
その仲人をしていただいたメンバーを中心に20名強が集まった。

元上司のお祝いは傘寿の際も行ったのだが、今回は「夫婦同伴」という事で、「緊張」?が走った。
シワの数から着ていくものまで・・・

まあ、すべては杞憂なのだが、当日は初夏を思わせる素晴らしい天気のもとで、藤沢の某有名レストランで盛大に行われた。
仲人をしていただいた組は確か6組。
それも、同じ職場での話だから、前の職場、後の職場を加えると10組以上の仲人を行ってきたのかもしれない。

今回の6組は同じ職場の面々で、上司は我が職場に6年ほど在籍していた。
各奥様とお合いするのは殆ど初めて。
ほぼ同世代だから奥様も全員が同類項。安心した。

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少々問題は、スピーチがあること。
奥方を含めて、全員が1人2分ほどのスピーチを行った。
皆それぞれに、素晴らしいスピーチを披露し、さすが、元H社と思わせた。

かつて、H社には1分間スピーチなるものがあって、毎朝(週?)朝礼で全員持ち回りで1分間のスピーチを行ったものだ。
自分もそうだが、年数回?番が回ってくると、何を話すかと結構頭を悩ませた。
しかし、スピーチを聴く側は結構、新鮮な情報を得られた。
そうした経験が今になって生きてくる。

詳しい内容は忘れたが、岩手から来た女性Gさんの1分間スピーチが忘れられない。
就職して、故郷を離れ、神奈川県の当工場に勤務してきた時の心境や近況の話だったと思う。
彼女もたぶん還暦を超えたはずだ。

我々の職場は元上司の影響もあって、ファミリー意識が強く、最近まで4年に1回、OB会が開催された。
会には100名近い仲間が集まり、旧交を温めた。
我々の職場に数日でも在籍した総人数は700~800名と聞いている。
特に、創成期の昭和40~50年代のメンバーは仲間意識が強い。

60年代から平成に入ると、職場の再編や分業化、派遣などの社会情勢により、職場の仲間意識が少しづつ変わってきたように思う。

私は昭和63年に別の職場に移ったが、最近の職場の様子(雰囲気)はわからない。
パソコンやメールが発展し、隣同士もメールでやり取り、休暇届もスケジューラーに登録といった感じらしいが、昭和世代はやはり「音波」でやり取りするのが当たり前と思うが・・・
そういえば、電子職印なるものがあって、書類のハンコはいつも間にかスタンプに赤インクではなく、電子職印だったなあ・・

米寿の元上司はすこぶるお元気で、頭も聡明。持病はあるものの、そのうち白寿の案内が来るかもしれない。
夫婦ともども参加できるように、鍛えておかなくてはならない。





by yahhosaito | 2019-04-24 13:23 | 日々 | Comments(0)

格安スマホはいいね!

2019年3月29日。

3500円から5000円、7500円経由、現在1250円。
ガラケーを持ったのが2000年少し前あたり。
本社に転勤になったときに、緊急連絡があるかもしれないので携帯を持参するように言われた。


D社の携帯で二つ折りのガラパゴス携帯。
アンテナが付いており、使うときは引き伸ばして使うのが何となく気分良かった。
確か月額の使用量3500円くらいかと思った。

会社では専用の固定電話があったが、それ以外に社内専用の携帯電話があった。移動先でも時々鳴ったが、まあ、結構便利に使った。
退社するときはデスクに置いて帰る。
自宅には持っていかないから、退社すれば会社との関係はそこで遮断される。
(今はそうもいかないらしい。自宅まで電話が入るとも聞いている。)

最初は折り畳み式の卵のような形をした携帯電話だったと思う。以降、ガラケーを数台、延べ20年ほど使い、数年前からスマホに替えた。
機能が豊富だが、使えこなせず、重いのとすぐに電池が切れるのと大きいのの三重苦で今まで来ている。
本当はガラケーで十分なのだが…

初めて使ったA社のスマホは月5000円ほどだった。
何でも他社乗り換えとかで2000円ほど割引があるのだという。
それを2~3年使うと、いきなり乗り換え割引が無くなり7500円くらいになった。

電話使いたい放題。
データ使用量も3GBとかで5000円に時代はそれなりに便利と思って使っていたが、7500円になるとさすがに高いと思った。
コマーシャルでは格安スマホが喧伝されている。乗り換えるか!?

b0158170_21162241.jpg
      ガラケーたぶん2代目   スマホはA社からY社になった

7500円になって1年ほどたち、契約切り替えはこの2か月以内にやらないと違約金を取られます。
結構勝手な契約だが、それを理解の上で契約結んだのだから、当然の契約履行だ。

そこで、切り替え期間の今月格安スマホを契約に行った。
Y社のスマホ。なんと月額1250円くらい。

まだ、請求が来ていないのでにわかには信じがたいが、契約がそうなっているのでたぶん間違いないと思う。

この違いは何なんだ!?

通話も普通にできるし、インタネットも普通につながる。
但し、電話はかけ放題でなく10分間がタダ。あとは有料。
そうならば、10分間で大概の通話は何とかなる。
10分すぎればかけ直せばいいだけの話。

7500円-1250円×12か月=75,000円

さて、この差額を何に使おうか。

それもさておき、何か少しおかしいくないか!?
ほとんど同じ機能がこんなに違うなんて信じられない。

たぶん、自分と同じように過剰機能で高いお金を払っているユーザーが結構いるのではないか?
ベビーユーザは別としても電話少々のユーザはこれで十分。

携帯会社は確か空前の利益を上げている。
多くの会社は利益は少なく出したほうが税金の関係でいいから、経費や積立金、準備金は限度いっぱいに積んでいると思う。
それでこの利益だ。

カミサンはD社で月5~6000円払っている。
使うのは携帯電話少々と若干のメール。
早く1250円コースにしなさい!

5000-1250×12=45000円
スイーツを毎年45000円
結構大きいね!
太るか!?
ナニ?別バラ!?

1250円も2年目からはその倍くらいになる。
それでも2500円くらい。
very good!



by yahhosaito | 2019-03-29 21:22 | 日々 | Comments(0)

詩とドキュメントによるダイアリー

2019年3月11日。

確か「詩とドキュメントによるダイアリー20才」というラジオ番組だったと思う。
吉永小百合が朗読するラジオドラマでたぶんNHKの製作。
戦後の混乱期から20歳になる過程をドラマ仕立ての朗読に仕立てて、なかなか感動的な内容だった。

20歳という企画だったから多分吉永小百合氏が20歳の時の今から50数年前のことだ。

なぜ、鮮明に覚えているかというと、どういう訳かこの番組を録音したのだ。
それを後日何回か聞くに及んであらすじを覚えてしまった。

その中にこういうのがあった。

『ころがりしカンカン帽を追うごとく ふるさとの道駆けて帰らん』

『とびやすき葡萄の汁で汚すなかれ 虐げられし少年の詩を』

・・・ツルゲーネフを初めて読む・・・。

吉永小百合氏はこの時の録音のことを覚えているだろうか?
探せばまだどこかに録音テープが残っているかもしれない。
だが、残念なことに見つかったとしても再生するデッキがない。
オープンデッキだから。
今はカセットテープかデジタルになってしまった。

挿入されている二つの短歌を短歌とは思わず、そのあとに出てくるツルゲーネフの小説の一節かと思っていた。
それが最近になって寺山修司の短歌と分かった。

なるほど・・

寺山修司は熱狂的なファンがいて存在感もかなりのものだったが、ファンというほどのこともなかった私は僅かに何かで多少の短歌を知っている程度だった。

『そら豆の殻一せいに鳴る夕 母につながるわれのソネット』

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この歌は20代か30代のころ、どこかで聞いた。
なかなかのものだと思った。

あれから40年。いや、50年。

寺山修司が亡くなって35年を超えた。
なんだか、彼の戯曲や短歌を読んでみたくなった。




by yahhosaito | 2019-03-10 11:44 | 日々 | Comments(0)

8年目の3.11

2019年3月10日。

東日本大震災から8年。
あの日が嘘のように晴れ渡り、朝から15度もあって爽やかな朝だ。

我が家の3.11は被災地域の苦労からすると天と地の違いはあるが、記憶にとどめておくために書いてみる。

そもそも3月11日の14:46には厚木アクストという27階のこの付近では超高層ビルの3階にいた。
この3階には厚木市が主導するインキュベーションルームというのがあり、我々はその一角にオフィスを借り、新規ビジネスをやっていた。立ち上げから4年目くらいだったと思う。

その一角には数社のベンチャーが入っており、それぞれに事業をしていて、普段は電話の声くらいしか物音はしなかった。

14:46。ビルは静かに揺れだした。ゆっくりだった。一瞬天井を見上げるが、ぶら下がっている電球はなく、揺れを体で感じるほかは地震の判断材料はなかった。
ゆっくりと右に揺れ、左に揺れだした。

これは、少し大きい、いつもの揺れと違う。

隣にいた計測器開発ベンチャー企業の社長の奥さんが飛び出してきた。
すごいわね。大丈夫かしら。

部屋は出口は一つしかなく、万一に備え、ドアを開けに行く。
避難指示の放送はなかった。
電気はまだ点いていたように思う。揺れが収まり、とにかく外に出ようと階段で外に出た。

階段はビルの従業員で混雑していた。
27階から降りてくる人は大変だったろう。
27階から降りてくるのは結構大変だ。
この時も真っ暗で悲鳴が聞こえる程ではなかったので、おそらく電気はついていたのだろうと思う。
皆、言葉を発せず、家族や友人のことを思い、懸命に下に向かっていたのではないかと思う。

外の広場は人で埋まっていた。
1000名を越していたと思う。

事務所に戻り、とにかく帰宅することになった。
15:10頃だったと思う。

なんだかすごいことになっている様子。

車で帰宅したが、15:15頃、運転中にまた激しい揺れを感じいた。
車のハンドルをとられるような揺れで、減速し付近の電線を見ると大きく波を打っている。
電柱が倒れてきたらアウトだ。
直撃は免れたとしても、道をふさがれたら帰宅はできなくなる。

20分後家につくと停電。
TVでの情報確認は不可能だった。

ラジオで情報確認しつつ、地元の仲間に声をかけ、町内を確認に行くことにした。16:00ごろだったと思う。
自治会長I氏、防犯会長W氏と私。

初めに独居高齢者のお宅を10軒ほど。
そのあと、各家々を回った。
お怪我はありませんでしたか?被害はなかったですか?

皆不安で一軒での会話が少し長引いた。
10数件ほど回るとやがて暗くなってきた。

暗くなって停電の中、夜間の訪問はかえって不安感を増す。
全戸訪問はそこで諦め、自宅へ。

TV情報はなかったが、ラジオで東北地方が大変な状況になっていることを知る。
マスコミの報道は原発に焦点が移っていた。

夕食は何を作ったのだろう。
電気がなかったから調理はできない。
たぶん、薪ストーブがあったので、それで調理したのだろうと思う。
暖房もストーブで全く問題はなかった。

長女だけが嫁ぎ藤沢に住んでいた。
他は自宅からの通勤だったが、長男は某市役所で深夜まで地震対応。
次男は横浜に出張中。次女はバスか何かですぐに帰宅したのだと思う。

長男次男は夜になっても連絡が入らず、心配した。
携帯電話は通じない状況だった。
家の電話はfax機能付きのため電源が必要。停電だと使えない。

11時過ぎても連絡が入らない。
そこで気が付き、確かどこかに電源不要の電話機があったはずだと、押し入れの奥から探し出し、電話コードをジャックに繋ぐ。

すると1時間のしないうちに電話がかかってきた。
停電でも電話線だけなら使える。

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窮地を救った停電でも使えるold電話機

次男は横浜から戸塚まで20kmほどを革靴で歩いてきたらしい。

戸塚から藤沢までバスが動いており、藤沢まで来たという。
藤沢に長女の家があるのでそこで泊まらせてもらうと言っていた。

やがて長男と連絡が取れ、24時過ぎに市役所で解散指示が出たので帰宅するという。
帰る手段がないので迎えに来れないか。

じゃ、長男迎えに行くついでに次男のいる藤沢に行くと24時過ぎに家を出る。
24時を回っているのに国道1号線は家路につく人が黙々と下を向いて歩いている。
その数、途中、数百名。

藤沢から家に戻る途中、小高い銀河大橋から平塚方面を見ると漆黒の闇に自家発電か何かの明かりがポツンポツンと点いていたのが印象的で、改めてことの異常さに震撼とした。

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それからの経緯はマスコミなどで報道される通り。

津波と原発で日本中が揺れに揺れていた。
津波の想像を絶する凄さはまさに「言葉を失う」という例えの通り。キチンとコメントできなく、「あ~」「う~」「え~」といった言葉にならない絶叫の言葉が続く。

次の日からは電気も復旧し、マスコミからの状況伝わってきた。
特に原発は先が全く見えない不安に日本中が震撼した。
放射能やシーベルト、ベクレムといった聞きなれない言葉が余計に不安を増した。

風向きによっては都会にも莫大な被害が出るかもしれない。
2000万人が避難なんて言う最悪のシナリオも想定され、連日、政府やテレビの解説者が状態を解説する。

20数年前のチェルノブイリ原発の映像を思い出す。
ウクライナの農村風景の広がるチェルノブイリ。何か目に見えない病原菌が蔓延するような恐怖感。
そんなイメージを思って見てしまう。

あれから8年。
大きく復興したが大きな爪痕はまだまだこれからだ。

3年前に田老地区を訪れた時、ガイドしてくれたボランティアさんが、崩れた防潮堤の四角い800余個のギザギザは三陸沖地震で亡くなった人の墓標ではなかったか?と言っていたのを思い出す。




by yahhosaito | 2019-03-10 09:44 | 日々 | Comments(0)

鎌倉方面

2019年3月6日。

3月5日は快晴。
気温も15度くらいとまずまずで、春霞のせいか富士山は少しぼんやりと霞がかっていた。

市役所に確定申告を出し、その足で藤沢から江の島通って鎌倉へ。
藤沢の新林公園に車を置かせてもらってそこからポタリング。

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新林公園の満開の梅林

新林公園の駐車場は50台くらい駐車できるが、平日のせいか停まっているのは1/3くらい。
施設を平準化して使うのは「難しい!」
(効率化論を突き詰めて平準化への一大発見するとノーベル賞ものか!?マ、無理だな。)
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稲村ケ崎を下って材木座海岸から逗子方面

引地川沿いに進み、江の島に出てそこからR134。
なんだか久しぶり。
海はキラキラと光り、空は真っ青。春到来という感じだ。
やっぱり春はいい。

横に江ノ電が走るこの辺りは観光的にも人気があるので結構人が出ている。

若い人が多い。カップルも多いが、意外と若い女性の二人ずれも多い。なぜだ!?

中には真っ赤な口紅に和服を着ている女性もいる。
最近、浅草や鎌倉あたりでも和服の女性を見かける。流行りか?

稲村ケ崎を過ぎて逗子方面や材木座海岸などを眺めるとなかなかいい風景だ。海の色は青く澄んでかなり綺麗なことが分かる。
段葛の桜は平成26年に植え替えたというからここを見るのは4~5年ぶりという事か。
なんだか頼りない細い桜が植えてある。
まあ、桜は成長が早いので10年もたてば、立派な木になると思う。

これもまた久々に「光則寺」に行ってみた。
梅が満開、入り口にあるソシンロウバイもまだは花を付けていた。
20数年前、鼻の手術をしたとき、治ったら光則寺の蠟梅の香りを楽しみに行こうと入院先のベットで切実に思ったことを思い出す。

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この右手に蠟梅あり

雪の下に会社の先輩のお宅があり、独身の頃、遊びに行ったことがある。
この辺りは昔からの家が多く、それも豪邸だ。
道はくねくねと細く曲がっているがそれが鎌倉らしいかもしれない。
有名な小説家の隣とかという話だった。

自転車だから小道もスイスイだ。

さらに奥の方に行くと、びっくりするような大邸宅もある。
どなたの住まいか。
どうでもいいが、いや、少し気になる。

色々と考えてしまう。

自転車はいろいろ考えることができるのがいい。
車じゃ、考えていたらアブナイ。

家族はどうなのか?跡継ぎ入るのか?(世間は少子高齢化であと次ぐ子供がいなく、空き家が増えた!)
こんな広い家で、近所付き合いはどうなのか?(広すぎてお隣さんと顔合わせ機会あるのかな?)
相続や税金はどうしているのか・・(余計なお世話だ!!)

昨日、たまたまこんな記事が載っていた。
ある有名な元アナウンサーの話。

7LDKの12億円の豪邸は光熱費が10万円/月、固定資産税が年間400万円以上とか・・

豪邸もいいがほどほどがイチバン。
我が家も7LDKだが、かつて8人が今は2人だけなので、1LDKあれば十分。
作業部屋と物置部屋を入れても3LDKあれば御の字だ。
それに、田舎だから固定資産税は数万円だろう。アナウンサーの1/100だ。

まあそれにしても、ビックリハウスが多い。

湘南海岸はそろそろロードバイクとツーリングバイクの季節になる。
久しぶりの鎌倉と久しぶりの足漕ぎ自転車。
リフレッシュしました。



by yahhosaito | 2019-03-06 07:11 | 日々 | Comments(0)