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 湘南の田舎から日々雑感
by yahhosaito
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湘南海岸

2019年4月25日。

朝方、霧雨のようなものが降っていたが、午後から陽が出てすがすがしい陽気になった。
急に江の島方面に出かけてくなり、2か月?振りくらいに空色の自転車を出した。

茅ケ崎から海岸沿いの自転車ロードをぶらぶらと漕ぎ出す。
平日なので人はあまり出ていないが、波がいい感じでサーファーが楽しんでいる。
気温は25度近くもあり、気分は初夏を通り過ぎて真夏に近い。

比較的空気も澄んでいて、遠くに大島、三浦半島も見える。
江の島は実にクッキリだ。
海を眺めながらぶらぶらいくのは結構気持ちがいい。
鼻歌を歌いながら、色々なことを考え、色々なことを思い出す。
b0158170_05424891.jpg
砂浜に浜昼顔が咲いている。淡いピンクが風に揺れている。
丸い形をした鮮やかな緑の葉っぱと淡いピンク。
遠くに江の島や三浦半島を見て、家族ずれや若者たちの楽しそうな風景。
湘南の一つの誇るべき風景かもしれない。
b0158170_05430168.jpg
柳島から西浜を通過し、浜須賀の陸橋までぶらぶらいっても30~40分。
やがて引地川を過ぎて江の島に入る。

江の島はさすがに観光地。
人が多い。
思い思いの格好で季節を楽しんでいるのはさすがにリゾート地か。
b0158170_05422959.jpg
ヨットハーバーでは工事の真っ最中だ。
2020年、ここでヨット競技が行われる。

1964年。東京オリンピック。
その時もここが会場になった。あれから50年以上もたつ。




by yahhosaito | 2019-04-26 05:38 | 旅・サイクリング | Comments(0)

バラ窓

2019年4月25日。

もう10日もたつが、4月15日の夕方、パリのノートルダム寺院で大規模火災が発生した。
屋根の尖塔は崩落し、木材で骨格が作られていた屋根の 2⁄3 が焼失したという。
幸い、寺院に保管されていた文化財・美術品の一部は、消防士により運び出されるなどして焼失を免れたらしい。

それにしても、ゴシック建築の代表的建物であるノートルダム寺院はフランス国民ならずとも我々もショックが大きい。
おそらく世界遺産という事も含めると世界中の人の心の中で誇りと思っている建造物の中でも3本の指の中に入るのではと思う。

私たちがノートルダム寺院を訪れたのは昭和49年。
結婚して3年目、まだ子供はいなかった。新婚旅行に続いて2回目の海外だった。
知人からヨーロッパ旅行の安い企画があるので行かないかと誘いを受けた。
8日間で198,000円だった。
当時は給料が5万も言っていなかったと思うので給料の4か月分、今なら100万円位かも知れない。
まだ海外旅行が高かった時代。
一緒に行った仲間がSさんのご職業はドクター?と聞かれて悪い気はしなかったのを思い出す。

ノートルダム寺院での印象は精緻な石の彫刻とバラ窓だ。
以前からの愛読書だった串田孫一氏の随想の中に「バラ窓」というのがあって、ステンドクラスの窓が外からの光を受けて、燃えるバラの花のように輝くさまを言うというようなことが書いてあった。

b0158170_19401644.jpg
そんな予備知識があったので初めて見る寺院の巨大で荘厳なバラ窓にいたく感激した。
ガイドのお姉さんが数年前までは埃で汚れていた外壁や内装をドゴール大統領が「パリを綺麗にすべし!」と大号令をかけ、美しく蘇ったと誇らしげに説明したことを思い出す。

テレビで放映される火災映像に、眼を疑ったが、寺院は明らかに「石造り」ではなかったか!?
かつて見た記憶では全くの堅牢な石だったが、実は内部の骨組みは「木」なのだそうだ。
屋根もほとんどが木。すると万一火災になったとき、焚火で火を起こす際にホダ木を井桁に組む状態と酷似し、あっという間に大きな火になる。

そもそもゴシック建築とは何か?ネットの情報によると、形状的には、尖ったアーチ、飛び梁(むき出しの斜め柱?)、リブ・ヴォールト(かまぼこ型天井)などが特徴という。
ただ、建築の技術的特徴のみがゴシック建築を定義づけると考えられがちだが、ゴシック建築の本質は、これらのモチーフを含めた全体の美的効果のほうが重要だと言っている。(!?)
有名なゴシック建築はノートルダム寺院の他、ミラノのドゥオーモ、ケルン大聖堂、カンタベりー大聖堂など、枚挙にいとまがない。日本人はどちらかと言うとゴシック建築に弱いのではないかとも思う。石(建物)文化への憧れか、語感がいいのか!?・・・

マクロン大統領は再建を5年以内に行うと約束した。
現代の技術をもってすればたぶん可能だと思う。
建設当時は1163年に始まり完成まで200年ほどかかったといわれる。
日本では平安時代末期だ。
そんな時期によくこのような大建築を立てたものだと感心する。

設計は?高所作業の足場は?資材の運搬や切断、結合などはどうやったのだろう。
コンピューターや工作機械、建築機械がなかった時代、さぞかし難作業だったと思う。
奈良の大仏殿や五重の搭、アンコールワットの建物、ピラミッドや万里の長城も不思議だ。
大建造物を見ると、いつもそう思う。


今回の火災も当然、防火対策があった上で起こってしまったと思う。
二重三重に対策をしていてもそれをすり抜けて事故は起こる。
福島原発の事故も事故対策はされていたが起こってしまった。
元来、事故はそういうものだ。
ハインリッヒの法則によると、1つの重大事故の背後には29の軽微な事故があり、その背景には300の異常が存在するという。
日本も歴史的建造物が多い。姫路城や松本城、東照宮、奈良京都の寺院、各地に残る建物。
他山の石としなければならない。



by yahhosaito | 2019-04-25 19:41 | 日々 | Comments(0)

米寿

2019年4月24日。

数日前、米寿の祝宴があった。

会社の元上司で、40数年前に仲人をお願いした。
その仲人をしていただいたメンバーを中心に20名強が集まった。

元上司のお祝いは傘寿の際も行ったのだが、今回は「夫婦同伴」という事で、「緊張」?が走った。
シワの数から着ていくものまで・・・

まあ、すべては杞憂なのだが、当日は初夏を思わせる素晴らしい天気のもとで、藤沢の某有名レストランで盛大に行われた。
仲人をしていただいた組は確か6組。
それも、同じ職場での話だから、前の職場、後の職場を加えると10組以上の仲人を行ってきたのかもしれない。

今回の6組は同じ職場の面々で、上司は我が職場に6年ほど在籍していた。
各奥様とお合いするのは殆ど初めて。
ほぼ同世代だから奥様も全員が同類項。安心した。

b0158170_13224372.jpg

少々問題は、スピーチがあること。
奥方を含めて、全員が1人2分ほどのスピーチを行った。
皆それぞれに、素晴らしいスピーチを披露し、さすが、元H社と思わせた。

かつて、H社には1分間スピーチなるものがあって、毎朝(週?)朝礼で全員持ち回りで1分間のスピーチを行ったものだ。
自分もそうだが、年数回?番が回ってくると、何を話すかと結構頭を悩ませた。
しかし、スピーチを聴く側は結構、新鮮な情報を得られた。
そうした経験が今になって生きてくる。

詳しい内容は忘れたが、岩手から来た女性Gさんの1分間スピーチが忘れられない。
就職して、故郷を離れ、神奈川県の当工場に勤務してきた時の心境や近況の話だったと思う。
彼女もたぶん還暦を超えたはずだ。

我々の職場は元上司の影響もあって、ファミリー意識が強く、最近まで4年に1回、OB会が開催された。
会には100名近い仲間が集まり、旧交を温めた。
我々の職場に数日でも在籍した総人数は700~800名と聞いている。
特に、創成期の昭和40~50年代のメンバーは仲間意識が強い。

60年代から平成に入ると、職場の再編や分業化、派遣などの社会情勢により、職場の仲間意識が少しづつ変わってきたように思う。

私は昭和63年に別の職場に移ったが、最近の職場の様子(雰囲気)はわからない。
パソコンやメールが発展し、隣同士もメールでやり取り、休暇届もスケジューラーに登録といった感じらしいが、昭和世代はやはり「音波」でやり取りするのが当たり前と思うが・・・
そういえば、電子職印なるものがあって、書類のハンコはいつも間にかスタンプに赤インクではなく、電子職印だったなあ・・

米寿の元上司はすこぶるお元気で、頭も聡明。持病はあるものの、そのうち白寿の案内が来るかもしれない。
夫婦ともども参加できるように、鍛えておかなくてはならない。





by yahhosaito | 2019-04-24 13:23 | 日々 | Comments(0)